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サイカイのやりかた :i  作者: ぎんぴえろ
第一章 『サイカイ兵士』
12/15

12.夢を、諦めるよ

前回のあらすじ

サイカイ兵士は大男の部下にすら勝てない。それもそうだ、彼は最下位の兵士なのだから。


そして、彼は本音を晒す。

「理解していない貴様は――」


 大男は自身の腹部に当たった彼の腕を掴み持ち上げる。身長差のあるその小さな体は、少し持ち上げられただけで足が付かなくなった。頭を下げ辛そうに呼吸をする彼を大男は地面に叩きつけ、


「ここで無駄に死ぬんだ」


 無防備に地面に倒れる彼に向け、()()()()()()()()()()()が振り下ろされた。


「おごっ……!……ぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああ!!」


 鉄球が直撃した腕がミシミシと音を立て、修二の体がぐんと下がった。衝撃に耐えられなかった地面が修二を中心に広がっていく。彼に襲いかかった衝撃は、彼の肩を地面ごと粉砕した。左腕に突き刺さった鉄球がグリグリと彼の腕を潰していく。


 その激痛は一瞬の間をおいて修二(シュウジ)に襲いかかった。心臓が鳴るたびに左腕に激痛が走り、それを少しでも和らげるために右腕を必死に抑えようにも鉄球が邪魔し彼は絶叫するしかなかった。


 今まで感じたことのない痛みは、もうすでに限界を超えていた体を無理やり覚醒させる。目を見開き、歯を食いしばり、痛みを少しでも抑えようと腕を抑えるが、脳が、体が、酸素を無理に求め過呼吸を引き起こした。


「アグッ……ウグッ……ガハッ、ゴホッ!……は、は……あぐっ」


 視界がぐらぐらと彷徨う。彼にはもう、自分が何をしているのかすら分からなくなっていた。いやそもそもサイカイ兵士が負けて地に伏せるなど誰から見ても火を見るより明らかであった。そしてそれは彼自身が一番理解していたことだ。


 それでも彼がその手に剣をもった理由、それは魔人である彼女に話したように『自分が兵士であるために必要だから』、それだけではない。


 もちろんそれも無いとは言えないが、自分の夢を叶えるためというだけの理由で命を懸けられるほど人間が出来ているはずもない。


 ()()があった。


「……しゅ、じんこう、は……死ぬ直前に、内なる力が暴走して、敵を倒してた……」


「突然何の話をしている?」


 ひゅー、ひゅーと息絶え絶えに、しかし修二は言葉を紡ぐ。


 それは、修二が好き好んで読んでいた作品達の話。か弱い少女、理不尽に暴力を振るわれる力を持たぬ人間を護る最強主人公の話。貪欲に世界征服を企む強敵などをバッタバッタとなぎ倒すその姿は何度見ても修二の目を輝かせた。


 輝かせて、いた。


「ボロボロまで戦ったら……何かしらの異能が働いたり、神様みたいなじいさんがタダで、俺みたいな変哲も才能もない奴に……誰にでも勝てるような力授けてくれたりとか、してたんだ……。それで敵はあっけなく倒れて、さも自分の力みたいに、皆から称賛を受けて……」


 朦朧とする頭が、沸騰するかのように言葉として想いを吐き出させているような。


 誰かを守るために戦った主人公が負けそうになった時、絶体絶命の時その一瞬、何かしらの異能の力が働いて、または内なる力が突然蘇って、はたまた神だか仏だかよくわからない上に立っている風をした人間もどきが何の変哲も無い修二のような少年にタダで誰をも蹂躙できるような力を与えられたり。


 彼の語る御都合主義的主人公とやらだったならば簡単に覆せる、いやそもそも最初の苦戦する場面ですらもうすこし頑張りようがあっただろう。


 それを、


「そんな頭の悪ぃクソッタレ作者ご都合主義的物語なんざ二度と見るか!!!」


 修二は否定する。


「他人から才能をもらえるなんて夢見た馬鹿な俺、主人公だけがいい気分になる最強物語を見るのが大好きだったアホな俺、今の俺を見ろ!! あんなの作者が作りたいように作っただけの、デキレースだった!!

 何が『この力は……!?』だ、何が『弱いと言われているが実は最強なんです』だ!!!

 俺はただ弱いんだよ、『最弱』といわれる理由が『弱いから』以外になにがあんだ!」


 噛みしめる、噛みしめる、噛みしめる。


 クソッタレだ、クソッタレだ、クソッタレだと。


 大男へではない、部下へ向かってでもない、彼はただ、現実の理不尽さにただ叫ぶ。


()()なんて、()()()()()()()()()()だ、大っっっっ嫌いだ!!」


 ゴンッ!修二の頭に大男の巨大な拳が叩きこまれた。正面から受けた修二は体を回転させ地面に落ちる。


「大声で何叫んでんだ情けねぇ。要は嫉妬だろうが、弱いテメェを認めたくなくて最後に望んだのが空想世界の他力本願な力だったわけだ、そんな男が兵士などと名の――」


「だからさ」


 ふらり。ボロボロで動かないはずの彼が、もう何度目か、立ち上がる。腕をだらんと垂らし、脚もまっすぐ伸びていないが、その体を持ち上げた。大男とその部下が、その異様ともとれる彼の立ち上がるという意思に失笑する。


 彼は、それを見ることなく自身の片手へと目線を向けていた。そこにはいくら殴られても、蹴られても、鉄球で肩を砕かれても手放さなかった一本の剣がある。何度も素振りを繰り返してきたのだろう。ボロボロの柄には包帯が巻かれ、茶色の模様が点々とついていた。


「簡単な、話だったんだ。……夢を叶えたかっ()、どうしても叶えたかっ()。夢には希望が必要だっ()。じゃなきゃ絶対に届かない夢だっ()

 ……じゃあ、もういいだろ。叶わないんだよ、もう二度と、これだけ頑張って期待が叶わなかったんだよ。だったらもう何を迷う必要があるって話だよな……


 ()()()()()しかないじゃん」


 そして、剣を捨てた(諦めた)


 宙で乱回転する剣は、運河にポチャリと音を立て水中へと消えていく。それを目で追った、追ってしまった大男はサイカイ兵士が彼に向って落ちた鉄パイプを拾い全力で走りだしたことにコンマ一秒気づくのが遅れた。


 それだけでどうというわけではないが。


「剣よりパイプを選ぶか!お似合いだぞ、雑魚兵士もどき!」


 先ほどと同じように、まっすぐ、単純に。大男の元へ駆け込んでくる修二に、大男はただ呆れ、その手に鉄球を自身後方へひょいと投げる。今度こそ彼の息の根を止めるために、次に狙ったのは頭。彼の小さな頭を吹き飛ばさんと、


 その手に鎖を握り、横ぶりに振った。


「――ぁぁあぉぉああ!?」


 バコッッッ!!


 鎖に引きつられ加速した重量のある鈍器が、修二へと襲い掛かる。絶叫が響き、人間の頭が、まるで黒ひげ危機一髪のように真上に飛び跳ねる。血液が遅れて胴体から噴出し、水路へと落ちる。月明かりに光る水路の水が、一瞬で赤い模様を広げる中、


 ――サイカイ兵士は、その真横を走り抜ける。



「なっ!?」


 大男が感嘆の声をあげる。そして気づく、大男は目にする。彼の鉄球によって吹き飛んだ死体、頭を吹き飛ばされたそれは彼ではなく足元、真下で気絶していた不良の一人であったことを。


 その体のどこにそんな力が残されていたのか、鉄球の当たるその直前に不良を持ち上げ盾とし、同時にその衝撃を逃がすべく棒を軸とするダンサーのようにくるりと回った。


 サイカイ兵士は、気絶していた人間を殺して我が身を守るという残虐非道なやり方で大男の鉄球を初めて回避したのだ。部下の剣ですら抵抗できなかった男が初めて回避したのは、神速で襲い掛かる鉄球であった。


「――ガハハハ! おいおい何やってんだよお前、兵士がそんなことをしていいのか!?」


 とっさだった。鉄パイプを横なぶりに振るおうとせん修二に大男も拳を握りしめる。鉄球はもう戻せない、であれば自身の拳が唯一の武器になる。


 ふらり、修二の体が揺れる。やはりダメージが蓄積されていた、もう体が言うことを利かなんだと口元に笑みを浮かべる大男は目の前の不気味な青年を鉄パイプごと地面に叩きつけやる、と。ーー


「!!」


 その寸前、大男は修二から大きく距離を取った。先ほどまでの笑い顔はどこへ、何かに驚いたかのように子刻みに呼吸している。安心しきって見ていた彼の部下が何事かと大男の離れ先、サイカイ兵士の元を向けば、


 彼は大男の懐へと潜り込んだ沈んだ姿勢のまま固まっていた。


 彼の壊れた左腕は、地面と平行に伸びていた。


 彼の壊れた左腕は、何かを握っていた。


 彼の壊れた左腕は、殺意が込められていた。


「ガ、ハハハハハ。流石に焦ったぜ。まさかそこまで落ちるとはな、ナイフなんざどこから取り出した……!!」


 それは小さな鋭利。銀色に光る、青年が元々は持っていなかった残虐な武器小さなナイフであった。先ほど盾として使った不良から奪ったのか、その動かないはずの手には凶器が握られていたのだ。


「この下種が!!卑劣な戦い方しやがって、それでよく兵士だなんだと吠えられたな。お前の戦い方はただの野蛮な下衆のやりかただ!」


 流石の大男も眉を顰めてサイカイ兵士を睨む。怒りが込められていたその言葉に、サイカイ兵士は答えない。ナイフを持ち上げ今一度大男へ迫る。


 雄叫びのように声を上げることも、表情を変えることもない彼はただ走り、ナイフと鉄パイプを振り上げ、迫るのみ。その姿は大男の言うように下衆の姿であった。


 当たるはずもない。


 敵は一般人ではない、他国の兵士だ。ナイフ一つ持ったところで変わるはずもなかった。


 ゴキッ!大男の手刀が修二の持つナイフを叩き落とす。ただその敵意を込めただけの、どうしようもない刃物はあっけなく地面に落ち、修二はそれと同時に大男の腕へと噛み付いた。


「ぅぐぅ……ぐぅぅぅぅぅぅぅうう!!」


「泣いてるのか、情けねぇ。お前のその姿を見て誰が兵士と認めるよ?」


「ふぐぅ、あぐぅぅううううう!」


 噛みついたままただ顎の力を加え続ける彼の体は、そのまま持ち上げられる。全く表情の変わらない大男は、噛み付く彼の目から涙を流していることに気づく。鼻水と涙が混じった表情のまま、これで何が変わるわけでもないにも関わらずただ必死に手に噛みつき続ける彼、


 そこに剛撃が突き刺される。容赦ない一撃、その衝撃に力を加えていたはずの口がパッと大男の手から離れ、サイカイ兵士のボロ雑巾のような体が地面をバウンドし転がった。水路にぽちゃんと落ちる鉄パイプの音とともにようやく地面に倒れこんだ修二、痙攣していた体がゆっくりと、その動きを止めていく。


「哀れだな、貧乏小僧。テメェが諦めてまで手にしたのは、情けない自分の姿だけ。兵士としてのプライドすら捨てちまったお前は、今まで自分が努力してきたものすべてを自ら捨てちまったんだ」


「……」


  再び、大男は彼の手元から離れたナイフを拾い上げると彼に詰め寄る。また立ち上がろうとすればすぐにでも抑えるとばかりに包帯を巻いた手を修二の顎に当て固定させる。大男の言葉は、サイカイ兵士の唇を薄く動かした。力の加え過ぎでうまく動かせない唇を、無理矢理にも噛みしめる。


 そして、



 どっっガッッッッ!!





 大男の体が跳ね飛んだ。


なんだかんだと理由を長々話すサイカイ兵士ですが、


現実と空想の区別を自分で付けられず、自分の諦めた理由を「作者のせい」にして結果的に合理化するクソ野郎なんですよね。



ここから転に入ります

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