1-3-3.グルメフェスタ騒動
僕は気づいた。
何気ない事がきっかけだったけど。
でも、人として…大切な事を。
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体が重い。頭が痛い。全身が痛い。熱い。
僕は目の前に立つフレイムリザードに見下ろされていた。
やっぱり、僕なんかが立ち向かってどうにか出来る訳がなかったんだ。
このまま…僕はきっと燃やされる。そして一生を終えるんだ。短い人生だったな…。
でも…充実していた…。
フレイムリザードの剣が振り下ろされ、腹に突き刺さった。
ズン!!!!
重い衝撃が僕の腹に食い込む。
「いっ……たあぁぁぁ!?」
叫びながら目を開けると…家だった。今のは夢だったのか…。それにしても嫌な夢だ。よりによってフレイムリザードに殺される夢だなんて。しかも、見た事が無いのに異様にリアルだった。…今まで色々読んだラノベ情報とかで補完して夢に出て来たのかな。
それにしても…夢の中で刺された筈なのにお腹が重い。痛い。夢が現実に影響するとか…もうファンタジーなのは勘弁だ。
ん?いや、この重さは現実…。
「龍紅おはよ〜。」
ノルン…。また君か。ここ最近何かしらの衝撃と共に目覚めている気がする。
しかも今日は変則バージョン…頭を僕のお腹に乗せて倒立みたいになっている。
白いワンピースが捲れて白い足が…そしてその付け根には……。
「って僕は何を考えてるんだ…。」
自分の思考回路に自分でげんなりしながら起き上がる。勿論ノルンの上下は通常通りに戻しながらだ。
ここ最近幼女と一緒にいるせいで幼女の魅力に…って違う違う。
「ノルン…。」
「な〜に〜?」
「起こしてくれるのは嬉しいんだけどさ、普通に起こしてくれないかな?」
「それは…無理なんだよ!」
「…なんで?」
「だって龍紅すぐに起きないんだもん。」
あぁ…成る程。それなら文句は言えないか。…いや、本来なら自然と起きるまで放っておいて欲しいところだけど。
僕はノルンの頭をクシャクシャっと撫でると、布団から起き上がって冷蔵庫に入れてあった烏龍茶を飲む。
「あれ?龍紅今日仕事は〜?」
「今日は休み。」
「そっかぁ…じゃぁ食べ歩きに行くんだよ!」
「行きません。」
「うぅ〜〜ここ最近ノルンの事を除け者にしてる気がするんだよ!全然夜は帰ってこないし、帰って来ても構ってくれないし…ノルンは不幸者なんだよ!」
何故か寂しい人妻みたいな事を言い出した。
まぁ…確かに最近ノルンに構っていないのは事実なんだよね。まぁ衣食住の食と住を提供してるからもっと感謝してもらいたいんだけど。
ふと、テーブルの上に置いてあるチラシに目が行く。
そこには『人気グルメフェスタ』と書いてあった。どうやら新宿のイベントスペースで行われるみたいだ。しかも今日がイベントの初日か…。
少し考え込んだ僕はチラシをノルンに手渡した。
「これ行く?」
「ホント!!??」
パァッとノルンの顔が輝く。…そんなに喜ぶか?
とまぁこんな経緯があって、僕とノルンは新宿の『人気グルメフェスタ』に行くことになったのだった。
少しは何も考えなくていいように賑やかな所にいないとね。静かにしていると…ネガティブシンキングのスパイラルになっちゃいそうだから。
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『人気グルメフェスタ』は大繁盛していた。結構な広さのスペースが人でごった返している。
「すぅっごぉぉぉいいんだよ!龍紅!食べまくるんだよ!」
体の周りに音符マークが見えそうな位にキラキラ顔のノルンは、入り口をくぐった瞬間に走り出していた。
こりゃぁ…散財を覚悟した方が良いかも。
それから僕とノルンは色々な人気グルメを食べまくった。ラーメン、ハンバーガー、パスタ、ステーキ、魚料理、デザート類をノルンが欲しいと言ったものを買っては食べ買っては食べを繰り返す。
そして…お腹の容量120%に達した僕とノルンは、イベントスペースの出口近くにあるベンチで座ってお腹を抱えていた。決して笑っている訳ではない。食べ過ぎて苦しいんだ。
「こ、こんなに食べて苦しくて幸せなのは初めてなんだよ…ウプっ。」
え…ちょっと吐きそうなセリフだけど…大丈夫だよねノルン?
「ノルンが次から次へと食べすぎなんだよ。ちょっと暫く動けないよップ。」
ウプっと言葉が混じった。こりゃぁ僕もノルンと同じ状態だね。
苦しさを紛らわすために椅子に浅く腰掛けて背中を預けた体勢で周りを眺めていると、ノルンが話しかけてきた。
「ねぇ…龍紅。」
「なに?」
ん?ノルンにしては少し真面目な口調だね。何かあったのかな?もしかして…漏れるとか言わないよね…?
「龍紅は今悩んでるんだよね?」
「…!?」
思いもかけない言葉だった。まさかノルンからそんな言葉を掛けられるなんて。
異世界で2度ノルンとは一緒になったけど、現実世界では異世界について彼女と話した事はほとんどない。
それはきっと…僕がその話題を避けている事にノルンが気付いて、配慮していてくれたのかも知れない。
「…そうだね。悩んでる…かな。僕はさ、何も出来ないから。」
「本当に?」
「…?だってそうでしょ?スライムだって倒すのが精一杯だったんだよ。」
「でも…倒したんだよ。」
ノルンは…何を言いたいんだろう?
僕がスライムを倒したのは、正直偶然に近かったと思う。一歩間違えればスライムに取り込まれて溶かされていたと思う。
それに…あの戦いは相手がスライムだから何とかなっただけ。それが…例えば今回出現予測が出ているフレイムリザードだったら、僕は何も出来ないと思う。
無言になる僕を横目で見て、ノルンが口を開く。…お腹が出ているのが非常に気になる。
「龍紅は自分を下に見過ぎなんだよ。」
「いやいやそんな事ないって。」
「むぅぅぅ。」
なんで膨れる。
「龍紅は分かってないんだよ。スキルを使わないでスライムを倒せたんだよ。」
「いや、だからそれは相手が最弱のモンスターだからなんとかなったんでしょ?」
「むぅぅぅそうじゃなくて…。」
「キャァァァァァァ!!!泥棒!」
突然、イベントスペースの広場の方から女性の叫び声が聞こえた。
…泥棒?この人混みに乗じて財布でも盗まれたのかな?
「そっちにいったぞ!捕まえろ!」
騒ぎが僕たちの方に近づいて来ている気がする。
あぁ…の金髪で耳にピアスが沢山付いた若者かな?
ふと周囲を見ると、皆が金髪ピアスの進路を妨げないように移動している。これじゃぁ逃げるのを手伝ってるもんじゃん。
まぁね、捕まえようとして巻き添え食らったりするのが嫌なのは分かるからねぇ。これが日本人の良くない所なんだけどさ。
さて…僕も巻き添えを食らわないように…。
そう考えて立ち上がろうとした時にノルンの「龍紅は自分を下に見過ぎなんだよ」という言葉が頭を過ぎった。
いやいや…僕は何を考えてるんだ?
人間には自分の力ってのが分かってる。その限界を超えるものには皆が…いや、殆どの人間が挑戦しない。だって、挑戦する事で心も体も傷つく可能性があるから。
でも…もし…仮に…挑戦する事で新たな可能性が開けるとしたら…?いや、それはあくまでも現実世界での話であって…。
「なんだテメェコラァ!!どけぇぇ!!!」
金髪ピアスが僕に向かって怒鳴ってくる。
それがさ、体が自然と動いて金髪ピアスの進路を塞ぐ場所に立っちゃったんだよね。
やっべぇ。怖い。いや、でもここから逃げるだなんて…男としても、そしてタイミング的にも無理だ。
もう目の前まで金髪ピアスが近寄って来てるんだから。
僕は自然と構えを取って拳を前に…。
「がはっふぅぅぅ…。」
口からよだれを迸らせ、体をくの字に折り曲げて倒れる。
えぇ…。僕は見事に金髪ピアスの飛び蹴りを受けた。それはもう見事に漫画のワンシーンであるかのように華麗に受けた。
腹に加わった衝撃に息が止まる。今日の朝にノルンから受けた頭突きの何倍も痛くて苦しい。
普段の僕だったら、これで転がって終わりだったと思う。
でもね、不思議と飛び蹴りを受けながら体が動いたんだ。大した事はしていない。蹴りを受けた瞬間に両腕で憎っくき金髪ピアスの足にしがみ付いたんだ。
結果、金髪ピアスはバランスを崩して僕と一緒にすっ転んだ。
「てっめぇぇ。クソがぁぁ!放せ!クソ!」
ガンガン!と空いている足で僕の顔やら頭やら肩やら腹やら腕やらを蹴りつけてくる。でも、僕は放さなかった。
誰が放してやるもんか。
「お、おい!捕まえろ!今だ!!」
数秒後、周りに足音が殺到して金髪ピアスが取り押さえられるのが分かった。
掴んでいる足が引き剥がされたところで薄っすら目を開けると…。
「君!大丈夫か!?」
「良くやったぞ!」
「おーい!臨時の診療所に運ぶから担架を持ってこい〜!」
と、叫ぶ大人たちの向こう側で、涙を目に浮かべるノルンの姿が見えたんだ。
その時、僕の胸の中でなにかが…溶けた。
その後は診療所で応急処置を受けた僕は、警察から簡単な事情聴取を受けてから解放された。「良く頑張った」とか「無理しすぎで大怪我する事もあるから気をつけるんだよ」って褒め言葉やら注意をされたけど、まぁ…通りすがりで犯人逮捕に貢献したって感じだから、これ以上あの金髪ピアスに関わることはないと思う。
幸いなことに金髪ピアスにボコボコにされた僕は、腕に少しアザが出来た程度だった。…顔に怪我しなくて良かった。仕事柄顔の怪我は好ましく無いからね。
念の為に金髪ピアスが何をしたのかをきいたら、人混みに紛れて女の人のお尻を揉みしだいたらしい…。
痴漢とか…勘弁して欲しい。
痴漢にあった女の人もお礼を言ってくれた。凄い申し訳なさそうな顔をしてたけど、そもそも痴漢をされた人は何も悪く無いよね?
痴漢をした金髪ピアスと、逃げる彼に対して何もしないで見ているだけの人達の方がよっぽど悪いと思う。日本人の見て見ぬ振り精神って…当事者になると本当に酷いなって思うよ。
こんな感じで痛い思いをしたんだけど、結果的に良い事もあった。
イベントの運営会社から食事チケットを10枚も貰えた。無料で10枚って結構な金額だから太っ腹だね。
そのチケットは別日に使おうかと思ったけど、結局ノルンによって全部消化されたのは言うまでもない。
「龍紅は無茶しすぎなんだよ!現実はそんなに甘くないんだよ!」
なんて臨時の診療所から出た途端にノルンから怒られたけど、チケットを見せたら顔が輝いていたから問題無しだろう。
僕の貴重な休日は…こんな感じで終わった。後に残ったのは…軽くなった財布と、体各所の無視できない痛みだけ。
ノルンと会ってから良い事が無いのは気のせいだろうか。…なんて人のせいにしたくなっちゃう気持ちになりそうだ。
でも、でもね、ひとつだけわかった事がある。
誰かの為に何かをするっていうのは…悪くない。
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それからの僕は、何か特別な事をする事も無く…日常を過ごした。
仕事では冗談を言いながら皆を盛り上げ、新規接客ではちょっと成約率を落としながらも成約を取り、時々会場に顔を出す会長のご取りに奔走した。機嫌を損ねて下手に異動とかされたらたまったもんじゃ無いからね。
ノルンとは変わらない関係が続いている。朝晩のご飯を作り、一緒の布団で寝る。それだけだ。もう1度言うけど、断じてそれだけだ。幼女に手を出す趣味は無い。
え?幼女じゃなかったらどうなんだって?
それは……まぁ…幼女じゃなかったらなんて仮定の話をしても…ね?
因みに、『人気グルメフェスタ』以降…彼女と異世界について特に話はしていない。
そもそもノルンが僕の前に現れた理由も知らないんだよなぁ。ただ、ひとつだけ確信を持って言えるのは、異世界で出会ったんだから…彼女は異世界に関わる何かが目的で僕と一緒にいるはずって事。
まぁ、特に何かを強制されたりしてるわけじゃないから…僕から特段突っ込むことはしていない。
なんて言うか…まだ聞くべきじゃないって気がしたんだよね。
普段の生活でノルンとくだらないことを言い合って喧嘩したり、一緒にバラエティーをみて笑う時間が案外心地よかった事もある。
そうやって僕は、日常を謳歌した。
そして、従姉妹の結婚式前々日がやってきた。
結婚式の内容について菊地さんと前々日の念入りなミーティングをした僕は、真っ直ぐ家へ帰った。
夜ご飯に豚の生姜焼きを作り、貪るように食べておネムちゃんになったノルンをさっさと寝かせた後にテーブルに座る。
そして…ゆっくりと深呼吸をして…僕は、スーツのポケットに入れてあった夢幻結晶を取り出した。




