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16話.凍てつく海は月を飲み込む

※Prologueを目指して書いています。

 青く澄み渡る水平線が見える空で、彼女――鷹橋環奈は八角形の硝子板の魔翼たちを従えて足元の都市を見下ろす。


 惑星インゼルケッテの海は変わらずその青さを保っているが、広大にパズルの如く構築されたメガフロート・アークは、工場そのものと言える都市の一部が、歪なものへと変わっていた。

 青く輝く溶けない氷に侵食され、厳かな鋼鉄の構造物は静かになりを潜めている。

 都市の三分の一を侵した氷は海にまで到達し、我が物と言わんばかりにその領域を広げていた。


「ルナ、どこにいるの?」


 不安を口にする環奈は表情に一層の陰りを見せ、都市全体へ飛ばしている己の魔法たちの成果を、一つずつ整理していく。


 一か月前。

レイとミアを見送りに行ったその日の夜に、それは起こった。


 突如、メガフロート・アークを襲った膨大の冷気。

 生物だろうが鋼鉄だろうが、全てを等しく凍てつかせる冷気は、瞬く間に広がっていき全てを沈黙させた。

 三桁もの人が息絶え、冷気に満たされた施設は全てその機能を停止させられた。


 原因は不明。

 だが、容疑者として真っ先に挙げられたのが、現在行方不明の氷の魔法師――ルナ・ディルクルス。

 彼女は今回の件でクロスユートピアから、暫定Bランクから暫定Aランクへ認識を引き上げられていた。


 彼女の存在は、危険だと――


「あの子が理由無しにこんなことをする訳がない。だとすると……」


 思い当たるのは、クロスユートピアの意思決定を行う”議会”の一席を担う、アーク代表カルロス・オルコット。

 鋼海旅団の襲撃を意図的に仕組んだ彼が脳裏に過ぎる。


 物言わぬセントラル・タワーを一瞥し、魔翼へ指示を送る。

 飛び回る硝子の鳥の視界が網膜に投影され、以前自分たちがいたであろう代表室の様子を見るが、誰もいない。

 周辺の大気の温度は下がり、年中夏のような気温のインゼルケッテでは珍しく、冬に差し掛かる秋の如く肌寒い風を吹かせる。


「今日も収穫無し、か」


 アーク全土を駆け回る魔法たちは何も見つけられず、環奈は光へ戻していく。

 ゆっくりと下降していく環奈は、最近よく共に行動をする人物たちを見つける。


 アーク警備隊所属のいつもフードを目深に被る青年、レイ・クレイヴン。

 そして同じくミア・クラウン。


「お疲れ様、鷹橋さん。……その様子だと今日もみたいね」

「ええ。――ていうか、クラウンさんはまた何て格好してるんですか。ぱっと見、クレイヴンさんより夢魔っぽいですよ」

「気分転換に泳いでいただけよ。……ねぇ、レイ。ちょっとそのパーカー貸しなさい」

「嫌だよ。俺が日に弱いの知ってるだろ。自分のを着ろよ」

「むぅー」


 降りた先にいたのは、ビキニの水着姿で扇情的な姿を晒すミア。

 環奈の指摘で恥ずかしくなったのか、レイの上着を奪おうとするが彼の体質の事を言われ諦める。


「いいわよ、別に。見られて恥ずかしいような鍛え方してないもの」

「それで、鷹橋。これだけ探して見つからないってことは、やっぱりディルクルスはこの都市以外にいるってことか?」

「たぶん……。プラネット・ポートの利用履歴も無いし、ずっとこのインゼルケッテにいると思う」

「後は水無神の方がどうなってるかって所か。俺達じゃ都市との行き来は難しいし、鷹橋も統括騎士団から、ここの手伝いをするように言われてるみたいだからな」

「復興の協力より、ルナの捜索を優先しちゃってますけどね」


 申し訳なさそうに顔を打つ向かせる環奈に、レイとミアは顔を合わせる。

 微笑と共に二人はそれぞれの言葉を告げていく。


「俺たちが探してくれって頼んだんだ、気にするなよ。捜索のついでに得られた情報でも、上層部は十分喜んでたみたいだしな」

「鷹橋さんが空からで、私が海の中。被害状況の情報集めに関しては十二分に得られてるからね」

「……はい」


 形ばかりの笑顔を向ける環奈に一末の不安を残す二人だが、それを妨げる様にミアは環奈を抱きしめて、レイは息を吐く。

 抱きしめられた環奈は、乾ききらない海水の臭いに苦笑しながら、果て無く続く青い空へ「どうか、無事でいて」と、思いを馳せる。


*


 一面真っ白の薄暗い部屋で、私はその悲劇に嘆きと憎悪に埋め尽くされる。

 全身を黒い器具で固定された私の体から赤が、紅が、赫が流れ出る。


 女の子らしさを残した柔軟に鍛えられた腕も、丸みを帯びつつもしっかりとした脚も、青く虚ろに光る瞳も、私の中にある大切な何かも。

 全て、何もかも――


 その度に青い氷は生え渡り、無くしたそれらを元に戻していく。

 痛い、イタイ、いたい。

 けどそれは、何かが壊れた音と共に無くなっていく。


 彼らは言った。

 君の中にある蒼い宝石が壊れない限り、君が壊れることは永遠に無いと。


 そんなの嘘だよ。

 だって、もう……あの子に出会った時から私は壊れてしまったのだから。


「――しっかりしろ、ディルクルス。着いたぞ」


 全身に広がる幻痛は消え、かけられた言葉に私の意識は浮上する。


 ぼんやりと顔を上げると、目の前には灰色の作業服を着た、くすんだ灰色の髪の少年。

 様々な感情を内包する碧眼と目が合うが、すぐ逸らされる。


 目の前の少年――汐崎アヤトは、いつもこうだ。

 真っ直ぐと続く飾り気のない鉄の廊下は、変わり映えのしない迷宮のようで、アヤトの指さす部屋の入り口も、無駄の少ない鉄の塊。


 彼に従い、分厚い鉄の壁の中へと入る。

 中は照明自体は点いているものの、明るいとは決して言えない。

 私は無言で硬いベッドへ倒れこみ、その意識を再び暗闇へと落とそうとした。


「お帰り、ルナちゃん」


 一切の害意を含まない少女の声が、私の耳に入る。

 視線を移すと、反対側のベッドで健康的な小麦色の肌を晒す、こげ茶の短髪の少女が笑顔で迎えていた。


 へそ出しのトップスに短パン。

 袖なしのパーカーと、とにかく肌面積の多い服を着る少女は、その大きい胸を強調し、炎のように赤い瞳はこの場に合わない暖かさを持っていた。

 活発な見た目とは違い、穏やかな物腰の彼女の名前はホムラ・アグノス。

 私がこの施設に来た時から、一緒の部屋にいる少女だ。


「……」

「喋らないでいいよ。ほら、おいで」


 腕を広げてこちらにおいでと言うホムラに、私はふらふらと誘われ、その腕の中に納まる。

 膝の上に寝転がり、彼女の暖かさを肌で感じる。

 ホムラは子供をあやすように私の髪を撫でる。

 彼女の体温が、声が、行動の全てが、私の冷えた心身にそっと熱を与えていく。

 癒しのみを与える、浄化の炎のように――。


「お休みなさい」


 静かに聞こえた声を最後に、私の意識は途絶える。

ルナ視点では新章突入です。

≪世界観まとめ≫

・なし

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