1-3-6.フレイムリザードとの戦い
戦闘における大事な事。それは冷静さを欠かない事。…なのは分かるんだけどさ。怖いものは怖いんだよね。
お化け屋敷にいるのは全部偽物のお化けって分かってても悲鳴あげるでしょ?
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僕が涼と居た場所はブライトネスウインドから歩いて5分程度の場所だった。確かキャッピストリートって場所だ。
従って、制止を振り切って走り出してから3分位で僕は式場に到着していた。
…静かだ。まぁ狭球には転移をしてきた人か、そこで発生したモンスターしか居ないから静かなのは当たり前なんだけど…。
でも、僕が普段仕事をしていて、お客様の笑い声がよく聞こえる式場が…静寂に包まれているのは何か不気味だった。
因みに、僕が今居るのは…式場内の事務所だ。外から向かって右側にあるマグナム邸のすぐ裏に設置されて居る事務所内は、色褪せている以外には何ら変わりがない。
それにしても…フレイムリザードが見つからないのが気になるよね。確かに涼のレーダーではブライトネスウインドの敷地内に入り込んでいたと思うんだけど…。
まぁ先ずは事務所が壊されていない確認が出来ただけで良しとしようかな。
「ん〜…チャペルの方でも見にいくか。」
次に僕が調べる場所にチャペルを選んだのは、この場所が壊されても非常に困るからだ。何とか見つけ出して式場の敷地外に誘き出さないと…。
僕はおっかなびっくり状態でチャペルの方へと移動していく。
移動中は曲がり角では壁に張り付いて止まり、チラッと曲がった先にモンスターがいないかを確認して…という某スパイゲームさながらの動きだ。
最も、ゲームとか映画で得た知識を元に動いているだけだから、プロから見たらダメ出しだらけだとは思うけど。
そうやって素人ながらに慎重にチャペルの前まで移動した僕は…深い溜息をついた。
「…どこにもいないじゃん。」
チャペル前で周りを見回してもフレイムリザードの姿を発見することは出来なかった。もしかしたら僕が到着するまでに他の場所に移動したのかもだね。
となると、式場に入ってこれないようにちゃんと門を施錠すれば大丈夫かな?
と、ここまで考えた時に僕は1つの事実に気付く。…慌てたりしていると本当に冷静な思考が出来なくなっちゃうんだね。
そう反省して僕は夢幻結晶の機能を操作し始めた。基本的に視界に色々出てくるから、そのなかから任意の項目を選択していけば良いんだけど…。
ん〜と、ここかな?おっと違う。じゃぁ…ここか?………ビンゴ!
ブゥンという音と共に僕の前にホログラフィックのマップが表示された。涼が使っていたレーダーと同じものだ。これを使えばモンスターがどこにいるのか分かるんだから、最初からこの方法で確認すれば良かった…。
チャペルのドアにもたれ掛かった僕はマップを操作していく。
拡大して…式場に合わせて…。
「あれ?」
不思議な現象が起きていた。僕がいる筈の所が何故か赤点になっているんだ。確か…仲間とかは青点って言ってたと思うんだけど…。
もしかしてレーダーに不具合かな?それかレーダーでの表示色を自分でカスタマイズ出来るのかも。ってなると、デフォルトでは仲間が赤点って事?
どうにも解せない感覚が抜けない僕はマップを回したりしてみる。
「あ、青っぽい色がある…?」
そう。赤点の端に青い枠みたいなのがあるんだ。なんていうか…重なってて、端っこだけがはみ出てるみたいな?
………え?重なってるってことは…。
僕は慌てて周りを見回す。そして……祈りながら上を見た。
「…居た。」
そいつはそこに居た。チャペルの屋根にいたんだ。きっと、僕が式場に入ってきた時からそこに居たに違いない。
それでも襲ってこなかったのは…敵として認定されてないって事かもしれない。…馬鹿にしやがって!!
いや、調子に乗りました。ごめんなさい。
確かに相手にならないかもしれない。
どうせなら…逃げちゃおうかな?建物を壊そうとする感じもしないし。
僕はフレイムリザードの様子を伺いながら横に一歩動く。すると…。
「うげっ。」
グリンっとフレイムリザードの頭が動いて僕を睨みつけたんだ。細められた目は「この雑魚獲物が。」ってな感じで馬鹿にしているように見える。
…怖い。
でも…ここで見つかったんなら式場の外に連れ出せば…!
僕はなりふり構わずダッシュした。とにかく式場の外へ…!
「はぁはぁっ…!」
ふと視界が陰る。何かと上を見れば…赤い物体が高速で通り過ぎていて、次の瞬間には門の所にフレイムリザードが着地していた。
あぁ…そういう事ね。この敷地内からは出さないぞって事だね。
…やばい。
「グギャギャギャガ!」
狂った笑いみたいな声を出すフレイムリザードが一歩踏み出す。それに呼応して僕は一歩下がる。
どうしろってんだよ。こんなモンスター相手に勝てる気がしない…。でも…この状況になったら何とか状況を打破しないと僕が殺される…。
「くそっ!」
僕は夢幻結晶を操作して灰色の剣を出現させる。
さっきここまで移動してくる時に1回試しておいて良かった…。ぶっつけ本番だったら普通に失敗してたと思う。
不格好ながら剣を構えた僕を見てフレイムリザードが再び咆哮する。
「グギャァ!グギギギギャァギャァ!!」
怖い。足が、手が、腰が…震える。
でもやるしかない。この為に…スキルを取得したんだから。
そう。僕は狭球に来る前、夢幻結晶を使ってステータスを確認していた。そこで見つけたのがスキルだ。色々なスキルが並んでいて…攻撃とか健脚とか防御とか…それをスキルポイントを使う事で有効化出来る仕組みみたいなんだ。
色々なスキルを取得した方が強いのは当たり前なんだけど、僕はレベル1でスキルポイントは1しか無かった。
だから、僕が選んだのは…磁力だ。多分固有スキルなんだと思う。能力の概要は『鉄に磁力を付与する』というもの。
それで何が出来るのかとは思うけど…ぶっちゃけ攻撃スキルとかの方が良かったよね。だって地味だし。でも、このスキルを使って戦うしかないんだ。
「グルアァ!」
そんな過去の回想にふけっていた僕に対して、フレイムリザードが突進してくる。
「うわっ…!」
慌てて横に移動してギリギリで避けた僕は足を絡ませて転んでしまう。
「いてて…。」
慌てて立ち上がる。
だけど、フレイムリザードは僕が立ち上がるのを待っていた…。どうやら今の行動で僕が相当格下だって事が分かったんだろう。
その後、僕はフレイムリザードに何度も突進を喰らい、ギリギリで避けるという行動を繰り返した。
尖った爪やら、鋭い牙の並んだ口を開けて突進してくるもんだから…怖くて仕方がない。
でも、でも、こっそり準備はしてみたんだ。
フレイムリザードの突進を再び避けた僕は、剣を投げつけた。その軌道は少しだけズレていて、フレイムリザードはバックステップで門の方に下がって難なく避ける。
「…いけぇ!」
突如、カクンと直角に剣が進路を門の方へ変更する。
そして、フレイムリザードを貫いた!
ってなれば良かったんだけどね、実際問題はフレイムリザードの右腕を浅く切り裂くだけだった。
「グルルルル…!」
でも、怒らせるには十分だったらしい。そりゃぁそうだよね。格下だと思っていた相手に傷をつけられたら普通怒るよね。プライドだってズタズタだろうし。
「グギャァ!」
ひと声鳴いたフレイムリザードを赤い光が包み込む。
「え…?」
僕は目を疑った。だってさ、フレイムリザードの手に武器が握られていたんだ。それは…鞭、炎の鞭だ。
マジか。武器を持っていないっていう所で多少なりともアドバンテージがあると思ってたのに。
ブンブン!と振られた鞭は辺りの地面を強打し、その度に炎が噴き上がる。
「あらぁ…。」
何がマズイってね…さっき剣を投げちゃったんだよね。突進を避けながら回収すれば良いかなって思ってたんだけど…。
ブワッ!
突然なにかが僕の顔の横を通り過ぎた。
「う、ウワァぁぁ!!???」
痛い。熱い。痛い…!
今のは…炎の鞭だ…。全然見えなかった。これって相当ヤバイじゃん。リーチが違う武器が戦う時って、基本的にリーチが短い方が不利なんだよね。
ヤバイ。ヤバイ。死ぬ。これされる。ヤバイ…。
「グギャ。」
腰を抜かして座り込んだ僕に向かってフレイムリザードが歩き始める。
どうしよう。なにかしないと。どうしよう…。
……あ。
「くそっ…。」
僕はフレイムリザードに背を向けて走り出した。走ったといっても、四つん這いからの情けない逃亡だ。
途中…何度か炎の鞭が体を掠めて焼けるような痛みを与えてくるけど…それでも僕は必死に逃げた。炎の鞭が直撃しないのは…もしかしたら僕の事を苦しめて苦しめる嬲り殺しにするつもりかもしれない。
そして、何とかチャペルの横にたどり着いた僕は、そこに置いてあった『あの機械』のスイッチを入れた。
…あれ?動かない?いや、違う。起動するまでに少し時間が掛かるんだ。早く…早く…!
マシンの近くに座り込む僕に向かってフレイムリザードが悠々と近づいてくる。マズイ。早く…!
だけど、僕の必死な願いは届かず…フレイムリザードが鞭を振り上げ…。
ブオォォォォオオオオ!
…と、僕の横から噴出された白い煙に飲み込まれた。
「グギャァ!?グゲ!?」
…間に合った。
僕の横に置いてあるのはスモークマシンフォームドだ。明日の結婚式でチャペル挙式後の中庭で執り行うアフターセレモニーで使用するからここに設置していたんだ。
そして、僕はフレイムリザードが困惑している間に近くにある『鉄の柱』へ移動する。僕が元々いた場所にも鉄の柱はあったけど…それじゃぁダメなんだ。
「グルアァ!」
炎の鞭が回転するように振り回されてスモークマシンフォームドの煙が吹き飛ばされる。
おぉ…本格的にお怒りモードでございますね。
僕の方に向けて進む足取りがズシンズシンとさっきよりも力が篭ってる。
深呼吸だ。落ち着くんだ。タイミングが全てだ。落ち着け。落ち着け。…よし。
「おい!トカゲ!」
「グギャ?」
僕が突然叫んだものだから、フレイムリザードは何事かと首を横に傾げる。ふと思った。従順なペットだったらこのモンスター可愛いんじゃないか?って。
「お前みたいな爬虫類に負けるか!このへっぽこナス!おたんこなす!アホ!」
僕の悪口はイマイチ伝わってないみたいだけど、馬鹿にされている事は理解したんだと思う。
フレイムリザードは咆哮すると鞭をグルングルン回す。すると鞭全体から今までとは比にならない勢いで炎が噴き出した。
あぁ…あれを食らったら死ぬだろうね。
そして、その鞭を振り回しながらフレイムリザードが僕に近づいてくる。
…あと3歩だ。
「このバカチン!」
あと2歩。
「鞭なんか使わないで素手でかかってこい!卑怯者!」
あ、全然伝わってないかも。鞭を振り回すスピードが速くなった。
…あと1歩。
「グギャァァァァァァ!!!!」
炎の鞭が僕に向けて振られた。
…ここだ!
僕は力を発動し…目を瞑った。
ドスッ!
……。……。
龍紅の力がやや分かりにくいかもしれません。
これは後程の物語で明かされます。




