7.友達になりたいのですが
前回のあらすじ
「無法地帯で外から侵入した形跡があったから気をつけてね」
「それより女の子と友達にならにはどうしたらいいか教えてください」
*****
「忠告を受けてすぐに無法地帯に来ると。あながち金髪娘の言うこと間違ってないのかもね」
未だ季節外れの雪が降り積もる中、情報屋と別れた彼が真っ先に向かった先は危険だ行くなと言われた無法地帯であった。
飯を届ける相手、魔人の住処である施設がその無法地帯に存在していたからである。
仕方ないよな、と自分を納得させつつ施設へと入るとトレーを持つ手ではない、もう片方の手に持っていた物を点ける。カチリと音を立てたそれは、一瞬にして室内を鮮明に映し出した。
「……ん……?」
はっきりと見える室内、その端の方にあるベッド上がもぞもぞと動く。今まで眠っていた家主がむくりと起き上がると目をこすりながら、
「……なに、眩しい」
「明かりだよ明かり。ここに来る途中のゴミ捨て場にあったらちょっと修理してみたんだが、結構眩しいな」
「捨てて来……捨てて帰って」
「言い直されたのが一番傷ついたんですけど!」
家主、魔人少女は明かりがお気に召さなかったらしい。ツッコむ修二を無視し、不貞腐れた顔をしたままトレーへと近づいていく。
このふてぶてしいほどに修二に文句を言う、銀の長髪に小さな体の少女こそ、
水の国 唯一の魔人である。
国に危険分子扱いされている彼女、僅か4歳という幼さにも関わらず先の大戦において最前線で戦い抜いた人間離れした力を持つ少女であった。
そんな彼女と檻を挟んで座るサイカイ兵士は、死と隣り合わせの状態と言っても過言ではないのだが。
「……パン、二個?」
「たまたま余ってるのを見つけてな。どうよ、嬉しい?」
「ん」
「俺のなんだけどね、うまッこれうっま!……おいなに取ろうとしてんだ、これは俺のだっ!」
たったパン一つを自分と取り合っている少女が危険な訳がないだろうと、化け物というよりむしろ小動物の様な感覚で見ていた。
暴れることもせず、ただ静かにすやすや寝て、ご飯の時だけ起き、もそもそと食べてまた寝る。
その繰り返しだけの、動きをする少女が危険視するほどの存在であるとはどうしても思えなかったのだ。
むしろ、
『友達になりたい』と、ひとりぼっちの彼が思うまでにあまり時間はかからなかった。こうして普段通りに話せていること自体が彼をそう考えさせた一要因だ。
―――――
『友達って時間じゃないと思うけど、その子がしゅーちゃんと一緒にいて楽しいと思うんなら友達って感じじゃない?』
―――――
そうして彼は唯一話せる金髪情報屋の協力を仰ぎ、「何言ってんだこいつ?」と引き気味だった情報屋をなんとか説得することに成功。彼女の情報屋としての、他人に近づくための術を行使するのだった。
「な、なぁ、銀髪娘?」
「……。」
「ねぇ聞いて、無視しないで!」
「……もう、なに?」
「お前、俺と一緒にいて楽しい?」
「全く」
「。」
「全然、少しも、これっぽっちも、別段特に」
「待って、本当に待って泣く!もう俺無理泣きます!!」
術、終了。無表情のまま淡々と即答する魔人少女に修二の涙腺は簡単に崩壊した。
そう簡単な話ではなかった。「友達ですか?」「友達です」などと面と向かって笑い合うような仲ではない。この男の聞き方にも問題はあっただろうが、それでも金髪娘のやり方では彼女に友達認定されるのは難しいだろう。
ーーふっふっ、甘いな銀髪娘。お前がそう簡単なヤツじゃないってのは分かってたさ。ちゃんと次の作戦もあるんだよ、用意周到なしゅーちゃんにひれ伏せ!
ただ、修二も考えなしではなかったようだ。腕で隠した顔が不敵に笑っている。
元々、その程度で解決する問題ではないことは察知していたらしい。彼は最初の作戦が失敗した後のテイク2を備えていたのだ。
―――――
『それ以外で?え〜そんなの知らな……はいはい、お金もらったもんね。そうだなぁ、その子のためになることをしてあげるとかかな。相手のために何かしてあげて、恩を売っておけばいいんじゃない?』
――――――
「なぁ、銀髪娘?」
「……なに?」
「お前、俺にしてほしいことないか?」
「黙っててほしい」
「え、はい。いや待てダメ!それじゃダメなの、何か、他の別の!」
「……じゃあ、寝させて欲しい」
「もう充分寝たでしょうが!?」
「……昨日、外、うるさかった」
彼女はブスッと頬を膨らませる。どうやらかなりご機嫌斜めな様子だが修二はきょとんとした顔をして、
「無法地帯って夜煩いイメージだけど、いつもそうなんじゃないのか?
「全然ちがう。変な悲鳴とか、物が壊れる音とか、ガハハハって笑い声とか。ほんと、一睡も出来なかった……」
「あぁ、そういえば闇討ちがどうとか言ってたな」
「やみうち?……お鍋?」
「なんで鍋なんだ、飯ばっかかお前」
そのことが相当嫌だったのだろう、彼女は普段より饒舌に話し始める。修二は金髪の情報屋が話していた無法地帯で行われている闇討ちのことを思い出す。すっとんきょなことを言いながらも興味があるらしい魔人少女に、先ほど聞いたばかりの話を伝えた。
「ーーってことで闇討ちってのが起こってるんだと。お前のとこにもくるかもな、気をつけろよ」
「……気をつける、何を?」
「ここに住んでる以上、お前も狙われるかもしれないだろう。だから気をつけろよって、変か?」
「……変なの」
魔人少女の言っていることが修二には理解出来なかった。気をつけろと言っただけで変なのと言われるのは普通なのかと自身の常識を疑いかける。
そんな彼に魔人少女は興味がないのか、ベッドに寝転び目を閉じようとしている。本来の目的を思い出した修二は、慌てて柵を揺らした。
「いや待って!寝られてないのはわかったけど待って!まだ作戦あるから、待って待ってよ銀髪娘寝るなぁぁあ!」
「うるさい」
理由を言ったのだから寝かせろ、そう暗に伝えてくる魔人少女だがそれでは修二の目的は達成できない。
柵をバンバンと叩きなんとか起こそうとするも力虚しく、一切動かなくなった魔人少女に修二は「のぉぉお!?お金払ったのにぃぃぃい!?」と頭を抱える。
どうやら彼は結果がダメだったことというより『お金を払ったのに』ダメだったことが嫌だったらしい。どこまでも金のことしか考えていない男である。
「どうしたらいい、他のなにか、なんかこう、友達っぽい何かと言えばなんだ、なんだ!?」
「……ねぇ。今日はゲーム、しないの?」
「今はそれどころじゃないんだよ。ちゃんとしたら案を練らなきゃいけないの、今日はナシ!」
「……。」
「じゃああれだ、雪!最近また降り始めた雪について話そうな銀髪娘ーーあれ、爆睡!?」
どうにか策を考えようと頭を唸る修二に、一度だけ顔を上げた魔人少女であったがすぐに毛布にくるまってしまった。顔を上げた彼女の残念そうな表情を見れば、最善策に辿り着いていたかもしれないのだが、
修二はその日、一日中色々と作戦を立て実行したものの上手く行かず、泣きながら帰路につくのだった。
日常。
関係や場所事態は異質だが、ただただ平凡な会話をし、ただただ何も変わりない日常を送っているサイカイ兵士と魔人少女。なんだかんだと揉めることはあっても、当たり前の様に過ぎる日々を惜しむことなくこれからも続く……はずだった。
彼らを異変へと導く手が、二つ、彼らへと近づいていく。
一つ、
『いたいた、やっぱここじゃねぇか!!』
この国では見慣れない装備を身につけ高笑いする大男と、後ろにいる5人の男。土足で室内に侵入した彼らは、目の前の女性に声をかけている。
パラパラと砂煙の舞う空間、月明かりのみが照明として機能する薄暗い空間で大男は無言の彼女と目を合わせる。
『隊長、予定外のあんたの行動のせいで時間がありません。早く次に進めてください』
『相変わらずうるさい部下だな!コレが邪魔だと言ったのはお前だろうが、ガハハハ!!』
『うるさいのはあなたの声ですよ』
部下がため息をつく中、大男は独特な笑いを響かせ肩に担いだ巨大な鉄の塊を持ち上げると彼女へと近づいていく。そして、
『久々だな!会いたかったぜ、魔人娘!!』
『……うる、さい』
目の下にくまのできた銀髪の少女はただ、じっと彼らを見つめていた。
一つ、
『見つけた。いつもの道を通ってやがるぜ』
とある場所、人気の少なく街頭も点々としか存在しない地区の出口に運河の多いこの国では見慣れた橋がある。野蛮な地区とそうでない場所の境目として存在するその橋に、数十人の男たちがいた。
その場所に集まるように事前に伝えておいたのだろう。各々隠れ場所に身を潜め、その手に持った武器を握りしめている。
彼らの敵視の先には、1人の人物が存在する。
『あの野郎、のんきに鼻歌なんか歌いやがって……!』
『昨日の闇討ちが成功して気分がいいんだろうよ。いいかお前ら、奴が橋に入ったら両方から囲い込め。ナメた真似したバカへの報復だ』
彼らはとある地区の無法者たち、総長が突然姿を消し争いが激化している地区に住む者である。激化した派閥争いの先に『闇討ち』という卑怯で卑劣な反撃を受けた被害者達だ。
報復、その言葉を発した男は自身の持つ鉄パイプを強く握りしめ、目線の先にいる男を睨みつける。今にも飛び出してしまいたい欲求を抑え、男の動きをじっと見ていた、
「友達できるかな〜♫明日はできるかな〜♫出来ると、いいなぁ」
未だ鼻歌を歌い、終いにはスキップをし始めたサイカイの青年を。
非日常の二つの手により、動かぬことを望む歯車がカチリと音を立てる。
異変は、突如として彼らを襲った――。