1-2-7.現実世界への影響。働かない親友
知っているものを『知らない』とする事にどれだけのエネルギーがいるのか。
自分の心を嘘で塗りつぶして信じ込ませる事にどれだけの罪悪感が伴うのか。
でも、嘘はつき続ける事で真実にもなり得る。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
ガラスが割れた現場を遠目に眺める涼の姿はどこか他人事のように見えた。
それが僕には許せなかった。涼は表参道ビルズのガラスが割れる事を知っていた筈だ。しかも魔獣討伐機関は政府と繋がっている。だったら…補修工事を行うから入口の閉鎖とかの対応はいくらでも出来た筈だ。
モンスターが出現したのは16時くらいだったはず。つまり、戦闘が終わってから大分時間が経っている。3時間は余裕があったんじゃないか。時間的に間に合わなかったなんて言い訳も通用しない。
異世界で戦うには覚悟が必要だなんてカッコ良さげな事を言っておいて、現実世界にこれだけの影響が出るのを防げないなんて…口だけじゃないか。しかも…負傷者も出ている。あのガラス片に埋もれていて無傷な訳がない。最悪は…。
怒りの思考に支配された僕は、気付けば涼の前に立って胸倉を掴んでいた。
「涼…これはどういう事なんだ?知っていたんだよね?」
「いきなり近寄って来たと思ったら、胸倉掴みやがって…喧嘩でも売ってんのか?」
「話を逸らさないで欲しい。僕は真面目に聞いてるんだ。」
「…ったく、こういう場所で目立つ行動を取んな。こっち来い。」
涼は魔法でも使ったかのように僕の手を放させると、逆に腕を掴んで歩き出した。
ガラスが割れた現場の野次馬達がチラチラと僕達の事を見ている。
「ちょ…痛いってば…!」
「うるせぇ。そうでもしないとお前は…あの場所で言わなくていい事も口走ってただろうが。」
「…くそ。」
涼の言う事は悔しいけど当たっていた。もしあの場所で言い合いをしてたら、僕は頭に血が上っていたのをいい事に言っちゃいけない事を言っていたかもしれない…。
表参道ビルズの裏手にある団地まで連れてこられた僕は、ポンっと押されてベンチに座らされた。
…立って僕のことを睨みつけてくる涼の視線が怖い。
「少しは頭が冷めたか?」
「…うん。」
「はぁ…。で、お前が俺に聞きたい事は分かるから先に言うぞ?俺はあの場でガラスが割れる事を大凡で知っていた。だが、死人があの場所に現れるのは分からなかった。政府の力で立ち入り禁止にするのは、事実上不可能だ。」
…確かに僕の知りたい事にほとんど答えてるけど、気になる点が多すぎる。
「あの…なんであのガラスに埋もれた人が死人って分かるの?やっぱり狭球で…。」
「あぁ…。そうだ。けどな、狭球で死んだ奴が現実世界で発見されるまでの時間差はランダムだ。まさかガラスが割れるタイミングと場所が一致するとは思ってなかった。」
「そっか…。じゃぁあの埋もれてた人と一緒に戦ったんだね。」
「あ〜それも違う。あいつはモンスターに襲われてて、助けようとしたんだが間に合わなかったんだ。」
サラッと言うけど…。
「罪悪感はないの?」
「…無いわきゃねーだろうが。そんな当たり前のことをいちいち聞くな。」
「……。ごめん。」
うん。今のは僕が悪かった。そりゃそうだよね。自分が間に合わなくて人が死んだのに罪悪感を感じないのは…殺人鬼くらいなものだ。
「じゃぁ…政府が関わってるのに立ち入り禁止に出来ない理由って何なの?」
「それはな、狭球で起きた事象が地球に全て反映されるわけじゃねぇんだよ。どのタイミングで反映されるかも分からねぇ。そんな状態で可能性のある場所全てを封鎖なんて出来ねぇ。」
そういう事か…。つまり、今の話から推測するに…今回の狭球での戦いで表参道が大分破壊されたって事になるのかな…?
僕はそれを聞いてみた。
「あぁ。お前の言う通りだ。表参道ビルズは全壊してる。その周辺の建物もあちこちが破壊されまくったな。」
「…マジか。そんなに強敵だったの?」
「いや、モンスター自体はそこまで強くなかったんだけどよ、使う能力が広範囲に影響を与えるもんで、防ぎきれなかったんだ。寧ろ…俺としては入口のガラス割れだけで収まってくれてホッとしてるくらいだ。お前さんから見たら不謹慎かもしれないけどな。」
…何も言えない。僕は物事の表層だけを見て怒ってたんだな…。
「もういいか?今回の件についての報告と、検証と予防策を考えなきゃなんねーんだわ。お前さんも自分の生活があんだろ?普段通りの生活が守れるように俺達がどうにかしてやっから、狭球に行くつもりが無いんならさっぱり忘れて自分の人生を大切にしろや。」
そう言うと、涼は片手を上げてプラプラと歩き去って行った。
涼に言える事はあったかもしれない。でも、僕は何も言うことが出来ずに見送るだけだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その後、僕は親友の赤西弘樹を呼び出して新宿で飲んでいた。
もう…なんかさ、自分の人生が訳分からなくなっちゃったんだよね。なので、親友と色々話しながら今まで通りの生活を送る決心が出来ればなって思ったんだ。
もう狭球に行かないって決めてても…やっぱりそれが原因で街に被害が出たり、人が死ぬってなると…人事に思えなくなっちゃうんだよね。だらかといって僕が率先して戦いたいなんて…これっぽっちも思わないけど。
ビールジョッキをグイッと傾けた僕は、日本酒をちびちび美味しそうに飲む弘樹に問いかける。
「で、最近はどう?」
「そうだなぁ。正直大変だよ。劇団の手伝いでなんでもかんでもやってるるからなぁ。」
「なんでもって何?」
あ、この唐揚げ美味しい。
弘樹は満月歌劇団という劇団でお手伝いをしているらしい。
「チラシ作りもするし、劇中の役もやってるし、舞台で使う小物も作るし、宣伝とかチラシを置かせてもらう交渉も行くしさ…後は劇の練習場所の予約とかも。」
「それってさ、完全に庶務系の仕事じゃん。それで給料無しなの?」
「うん。あくまでもお手伝いだから。」
「え…完全に良いように使われてるだけじゃない?」
弘樹は日本酒をグイッと煽る。
あれ、痛いところを指摘しちゃったかな…。
「俺だって分かってるよ。結局毎日忙しくやってるけど、給料がないって事は親の脛齧りって事だろ。でもさ…俺ってどうしても会社で働くって事が続かないんだよ。」
始まった…。弘樹はこれまで正社員として働いたことがない。学生の時から夢を見て色々なことにチャレンジをして、でもその全てが中途半端に終わっているんだよね。
しかも、アルバイトも何をやっても全然続かないっていうのもあって、正社員として働けないって言い張っている。
見た目はお腹が出てる中年男で、近寄りがたい雰囲気が少しあるんだよね〜。でも実際には繊細な心をもってるっていうか。その癖に変に意固地だから本当に曲者だと思う。
ま、その弘樹とずっと仲良くやってる僕も曲者かもしれないけど。一応、正反対だから仲が良いって主張はしてるけどね!
ここで正社員として働くとか働かないについて議論するつもりは…ない。だってそれは弘樹が決める事であって、僕が強要する事じゃぁない。
それよりも僕は聞いてみたい事があった。
「あのさ、そんなに休みも無い状態で無給で働くって、僕からすると全く考えられないんだけど、なんでそれをもう半年も続けてるん?」
弘樹はタコわさを口に入れると、山葵が鼻にきたのか涙目になりながらも考え込む。
「ん〜…そうだなぁ。俺ってさ、誰かの役に立てるのが好きなんだよね。」
「だったら誰かの役に立てるって思える仕事を探したらどうなの?」
「それはさ、違うんだよ。俺って…こう社会的にズレてるからさ、お金を貰ってるって思うと…欲が出ちゃうんだよね。」
「…?」
「つまりさ、見返りとか報酬を求めないで何かの為に頑張ってるのが好きなんだ。給料があると、こんなに頑張っているのにこれだけしか貰ってない。…みたいに考えるだろ?そうすると不満が出てきて全力で打ち込めなくなるんだよ。報酬を貰いすぎてたらその分の責任が重すぎて嫌だし。でも、無給だったら、俺が納得いくまで他人の為に、見返りを求めずに働けるじゃん?俺ってそう言うのが肌に合ってるんだよな。」
…言っていることは、社会人という基準からしたら無茶苦茶だけど…人のために何かをするって観点で見れば素晴らしい考え方なのかも?
「じゃぁさ、その無給でやる事が自分の命を失う可能性があったとしても、同じように考えられる?」
「極端だなぁ…。ん〜…。。。」
考え込む弘樹を見ながら、僕は唐揚げを口に放り込む。…うん。美味しい。衣のサクッと感に加えて中から溢れ出る肉汁が最高だ。味付けも次を食べたくなる。鳥料理メインの居酒屋なだけあるね。
「命を懸ける価値があると思えるなら、俺はやるかもなぁ。だってさ、俺って俺の周りにいる皆に幸せになってもらいたいからさ。」
「なるほどねぇ…。」
自分の周りにいる皆に幸せになってもらいたい…か。僕は今までそんな風に考えた事も無かったな。
その後はお互いの近況報告から、いまいち盛り上がりに欠ける恋愛話、そして中学の同級生の結婚話しなどで盛り上がった。
正直、今日起きたガラス割れ事件とか、その後に涼と話した事が原因のモヤモヤは全く晴れなかったけど…親友と飲みながら色々と話す時間はとても貴重な時間だった。
今度、満月歌劇団の劇でも見に行ってみようかな。
親友が劇に出てるっていうのに、1回も見に行った事がない。
そもそもそこまで劇自体に興味が無いっていうのもあるんだけどね。でも、親友をしている以上見にいくのが礼儀な気もする。
うん。仕事の都合で土日は行けないけど、平日にもやっているらしいから…時間が合えばいこう。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
そして、ほろ酔い気分で家に帰った僕は…凶暴なモンスターに襲われた。
「龍紅〜!!お腹が空いたんだよ!しかも…自分だけ食べて…お酒飲んで…ズルイ〜〜〜!!!!!!」
えぇ。それはもう怖かったですとも。
いくら幼女とはいえ、女は女だね。
平謝りした僕は焼きそばとたこ焼きを作らされる事に。何故に粉物なのかは問うまい。だって悪いのは僕だし。
そして、ノルンは夜ご飯を食べ終わった後にもう1度大爆発した。
「え!!!???お菓子買ってないなんて酷すぎるんだよ!!むぅぅぅぅううう!!」
ぷぅぅぅぅぅうううううう!っと頬っぺたを膨らませたノルンが涙目を浮かべて僕に殴りかかってくる。小さいから別に痛くは無いんだけど…申し訳なさすぎて、僕はそのあと深夜にコンビニまで大量のお菓子を買いに行く事になった。
一緒に買いにいくって言っていたけど、夜遅くに幼女を連れ歩いて職務質問とかされたくないので、そこは我慢してもらった。
結局大量のお菓子を見たノルンは目をキラキラさせてお菓子に飛びつき、食べまくって幸せそうに…僕の布団でグースカ寝やがった。
僕はどこで寝るんだ?
幼女と同じ布団?それとも…座椅子?
色々な意味で先が思いやられる1日だった。




