10話.鋼海旅団 -前編-
※序章を目指して、進めていきます。
銃声と爆音が鳴り響く中、私とレイさんは路地を駆け抜け、ミアさんは魔翼によるホバリングで先行し、私達を誘導する。
ハーティスト――鋼鉄の巨人が飛来してから、五分程経ったが、私の聞いたことの無い音と共に空に罅が出来て以降、都市中が戦場と化しているのが分かる。
「レイさん、まだ連絡が取れないんですか?」
「他の警備隊も統括騎士団も、それぞれ応戦中でこっちに人員が回せないみたいだ。やり手の魔法師が何人も乗り込んできているらしい」
「セントラルタワーはあの鷹橋さんが守っているみたいだし、四機中二機のハーティストに損害は出ているみたいだから、攻め時な気はするけど……」
「あの人がやったんでしょうか……?」
「かもな」
あんなのに傷を負わせるなんて、腕は確かなんだ。
「でも、倒してはないんですよね」
「他の統括騎士団でも対応できる位には被害を与えたみたいだから、後はこちらの消耗を控えつつ……。――9時方向! ハーティスト1!」
開けた通路に出た途端、ミアさんは魔翼に搭載されたスラスターを噴かし、飛翔を始める。
「ディルクルス、うまくやり過ごせよ!」
「ちょっ、レイさん。私は隠れればいいですか!?」
声と共に、目の前のレイさんは透け始め、風景へと溶け込み姿を消す。
それを見た私は慌てて通路を戻り、建物の陰へと隠れる。
耳が痛むほどの銃声と歩行音が過ぎていくのを待とうとしたその時、何かが撃ち出される音が私の僅か上を、斜めに過ぎ去っていく。
「へっ……?」
隠れていた建物が、切断面に従いズレ落ちていく。崩壊の中聞こえる声は、レイさんとは違う若い男性の声。
「B-2よりA-4へ。時間稼ぎを頼む。……心配するなよ、そんなに時間はかからない。……ああ、構わない」
巻き上げられた煙の中、姿を表したのは黒髪黒目の男性。
着崩した都市迷彩の服と、首から下げているドッグタグ。
外見でも分かるバランス良く鍛えられた肉体は、剣に銃の機構を取り付けた銃剣を、軽々と持ち上げている。
「悪いが恨むのなら勝手にしてくれ。命乞いも余所でしてくれ、仕事中に和気藹々と話すつもりもない」
羽織っているジャケットに、銃が沈む海のエンブレムを付けた彼は、淡々と私の処遇を告げていく。
*
魔翼のスラスターを噴かしつつ、ミアは右背部にアーム付銃架を作り出し、専用のライフルを魔翼に搭載された保管庫から呼び出す。
伸ばされた銃架からライフルを受け取り、取り外す。
網膜に投影された火器管制装置とは別に、背部に搭載された小型カメラの映像を捉え、ミアは苦言を呈していく。
「市街戦は苦手なのに……! よりにもよって小回りの利く獣型が相手とか、当てにくいじゃない……!」
ミアを追い掛けるのは、狼にも似た四足歩行のハーティスト。
一定の距離を保ちつつも、背中と腰回りに吊られた四種の火器で巧みにミアの空への道を絶ち、如何にも時間を稼いでいる立ち回りをしていた。
「やる気がないなら、こっちからやってやる!」
逆噴射と同時に観測機二機を垂直に撃ち出す。
自信のある仮想粒子への感応能力を頼りに、分厚い防御魔法をハーティスト側に展開し、攻撃の準備を進めていく。
迫り来る獣型ハーティストを横目に、魔翼の主翼には結合を強めて作り出した対戦車ミサイルを十二発搭載。
右手に抱えるライフルには魔翼から伸ばしたプラグをマガジンへ装着。
エネルギーを供給していく。
「――結合」
最後の準備を整えていく。
姿勢制御のために魔方陣の噴射機構を体中に展開し、躊躇なく噴射していく。
無理矢理動かされる体は保護機能の付いている魔翼を使っているとはいえ負荷が大きく、吐き気が込み上げ、視界も僅かに曇っていく。
相手もやろうとしている事に気が付いたのか、機体中のスラスターを噴かして回避行動を行っていく。
それはミアも予想していなかった、人型への変形だった。
「それでも……!」
地面に背を向ける形で飛行する形になったミアは、なおも躊躇いもせず引き金を引く。
獣型ハーティストも腰に下げたアサルトライフルを両手に持ち、背部のショットガンと大口径ライフルをここぞとばかりに、撃ち始める。
両者の慣性を押さえる為のスラスターは、地面に焼き後をつけ、ハーティストの逆関節となった脚部は着地の衝撃で、舗装が次々と剥げていく。
距離が離れていく一人と一機の間に、一閃が走る。
『はぁああああああ!?』
相手の叫び声など届くはずもなく、魔翼からエネルギー供給され、ミアの魔法である生成された大量の水は、ライフルの中で高速で循環されていく。
網膜投影の照準が合ったと同時にトリガーを引き、ライフルから解き放たれた水は、光を内包して突き進む。
結果、ハーティストの右腕は間接部から切断され、ミアはさらに駄目押しとばかりに、対戦車ミサイルを撃ち込んでいく。
「もう一発行くよ!」
今度は魔翼から砲身を形成し、両肩へと固定していく。
対戦車ミサイルの誘導を飛ばした観測機に任せて、ミアは更なる魔法を重ねていく。
ジェネレーターが回転し、背中からは機械音が唸っている。
網膜投影の照準は再びハーティストを捉え、ミアは意思だけで肩のトリガーを引く。
「二発も食らうかよ!」
外部スピーカーから聞こえたハーティストの搭乗者の声は、比較的落ち着いており、左手のアサルトライフルで対戦車ミサイルを幾つか落としつつも、回避の為にミアの右側へとスラスターを噴かす。
それに合わせてミアも側面にスラスターを噴射するが、旋回が間に合わずミア本人は追い付けるものの、砲身が間に合わない。
そのまま薙ぎ払おうとするが、3点バーストの射撃音が複数回鳴り、ミアは咄嗟に前方へ防御魔法を展開する。
(まずっ………! このままじゃ暴発する……!)
解放のタイミングを失った肩のキャノンは、無遠慮に警告をミアの視界へと送りつけてくる。
それに気を取られ、目の前に迫っていたものへの反応が遅れたミアは、その一撃を受けてしまう。
「っ……ぁ……!」
ミアの側面に回り込んだハーティストは、旋回が遅れているのを確認すると、全身のスラスターを前面へ向け噴射し急接近。
速度を乗せた蹴りを人の身であるミアへ、当然の如く打ち込んでいく。
声にならない声を上げたミアは、そのまま反対側の建物へ弾丸のように叩き込まれるのだった。
*
「結合」
私は何度も口にしてきた言葉を紡ぎ、足元に魔方陣を展開する。
青く光る魔方陣から冷気が発生し、次々と大気中の仮想粒子が凍てつくように結合していく。
「氷結凍剣!」
冷気は右手の周囲にも満ちていき、伝達されたイメージがその形を成していく。
作られていく柄を握り、刀身を伸ばしていく。
剣が完成した頃には大気の温度が下がり、私は白い息を吐く。
左手を相手の視界に入らないように後ろに回し、剣を構える。
それに対し目の前の男は、剣を主体とした銃剣をゆったりと構え、魔法陣を展開していく。
「氷属性の創造系魔法師か。どいつもこいつも……嫌になるな」
男の魔法陣は、次第に私よりも濃い青へと光を強くしていく。
空いた左手で胸のドッグタグを軽く握り、秘められていた殺意が瞳から滲んでいく。
「……その手の魔法を使うなら、もっとうまくやれよ」
彼は右へ上体をずらし、抱えるような形で何かを左手で捕らえた。
捕らえられたそれは、次第に色を手にしていく。
海の中を連想させる青の長袖の服に、フードを深く被った男性が右手にナイフを持った状態で捕まっていた。
振りほどけないのか、何度も抵抗を見せている。
「レイさん!」
「豪く自然に光学迷彩を使うが、物音や気配の消し方が杜撰なところを見ると……。アークの因子持ちか」
「ディルクルス! 構わず逃げろ、出来ることならあの2人を連れてこい!」
「っ……! 了解!」
2人から目を離し、一心不乱に私は逃げ出す。
移動補助用に足場を凍らせて滑る用意もしておく。
後ろから聞こえたレイさんの叫び声と共に、私は背中を強い衝撃で押され、倒れこむ。
思わず目を閉じるが、前に進む為にぶれる視界を安定させていく。
私の倒れた先からは、花火のような音と臭い。
「強化魔法も杜撰だな。銃撃すら強化も出来ないのか、する余裕もないのか」
男の声と共に、私の意識の上で幾つものナニかが通り過ぎていく。
その度に冷たい液体が小雨のように降り注ぎ、それによって揺れる私の意識の回復が早まっていく。
「水……? ――ぐっ!?」
頭が割れるような音と共に、お腹に熱い物を感じる。
戻りかけた意識は再度打ち付けられた頭の痛みに、再び霞んでいく。
お腹以外が急激に寒くなり、頭も上から何かに強く押さえつけられている。
「――おい、その足をさっさと退けろ」
怒りに満ちたレイさんの声が聞こえる。その言葉で、自分自身の状況を何となくだが理解していく。
私は今踏まれていて、お腹に攻撃を受けた。
だったら私の出来ることは――
「――……!」
頭へ二度目の強い衝撃。
今度は先程よりも強く、上げた声もほぼ音に近い。
視界も暗くなり、お腹の厚さすらも感じなく無くなりそうになる。
思考も途中で遮られ、考えていたことが全て頭の中から吹き飛んだ。
周りの音が聞こえない。
聞こえるのは自分の心臓の動く音のみ。
ドクンドクンと早鐘を打ち、全身へ新たな血液を回していく。
視界が戻るにつれ、全身が警告を出してくる。
特にお腹辺りは空いた左手で抑えると、付着した液体の感覚が伝わり、ふら付く頭でもはっきりと分かるほど危険な状態だ。
「……レ、イ……さん……」
ピントが合うも彩度が低くなった視界に入ってきたのは、複雑な建物群ではなく、伐採された大木の如く薙ぎ倒された鋼鉄の箱達。その中に混ざる、赤を払う灰と伏せた青。
かつて以上に眩しく光る恒星は、彼らを賛美するかのように劇的に光を降り注いでいる。
「……お、ま……え!」
言葉を口にはしない。
自分の意思を燃料に見えない粒子へ願いを告げる。
左手に付着した液体ごと周囲の物質に冷気を伝達していく。
透いた青の粒子は黒く濁る赤へと変色し、形状を構築していく。
「――結」
灰色が縦に振るった右手と共に、私の声は意思に反して途絶える。
次の瞬間、彼の右手の延長線上にあるであろう私の右手が、右腕が、右側が……
肩の警告を残し虚空へ消える。
理解が出来ずゆっくりと視界に納めた先は、輝かしく恒星の光を反射する赤のみ。
「創造系――周囲に変化を与える魔法を中心に使う奴のほとんどは、大抵普通の奴らしいっていうのが、俺の相棒の持論でな」
一面に広がる赤から目を逸らし、近づいて来る灰色へと向ける。
お腹よりも右側が理解できず、左手は右側にあるべき物を探し彷徨う。
「変成系は自分を変え、創造系は他者を変える。そういう考えが魔法師の中で、一定以上浸透しているらしい。自分は変わらず、周囲に変化を求める……。よくある話だ。何かを成す為に自分を変える奴は少ない」
彩度がさらに低下していくが、それと同時に脳内から何かが再生されていく。
コマ送りの白黒の動画と現実と行き来する。
「氷を作るお前と、水を使う俺。向こうでやり合ってる空魔師の奴もそうだ。普通なんだよ。――まぁ、あそこまで極まってる奴は、論外だろうけどな」
語りかけてくる彼の声は聞こえてはいるが、認識できない。
目の前に見えるものも、何かと入れ替わっていく。
男性は少年に。
銃剣は片刃の剣に。
昼は夜に。
そして――
「私情を持ち込む自分が最悪だが、同情はしてるぜ。こんなことをしておいて、どの口が言うんだって思うだろうが、お前を見ていると昔の自分を思い出す。努力に見合った力では何もできないあの時を」
冷めた黒の瞳は、感情の見えない赤色へ。
「勝手すぎる願いだが、誰か好きな奴にでも看取られてくれ」
目の前に銃口を向けられ、銃身の中の闇が見える。
トリガーが引き込まれる音と銃身の中を滑る弾丸を捉え、私は体を揺らす。
銃撃音に続き放たれた弾丸は私の纏めた髪を掠め、白いリボンを切り解く。
虚空を彷徨う左手は既に私の願いを叶える為に行動を移していた。
弾丸を避けると同時に振り払った左腕は、付着した血液を凍結し、簡易な刃物としてその刀身を伸ばし、相手の胴を切り払う。
伸ばした赤い刀身は相手に傷を与えられずに砕け散るが、どうでもいい。本命は別だ。
「――へぇ」
目の前の彼は、感心するかのように声を漏らし、その銃口を別の場所へ向ける。
私はほとんど力の入らない体を無理矢理動かして、次の魔法を使う為に仮想粒子の結合をさらに進めていく。
先程抱いていた熱い怒りが、スッっと抜けていく。
熱は冷め、私の体の周りに氷として出現していく。
その色は水の青から、海色へ変わり幾つもその形を成していく。
熱を奪われ残ったのは、冷たく全てを止める殺意のみ。
「さっきの奴もだが、お前も中々だな。統括騎士団の魔法師」
胴体へ二発の弾丸が続けざまに撃ち込まれる。
痛みは感じるが、熱は帯びずどんどん冷えていく。
自分自身を極寒の地獄へ変えるかのように。
身に纏っていた海色の氷は、その色を私の中へ抽出され、色褪せていく。
感嘆の声もこの氷のように私へは意味をなさなくなっている。
「氷霧の……咆哮……」
降りた髪から大気の水分を凍結した氷結晶が、外縁部からの潮風に吹かれ光を反射しながら散っていく。
顔を上げた私は動揺する彼の顔を見て、敵意を口にする。
瞬間、足元に発生した海色の魔法陣は二人を包むほどの大きさで発生し、周囲を白へ染め上げていく。
予定ではミアは圧勝するはずだったのに。
≪世界観まとめ≫
・獣型ハーティスト:可変ロボットって良いですよね。
・創造系:魔法のジャンル分けの1つ。自分以外に影響を及ぼす魔法全般を指す。
・変成系:魔法のジャンル分けの1つ。自分のみに影響を及ぼす魔法全般を指す。