10.『……どうして信じるの?』
前回のあらすじ
魔人は、突然現れた大男に連れられて施設の外へと出ることになる。景色にも、自分の居場所も興味を示さない彼女が唯一興味を示したのは、
何もできない一人のサイカイ兵士だった。
「お前らが『闇討ち犯』だな!銀髪娘に罪着せやがって、覚悟しろよこの殺人集団が!」
「……シュウジ」
飛び降り先にあった光景を、修二は理解できなかった。無意識的に、考える間もなく彼女の元へと飛び出した。叫んだ彼の目に映るのは、少女の近くにいた大きなフードを深く被った者が数人、そして彼らの傍で倒れている数人の不良たち、誰もが敵と考え震える彼にとって、不審な格好をした彼らは恐怖の対象でしかない。
彼は必死に彼女の盾になるためにその場に立つ。手に持つ剣を鞘から引き抜き、彼らへと向ける。ただ、後ろ手に隠した少女を護らんがために。
「お、お前らなんて怖くないんだからな、俺は『兵士』だから、お前らみたいな奴らに負けるわけにはいかないんだよ!」
「……シュウジ」
「さぁ来いよクソども! 先に言っとくが俺を殴ったらお前らに膨大な慰謝料請求してやるからな、その辺覚悟してから来いや!!」
「聞いて」
「グゥェップ!?」
良い言い方をすれば覚悟の決まった、悪い言い方をすればヤケになった修二の首根っこを引いたのは、その後ろで表情を変えないままの銀髪少女であった。
「おい銀髪娘や。人がカッコつけてるところに水差すんじゃないわ、恥ずかしくなるだろうが!」
「……かっこ、つけてたの?」
「本人に全く伝わってなかった!? え、今の俺ヒロインの危機的状況を救う主人公ぽかったよね!」
「……。」
「真顔が一番傷つくからせめて何か言ってや!」
「なにダラダラと話してんだ!どこまでも逃げやがってこの貧乏が!とうとう追い詰めたぞコラ!」
「だからその呼び方やめてくれませんかね!今日は貯金から取り忘れただけなの、僕オカネモチダヨ!?」
「なんだなんだ、『闇討ち犯』だなんだと言われておいて逃げておったのか、ガハハハ!!」
「……この貧乏、逃げるのは得意みたい」
「銀ぱっちゃん、お前外にでても俺に対しての当たりは強いままなの? そろそろ泣くよ?」
「大男らもだ! テメェらが貧乏に命令していた『闇討ち犯』の親玉なんだろうが!」
「んん!? ガハハハ、なるほどな! 我々が『闇討ち犯』の親玉で、この貧乏小僧がその子分と!ガハハハ、確かにそう考えてもおかしくはないな!!」
「……ね、せめて兵士はつけて? 貧乏兵士ならギリオッケーにするからさ、ね? 涙腺もうやばいよ?」
おいおいと泣く修二を嘲笑する銀髪少女、そして状況を理解し爆笑する大男と、その大きすぎる体型に唖然とする不良達。カオスな状況とは、まさにこのことを言うのだろう。
各々が勝手に話し出したことで静かだった開けた空間がパーティのように騒がしくなる中、なんとか自分の弁解をしようとする修二。
「シュウジ、違う。この人たち、『闇討ち犯』じゃないよ」
「サラッと話を変えな……え、違うの?」
「ん」
「じゃあ誰が『闇討ち犯』なんだ??」
「……。」
あれ違うの? 明らかに不良じゃないでしょ? と首をぽかんと口を開けたまま傾げる修二を、銀髪少女はじっと見ているなかそして、
「……私だと思わないの?」
「え?」
「私が『闇討ち犯』だって思わないの?」
彼女は淡々とした口調で、彼に問いかけた。言葉は短かったが、彼女はどうしても聞きたかったのだろう。ぐいっと修二に顔を近づけながらそう言った。
施設を見た、今この場にも倒れている不良たちも見た、なにより実際に見たことは無いとはいえ彼女が『化け物』とさえ言われている『魔人』であるということも知っているのだ。疑わない方がおかしい。
彼にとって最も疑わしいのは彼女であるはずなのだ。
「あ、忘れてた」
「……わすれて、た?」
「なんかこう立て続けによくわからないことが起こるとさ、もう忘れちゃうよねしょうがないよね」
「は?」
そんな彼女に修二はなんとも抜けた返答を返し、流石の銀髪少女もぽかんと口を開けていた。そんな簡単に忘れられるような部分じゃないだろうと唖然とする銀髪少女の様子に慌てて修二は「いや、俺だってね」と言い訳するかのように前置きしたうえで、
その後を話した。
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『魔人。これをやったのは魔人の銀髪娘なんだよ、俺じゃない……お前らの仲間もみんな、魔人がやったんだ!』
修二は叫んだ。異変と化した施設で、自らを『闇討ち犯』と決めつける不良たちの前で、自身の望まない結末、彼の唯一になるかもしれなかった彼女の行いを自身の保身のために叫ぶ。
『あの銀髪女は魔人って種族で、人間と違って力があって、だから簡単にできて、だから、確かに見た目はただの女の子だけど、俺じゃなくて――ぐっ!?』
『いい加減にしろ、テキトーなことばっか言い続けたら許してもらえると思ってんのか』
修二は必死に挽回しようと、自分は何もしていないと、これまでのことは全て魔人という人間じゃない者による犯行だと、しかしそれはただ叫ぶだけの愚行。不良たちの耳に入るわけもなかった。不良は修二の首を持ち上げると壁に叩きつけ、その鳩尾を叩き蹴る。
『総長の仇だ。テメェは踠いて、苦しんで、それから死ね。おい貸せ』
咳込み腹を押さえる修二に、不良は仲間から鉄パイプを受け取ると、思い切り振り下ろす。ゴンッ!と鈍い音が施設に響き、ビクッと震える修二に男は二度、三度とその凶器を体に叩き込んでいく。
朦朧とする意識の中修二は、自身の不甲斐なさを噛み締めながら、その目を閉じた。
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「勝負しようぜ!」
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痛みすら感じなくなってきたころ、彼の中で突如として再生された記憶は、つい最近の久々に喧嘩したあの時のことだった。修二が自身がサイカイであることを彼女に話し、彼女がそれを羨ましいと罵った、あの時のことだ。
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「……馬鹿じゃないの?」
「ベットに潜り込むなこの野郎」
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この後、彼らはゲームをした。なんてことのない、友達同士が暇つぶしにやるような簡単なゲーム。修二に勝たせるという特殊ルールで行ったにも関わらずなぜか彼女は勝ち続けたあの日だった。走馬燈なんて本当にあるんだな、などとただ見ていた修二は、
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「私、喧嘩、嫌い。戦いたくないって、言ったのに」
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「……?……あっ?」
ここで、ぱっと目を開けた。その瞬間に訪れた痛みに身を捩りながらも、彼は自分の記憶を呼び覚ます。走馬灯の中に出てきた、彼女の言葉を今一度思いだす。
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「ひとを叩いたり、蹴ったり……嫌なの。……もう、いや」
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彼は、思い出した。
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「……それだけ?」
「え、それだけ」
修二の経緯を聞いた彼女は、ぽかんと口を開けた。
「最初はお前が『闇討ち犯』だって思ったのよ?でもお前、言ってたじゃんか『私は喧嘩が嫌い〜』って、『戦いたくない〜』って」
「言った」
「うん」
「……本当に、それだけ?」
「え、それだけ」
ぽかんと開けた口は、閉じなかった。それもそうだろう、答えになっていないのだ。『どうして銀髪少女を「闇討ち犯」ではないと決めつけているのか?』の答えが『銀髪少女は戦うのが嫌いだと言ったので違うでしょう?』という理由だけで彼女を信じたことになる。根拠もなく、明確な理由もなかった。
「……それだけで、私を信じたの?」
「だってそんな奴が人殺すか? 殺さないだろ、俺だってそれくらいはわかる。でもお前があの部屋から逃げ出したのは事実だし、会わないとって。それからはただ不良から逃げるのに必死でした、終わり!」
「……いや、待って、わからない」
全て話したと、なぜか腰に手を当てふんと息をはく修二に、魔人少女は頭に手を当てる。修二の考えを何一つ理解できていなかった。彼の考えは、彼女が本当に戦うことが嫌いで嫌だということを前提にしているが、そう言ったのは彼女自身。彼女が嘘を言っていた可能性だって明らかに合ったのあ。
「じゃあ、それでも私が『闇討ち犯』だったら、どうするの?」
「そうなのか?」
「……。」
率直に聞いてくる修二に銀髪少女は何も答えなかった。下唇を噛む銀髪少女に修二は肩をすくめて、
「お前が『闇討ち犯』ですって言うなら、その時に考えるわ。どうせ俺はお前の世話係じゃないと兵士になれない身だし、どっちにしろ飯を運ぶさ」
「……シュウジ」
「なんだよ」
「バカ?」
「おい」
「……それで、どうして屋上にいたの?」
「お前を探すために飛び出した後にどうしようってなって、とりあえず上から見ようとしたんだよ。そこに不良がいるとは思わなかったけど」
「……やっぱりバカは高いとこが好き?」
「おいお前しつこいぞ、なんでバカバカ言うの? やっぱりって前から思ってたわけ?」
「うん。……すっごくバカ」
「おいこら表出ろや、このアホ銀髪娘が!あ、もう表か」
「ほら、バカ」
「いい加減にしろよテメェら!!グダグダと話してんじゃねぇ!!」
「ひぃぃぃ、ごめんなさい!」
なぜかバカを連呼する銀髪少女と、顔を真っ赤にして両手を挙げる修二に不良が吠える。囲まれる形になった大男とサイカイ兵士は互いに背を合わせる形になる。
「喧嘩してる場合じゃなかった。どうしようこれ」
「おい貧乏小僧、お前戦えるか!」
「こんな大人数と戦えるわけないでしょうよ。おっさんはどうなのさ?」
「ガハハハ、まぁこの程度であれば問題はないよ!だからまぁ、そこで見ておけ!!」
ガンッ!!と騒音を搔き消す激しい地響きが響く。それは大男が、自身の持っていた鎖付き鉄球を地面に叩き落とした音、咆哮のように叫んでいた不良も、泣いていた修二も、全員がその地面を抉り揺らしたその鉄球を見ている。
「隊長、あまり騒ぎを大きくしないでください。我々はあくまで潜入だと言うことを忘れず――」
「さぁいくぞ、小僧ども! ガハハハ!!」
相当な重さのあるはずの鉄球を振り回しながら大男は、その後ろでため息を吐く部下を見ることなく不良へと駆け出していく。オロオロしていたのは修二だけだった。
「お、おい、銀髪娘。あの人メチャクチャ強そうだけども流石にあの数は無理なんじゃないか!? 俺たちも加勢した方が」
「……すぐ終わる」
「な、なに言って。あの、部下達くらいは加勢に出たほうが」
「問題ありません」
銀髪少女も彼の部下も眉一つ動かさないまま、大男をただみている。数の暴力、それはいくら体格が違っていても覆すのは難しいものである。修二は鞘から剣を抜くと大男の援護のために後を追った。
そして、
一蹴。
それはまるで水風船を破ったかのように、一つの小さな台風が彼らを吹き飛ばしたかのように、不良が宙を舞った。大男はその巨漢からは考えられないような速さで彼らへ飛び込むとその手に持つ鉄球を横薙ぎに振り廻し、1人、また1人と巻き込んで空へ飛ばしていく。鉄パイプも木材もナイフも関係ない、全てを巻き込み弾き飛ばすその鉄球、彼の手の届く範囲には誰一人立てる者はいなかった。
「す、げっ!?」
「隊長は大戦を生き残った元兵士ですからね。豪鬼ケレルとはよく言ったものです」
「……うるさい」
驚く修二の元にすら大男から巻き起こされる突風が吹き荒れる中、不良グループを一蹴した大男、大男はその手に持つ鎖を首に巻き付けゲラゲラと笑う。人間離れした大男の姿に修二は言葉を失ってしまっていた。
周囲を見る。無法地帯の隅、大きな水路によって四角に切り取られた空間。そこに倒れるは30人前後の不良たち、おそらくチームの全員がここに訪れていたのだろう。増援が来るということもないのだ。
つまり、
「お、終わった? こんな、あっさりと……?」
そう。彼が痛みに耐え、必死こいて逃げ、ここまで全身全霊を懸け逃げ延びた相手である天敵、不良はもういない。
彼を襲う異変もこれで終わりを迎えたのだ。
「やっぱ、強い奴がいるとち、違うんだな、逃げるだけで精一杯だったのに……」
「……。」
そのどうしようもなく遣る瀬無い感覚のまま、ぽつりと呟く修二を、銀髪少女がジッとその表情を変えぬまま見つめている。そこへ地面を強く踏みしめ歩いてくる大男が近づいていく。
「ガハハハ! こんなものか、やはりつまらんな! おい貧乏坊主!お前さんも頑張ったな!よくやった!」
「え、いや、俺は、何もーー」
「何を言ってる! 『闇討ち』をした魔人娘の手伝いをして今までしておったんだろう!? 何、ワシらに隠すことはない!」
「へ? あ、いや、俺はその、こいつの世話係で」
「世話係! そうか、今までご苦労だったな!こんな目にまで巻き込んでしまったことを魔人娘に変わり礼を言わせてくれ!」
「え、あ、こちらこそ救ってもらって、ありがとうございました!」
ドンと背中を叩かれた修二は舞い上がっていた。憧れのような目を大男に向け、
「おい銀髪娘、この人めちゃくちゃ強くていい人じゃんか。もしかして前の世話係だったとかそんな感じか?」
「……シュウジ」
「こんなまさに兵士みたいな人、この国にいたんだな!装備とかあまり見たことないってことは裏方の仕事の人とか? うわ、俺知り合いになってよかったのかな!?」
「シュウジ、違うよ」
「なんだよ?……お、おい、なんでお前、首振ってんだ?? 全部、終わったんだよな?」
終わった。それにも関わらず、空気が変わっていないことを修二は遅れて気づいた。なぜ、全てが終わったはずじゃ、と大男たちを見た時、
「では、行きましょう魔人様。出口はすぐこそです。この男の処理は、我々が」
「え? 処理って、え?」
「あー悪いな貧乏小僧。俺たちはこの国に潜入してるもんでな、小僧をそのままとはいかんらしい」
まだだよ。誰かがそう言った。
大男の部下が、彼に向け懐の剣を抜く。未だ状況を理解出来ていない修二に、後ろ頭をかきながら大男がそう言う。その時、修二は思い出していた。
―――――
『しゅーちゃんのところに来たのは情報を仕入ようとかじゃないよ。そんなのしゅーちゃんから望んでないし、今日はむしろ伝えに来たんだよね』
『つ、伝える?何を?』
『無法地帯で外から侵入した形跡があったってことをだよ。危険だからくれぐれも近づかないようにってね』
―――――
金髪の情報屋が言っていた、無法地帯に外から侵入した形跡があったこと。
「あ、あんた達がもしかして、外からの侵入者ってやつ、なのか?」
まだ、彼の異変は終わっていない。彼らが『闇討ち犯』では無かったとしても、味方という意味でも無かったのだ。
不良とは比べものにならないほど強大な敵が、未だ彼の目の前に立っているのだから。