1-2-2.スライムと戦う僕の基本戦術は…逃げる!
レベル1でスライムを倒す勇者って…実は凄いんじゃないかな?
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僕の目の前に現れたスライムは、頭頂部っていうのだろうか…1番上の部分がチョンと立っていて、某人気ロープレの雑魚キャラにしか見えない。目とか口はないけど、それ以外はそのまんまなんだもん。
普通モンスターが現れると緊張感が漂うと思うけど、こいつの場合はちょっとだけ可愛らしさも感じてしまう。
まぁ色が変わると強さも変わるし、1番弱い奴でも強い魔法を覚えた気がするから…潜在能力は侮れないかもしれないけど。油断大敵…この言葉は忘れないようにしておいた方がいいかも。
そんな僕の現実逃避気味思考はともかく、このスライムと戦わなきゃいけないのかが、非情に重要なポイントだよね。
スライムなんて楽勝!…なんて思ってて、死んじゃったら取り返しがつかない。だから…極力戦うことだけは避けたい気持ちで一杯だ。逃げるか?…うん、逃げよう。
「龍紅!頑張るんだよ!」
気づけば僕の隣にいたはずのノルンは離れた建物の陰から顔だけ出して応援している。…その逃走スキルが僕にも欲しいよ。
しかも、ノルンは僕が戦うと思っているらしい。いやいや、僕は勇者じゃぁない。普通の一般人だ。戦いなんてものとは妄想以外では無縁なんだ。
「ノルン…こいつと戦わないで逃げても良いと思わない?」
「え?何を言ってるのか分からないんだよ?異世界転移の時は討伐目標を倒さないと帰れないんだから、倒さなきゃでしょ!?」
…おい。今なんて言った…?討伐目標?
つまり、異世界に来ると討伐目標のモンスターを倒さない限り帰れないって事なのかな?
ノルンが言っている事が本当だとすると…このスライムを倒さないと現実世界に帰れない事になるよね。
因みに、スライムは僕を狙うつもりが有るのか無いのか…ウネウネと動きながらその場に佇んでいる。
…覚悟を決めるしか無いのかな。いや待て。その前に確認しなきゃいけないことがある。
「ノルン!」
「なに〜?」
気軽な返事にちょっとイラッとしてしまった。幼女相手に大人気ない。
「さっきの討伐目標ってさ、どうやって確認できるか知ってる?」
「知らないよ?」
「じゃぁさ、スライムが討伐目標じゃない可能性もあるよね?」
「あ…そうかも!龍紅凄いね!」
あぁ…そうですかい。つまり、僕はスライムを倒すしか選択肢に無いわけだね。
スライムが討伐目標なら倒せば帰れるし、違ったとしても戦う経験を得られるって考えるしか無い。スライムより強いモンスターが討伐目標だった時に、戦闘経験の有無は大きな違いだもんね。
こうなったら…無理やりにでもポジティブシンキングでいくしかない。
…という訳で、僕はおっかなびっくりスライムに攻撃を仕掛けてみる事にした。
特に武器も何も無いので、近くにある小石を拾って投げる。…え?直接殴らないのかって?そりゃぁねぇ…中には人を溶かすスライムも存在するじゃない?ラノベで時々見るし。そうだった時が怖いからね。
さて、僕が投げた小石はポニュンっとスライムの体に当たると跳ね返された。
「…。反応しないね。じゃぁ…もう少し強く。」
今投げた小石だと小さすぎて投げにくいし威力も出しにくいので、もう少し大きめの石を見つけ出す。
そして、僕は野球の投手ばりに振りかぶって全力で投擲した。
さっきとは比較にならない速度で飛んだ石は(まぁ素人レベルの投擲に過ぎないけど)、スライムの体にめり込んだ!
「おっし!。」
無駄に達成感を感じる。どうよスライムさん。
…と、僕の余裕綽々な時間はここで呆気なく終わりを迎えるのだった。
スライムがグニュグニュっと動くと、僕の方に移動を開始したのだ。しかも…意外と移動速度が早い。大人が歩くくらいの速度はある。
近付くのが怖いので5m位の距離を保ちながら逃げる。ここで困った事態が発生した。スライムが僕を追掛ける事を止めないんだ。
逃げる。建物の陰に隠れる。見つかる。逃げる。高い所に登ってみる。普通に登って追いかけてくる…ナメクジみたいな動きだよね。逃げる。
こんな漢字で追いかけっこを10分くらい続ける。その合間にノルンが「早く攻撃してよ〜。」とかなんとか言ってるけど、そんな余裕は無かった。
だってさ、さっきなげてめり込んだ石が少しずつ小さくなっていくんだ。つまり、スライムには物を溶かす能力があるって事だよね。石が溶けるって事は、人の肌はもっと早く溶ける可能性があるし。
ふと思う。このまま逃げ続けていても、僕の体力が切れて終わりじゃない?スライムに体力ってかスタミナがあるかも謎だし。
つまりだ…叩いても、何しても無駄な気がするけど、色々と攻撃を試してみるしか無いのか…。
この後、僕は様々なもので攻撃を試した。工事現場に置いてある黄色と黒のシマシマの棒とか、看板を投げてみたりとか、木の枝を突き刺してみたり、クレープ屋さんの中にあったフライパンで叩いてみたり。
この壮絶?な攻防の中で、スライムの特徴もわかってきた。どうやら体を変形させる事が出来るみたいなんだ。
とは言っても、凄い変形ができる訳ではなくて、目の前にいる相手をゆっくり囲うように…ん〜と、ドーナツ状みたいな形に変形して取り込む。みたいな感じかな。
そして、15分以上に渡って戦いを繰り広げた僕は、一つの結論に達した。
「倒せないね。」
…情けないって思ったでしょ?
でもさ、良く考えてみて欲しい。僕は普通の人間なんだよね。魔法使いのお兄さんみたいに魔法も使えないし、ファンフローグから助けてくれた男の人みたいに銃も撃てない。そもそも武器も何もないしさ。
で、目の前にいるのは全ての攻撃を無効化(僕の仮説では)するスライム。
倒すより逃げる方が最善な気がするのは気のせいかね…。
…あ。燃やすってのはどうだろう?スライムって水分が多そうだから、燃やすとか熱とかそういう系で蒸発させたらいけそうかも。
僕は近くの古着屋さんの中に置いてある洋服を集めて山にして、ポケットに入っているライターを取り出そうと手を突っ込んだ。
「…あれ?無い?」
あ、念の為に言っておくけど、煙草は吸いません。式場で働いているとライターが何かと必要になるから常備してるんだ。
え〜っと…困ったな。どこで無くしたんだろう?
僕は油断をしていた。これまでの攻撃でスライムから攻撃という攻撃を受けていなかったから、のんびり倒す方法を見つければ大丈夫なんて…心のどこかで思っていたんだと思う。
気づけばスライムが間近に迫っていたんだ。これまでよりも速い速度で。
慌てて距離を取ろうとしたら服の山に足を取られ、僕はすっ転んだ。手をポケットに入れたままだったから受け身も取れず…右半身を強打してしまう。
…まずい。このままだと…スライムに捕まってしまう。恐怖心が込み上げてきた僕は、ポケットから手を出して這うようにして立ち上がる。
キィーン
ん?何かが落ちる音がした。
それは…式場で入社式の後片付けで拾った結晶だった。あぁ、確か問い合わせがあった時のためにって拾って、ポケットに入れっぱなしにしたんだっけか。
「って…うわ!」
スライムが伸びて僕にのしかかろうとしていた。咄嗟にサイドステップで避けた僕は逃走する。
スライムの移動速度が上がった今、逃げ続けていたら僕の体力切れが訪れるのは明白だった。
何とか倒す方法を見つけないと。
…ビルの屋上に誘い出して上から落とす。
…火種を見つけて、もう1度燃やせないかチャレンジ
…巨大冷凍庫で凍らせる?
色々と案は浮かぶけど、イマイチ現実的じゃ無い気がする。…ってか、スライムの動きスピードがどんどん早くなってる気がする。
「はぁ…はぁ…。」
息を切らしながら走って逃げ回る僕は、気づけばさっきの服の山の近くに戻ってきていた。もうこの服を使う事はない。走って通り過ぎようとした時に視界にキラリと光るものが…さっき落とした結晶だ。
…一応拾っておくかな。異世界で無くしたものが現実世界でも無くなっていて、しかも本社からこの結晶みたいなやつが落ちてなかったかって問い合わせがきた時が怖いし。
もし、これが社長の持ち物だったとしたら…そう考えるだけで恐ろしい。会長は自分の女に関わる事にはトコトンうるさいからね。
という訳で、僕は身を低くして走りながら結晶を手にする。…と、ここで違和感に気づいた。
「あれ…こんなに光ってたかな。」
その結晶はほんのりと光が灯っていた。確か拾った時は光ってなかった気がするんだよね。青色に光っているので、何というか綺麗だ。
しかも、温かい感じもする。
ふと、アイディアが閃いた。これをスライムに投げつけたら倒せるって無いかな?
…うん。ものは試しだ。
僕は走っている脚に急ブレーキを掛けると、振り向いてスライムを真正面から見据えた。あ、怖い。正面から何かが速い速度で近づいてくるのって恐怖感を煽るけど、それが得体の知れない生き物だったら尚更だよね。
足が竦みそうになるけど、僕は気力をふり絞ってスライムの突進を横に避けた。…危ない…!!直前でスライムが伸びてきたよ。ビビッて早めに横へ跳んでなかったら掴まってたかもしれない。
そして、結晶を握りしめた僕は一縷の望みを託して投げ……ようとした。
「何だこれ…。」
手に持つ結晶の輝きが強くなっていた。
指の隙間から光が線になって漏れるレベルの光り方だ。
そして、急ターンして僕に突っ込もうとしていたスライムはその輝きが嫌なのか、動きを止めてグネグネ動いている。
「え、ちょ、ちょっと…!?」
そのまま光はどんどん強くなり…視界が白に埋め尽くされていく。
そして、光が収まった時…僕の右手には結晶がペンダントになったネックレスと、灰色の剣が握られていた。
この時、呆気に取られながら僕は思った。
突然現れた剣で戦うってさ…無理ゲーだよね。
基本逃げ続ける龍紅でした。
異世界に行った一般人がどうなるのかなー。と想像しながらの執筆でした。
そして遂に、異世界っぽく能力が…?