9話.予定調和の襲撃
※序章を目指して執筆しています。
日の差さない海の中。
悠々と泳ぐ海中生物達の合間を、一つの鋼鉄が過ぎ去っていく。
魚にも似たそれの中では、人類種が慌ただしく駆け巡り、何かの準備を行っている。
その中で、タンクトップにて鍛え上げられた躯を晒す大男が、狭い共同部屋の中で愛銃と思われるライフルを整備していた。
「上機嫌だな、コール」
鼻歌を歌う大男の反対側で、ベッドに寝転がりながら雑誌を読む若い男が、その機嫌の良さの理由を問いかける。
「当然。艦長の話によれば、今度の仕事場にはAランク魔法師がいるらしいからな。強敵は大歓迎だ」
「ああ、そう。俺はどうでもいいや。報酬がよければ何でもいい」
「ロイは相変わらず金の事ばかりだな。あの子たちの為って言うのは分かっているが」
コールと呼ばれた大男は、慣れた手つきで組み上げたらライフルに銃剣を取り付け、最終確認を行っていく。
照準を覗く先では若い男――ロイが首から下げたドッグタグを揺らしながら雑誌を閉じ、起き上がるのを見て僅かに口元を緩める。
「それじゃあ、行こうか戦友」
「了解、戦友」
お互いに空いた左手をぶつけ合う。
それと同時に、部屋全体が赤く染まりアラートが鳴り響く――
*
「ミアさん! 魔翼について教えてください!」
惑星インゼルケッテに訪れてから三日。
今日が任務の最終日ではあるのだが、私に与えられてた指示は、レイさんとミアさんと共にアーク全体の見回りのみだった。
師匠とあの人は別行動でどこにいるか分からないし。
「鷹橋さんは教えてくれなかったの?」
「この二日間は忙しそうにしていて、全然話を聞いてくれないんです」
「派遣されたAランクの魔法師なんだろう? おそらく代表に厄介ごとを押し付けられたんだろう」
日差しが照り付ける町中は、今は少し賑やかさに欠けている。
私が来た数日でも常に響いていた建設音も今や聞こえない。
「魔翼に関しては、実際に見て貰った方がいいかな。丁度この辺りは避難が終わって、人がいないみたいだし」
そう言ってミアさんは私たちから少し距離を置いて、背中に魔法陣を展開する。
その魔法陣はよく見かける図記号を主体としたものではなく、鳥の翼を連想させる独特の紋章が浮かび上がる。
ミアさんの背中からは透明感のある水色の液体が広がっていき、それは次第に機械的な直線の多い翼へと変わっていく。
「これが多目的飛行魔法。よく魔翼って言われるものなんだけど、一言で言うと、一緒に成長する魔法……かな?」
色合いはそのままに、人に合わせた戦闘機のようなソレは、地についていたミアを僅かに浮かせる。
「この魔法を習得している奴は、魔法師の中でも"空魔師"と呼ばれ、各惑星の国家どころかクロスユートピアでも優遇されるんだが――本当に知らないのか?」
「うーん。師匠が使ってたのもそれなのかなー?」
レイさんの言い方的に、使える人は多くないのは分かった。
だけど私が見たことのある物は、目の前のミアさんの物とは形状がかけ離れていた。
思い出すのは、2週間の特訓期間中の実践訓練で見た師匠の謎の浮遊する硝子板。
それは、翼と言うにはあまりにも形状が違いすぎる。
「そういう訳で、手に入れる方法は教えて上げられるけど、人によって使い方が違うから、使い方までは無理なの」
「じゃあ、まずは手に入れてからっていう訳ですね」
「その辺りは、鷹橋に聞いた方がいいぞ。何せ魔翼の取得用魔法を主に管理しているのは、クロスユートピアだからな」
「となれば、この任務が終わったら早速師匠に頼もう!」
「……ん? あれってもしかして鷹橋さんの魔法かな?」
ふとミアさんが何かを見つけたのか、魔翼で浮遊しながら空を指さす。
レイさんと一緒に上を見上げると、一見何も無い様に見えるが、うっすらと何かが飛んでいた。
「あっ、師匠の硝子の鳥だ。光の魔法で迷彩がかかっているみたいですけど、よく見つけましたね」
「私の魔翼の機能で、レーダーみたいなのが付いてるの。――あれ、風系の魔法も混ざってるのかな? 鳥とは思えない速度で飛んでるんだけど」
「鳥の形をした観測機って辺りか」
悠々自適に飛んでいく透明の鳥を、私たちは見送ろうとしていたが、急に旋回を始めた鳥に疑問を覚える。
「あれ? 気になる物でも見つけたのかな? もしかして怪しい人がいたのかも!」
そう考えた私は強化魔法を発動し、すぐさま鳥が回っている下側に駆けだそうとした。
だけど、その足は鳥もさらに高い位置を飛び去る陰によって、遮られる。
その陰は幾つもの破片に分離し、遠くの建物や地面に激突を起こして爆音と共に噴煙を引き起こしている。
それとは別に、巨大な物体が丁度鳥がいた位置に墜落する。
「何……あれ……?」
「ハーティスト……。厄介な物を海賊は持ち出して来たものね」
「おい、代表はまさかアレを俺達で対処しろとか言わないよな」
近場の建物に上り、落ちてきた物を遠目で視認する私たちは、それぞれの感想を述べていく。
それは、人の何倍もの大きさがある鋼鉄の巨人。着地によって歪んだ床の上でゆっくりと立ち上がるそれは、見えるだけでも両手と背中に火器を所持していた。
さらには、理解のできない脅威に震える私に追い打ちをかけるかのように、目の前の物とは別に三つの同じような墜落音が聞こえてくる。
「ディルクルス、落ち着いて聞け。今の俺達でアレとまともにやり合えるのは、ミアしかいない。間違っても挑もうとするなよ」
「いくら何でも私でもあれはキツイって。使い捨てのロケットで飛んでくる奴なんて、どう考えても腕に覚えがある奴でしょう? だから、戦略的撤退するよ」
「――っ! はい!」
私達は慌てて建物から飛び降りて、立体的に建物の間を通り抜けていく。
出来る限りあの巨人から遠くへ、見つからないよう複雑に。
私とレイさんは自分の足で。
ミアさんはホバーするように道をすり抜けていく。
「レイ! 他部隊への連絡は!?」
「混乱していて情報統制が出来てない。そっちはどうだ」
「こっちも同じ。流石にハーティストは予想できないよ。アレを持ってる海賊なんて限られるし、本当に大手の奴が来たみたいだね」
「あの……! あれって……。ハーティストって何ですか!」
多少の余裕があるのか、携帯端末で通信を行いながらも逃げる二人に、私はアレの正体を聞いていく。
「知らないんだったら、今ここで理解しておけ。あれは俺たち魔法師への対抗手段」
「単機で多くの魔法師を一方的に狩れる、大型の魔法兵器。心鉄の怪物」
*
アーク、セントラルタワーの頂上で少女は幾つもの八角形の硝子板を従えて、アーク全土を見下ろしていた。
宙に浮く少女を起点にそれぞれ旋回を行っている硝子板は、恒星の周りを公転する惑星の如く一定の規則を持って回っている。
少女の視線の先には、標的となる塔を頭部センサーを向ける四つの鋼鉄。
二つは人の形をとっているが、一つは足が四つあり、一つは四足歩行の獣の形をしている。
「対魔法師大型兵器が4機。それに、ハーティスト到達に乗じて、何人か分離した奴から飛び降りてたね。全員Bランク以上かしら」
特に思うことが無いのか冷静に分析を進めていく少女――環奈は耳元に緑に発光する硝子板を近づけ、子供をあやすような声音で告げる。
「晶。後はお願いね」
視界に四脚ハーティストの挙動を捕え、対応すべく環奈は八角形の硝子板――自身の魔翼へ指示を出していく。
仮想粒子の結合によりそれぞれの硝子板が僅かに発光していき、それぞれの特徴を示すかのように八色に変わっていく。
追加で環奈の背後に次々と硝子板たちは生成され、セントラルタワーの前へ壁を作るように集合していく。
*
建物や地面、さらには追従する六振りの黒剣と空中に作った魔法陣を蹴り、加速していく。
瞬く間に過ぎ去っていく風景は、障害にすらならなくただの加速装置と化す。
「了解。そっちも無理はするなよ」
途中緑の鳥からすれ違いざまに聞こえた環奈の声に、簡潔に返答を返す。
虚空へ告げた声だが、恐らく拾っていることだろう。
狙うは着地と同時に、背部の砲台を展開している四脚のハーティスト。迷路となっている町の中を隙を伺いつつ、減速せずに目標を視界に入れる。
四脚ハーティストは流れる動作で折り畳まれた砲身を展開。脚部に搭載されている固定用バンカーを地面に打ち込み、ライフルを持った両腕を広げ前のめりになる上半身を、しっかりとバランスを取り安定させる。
「はっ! 行き掛けの駄賃だ! 一発デカいの食らわせてやる! ――さぁ、これが俺たち"鋼海旅団"からのプレゼントだ、受け取りやがれクソ代表ども!」
外部スピーカーをオンにしているのか、搭乗者の声がこちらにまではっきり聞こえる。
その声が終わると同時に砲身からは空気を裂くような爆音が聞こえ、晶の視界にはセントラルタワーへ向かっていく砲弾が映る。
――あれなら、問題ないな。
「……まず、一機」
放たれた砲弾が四脚ハーティストとセントラルタワーの中間辺りに到達した辺りで、晶は再加速を始める。
晶の中の仮想粒子と大気中の仮想粒子が結合し、体を理想へと変化させていく。
皮膚や血液が放電し、周囲の空間を巻き込んで改変が行われる。その放電は追従する質素な黒剣にまで伝達し、互いの反発により加速はさらに増幅される。
武器を求め自分の魔翼へ思念を飛ばす。右手の内に望んだ武器――刀身の無いシンプルな黒い柄――が姿を現し、それに魔法を伝達させながら掴み取る。
伝達した電気を素に、柄から刀身が形成されていく。
四脚ハーティストとの彼我の距離を詰め、袈裟懸けを仕掛けるタイミングで、刀身を完成させる。
(……右、か)
張り巡らせていた電波が右からの乱入者を捕える。
右手の剣を突き出しながら、こちらに勢いよく迫ってくる。
魔法の性質を書き換えながら、体を縦に回転させて手前で右手の刀を振り切る。
それに合うように四脚ハーティストとの間に、鋼の剣が滑り込んでくる。
雷は白色から黒色へと劇的に変色し、周囲の情報が歪んでいく。
慣性の急制動、不可解な力場の発生、力の指向性があらぬ方向になり、さらには体感情報すらも偽りの物へとすり替わっていく。
振り切った刀により巨大な剣は鍔近くで両断され、晶は切り離された刀身を足場にして、白雷を纏いその場を離れる。
それと同時に自分の魔翼である黒剣へ、魔法をさらに伝達して指示を送る。
白雷を纏い高速で飛び回る六振りの黒剣は、視界に入る四脚ハーティストと、割り込んできた人型ハーティストへ出来る限り斬撃を与えていく。
『チクショウ、助かった……! 後で破産するぐらい奢らせろ!』
『そんなに食えねえよ、馬鹿が。どうだそっちは。こっちは剣と頭だ』
『俺はもう固定砲台にしかなんねぇな。足一本とレールガン。それに両手の銃も持ってかれた』
通信越しに礼と被害報告をする搭乗者たちの事はいざ知らず、晶は次の相手へと向かう。
牽制程度に人型ハーティストが、左手のサブマシンガンを放っているが、黒剣を足場にして視界から外れる。
「確か、魔法師が何人かいるんだったな……」
いったん加速を止め、観測を行っている環奈が作った硝子の鳥を探す為に空を見上げる。
*
空間に浮かぶ巨大なひび割れが無くなっていくのを、環奈は見届けつつぼんやりと呟く。
「電磁砲、か。妹の十八番だから見飽きてるのよね。やるんだったら何十発も撃たないと」
見下ろす先にいるのは、先程晶が切り刻んでいった二機のハーティスト。
今は砲身を切断され使い物にならなくなっているが、四脚ハーティストの背部レールガンはセントラルタワーに命中し、会議を行っている惑星インゼルケッテの各都市代表は、全員死亡するはずだった。
だが、実際は射線に敷き詰められた環奈の魔翼――八角形状の硝子板――によって、受け止め、弾き、防弾硝子のようにひび割れを残すのみとなっていた。
『環奈。都市に降りた魔法師の中で、一番近い奴は何処だ』
「えーと、今からオレンジに点滅させるから、そこに向かって」
耳元の緑色の硝子板から、晶の声が飛ばされてくる。
流れ作業で晶の要望に応える環奈は、その一方でこの広い都市に飛ばした十体以上の硝子の鳥から、映像を受け取りつつ、ルナを探していた。
(不味い……。ハーティストが下りるまでは見えてたんだけど、路地に入って見失った。あの二人がいれば大丈夫とは言い切れないから、早く見つけないと)
先日ルナと友人となっていたアーク警備隊の二人を脳裏に浮かべつつも、信用しきれないのか環奈は焦りを見せる。
*
青い空を旋回しながらも橙色に発光する鳥を視界に入れつつ、その方向へ晶は地面との間隔があまりない低空飛行を行っていた。
右手に持つ柄の刀身は既にその形を無くしており、代わりに左手に同様の物を手にしていた。
追従する六振りの黒剣――晶の魔翼は上からの襲撃の為に、横並びで覆い被さる様に追従していた。
「そろそろか……」
点滅する鳥が次第に近くなっていき、広場に向かっているのか建物も少なくなり視界も開けてくる。
その中央には、銃剣を装着したライフルを持つ大男が、こちらに銃口を向けていた。
鍛えられた体には小さく見えるライフルに、光が集まっていく。銃口周りにリング状の魔法陣が形成され、ライフル全体には枝分かれした光線が引かれていく。
「結合――発射」
大男は引き金を引き、弾丸は魔法陣を通過していく。
魔法により強化された弾丸に対し、晶は加速を選び白雷を再び纏う。
意思を持つかのように晶へ向かう弾丸へ、魔法を纏った黒剣の一本を剣同士で反発させて撃ち出す。
斜めに地面へ刺さった黒剣の刀身は、弾丸を弾き、後に続いた晶は刺さった黒剣の刀身を蹴り、さらに加速を行う。
その反動で抜けた黒剣は、置いて行かれぬように再び追従を始める。
加速した晶は、両手に魔法を伝達させて刀身を生成。
一瞬で相手の懐に飛び込み、回転の勢いと共に両手の刀で首を斬り落とす。
「速いな。だが、武器が脆すぎる。鋼鉄を斬れる程度では俺は斬れんぞ」
「そうかよ」
そのはずだった。
振り切った刀は途中から折れ、弾き飛ばされた刀身は彼方で光へと変わっていく。
大男の首には傷1つ見えず、首を鳴らす程余裕を見せている。
晶の赤い瞳に映る男の碧眼は、戦いに似合わぬ喜びを浮かべていた。
8話かけて、やっとバトルを始められました。
≪世界観まとめ≫
・アドバンスド:Aランク魔法師の別称。上位魔法師とも。昔の名称でもあり、若い世代ではあまり使われない。
・多目的飛行魔法:通称”魔翼”。発動時に背中に紋章が浮かび、それぞれの形状で魔法が展開される。使用者の魂と深く結びついている為、魔法自体も共に成長し、機能の追加などが行われる。
・空魔師:魔翼を使える魔法師の総称。公式、非公式含めた魔法師の内、3割しかいないとされる。
・ハーティスト:対魔法師大型兵器。ハートと呼ばれる鉱石を動力とした兵器で、強力な魔法を使う魔法師に対抗するべく作られた兵器。搭載している装置の都合上、人型が多い。