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1-3-2.日常という名の苦しみ

 人は人生を変える決断をするとき、これまでの自分と向き合う。

 過去の自分、未来の自分、学んできた事、成し遂げたい事。それらが織り合わさり、進むべきが見えるんだ。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 八木さんが持つ夢幻結晶を見て僕の心臓はバクバクと…。だってさ、異世界…狭球で戦う人がこんな近くにいただなんて信じられない。

 こんなに可愛い顔をしてモンスターと戦っているなんて想像も出来ない。本当にそうだとしたら、彼女は…菊地さんはどれだけの苦難を乗り越えて戦うという覚悟を決めたんだろう。


「ん?これ、私のじゃないですよ?」


 …へ?再び僕の思考が真っ白になりかける。

 菊地さんのじゃないとしたら、誰のだ?もちろん八木さんのでは無いと思うし…。

 このラーメン店にいる誰かがわざと僕たちのテーブルの下に投げたのか?でも、そんな事をするメリットがない。

 だとすると…涼が言っていた自然と手元に戻ってくる…ってやつなのかな?

 つまり、僕の夢幻結晶ってこと?

 僕はこの時迷った。素知らぬふりをして店の人に落し物として渡すのか、それとも自分のだと言って受け取るのか。

 迷った挙句の選択は、この時は最善だと思っていた。でも…後悔が後からあんなに押し寄せてくるなんて。後悔先に立たず…だね。


「あ、それ僕のだ。」

「マネージャーのなんですね!ステキですね。」

「ありがとう。多分ポケットからハンカチを出す時に落としちゃったんだね。」

「はい、どうぞ。」

「どうも。」


 と、受け取った僕はポケットに仕舞おうとするが…。

 菊地さんと八木さんの視線に気付いて首を傾げた。


「ん?どうしたの?」

「いや…もう仕事終わってるんですし、首にかけていいんじゃないですか?」


 そんな気遣いをしてくれたのは菊地さん。


「え?そう?」

「はい。だって、スーツのポケットに入れてるんだから大切なネックレスなんですよね?だったら、付けた方が良いのかなって。」


 …なんてこった。

 これを首にかけるって事は、色々な情報の表示がアクティベートするって事なんだよね。それは…困る。んだけど、八木さんの悪意なき追い討ちが突き刺さる。


「そうですよ〜。私もマネージャーがそのネックレスを付けてるのを見てみたいです!」


 チクショー!可愛い!

 そして、断ったらなんか変な雰囲気になりそうだよね。


「そっか。じゃぁ…付けようかな。」


 平静。平静。声もいつも通りだよね?動揺しているのを気取られちゃいけない。

 そうして僕はちょっと照れくさそうな演技をしながら、内心ではビクビクしながら夢幻結晶を首にかけた。

 そして…表示されたのは………特に何も無かった。


「あっ。やっぱり素敵ですねっ。マネージャーがネックレスってあまりイメージなかったから新鮮です!」


 八木さんが何故か嬉しそうだ。


「ありがとう。まぁ、普段仕事で付けるわけにはいかないからね。」


 菊地さんはなぜか母のような笑みで僕を見ている。


 何だこれは…!恥ずかしい。

 そして…見たくない情報が表示されたらと思うと…怖い。

 こんな感情を同時に感じる事があるなんて…人生って分からない(誇張表現?)。




 その後、ラーメンを食べ終えた僕達は店を出た。

 何故か八木さんがお酒を飲みすぎてヘベレケ状態だ。


「私はもっともっと成約をとるんですぅ〜!」


 両手をブンっと振り上げて叫んでる。…楽しそうだ。そして、足取りもちょっと危ない。

 男としては送って行くふりをして…。なんて事も考えられるけど、そういうのは同意がないと楽しめないからね。

 菊地さんにお願いしよう。


「菊地さん。駅まで送ってもらってもいい?」

「はいっ!お任せください。きっと八木さん、嬉しかったんですね。」

「だね。」

「あれ?分かってます?」

「ん?成約を取れてでしょ?」

「あぁもう。そういう事にしましょっ。じゃぁ、お疲れ様です!」

「…?まぁいっか。お疲れ様。」


 そうして僕はヘベレケ八木さんと菊地さんを見送った。


「…疲れた。」


 ラーメン飲み会は楽しかったんだけど、夢幻結晶を首にかけてからはいつ見たくないものが表示されるのかと、かなり神経を使った。しかも、それを表情に出さないようにして会話をしなきゃいけなかったからね。

 まぁ、何も表示されなかったから良かったかな。

 さて、一旦夢幻結晶を首から外して…と、テレビ台下にしまった夢幻結晶がまだそこにあるのかを確認しないと。


「…ん?」


 原宿駅に向かって歩きながら夢幻結晶を外した僕は、手の動きを止める。

 今、見てはいけないものを見た気がする。いやぁ…まさかね。でも…。一瞬だったから見間違いっていう事もあるよね。


 …。…。…。…。


 悩みに悩んだ僕は、中野駅で降りた所で夢幻結晶を再び首にかけた。


「…やっぱり。マジか。」


 そこには、モンスターの出現予測が表示されていた。

 モンスター名…フレイムリザード。

 出現場所…表参道。ブライトネスウィンドの近く。

 出現日…従姉妹の結婚式前日。


 「…最悪だ。」


 こんな事があるのか?

 だってさ、この前日にモンスターが暴れて僕の式場を壊す可能性があるんだよね。

 しかもだよ、もし、式場が壊されたらそれが現実世界に反映されるタイミングは分からない。最悪の場合、式中に建物倒壊とかが発生して参列者全員が…なんて事も。

 異世界から脱却した筈なのに…。異世界が現実世界に及ぼすかもしれない状況が迫っているなんて。

 でも、僕なんかが異世界で戦ったとしても、一般人レベルの力しかなくて…きっと殺されてしまうのがオチだ。だとしたら涼に式場を壊さないように頼んだ方が確実だ。

 でも、その戦いの結果が最悪だった場合、どうすればいいんだ。現実世界に異世界の破壊状況が反映される規模もタイミングも分からない状況で、結婚式を延期するだなんて言えない。もし言ったとしても、気が狂ったと思われるのがオチだ…。


 …発生予測日まであと2週間。


 僕は…どうしたら良いのか分からない日々を過ごすことになる。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「本当に結婚式…楽しみねぇ。」


 そんな穏やかな顔で言うのは従姉妹のお母さんだ。

 今日は結婚式前に式場の下見をしておきたいという事で、お母さんが1人で来館している。その会場案内をしているのが僕って訳だ。


「本当ですね。凄いこだわってくれているので、当日はとっても楽しくなると思いますよ。」


 …言いながら胸が痛い。


「そうみたいねぇ。こだわりたい事に対して式場の皆さんが一生懸命一緒に考えてくれるから心強いって言ってたわ。」

「ありがとうございます。そう言っていただけると何よりですね。」


 …僕は嘘つきだ。


「こっちがチャペルです。」

「まぁ素敵!」


 ブライトネスウィンドのチャペルは太陽光が差し込むように設計されたステンドグラスが特徴だ。名前はサン・アンジェロ。木目調を基調として、バージンロードは白の大理石という…王道系のチャペルだ。表参道は特徴的なチャペルが多かったりもするから、以外に王道系はウケが良かったりもする。


「お母さんが座るのはこの席ですね。」


 ステンドグラスに向かって左側の最前列、内側から2つ目の席を指し示す。


「まぁ…こんな近くで見れるのねぇ。」


 お母さんは何かを懐かしむように目を細めている。


 …もしかしたら、結婚式が出来なくなるかもしれない。


「じゃぁ、次は披露宴会場のマグナム邸を案内しますね。」

「ありがとう。こんなにステキなチャペルで結婚式が出来るなんて、娘は幸せねぇ。」


 僕はその後もお母さんと終始和やかに話しながら式場の案内を進めた。


 …心が摩耗していく。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「こんにちは!本日はブライトネスウィンドへご来館をありがとうございます。まずは…ご婚約おめでとうございます!」


 にこやかに爽やかな笑顔で挨拶をする。

 僕の目の前に座っているのは、式場探し中のカップルだ。所謂…新規。これからこの人達と話し、仲良くなり、ニーズを引き出し、会場を気に入ってもらって成約へ導いていく。

 日程、予算、会場の雰囲気、スタッフ、料理、デザートなど、さまざまなポイントから新郎新婦が本当に大切にしたいと考えているものを見つけ出し、時には他のポイントは妥協点として認識してもらったりしながら接客をしていく。

 日程だって簡単には難しい。人気の土曜日午後、日曜午前などから仏滅がOKなのか、お彼岸は大丈夫なのか、月末は、月初は、友人の結婚式と被らないか、親の仕事の都合は…など、様々な側面から情報を引き出して最善に近い提案をする事が必要となる。

 この表参道の式場の成約率は凡そ35%〜40%程度で推移している。

 因みに、僕の成約率は現状で45%平均だ。

 今目の前にいる2人は…とても素敵で、成約出来る自信がある。3時間で成約まで持っていくぞ!


 …。…。…。


 結論から言うと、成約にはならなかった。

 いや、正確に言えば成約に押す事が出来なかったんだ。

 どうしても接客をする中で頭の中にフレイムリザードの出現予測がチラつく。

 もし、式場が壊れて結婚式が出来なくなってしまったら。

 もし、この人達が親を連れてくるタイミングと、建物倒壊が重なったら。

 こんな最悪な想像が接客中に悪魔のように忍び寄ってくるんだ。

 これには流石に参った…。このままだと成約が取れる気がしない。


「はぁ…。」


 普段の接客以上に憔悴した僕は事務所の椅子にグダッと座っていた。

 他の部下達は僕の不調が分かっているんだと思う。気遣って声を掛けずにいてくれている。

 うん。これは誰かと話したからって解決出来る問題じゃない。

 ブライトネスウィンドがどうにかなってしまうかも知れないっていう不安が消えない限り…どうにもならないんだ。


 …不安なまま時間は無情にも過ぎていく。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 仕事終わりで魔獣討伐機関にやってきた。

 目的は、フレイムリザードの出現に関して、式場の防衛を頼み込むためだ。

 ドアをノックする。…なにも反応が無い。

 ドアをノックする。ノックする。

 ドアを強めに連続ノックする。


「だぁぁぁぁあああ!うるせぇ!」


 ガン!とドアに何かがぶつかる音と怒鳴り声が響いたかと思うと、開いた。

 …びっくりしたぁ。


「って、なんだ。龍紅か。コンコンコンコンコンコンコンコンノックしやがって。嫌がらせか?」

「嫌がらせだなんて、そんなタチの悪い事しないよ。」

「じゃあなんだ?」

「それは……。」


 言い淀む僕を見て目を細めた涼は、ため息をつくと親指で事務所の中を指し示した。


「まぁいいか。中に入んな。今は俺しかいないからよ。」

「…ありがとうございます。」


 ぺこりと頭を下げて中に入る。

 そして、涼と向かい合って座った僕はフレイムリザードの出現予測日と場所…それが式場の近くで、従姉妹の結婚式前日であることを伝えた。その上で式場に被害が出ないようにして欲しいという事も。

 足を組んで話を聞いていた涼は暝目する。

 そして、軽く頷くと僕を真っ直ぐ見て頷いた。


「言いたい事はそれで終わりか。」

「うん。」

「そうか。分かった。」

「じゃあ…!」


 思わず身を乗り出してしまう。


「あぁ。帰れ。お前の頼みを聞く義理は無いな。」


 …なんだって?


「なんで?だって、魔獣討伐機関は現実世界を守る為にあるんだよね?」

「そうだが?」

「だったら僕の式場を守ってれても…!」

「勘違いすんなよ。お前も言った通り、俺たちは現実世界を守る為に戦ってんだ。間違ってもお前の式場を守る為じゃねぇ。」

「…!?」

「お前の式場を守る代わりに別の建物が壊れるのは容認出来んのか?そこで人死が出ても、自分の式場が守れればそれで良いのか?」

「それは…良くない。よね…。」


 腕を組む涼は真剣な顔のまま頷く。


「そうだ。俺たちは誰かの利益の為に戦ってるんじゃねぇ。あくまでも現実世界を守る為に戦ってる。それだけだ。履き違えてもらっちゃ困る。それでもどうにかしたいってんなら、自分でどうにかしな。それは組織ではなく個人の選択だから誰にも文句は言われないだろ。」

「でも、でも…僕にはモンスターと戦える力なんて無い。現にスライムを倒すだけで凄い時間もかかったんだ。」

「なら、欲はかくな。現実として起きることを受け入れろ。現実を…運命を変えられるのは、自分の命を懸けて戦える奴だけだ。」

「そんな…。」


 悔しい。悔しいけど何も言い返せなかった。

 涼は…涼達は自分の命を懸けてモンスターと戦っている。僕は…逃げた。逃げている。そんな僕が、自分の為に自分の式場だけを守ってくれっていうのは…そりゃぁ都合よすぎるよね。

 でも…でも、僕は…幸せになる人達を、なろうとしている人達を見捨てたくない。

 僕にはその権利が、資格がある。

 それなのに力が無いなんて…覚悟が無いなんて…。


 その後、涼と何を話したかは覚えていない。

 僕は…自分に絶望した。

 何も出来ない自分に。何もしようとしない自分に。


 知らないふりをすれば良いのか?

 それとも…。


 僕は…。

因みに…ノルンは龍紅の中で完全に忘れ去られています。

幼女は敵に回すと怖いって事を龍紅は分かっていませんね。

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