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1-1-4.日常…セクハラ営業マンとスモークマシン

 異世界から戻ってきた翌日。どんなに酷い体験をしたとしても、現実世界で僕は結婚式場のマネージャーとして仕事をしている。

 つまり、休む事は許されない。まぁ仮病を使えば休めるけど…そういうのは趣味じゃないからね。

 休みたい気持ちを全力で押さえ込んだ僕は…事務所の前に立っていた。


 ドアの前でゆっくり息を吸う。心を落ち着ける。

 大丈夫。大丈夫だ。これは…日常だ!


「おはよー。」

「あ、檜山マネージャーおはようございます。」


 ガチャリとドアを開けて事務所に入った僕は、努めていつものテンションを意識した。

 一番に挨拶を返してくれたのは菊地さんだった。相変わらずの癒しスマイルが眩しい。不審な顔をされてないし、最初の入りは問題ないかな。ってかなんでこんな当たり前のことですらも意識しなければならないんだろう。

 ってか、菊地さん以外のプランナーが誰もいない?


「あれ?他の皆はどうしたの?」

「あ、皆ならトキメキハウスの営業の方が演出を見せて下さる約束になっているので、デスペラード邸に行ってますよ。」

「…あーそういえば今日はその日か。トキメキハウスの人って…横道さんだっけ?」

「はい。うぅ…私、あの人嫌いです。」

「まぁ…普通の女性はそうなるよね。」


 本当に嫌そうな表情で言うもんだから思わず苦笑いしてしまう。

 まぁねぇ。横道さんはかなりイッちゃってるキャラだからね。正直に言えば、女性が多い職場からは出入り禁止をくらってるじゃないかってくらいに…下ネタが多い。

 話し方も嫌らしいから、生理的に受け付けない女性が多いのは想像に難くない。

 そういう僕もあまり好きじゃないんだよなぁ。出来れば会いたくない。その方が爽やかな一日を過ごせるから。

 きっと菊地さんがここにいるのは、部下に見せるって名目を使って横道さんに会わないようにしているんだろう。敢えて責める事は避けよう。それが理解できるくらいのセクハラおじさんだから。

 でも僕はそういうわけにはいかない。だってマネージャーだし…顔は出さなきゃダメなんだよな。


 僕のいる式場はブライトネスウインドという名前で、敷地内の中央にチャペル、向かって左にデスペラード邸と待合ルーム、向かって右にマグナム邸宅とその裏に事務所がある構造をしている。

 その事務所から出た僕は、裏通路を通ってデスペラード邸へ向かった。

 木目調の邸宅であるデスペラード邸は、60名収容の小規模対応のバンケットだ。最近は婚姻年齢の上昇に伴って落ち着いた雰囲気を求める人が多いからか、5年前より稼働率が上がってたりもする。

 年齢層の上昇から、少人数の結婚式だったり、落ち着いた雰囲気を求めたり、家族婚で考えたりなど理由は様々だから一概には言えないんだけどね。

 因みに僕自身の趣味でいうとデスペラード邸の方が好きだ。マグナム邸は真っ白で落ち着かないんだよね。こっちの会場はデスペラード邸とは真逆で最近はやりの白とか白緑とか、後は前から人気の白ピンクなんていうコーディネートが生えるから20代後半の女性

を中心に人気の披露宴会場だ。収容人数も130名なので、大人数結婚式まで対応可能。


「あら。メイン扉が開いたままだな。」


 いつもなら閉まってるんだけど、珍しい。

 そのままヒョコッと顔を出した僕は、突如白い煙に襲われた。

 …もしかしてファンフローグがここに!?

 そんな警戒音が僕の頭に鳴り響く。…が、杞憂だった。


「あぁ〜〜すいませんマネージャァー。決してこの煙を吸い込んだからといって、欲情する事はありませんのでねぇ。とは言ってもこの少し甘い匂いは男女が愛を育む仮宿…そう、愛の聖地でも記憶があるのは私の気のせいだと良いのですがねぇ。」


 そんな訳の分からない事を話しながら僕の腕をヒシッと掴むのは、スーツ姿の男だ。そう、彼が横道大輔だ。


「ケホッケホッ…。この煙は何ですか?しかも人に向けて放ちます?」


 男の言う甘い匂いというのは確かにその通りだけど、一瞬でもファンフローグの事を思い出してしまった僕の機嫌は悪い。ついつい責め口調になってしまった。


「あぁんそんなに怒らないでくださいよぉ。」


 …気持ち悪い。新宿3丁目を縄張りにしていそうだ。

 横道さんは僕から離れると入り口近くに置かれた長方形の物体に向かって歩いていく。


「ご覧くださぁいぃ。これが本日ご紹介のアイテムの一つで、スモークマシンフォームドでございますよぉ。」

「これ…今までのスモークマシンと何か違うんですか?」


 デスペラード邸に集まっている部下の皆に視線を送るが、全員が首を傾げるだけである。

 そんな僕の懸念を察知したのだろう。横道さんが両手を上げてブンブン降り始めた。


「ちょっとちょっとぉ!まだこれから見せるんですよぉ?さっきは試運転の試し撃ちをしたんですねぇ。そうしたら檜山さんが入ってきたんですよぉ。」


 あぁ、つまり完全に僕の間が悪かったわけね。

 ちょっと怒って責め口調になっちゃって悪い事を

したかもしれない。でも…ねぇ?あの怪物を思い出しちゃったんだから許してほしい。決してその事実を話す事はしないけど。

 だってさ、普通はそんなの話したら気が狂ったって思われるでしょ?

 というわけで、意識的に気持ちを切り替えた僕は、それならば…と、実際にスモークマシンフォームドの性能を見せてもらうことにした。


「おぉ…。」


 思ったよりも凄い。通常のスモークマシンっていうのは、そうだなぁ…アーティストのライブで登場シーンで使われたりする煙みたいな感じでしか煙を出せないんだよね。今までウチの結婚式場で使っていた演出も同じだ。

 でも、横路さん紹介のスモークマシンフォームドはハートとか星型で煙を射出していた。

 うん。いいね。両サイドからハート型の煙が近寄ってくるっていう演出で使えば、写真映えも映像映えもする。風がない日ならチャペルの外でフラワーシャワーと一緒に使っても良いかも知れない。


「どうですかぁ?この煙のように儚いハート…まぁ煙なんですが、これこそ一瞬で燃え上がる性欲が放出と共に落ち着くのに似ていませんかぁ?これこそ…人間の真理を表した芸術なんですよねぇ!」


 はい、始まった。このエロトークが無ければ全然良い人なんだけどねぇ。猫背で中肉中背で、しかもエロトーク。普通に見たらただの歩くセクハラ親父に間違いない。

 でも、前に他の取引先から噂で聞いたんだけど…横道さんの営業成績はトキメキハウスの中でもトップレベルらしく、業界では有名らしい。

 見かけによらないっていうか…もしかしたらあのエロトークの印象が強すぎて、仲良くなっちゃうのかも知れないね。

 結婚式場ってプランナーは女性が大多数だけど、支配人とかの責任者って男な事が多いからね。もしかしたら風俗接待とかしてたりして。

 …なんて邪推をしている僕の横に気付けば横道さんが立っていた。


「うわっ。ビックリした。」

「おっとぉ?男の私に欲情されても…応えられませんよぉ〜?これでも私は健全な性欲の持ち主ですからねぇ。」

「いや、横道さんに欲情なんて絶対にないのでご安心ください。」

「言いますねぇぇ。それはそうと…まだまだ新しい演出があるので、トコトン見てもらいますよぉ?」


 この後、エロトークと一緒に10個の新演出の紹介を受けることになるのだった。

 …え?何か新しい演出を取り入れたかって?

 まぁ僕が全ての権限を持っていたら取り入れても良いかなって思う演出はあったけど、残念ながらウチの会場には最高意思決定者の会長がいるからね。

 どんなに良くて、社員全員が押していても会長のひと声で不採用にもなるからなぁ。僕がするのは今日の新演出についてまとめて提出して、後は社長やら会長がどう判断するのかを待つだけ…かな。

 まぁ魅力的だと思った商品に関しては、報告書で盛るけどね。


「あれ?このスモークマシンフォームドだっけ?横道さん忘れてない?」

「え?マネージャーの了解を得てるから置いていくって言って帰りましたよ?」

「あの男…。」


 やられた。売り込むために勝手に置いていきやがった。確かにここに置いておいて、会長が来た時に見て「良いじゃないか!」って言ったら採用が即決定だもんな。

 絶対横道さんはそこまで狙って置いてってるはず。

 …まぁ、いいか。ブライダルフェアで会場の見学にきたお客様に見せたら、反応が良いかも知れないし。他の会場にも置いてなさそうだから…うまくいけばこの演出がきっかけで成約になるお客様も増えるかな?




 それから週末にかけて、僕は何の変哲も無い日々を過ごした。あの異世界で過ごした1時間位(そんなもんだった気がするけど…)の短い時間が現実だったのか、それともただの妄想だったのかは最早分からないし、考えないようにしていた。

 …魔法使いのお兄さんが遺体で発見されたのは流石に気になるけど、ほら、たまに夢で全く知らない人と話す事もあるじゃない?そういうのって普段の生活の中で自分の記憶に知らずして残っていて、それが夢の中で顕在化する事もあるらしいし。そう考えれば、偶然の一致ってだけかも知れないよね。


 こんな感じだったから…僕は油断しきっていた。

 もう少し異世界で体験した事を検証しているべきだったんだ。そうすれば…あんなに苦労する事もなかったかも知れないし、大切なものを失う事もなかったんだと思う。




 つまりね…僕はまた異世界に行く事になったんだ。しかも…何故か結婚式を守るために。

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