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1-1-2.異世界チートって…存在しないじゃん

 さて、落ち着け自分。まずは状況整理だ。気付いたら変な白い生き物…この際だから白いモンスターって呼ぼうかな…と、炎を使う魔法使いが戦っていて、そこから少し離れた柱の陰に僕が隠れてる…と。でだ、そこに現れたのは幼女属性が非常に強い幼女。しかも、いきなりこう言ったもんだ。


「異世界へようこそ。」


 うん。なるほど。つまり、ここは僕が今まで居た現実世界じゃないって事だ。

 まぁね。ラノベとか頻繁に読んでたから異世界の手引きについては大体分かっているつもりだ。だからこの場も何とか切り抜けられるだろう。

 ………ってそんな訳あるか!!!!!!

 思わず1人ツッコミを入れてしまったけど、そもそも異世界物っていうのは転移先で特別な能力を貰うよね?

 ところが僕はどうなのさ?な〜〜〜んにも無い。一般人のまま転移して、それでモンスターがいて魔法使いがいて幼女がいて…ここに僕がいる必要無いじゃんね!?

 ……興奮してしまった。落ち着け。…うん。取り敢えず言えることは、今の状況を知っていそうな幼女が目の前にいるってだけでありがたいかも知れない。

 現実逃避をしていても何もならないし、まずは生き延びるために全力を尽くしてみよう。


「異世界…って言ったよね?」

「うん。そうだよ。ここは異世界なんだよ。」

「どうやったらここから帰れるか知ってる?」

「え?知らないよ?」


 驚愕に口が塞がらない。じゃぁなんでこの幼女は僕の目の前に現れたんだ?普通は帰り方とか戦い方とかをレクチャーしてくれるもんだよね?


「じゃぁ…なんで君はここに来て、僕に異世界って伝えたのかな?」

「それはね。秘密なんだよ。あ、でも私の名前は教えたげるね。私はノルン。龍紅をサポートする為にこの場所にきたんだ。」


 そうか。サポートしてくれるのか。心強いな。…いや、心強いか?だって帰り方もしらないんだよ?てか何で名前を知ってるんだ?


「そっか。ありがとう。出来れば…知っている事を教えてほしいな。」

「え?私、異世界ってこと以外は知らないよ?」

「…え?」

「だって私もここに来たばかりだもん。」


 …なんてこった。どうにもならないじゃん。

 まて。まてまて。まだ可能性はある。


「そしたらさ、戦うのは出来る?」

「ん〜出来るけど、基本的に私は戦えないんだ。そうするとこの世界の理を崩しちゃうんだよ。だからね、私は龍紅が生き延びるのを手伝うだけ。」


 いやいやいや。戦えるのに戦わないとか意味がわからない。


「じゃぁさ…例えば僕が殺されそうになったらどうするの?」

「ん〜その時は…残念だけど諦めるしか無いんだよ。それが運命だから。」

「あ…そうなんだね。」


 なんか…可愛らしい外見の割に薄情っていうか達観しているというか…。


「グルゥゥオオオオオ!」


 モンスターの咆哮が轟く。

 何事かと柱の陰から覗き見ると、魔法使いの放った炎の矢が連続で白いモンスターの胴体に突き刺さっていた。

 そうだ。あの魔法使いが白いモンスターを倒せば、僕は無事にこの危機から逃れることが出来るんだ。…頑張れ魔法使いさん!


「あ、そうだ。忘れてたんだよ。」


 お?来たか?異世界チートフラグ!?


「ここは異世界だからあの魔法使いみたいに何かしらの能力は持っているはずなんだよ。」

「…それだと助かるね。どうやって確認すれば良いのか分かる?」

「ううん。分からないんだよ。」


 ノルンは可愛らしく首を振って言いのけた。…悔しい。可愛いからなんか憎めない。

 とは言え…、この状況はまずいかもしれない。もし、あの魔法使いが負けたら…次は僕が狙われそうだし。

 何か能力があるとすると、それを発動させられればまだ可能性はあると思うんだけど。

 まだチートフラグは残ってる。そこにかけるしか無い。

 僕は自分の服を弄って今まで持ってなかったものが無いかを確認する。…無い。無いね。いつも通りの身軽な龍紅君ですよ。

 やばいじゃん。

 その時だった、横殴りの衝撃にいきなり襲われる。

 僕は吹き飛ばされ、地面を数メートル転がって止まった。


「う…あ…。」


 全身が痛い。手も足も胴体も痛い。自分がどんな体勢になっているのかもイマイチ分からない。

 それでも緊急事態なのは分かるから、必死に力を入れて体を起こしながら目を開ける。

 すると…目の前にあの白いモンスターが立っていた。


「グルルルルルル…。」


 獲物を品定めするかのように睨みつけてくる。

 僕は細身で肉も少ないから美味しく無いですよ?…そんな冗談が言えるくらいの余裕感があればいいんだけど、生憎そこまでの度胸も余裕もなかった。

 自分がターゲットにされたことの恐怖心が全身を竦みあがらせ、歯がガチガチと鳴り始めていた。


「グアァァア!」


 白いモンスターはいきなり叫び、大きく横に飛び退いた。今いた場所に次々と突き刺さるのは炎の矢だ。

 …食べられるのかと思った。なんか、ちょっとちびっちゃった気もするけど、それは思考の外に置いておこう。


「君!大丈夫か!?」


 スタっと身軽に僕の近くに着地したのは、白いモンスターと戦っていた男だ。比較的マッチョな体系で、金髪で、耳にピアスをしていて…ヤンキーみたいに見えるけど、目は優しそうな感じもする…かな?

 ヒーローに窮地を救われるお姉さんのトキメキを理解できた気がする。…決してホモではありません。


「あ…はい。なんとか…。」


 実際問題として全身が痛くてすぐにでも救急搬送して欲しいくらいだけど、そこまでのわがままを言っている余裕はない気がする。


「全く…。武器も持たずにいるとはね。ジョブは格闘家か?」

「え…ジョブ…?」


 知らない単語が出てきた。ジョブって事は、この異世界にいる人達は戦うに当たって何かのジョブがあって、それを使って戦ってるって事なのか?

 イマイチ要領の得ない表情をしている僕を見て、魔法使いのお兄さんは悟ったのだろう。額に手を当てる。


「まじか…もしかして、転移初めて?」

「あ、はい。そうです。何が何だか分からなくて。」


 転移って言ったぞ!このお兄さんも転移してきたのか!


「成る程ね…。初めての転移だと普通は雑魚モンスターとのエンカウントなんだけど…。ファンフローグが相手っていうのはキツイな…。」


 ファンフローグ?…あぁ、あの白いモンスターの名前なんだろう。このお兄さんの言っている話だと、どうやら無知な状態で強敵モンスターと遭遇する僕は相当レアケースみたいだね。全然嬉しくないけど!


「分かった。初心者の君にファンフローグを倒すのは厳しい。俺が倒すから、物陰に隠れてて。出来れば距離を取った方がいいな。出来るかい?」

「は、はい。」

「よし、じゃぁカウントで走るんだぞ?」


 見ればファンフローグは右に左にとゆっくり歩きながらも、視線は決して僕たちから外さずに様子を伺っている。

 僕を狙うのか、お兄さんを狙うのかを考えているのかな。

 ふと…視線を横にズラすと建物の影からノルンがかおをだして拳を上にして『頑張れジェスチャー』を送ってきた。…なんだろう。可愛いのは認めるけど、今ちょっと殺意が湧いたよ?


「3、2、1、ゴー!」


 そんな事を考えていると、お兄さんのカウントと掛け声が来ていた。僕は慌てて立ち上がると、近くの交番の裏目掛けて走る。体は痛いけど、まだ動けないわけじゃない。


「グルオオオオオ!」


 後ろではファンフローグの雄叫びが聞こえるが、僕は振り向く事なく走って交番裏に逃げ込んだ。

 もう後はお兄さんが倒してくれるのを待つだけだ。


 ドォン。ドガァン!パリィン!ピキピキ。


 戦闘音が聞こえてくる。早く終わって欲しい。そして、早く帰りたい。仕事に不満はあるけど、ある程度充足した現実を謳歌したい。

 体育座りで頭を膝の間に挟み…祈る。

 そして、僕の祈りは…通じた。

 ドシン。…という重たいものが横たわるような音が聞こえたかと思うと、戦闘音が止んだのだ。


「終わった…のか?」


 恐る恐る交番の陰から覗き見る。中野駅南口のロータリーはファンフローグと魔法使いの戦闘で大分破壊されていた。地面も抉れ、植木スペースは跡形もない。

 そして這い蹲るファンフローグの姿を確認する。

 …あれ?魔法使いのお兄さんの姿が見えない。もしかしたらファンフローグを倒したから、颯爽と次の獲物でも探しに行ったのかな。

 周りを見渡すが、魔法使いのお兄さんは見当たらず…いつの間にかノルンの姿も消えていた。

 …え?モンスターが倒された瞬間に全員消えたの?もしかして、全部僕が見てた妄想?…いや、そんな訳は無いと思うけど…。

 この次にどうしたら良いのか分からない僕は、交番の陰から顔を出したまま固まってしまう。帰れないじゃんね?

 もしかしたら…だけど、モンスターを倒したら帰れる仕様なのかな?でも、この異世界から現実世界に帰れるって決まったわけでも無いし…。でも、そうしないと皆の姿が見えなくなった説明がつかない。

 …もう1回落ち着いて周りを見てみよう。


「……あ。」


 そこで僕は気付いてしまった。

 倒されたと思ってたファンフローグの頭が僅かに動いている事に。…生きてる?

 慌てて頭を交番の陰から引っ込める。

 あれは確実に生きてる気がする。そうなると魔法使いのお兄さんは…逃げたのか?

 …最悪な結果が頭を過る。でも、それだけは受け入れられない。そうたとしたら…僕の未来は無くなったも同然なんだから。

 そして、もう1度交番の陰から顔を覗かせる。最後の希望を胸に託して。

 ……タイミングが最悪に悪かった。僕が顔を覗かせたタイミングでファンフローグが振り向いたんだ。その赤い顔と視線が交錯し…。


 僕は逃げた。


「はっ…はっ…はっ…!」


 生まれてきて1番の猛ダッシュだ。交番裏の坂道を死に物狂いで駆け上がり、コンビニの前を通過する。ここで後ろを振り向くと、特にファンフローグの姿は見えなかった。

 逃げ切れるかもしれない。

 そんな淡い期待は次の瞬間に砕け散った。頭上を何かが通り過ぎたと感じた時には、目の前にそいつが降り立っていた。


「グルルルル…。」


 マジか…。勘弁してくれ…。顔が真っ赤に染まってる。それってさ…つまり…あの魔法使いのお兄さんが。


 ボトリ


 ファンフローグの口から何かが落ちた。


「…ひっ。」


 恐怖に喉が張り付く。

 落ちたそれは…腕だった。誰の腕…かなんて考えたくない。


 そこから先は……覚えてない。


 気付けば裏路地の突き当たりに背を預けて、僕は浅い息を繰り返していた。


 …僕が何をした?

 普通に生活して、普通に仕事して、普通に結婚して、普通に歳をとっていく筈だった。

 それなのに…。


「……助けてくれ。」


 情け無い声しか出ない。震え、掠れる声。手も足もガクガク震えて動かない。

 涙が止まらない。鼻水が口に入ってくるけど気にする余裕も無い。

 半開きの口は「はっ…はっ…。」と浅い呼吸を繰り返して乾き切っている。


「…誰か……!」


 それなのに、これはどういう事だ。

 目の前に広がるのはズラリと並んだ鋭い牙が恐怖心を煽りまくる顎。生温かい息が肌を撫で、血生臭ささが嗅覚を刺激して吐き気を催す。

 五感が感じるのは明確な死の気配。


「グルルルル…。」


 低い唸り声が牙の間から漏れる。目の前に居る僕を品定めするかのように…。

 口の両端から伸びる太く長い牙から液体が滴り落ちて僕のズボンを赤黒く染めていく。それは…血だ。

 なんで分かるかって?…だって、僕の目の前にこいつが来る前に別の人が噛み砕かれたんだよ。つまり、そういう事だ。

 そもそも、今自分がどこに居るのかも分からない。色褪せたこの場所は、今まで僕が居た場所であって…居た場所ではない。

 あぁ…ほら、口が開かれた。


 もう………ダメだ。


 僕は死を覚悟した。

異世界っぽさがあまり無いのは気のせいでしょうか?笑

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