1-2-3.異世界無双!は夢でした
異世界に神様がいたら言いたい。…もう少し強い力が欲しかった。と。
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ほーら。僕の右手に宿った剣の力が暴れまわるぜいぃ!?
一振りで地面を吹き飛ばし、二振りで空が割れる。そして奥義を放てば敵の姿が消し飛んでいく。
このチート能力で、僕は異世界の王として君臨するのだ!スライムがどうした!ファンフローグがどうした!僕の前ではどんなモンスターも紙切れに等しい!
さぁ…僕の異世界君臨道がここから始まる。
まずは…目の前にいる青いスライムから血祭りにあげてやる!
…ってなったらどんなに良かっただろうか。
結晶が光り輝いた後、僕の右手には灰色の剣と結晶がペンダントになったネックレスが現れていた。それ自体は異世界転移という観点で見れば理想の展開だ。
今、結晶は首にかけて服の中にしまっている。
灰色の剣は右手に握りしめている。
戦力値だけで見たら僕の戦力は倍以上に跳ね上がっていると思う。だってさ、剣だよ?普通に現実世界で持っていたら銃刀法違反で逮捕されるものを持っているんだ。
ま、開き直るけど…数値上は倍以上に跳ね上がっていても、実際の戦力は変わってないか微増だと断言できる。
…ん?その右手に持っている剣で斬って倒せばって思った?…勿論試したんだよ。
「せいっ!」
なんて掛け声で斬りつけたんだけど、パクっと斬り口が開いたかと思うと、プルン!って元に戻ったんだ。プチっとするプリンがお皿の上にプルン!って戻る位の躍動感があった。
これを何度か繰り返したけど…まぁ効果は無い。突き刺しても手応えが無いし…。
最終的にスライムがグニョグニョと太い触手を伸ばし始めたから非難した。幸いなことに触手は1m位しか伸びなかった。これが際限なく伸びてたら僕は既にスライムの餌になっていたと思う。
…で、今現在僕が何をしているのかって言うと、恥ずかしながら再びの逃走中だ。
右手に持つ灰色の剣は何故か重さを殆ど感じないので、逃げる上で重量的には問題が無いけど、片手が塞がるから微妙に不便だったりもする。
一応弁明…ではないけど、今は単純に逃げ回っているだけじゃない。どうにかスライムを倒せないか模索しながらの逃走だ。時々斬りつけたりして様子を見るけど、効果が無いのは否めない。
なんていうか…スライムってこんなに強いの?って思ってしまう。普通は勇者が序盤でレベル上げの為に倒しまくる土台になるモンスターでしょ?
僕が読んだラノベでも多少の苦戦はあったけど、ここまで苦戦したのは見たことがないけどなぁ…。なんと言ったって戦闘時間はもう1時間を優に超えてる。
スタミナの限界が見えてきからか、焦燥感が微妙に募り始めてきているんだよね。どうしよ。
「龍紅!弱点を探すんだよ!」
木の上からそう叫んでくるのはノルン。…そんなの分かってるって。むしろそれが分からないから逃げてるんじゃないか。ってかいつの間に木の上に…。猿?猿なの?
「弱点が分からないんだって!」
心に秘めた「猿」って言葉は飲み込んで、僕は叫び返す。
「ん~…でも弱点が無い生き物はいないはずなんだけどなぁ…。」
顎に指を当てて探偵みたいに考え込むノルン。
あぁ、可愛いさ。可愛いよ?でもね、僕が今この瞬間に求めているのはそれじゃないんだっ。
お、落ち着こう。
…うん。まぁそうでしょう。人間でも弱点があるんだから、同じ生物のスライムに弱点が無いって考えるのはおかしいかもしれない。でもね、分からないんだから仕方がない。ってかスライムは生物だよね?
スライムの弱点なんて殆どのラノベではコアがあって、それを壊せば倒せるっていう簡単な仕組みなんだけどな。
現実にそんな簡単にコアが見えるわけないじゃないか。
「……あれ、今の…ちょっと待てよ。」
自分の考えに突破口を見つけた僕は、足を止めると再びスライムを見る。もし、僕の仮説が正しければ…。
グニョグニョと蠢きながら近づいてくるスライム。時間が経つにつれてグニョグニョ感が激しくなっている気がするな…。
そして、ギリギリまで観察した僕はスライムの直撃を受ける直前で横に避ける。僕という目標を外したスライムはガン!と車に当たって動きを止めた。気絶したとか?…いや、車に触手を這わせているから違うか。車を食べられるか確認しているのかもしれない。
「あった…かも。」
多分…だけど、スライムの中心に少しだけ色合いが違う部分がある気がする。
僕の仮説は、スライムの身体の色と同色のコアがあるのではないかという内容。コアが無いんじゃなくて、コアが見にくいだけだとしたら…それを壊せば倒せる可能性がある。
そして、スライムの中心にそれらしきものが見えた以上、剣で壊せないか試さないと。
問題は…ゼリー状の体の中心まで斬らなきゃいけないから、ある程度踏み込む必要がある点だ。下手をしたらスライムに飲み込まれてしまうかもしれない。そうなったら肌が溶かされて激痛が…ぉぉおお怖い。
灰色の剣を握りしめる僕の手に自然と力がこもる。そういえば…灰色の剣の表面は何故かざらざらしているんだよね。普通は鉄で出来た剣ってツルツル?ピカピカ?してると思うけど、何か理由があるのかな?
「やるしかないか…。一気に振りぬくように…。」
僕は…覚悟を決めた。何かきっかけがあったという訳ではない。敢え言うのなら、これまで逃げ続けてきたという事実が僕の男としてのプライドを奮い立たせたんだと思う。…なぁんてね。
単純にもう逃げ続けるのが限界だったんだ。精神的にも体力的にも。だから、ここで男らしく賭けに出たってわけ。
灰色の剣を握りしめる右手に左手を添える。そして剣先を後方に、剣自体は身体の左側に持っていった。イメージは居合切りだ。これでスライムを上下真っ二つにする作戦だ。
相変わらずグニョグニョ気持ち悪く動くスライムは、車に這わせていた触手を引っ込めると、再び僕目掛けて移動を開始した。…車は食べないらしい。
「逃げない…逃げないぞ。」
斬りつける瞬間を見極める。素人感覚なのが怖い所だけど、しっかり斬りつけて、すぐに離脱できるタイミングを掴まなければならない。
近付くスライム。蠢く触手。グニョグニョン波打つ体。…最初の王道ロープレ雑魚モンスターみたいな可愛らしさはどこにいったんだ。ゲームと現実の差だね。
「ここ…だ!」
僕は直感を頼りに踏み出し、灰色の剣をスライムに向けて放ち、振りぬいた。ブルンという感触が剣越しに伝わってきたが、それも一瞬だった。スライムの体を通り抜けた剣は解放され、その瞬間に重心を崩してしまった僕は前のめりに倒れてしまう。
「いつつ…。」
斬った後はダサかったけど、感触はあった。スライムの体を斬った時に何か硬いものに触れる感触があったんだ。きっとあれがスライムの核…なはずだ。
結果を確認するために振り向いた僕は、喜びの表情を…浮かべる事が出来なかった。
いつの間にか…僕の体の上に大きな膜状に広がったスライムが覆いかぶさってきていた。
「そんな…!」
あぁ…つまり、僕は失敗したんだ。
この体勢からスライムの覆いかぶさりを逃れる事は難しい。あとは…神にでも祈ってみようかな。
ギュッと目をつぶる。…痛くないといいな。でも、溶けるって絶対に痛いよね。スライムの体に鎮痛効果があったら良いのに。
……。
「龍紅!やったんだよ!」
…はい?…………そういえば何も来ない。
薄っすら目を開けると、スライムがどんどん収縮していく最中だった。
その中心には半分に割れた球体があり、周りのゼリー状の体部分が消え去ると、球体にヒビが入り…霧になって消えていった。
「終わった…?」
「龍紅すごいじゃん!やったね!雑魚モンスターでも倒せたのは大きな一歩なんだよ!」
なんだ?褒められているのにちょっとディスられている気がするのは気のせいだろうか。
「これって倒したって事でいいんだよね?」
「ん?うん。だってコアが壊れて死んでたし。」
「だよね。……ってなんでコアって知ってるの?」
「げっ。それはあれなんだよ。偶然なんだよ。」
「いや…偶然でコアって単語が出てくるとは思えないなぁ。」
「そうかなぁ?私はそういう事もあると思うんだよ!それよりも、討伐目標を倒したんだから現実世界に変えれるはずなんだよ!良かったねっ。」
そう言ったノルンはニコッと満面の笑みを浮かべる。ハーフ寄りの顔立ちという事もあって、その破壊力は抜群だ。幼女マニアがみたら、数万円を払ってでも写真を撮りたがるかもしれない。
諸々の大切な情報を小出しにしてきている気がするけど、今は話の流れに乗る事にしようかな。…後でしっかり問い詰める事を忘れないようにしないとね。
「あのさ、その討伐目標だけど…どうやって確認するんだろうね?」
因みに…こうやって聞いたのは、今のノルンの話し方的にスライムが討伐目標って断定しているように聞こえたからだ。
「え?スライムが討伐目標だから頑張って戦ってたんじゃないの?」
ところが、ノルンの返事は龍紅の予想の明後日をいくものだった。
つまり、本当に何も知らないのか…?それにしては討伐目標とかコアって単語を知っていたりと不審な点はあるけど…。
あ、分かった。謎の美少女…美幼女?キャラを狙ってるな。
「残念ながらそうじゃ無いよ。」
僕がスライムと戦うと決心した過程を話すと…。
「なるほどっ。龍紅は頭がいいんだよっ!」
なんて言って、何故か目を輝かせて褒めてくれた。調子が狂うけど、まぁ良いのかな。…良いのか?諸々誤魔化されてる気がする。
それにしても…問題が1つある。スライムを倒したのに現実世界に戻れないんだ。つまり、別に討伐目標がいるって事だよね…。
正直スライムより強いモンスターが出てきたら勝てる気がしないんだけど…。
「ん?何か聞こえるんだよ。」
ノルンがキョロキョロと周りを見渡す。
…え、続けてモンスターとか本当に無理。
「あ、あっちかも。」
そう言ったノルンが指差した方向を見ると…パリィン!という何かが砕け散る音が響く。
そして、建物の隙間から1人の男が姿を表した。
「おじさん登場だねっ!」
おじさん…まぁ確かにおじさんだ。ただ、見た目が一般人じゃぁない。上半身には銀色の鎧を着てるし、腰には茶色の太いベルトみたいなのが十字にかけられて、何やら道具みたいなのがチラチラ見えた。
なんてゆーか、ファンタジー世界から現実世界に紛れ込んでしまいましたって感じの出で立ちだ。…あ、そもそもここは異世界か。
そんな風に自分を納得させていると、ファンタジー風のおじさんは僕とノルンの方に歩いてくる。歩く度にガチャガチャと金属がぶつかる音が聞こえる。カッコいいってちょっと思っちゃうのは、仕方がないだろう。だって男の子だもんね。…間違えた。男だもんね。
「よぉ。お前達、俺の転移に共鳴した奴らだろ?…反応は1人だった気がしたんだが、まぁいいか。」
「あ…どうも。」
敵意は感じないし…なんとなく強そう。
「ったく、そもそも街中で共鳴をONにする事自体が危ないってぇのに。」
「えっと…共鳴って…?」
「あん?」
自分が理解できない単語を軸に話しをされてもよく分からない。共鳴ってなんだ?
…ん?そう言えば、ノルンが異世界に転移する前に共鳴って言ってた気が。
僕はノルンへ視線を送るが、ノルンはキラキラした目でおじさんを見ていて僕の視線には全く気づかなかった。…普通、これって気づく場面だよね?
「おじさん…カッコいいんだよ!その鎧とか…もうトキメキなんだよっ。」
「はっはっは。ありがとな嬢ちゃん。…にしても、お前さんは共鳴も知らないって事は初めての転移か?」
「いえ、今回が2回目です。とは言っても1回目は何もできなかったんですけど。」
「なぁるほどな。ま、ここで始めから堂々と戦える奴なんて殆どいねぇ…。」
「ねぇおじさん!鎧に触りたんだよっ。」
「おうよっ。好きなだけ触りな。ってかお前達は何で一緒なんだ?2人とも資格持ちか?」
「何故一緒なのかっていうと…この娘に追いかけられたからですかね。資格持ちって何ですか…?」
「それすらも知らねーか。」
「すっごいすっごい!カッコいい〜〜!!!」
…もう完全にテンション爆上がりのノルンのせいで話が前に進む気がしない。
どうやらそれはおじさんも同じように感じたらしい。
「…だぁぁぁ!」
おじさんが焦れったそうに叫ぶ。
そして、鎧をペタペタと楽しそうに触っているノルンを抱え上げると立ち上がった。
「ったくしゃぁねぇな。先ずはお前達の事情を説明しろ。その後に俺がこの世界について教えてやる。」
「あ、ありがとうございます。」
「モンスターは…さっきぶっ倒したから出ねぇだろ。」
後方を振り返ったおじさんはニヤッと笑った。…ニヒルなおじさんのかっこよさが染みるぜ!
「先ずは自己紹介だけすっぜ。俺は来栖涼。よろしくなっ!」
ニッと笑ったおじさんの無邪気な笑顔を見ながら、僕は差し出された手を握った。
これが、僕の異世界冒険が始まる握手だった。
スライム倒すのに時間かかりました。笑
次回からは異世界のシステムに関わる話が中心になります。




