死神の嘆き
ある街。
オフィス街の路地裏。
薄暗く、埃まみれのゴミ箱が放置されたその場所に響く声。
「クソッ!クソッ!クソッ!」
機嫌の悪い男が一人。
煤けて灰色に近くなったジャケットを羽織る彼は、足元の缶を蹴りながら歩いていた。
「どいっつも!こいっつも!俺のせいにっ!しやがっ、てぇ!」
思い切り缶を蹴る。
コァン!という鈍い音を響かせながら空きカンはゴミ箱へ。
が、蓋の空いてないゴミ箱に当たり跳ね返ってくる。
「あいだっ!」
男の眉間にクリーンヒットだ。
「けっ・・・空きカンにすら嫌われてやがる・・・。」
男は空を見上げる。
気持ちを顧みない、澄んだ青空が広がっていた。
これでも俺は死神だ。
ザッと500年はこの仕事をやってるからな。
死神の中でもベテランの方だ。
昔は大鎌背負ってブイブイ言わせてたもんだ。戦争も多かったし、魂を運ぶっつう死神の仕事は絶えなかった。原因のわからない事象も多かったからな。死神への信仰もかなりの量があったもんだ・・・。
だが、今や戦争はほとんど起きねえ。起きてもドンパチやらずに貿易だの情報だので戦うもんだから、死人が明らかに減った。
昔は原因のわからなかったことも、科学の力で解明が進んじまった。おかげさまで死神信仰も右肩下がりだ。
神ってのは造られたもんだ。
人間が誰のせいにも出来ないことを『いるかもしれない何か』のせいにして、結果として生まれるのが俺らだ。
いるって思われることこそが、俺たちの力なのさ。だから信仰の低迷は、俺達の力が減ることと同義だ。
同期は随分と減ったよ。みんな消えていった。信仰がなくなれば魂は消える。魂の消えた神は霧散してなくなるだけだ。俺はまだ足がついてるが・・・いつ消えるかわからねえ。
そう・・・つい10年くらい前までは。
澄んだ空を見上げる。
目を細めて、そこにいる『それ』を睨む。
「見つけ・・・たっ!」
死神が飛ぶ。
それは獲物を見つけた猛禽類のように、一直線に空を疾る。
『それ』はこちらに気づくと、更に高く昇ろうとする。
が、それよりも死神は速かった。
ザシュィン・・・!
一閃、どこからともなく現れた大鎌が『それ』の白い翼を黒く塗り潰す。
「アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
金切り声のような悲鳴が響く。
切り落とされた翼から、死神の黒が『それ』の身体を飲み込んでいく。
「けっ・・・俺は死神だぞ。見つけた獲物を逃すわけねえだろうが・・・。」
「ギギギッ・・・最後の死神ガ・・・天使ニ逆ラウカ!」
「ああ?てめーらが雑に魂持ってくから俺の仕事が増えるんだろうが。信仰が足りねえからって、先の長い若え命を狩りやがって・・・」
「ガァッ!神ハ絶対ダッ!人間ハタダ信仰スレバヨイノダッ!ナノニヤツラハッ!我ラヲ造ッテオキナガラーー」
「もういい、黙れ。」
天使の首が飛ぶ。
黒に染まった天使は、灰と化し消えた。
10年前、神は天使を増やすために人間の魂を摘み取ることを決めた。若く、大人になりきらない魂ほど良質な天使が造れることから、10代後半の少年少女の魂を中心に狙った。
魂には燃料が詰まってる。俺達はその燃料が尽きて動かなくなった魂を運び、地獄の釜で燃料を積み直す。そうして動くようになった魂を世界に下ろし、新たな命とする。
俺達のやることはあくまで魂の循環だ。意図的に殺すことはご法度だし、その魂を輪廻から外して勝手に使うことも許されてねぇ。
だが、あいつらはそれに反した。
自分たちが消えることを恐れた。なにより、あいつらは自分たちが『正しいモノ』だと信じている。人にそう造られたからな。
だからってルールに反しちゃならねえ。
結果として、人々の神への信仰は高まった。
現代科学をもってしても解明出来ない謎の死だからな。
だがあいつらは3つほど抜けていたのさ。
1つは古来より、死に対して起きる信仰は死神のもんだってこと。
2つ目は、かつての神話が新たな神の生まれを阻害しているってこと。
そして3つ目は、まだ死神が生き残ってたってこと・・・。
死神は地に降りる。
大鎌は虚空に消え、男は腕を組み直す。
「ハア・・・あいつらが暴れてんのに、どうして俺のせいにするかなあ・・・。」
深くため息をつく。
「無駄に力が強まっちまった。パワーバランスがわからなくてバイトでミスばっか。おかげで今月5回目のクビだ・・・。」
男は空を見上げる。
あいも変わらず澄んだ空。
男の憂鬱なんてカケラも考えられてない。
もう一度深くため息をつき、男は路地裏の暗がりに消えた。
ひしゃげた空きカンだけが、そこに残った。