13.『……あんぽんたん』
前回のあらすじ
サイカイ兵士は、夢を捨てたにも関わらず勝つこと……いや、一度も敵として見られることもなく地に伏せる。
そんな彼を助けたのはーー
大男の体が宙を舞った。八十キロ以上のその巨体が、乱回転しながら1メートル以上も飛び上がるそれを修二は現実であると一瞬理解が遅れてしまう。大男が真横から何者かによって、顔を思い切り蹴り飛ばされた事実だけがその場に残された。
先ほど大男が立っていた場所に、音も立てず静かに着地する者がいた。長い銀髪を鬱陶しそうにかき分けるそれは――
「お前、なんで……?」
魔人と呼ばれる少女。先ほどまで、彼が傷つく姿をただ傍観し続けていた彼女である。その彼女がこの土壇場で彼を助けたその理由は、実にシンプルなものであった。ボロボロの布一枚を身にまとった少女は、蹴り飛ばした先を見るわけでもなく倒れる修二の襟首を持ち上げる。
「なに、しやがる!」
「意味がわからない、何がしたいの?」
「は?」
痛みに目を細めた修二に、魔人少女は詰め寄る。後ろで大男が起きあがるのも見ることなく、彼女はただ修二の言葉を待つ。しかし何を言っているのかさっぱりわからない修二は何も言うことがなく、少しの間シンッと静まってしまった。
「何してるの、シュウジ。全然わからない、話して」
「おいおい、揺らすな揺らすなっ!俺重症なのわかってる!?もう話すのだけで辛いんだけど……」
「死ぬ前にはやく、もやもやする」
「やめろって!何がそんなにわからないってんだ!!」
少女は彼を助けたかったわけではなかった。それであればもっと早く助けに行っていたはず、この土壇場で助けた理由は他にある。彼女は彼女自身で納得できなかった疑問を解消したい、それだけであった。
「……剣で戦ってない、正々堂々でもない、倒してもない。何がしたいの?」
「は、はぁ?」
彼女の言葉はあまりにも短く、端的であった。要点だけを述べるそれは修二が理解するにはどうしても言葉数が少なかったが、修二にもなぜか聞き覚えのあるその単語に「あっ」と声を漏らす。それはつい先日、彼が自分で話していた内容。彼自身が言った、サイカイと罵られようと兵士になりたいその理由の話だ。
――――
「たった一つの剣で戦い、正々堂々と敵に立ち向かう、そして倒す!カッコいいよな!俺はきっと英雄みたいな騎士になって世界に轟かせてやるんだ!サイカイ兵士じゃないんだって!」
――――
兵士として、戦う英雄として彼が夢見た理想像。それとまったく正反対の行動をしたことに彼女は疑問を抱いていた。しかしそれは、考えるまでもなくわかりきった答えであるはずだった。そんなことをわざわざ確認しに来たのかと、人の感情の欠損がある彼女の行動に修二は眉を細める。
「……だから、諦めたんだよ。お前も見ただろ。理想の兵士みたいに剣で戦ったら大男の部下にすら勝てなかったんだ。だから諦めて、あんな戦い方をしただけだ」
「そうじゃない馬鹿」
先ほどから声にしていたはずだった、夢を諦めると『チート、異能、神様からの突然の恩恵』など虚構の存在だとそう言った。彼女に聞こえていないはずもないそれをわざわざ聞いてくるのは性格の悪い人間しかしないと――
「諦めるなら逃げればいい。それでも戦う理由は、なに?」
「……え」
そう、思っていた。しかし違った、根本から。彼女が疑問を抱いていたのは英雄になることを諦めた理由ではない。その先の、
諦めて尚、彼が大男へと戦いに向かったその理由だった。
「諦めたのは好きにしたらいい。それもよくあること……それでも立ち向かったのは、どうして?」
「そ、そう言われても、考えて行動してたわけじゃないし、俺に根拠とか理由とか言われてもわからない……」
「やっぱバカ、ほんとバカ、一回生まれ変わったらいいと思う」
ただそれをこの男にポンと投げたところで解消できるわけもないのだ。自分の行動の矛盾に今気づいたとでも言わん顔をしたまま、「あー」と声を出す彼に銀髪少女は大きくため息をつく。
そして、自身の横髪を親指と人差し指で挟みくるくると回しはじめた。考え事をするときの癖なのだろうか、数秒そのままぼーっとした後彼女は「ねぇ」と再び口を開く。
「私が『闇討ち犯』でさっきも殺してきたって言ったら信じる?」
「突然なんだ……」
「いいから」
それは、あまりにも話の飛んだ内容であった。考えた数秒で何を考察したのか、バカな修二では到底理解できようもない。理解できようもないから、
「どっちでもいい。お前が人殺しだろうがそうじゃなかろうがどっちでも」
「……世話係にさえなれればいい?」
「あぁ」
「……じゃあ、魔人じゃない他の怪物が闇討ち犯だって言ったら、信じる?」
「は?」
「大男達が来る前……人間じゃない、変な化け物が施設に来て不良達を殺した。大男が施設の壁を壊して現れた時に、すって消えたの。だから私は何もやっていないって言ったら、信じる? それでも私が必要??」
「おい待て待て、何の話をしてやがる」
酷く真剣に見つめるその瞳、やけに饒舌に話し始めた彼女は言い終えるとじっと修二の顔を見た。長い前髪に隠れた目が、その答えを求めてくる。強くすさぶってもなんの反応もしない。
「言ってることが全くわからん、眩暈と痛みで考えられる頭じゃないんだ。だから、なんだっていい。お前がそうっていうなら別にそれでいい」
「……状況的に、私が『闇討ち犯』で間違いなくても?」
「しつこい」
疑問の一つも解消してやれないサイカイ兵士が、答えを見いだせるわけもない。彼女の放ったQに関して適切なAを答えられるはずもない。
その返事に、銀髪少女は彼の首元から手を離し立ち上がる。
「この、あんぽんたん」
「あ、あんぽんたん?」
「魔人は人を陥れようとするって誰も信じないのに。魔人を信じるバカな人のこと……つまり、ばか」
「お前はなんで口開けば俺を罵るのよ?」
「本当のことだから。シュウジのこと、全然わからないから――
……少し、興味が出た」
もしかしたら気のせいだったのかもしれない。長い髪の隙間から見えた口元が、ほのかに笑っているように見えた。何を言っているのか最後まで理解できなかった修二は、背を向け大男の元へと向かっていく彼女をただ見守ることしかできない。
四角い広場の一つの角にある小さな水路のトンネル、その前でどっしりと構え、二人の経緯を傍観していた大男の元は「おぉ!」と声を上げた。
「ガハハハ! もういいのか!? お前さんが長々と話すところは初めて見たな!なんだったらそいつを連れて帰っても構わな――」
「大男、帰って」
「……あぁ?」
「残ることに、した」
大男の高笑いが、止まる。修二ですら顔を真上に上げて見上げるほどの大男、それが140センチほどの彼女にとってどれほど大きく見えるのだろう。
「住み場所はどこでもいいと言っていたが、貴様は囚われのままでいいとそう言うのか?」
「別にいつも通りでいい……1人だけうざいのがいるけど、まぁ」
ゴンッと鉄球を肩に担ぐ様子に、遠目で見ていた修二が息をのむ。たったそれだけの行動が、あれがいつ落とされてもおかしくない状況が、周囲の緊迫感を生み出した。それだけではない、大男の周囲に戻っていた部下4人が先ほどとは打って変わりたった一人の銀髪少女へと剣を構えている。
「ガハハハハハ! 出会ってから初めてだな、お前さんが自分の意見を言うとは! 出来れば叶えてやりたいところだが、こちらも仕事でな!ダメだと言ったらきいてくれるか!?」
「やだ」
「即答か!!であれば仕方がない、わしがこの任に就いた意義ってもんが達せられそうだ!」
「……おいっ、やめ……ろ、アホ……!」
大男は断られたにも関わらずにやりと笑い腰を落とし、彼を中心に入の字のように隊列を整える。臨戦態勢、たった一人の少女に彼らは生唾一つですら音を立てない。
肩で息をしながら様子を見ていた修二はその様子に焦り地面を這う。彼らは戦闘のプロ、国にたった5人で喧嘩を仕掛けてくる気の狂ったジャンキー達だ。腕も体も細すぎる彼女が戦える次元を超えている、中でも大男、ケレルと彼女から呼ばれる男だけは桁違いだ、人間のそれではない、止めないと。
唯一使える右腕を回し、何とか彼女の元へ向かおうとする修二。そんな彼などもう見向きもしていない大男の高笑いが再び鼓膜を振動させた。
「ガハハハ! こうはなりたくなかった、こうはなりたくなかったんだぞ! わしはな、隠密に、誰にもバレることなく、戦わずしてこの国からお前さんを助けたかったんだ本当だぞ!!しかしな、そう態度を取るなら仕方がないんだよな、しょうがないんだよなぁ!!」
大男の号令と共に彼女を取り囲む殺気は、先ほどとは比べものにならないほどに鋭く、深い。思わず息をのむような半端者であればこの時点で背を向け走りだすようなその気迫を前に……
「テメェら、あの姿に惑わされるんじゃねぇ。気を抜けば死ぬ
あれは、正真正銘の怪物だ……!!!」
「……。」
ただ呆然と歩く彼女が、普通なわけもない。その気迫を押し流すように、消し去るように彼女から得体の知れない覇気が彼らを襲う。
水路のよって四角に切り取られた空間、月の光が彼らを照らし彼らの周囲を、
さっと風が吹き抜けた。
「「「――ッッ!!」」」
同時に敵兵士が一斉に彼女に向かって駆け出す。先ほど修二と遊んでいた時とは打って変わりその身のこなしは軽く、素早い。四方向からの集中攻撃、正面、右腕、左腕、そして足元の四点へ向け彼らは一斉に切りかかる。走り始めるタイミングから、立ち止まるタイミング、そして剣を振るタイミングまで全て完璧に同時に行っていた。一つ一つを確認し、回避するのは困難、その動きに一切の隙は無い。
――斬られるッ!!
彼らの剣が一寸先まで迫るも彼女は一切動かない。体に纏ったボロボロの布を手でつまみ茫然と立ち尽くしているように修二からは見え、思わず目を塞ぐ。実力が無いとはいえ、二年もの間剣術を学んできた修二にも逃げ場がないことは理解できる。彼女は武装などしていない、何かで防御するということも難しい、尚更守りようがない。
そう、思っていた。
「―――――ぐぅっ!?」
「……え?」
そんな修二の真横を敵兵士が吹き飛ぶようにすれ違った。空中に浮いた敵兵士の体はそのまま水路へと落ちていく。唯一敵兵の持っていた剣だけが修二の真横にカランと落ちた。
彼女は一歩も動いていなかった。たった今敵兵士に斬りかかられたとは思えもしないほどに自然に立っている。修二は吹き飛ばされたのは4人のうち2人であることに気づいた。残りの2人は彼女の前で固まっていた。
「……遅い」
少女は、残った2人の剣をつまんでいたのだ。右手と左手、その両方にまるでキャンディでも持っているかのように無表情で剣をつまむ彼女、敵兵士が力を入れていないわけもない。彼らは顔を真っ赤にして彼女から剣を取り返さんとしている。
「……。」
そして少女は持っていた剣からひょい手を離すと、その場から動くことのないままぴょんと跳ね、前のめりになった敵兵士二人が少し見上げた位置でくるりと回転したままその動作に合わせ足を延ばす。いくら訓練されていてもすぐに体制を立て直せるわけもなく、彼らの顔面を彼女の細い足が蹴り飛ばした。
ドゴッ!!
「う、そぉ……?」
少女の蹴りによって、兵士2人が同時にくるくると回転し水路にホールインワンする様子は大男が蹴り飛ばされたより冷静に見れた分余計に異様に見える。意外に人間って軽いのかしら? と思わず考えてしまうほどあっけなく浮いた敵兵士はそのまま二人同様水路へと落下した。
数十秒。
彼女はたったそれだけの時間でサイカイ兵士が、何度立ち上がっても一撃すら当たらなかった相手を前に、いとも簡単に終わらせたのだ。
「……もう、いい?」
「ガハハハハハ! こんなもんで終わっちまうのか! 努力したというには結果がつかねば意味を成さんとは事実だな!」
「……魔人、だから」
残ったのは大男のみ、汗ひとつかいていない彼女に高笑いするだけで、負けたことに関してはさも当然と言った様子であった。彼女の実力をそもそも知っていたかのような様子の彼にこれで終わりという選択肢はない。
腰を落としたまま、上唇を舐める大男は笑っていた。高らかに、高揚したように、魔人という化け物と戦うことが心底嬉しいように、その手に持つ鉄球を地面に突き刺した。
「さぁて、次はわしだな! 先ほどのように手加減して勝てると思うなよ、ガハハハ!!」
「……わかってる」
強者が、衝突する。