1.サイカイ、最下位
「おじちゃん……だれ?」
志木 修二は、6歳という年齢で現実の地獄を見た。
見慣れた木造りの家、木々を縫ったようにして出来た細い道、新鮮な水を流す小川、普段通りにそこにあったものが今、惨劇と化している。赤い甲冑を身につけた大人が、彼の知るおじいちゃん、おばぁちゃん、おにいさん、たった数時間前には笑顔で笑っていた大好きな人達に剣を突き立てるのを、彼は震える身体で見ることしかできない。
「小僧、いきなりおじちゃんは無いだろ。こう見えて21だぞ俺は」
その中で、唯一彼を救った男がいた。数多くの敵を薙ぎ倒し、たった一人で村を襲った敵を蹂躙したその男。屈強な体つきの身丈に合わない小さいバーテン服を着た、ガーンと修二の言葉にショックを受けているその男、
「俺は、そうだな『一国の兵士』じゃ面白みが無いし『兵士バーテンダー』、『金食い兵士』、『金取り偽兵士』とか呼ばれてる……小僧、その目はなんだ。いじめられてなど無いからな」
「助けて、くれたの?」
「おう、遅くなって悪かったな。 お前の母親もちゃんと生きているぞ! もう死ぬ危険は無い、俺が、この国の兵士がいる限りな!」
それは少年の人生を変える出会いであった。
彼は後に修二が最も憧れと夢を抱く兵士となる。大戦の最前線で戦い、負け知らず。他国から脅威と見なされ国の核として君臨する騎士となった。
『英雄』の名は世界中に轟き、青年修二の夢となったのだ。
出会ってしまったからこそ、少年は茨の道を進んでしまうことになったとも言えるのだが。
※※※※※
それから約10年の月日が経った、ある国のとある演習場でのこと。
「弱い、弱過ぎる。兵士諦めたら?」
季節外れの雪がぽつぽつと降る白景色の演習場。そこに、木刀を杖に息を切らし揺れている青年がいた。黒を基調とした制服を身に付け、上級兵士の称号を得た兵士が頭を抱えそれを見ている。
青年は、この世界で才能を最も必要とする職業に就こうとしていた。
「才能が無いんだお前には。ここで呼ばれているあだ名の通りじゃないか、サイカイ兵士君?」
「サイカイは、余計ですってば、隊長……」
しかし青年は、才能と呼べるものを一つとして持っていなかった。
容姿平凡、無知蒙昧、運動力並。人より秀でた部分など一切なく、その青年にとっての才能とは『神様が自分以外に与えた物』という大きな枠組みで収まってしまうようなものであった。特徴と呼べるものが何一つとして存在しないある意味『稀有』な青年は、
最下位兵士とそう呼ばれている。
「まだ、やれます、試験を続けてください」
「俺、見たいテレビドラマがあってだな」
「こっちは人生懸かってるってのに呑気だなアンタ!?」
青年は自分のなりたいもののために震える体をぐんと伸ばし、木刀を構え直す。同期達の笑い声を耳にしながらも、その目はまだ俯かない。隊長は深くため息をつきながらサイカイ兵士の試験を再開し、そしてーー
サイカイ兵士 修二は今年度の入隊試験において最も低い点数を叩きだし、不合格となったのであった。
全会一致だったらしい。