18話.企て
※プロローグを目指して書いています
長く続く無駄の少ない鉄の廊下を、私とホムラは歩いていく。
均等に配置された扉と、最低限の照明。それは無限の回廊という言葉が相応しかった。
見慣れたようで、見慣れない。
そんな景色だ。
「ルナちゃん? 私から距離を置いているのは気のせいかな」
「気のせいだよ」
嘘だった。
ホムラの魔法への未知の恐怖が、少し体を逸らせている。
実際、私がほんの少しだけ前に出ているだけだが、いつもは足の遅いホムラに歩幅を合わせて、私は歩いていた。
先程の事が関わっているのを分かっているのか、ホムラは冗談気味に言っている。
「怖いのなら、部屋を変えてもらう?」
「そこまでじゃないよ。冷静に考えたら、むしろ頼もしいと思い始めてきた」
連中が恐れているのはたぶんホムラの魔法ではなく、その行動力。
話を聞く限り、ホムラは最初の実験として採血をされ、その時の抵抗で部屋を一つ蒸発させたらしい。
幸い死者は出なかったらしいが、私はその行動力に驚いた。
恐らくホムラは、一度腹をくくってしまえば何でも出来ると思う。
「ホムラは敵に回したくないよ」
「ルナちゃんなら大丈夫だよ。私の敵は、悪い人だけだから」
敵になる。
そういう意味では師匠たちも同様で、特に水無神さんは、不気味な程にそう思わされる。
たどり着いた食堂は他とは違い、賑やかだった。
だが比較的とつく程度で、暗い顔のまま食事をしている人が大半だ。
私とホムラは、食事を自動で作ってくれる配給装置に手を翳し、出されたトレイを受け取る。
トレイには区切られた枠の中に収められた、食欲の湧かない色の固形物と、ペースト状の何か。
ただの水の方がマシと言える温いスープが、気持ち程度の救いだ。
海中にいる生き物から作った完全栄養食らしいのだが、これを嬉しそうに食べている人は見たことない。
受け取ったトレイを持ち、空いた席をホムラと探していると、部屋の隅でアヤトが一人、黙々と食事をしているのを見つける。
彼と対面となる席は、丁度二席分空いていた。
「ホムラ、あそこ空いてるから行こう?」
「本当だ。アヤト君もいるね」
私たちがトレイを置いて席に座ると、それに気づいたのかアヤトは顔を上げる。
だがホムラの顔を見ると、少し顔を赤くして目線を反らす。
「ディルクルスか。顔色は……良くはないが、一応無事みたいだな。――さっきは悪かった、二人とも。殴るなら好きにしてくれ」
「記憶が飛んでるのは、全然無事じゃない気はするけど。ひとまずは大丈夫、かな。――私は寝てたし、不可抗力でしょ? だったら仕方ないよ」
「? うん。……殴る?」
アヤトの謝罪の意味を分かっていないのか、首を傾げるホムラ。
無防備な薄着の私たちを見た事だろうが、ホムラはその事と結び付いていないようだ。
アヤト会ってからは、何回かこういうことが起きている。
大体はホムラのせいだが、いつも大袈裟に狼狽え、物腰低くなるので、いつの間にか私は同い年のように接するようになっていた。
「アグノスがいつもそうだが、こういうのって無条件で許されるのは、何か違わないか」
「そんなに殴って欲しいなら殴るけど……。アヤトってマゾなの?」
「そんなわけないだろう。そうじゃなくて、こう、罪悪感が」
「よく分からないけど、アヤト君が何かをしたいって言うなら、お願いがあるんだけど」
事情を呑み込めていないホムラが、スープで一息ついてそんなことを言い出し始める。
私とアヤトはホムラに顔を向け、話の続きを促す。
「一緒にこの施設から脱け出そう?」
笑顔で告げられた提案は、私にとって喜ばしいものであると同時に、恐怖を思い起こさせる。
施設の脱走。
おそらくホムラの魔法ならば可能だろうが、辿り着く想定は、ここの研究員の全滅。
普段のホムラならいざ知らず、覚悟を決めた彼女ならやりかねない、大量殺人。
「その提案事態は構わないが……、どうやって脱け出すんだ。ここは深海に建てられているんだぞ。職員を全員どうにかするとかは、論外だからな」
自然と声を潜めるアヤトも、ホムラの事情を知っているのか、遠回しな言い方で最悪の想定を否定する。
「それをこれから皆で考えようって思ったんだけど……、駄目だった?」
話題と合わない緩い雰囲気を漂わせるホムラは、どうやら行き当たりばったりの思い付きだったようで、私とアヤトは深く息を吐く。
私は気持ちを落ち着かせる為に、ペースト状の何かを口にして、顔をしかめる。
「やっぱりここのご飯って、味しないんだけど」
「そうか? 不味いけど味はついてると思うが。――とにかく、この話の続きは部屋でしよう。ここでする内容じゃない」
「分かった、有り難うアヤト君。――ルナちゃん、疲れてるのなら甘いものだよ」
「ここにそんなのあったっけ?」
スープで口の中に残った物を、ゆっくりと飲み干していく。
泥水のような感覚がして喉を通りにくかったが、この手の奴は、大体こんなものなのだろう。
*
「スー……スー……スー……。ススッとスー」
明かりがない狭い通路。
いや、通路というには狭すぎる鉄の横穴で、少女の鼻唄が響き渡る。
白く短く切り揃えた髪に、耳に当てたヘッドホン。
服はだらしなく着ており、自分の快適さを優先している。
右手に持った携帯端末の明かりは、目を覆うほどに伸びた前髪を照らし、彼女の指はずっと端末の画面を操作している。
「アキっちの依頼は本当、めんどくさいの多いっスねー。ハルっちも、たまには断ってもいいじゃないスかー」
ここにはいない誰かへ文句を言いつつ、狭い空間で猫のように体勢を変え、体の凝りを解す。
その際に服の間からは色々と見えてはいたが、彼女は気にしない。
「インゼルケッテの海中都市に密航して、目標を見つけるか、それに繋がる情報を集めろとか。……いくら密偵向きの魔法師でも、無茶っスよー」
独り言を呟く彼女は、口以上に指を動かしている。
端末の画面には大量の波形グラフが並べられ、移動、増幅、削除……
それらをずっと繰り返している。
「アキっちのアホー。睡眠魔ー。兵站泣かせー。もっと優しくしろー。あたしを甘やかせー。料理上手ー」
虚空に呟く彼女の言葉は、ある波形グラフで止まる。
他のグラフを消し、その並みに集中する。
彼女のヘッドホン越しにある耳が捕らえたのは、一人の少年の声と二人の少女の声。
「――お仕事前半終了ース。お疲れさまース。予定より早く終わったスから、追加報酬ねだるッスー」
自分で自分を労う少女は、意気揚々とそのまま携帯端末を操作していく。
少しして、少女は手に持っていた携帯端末を落とし、項垂れるのであった。
《世界観まとめ》
・なし