太陽は僕らの敵 - 2
分かりません。
私は美少女ではないので説明できません。根拠不明の経験則というだけの話です。
ま、それはそれとして。
「ええ聴きますとも、そんな『勝負服』で何処へ行ってらっしゃたのか」
制服とは違うワンピースの悠弐子さん、全身白系の上品なコーディネイトで、肩には目を惹くストロベリーピンクのショート丈ボレロカーディガン。
う~んアサシン。チェリーボーイは指先一つでダウン確定の殺し屋スタイルですよ。
結婚式で友人の晴れ姿を見せつけられるのも癪だから新郎の友人を本気で引っ掛けに来ている適齢期女子的な気合の入り方です。婚姻届を胸に認めた恋愛特攻隊、彼女が着るに相応しい特攻服です。
なのに、
「結婚前提のデートにしては随分とお早いお帰りでは?」
プレミアムフライデーに合わせて午後すっぽかしたのに、部活の時間に間に合ってますが?
「……もうね、知的好奇心以前の問題よ……」
肩を竦め、首をふる悠弐子さん。大きな溜息。
「車で迎えに来たのよ、そいつ」
「はい」
「そいつがまたさ!」
「何か問題でも?」
車が存外ボロかったとか、あるいは顔が好みじゃなかったとか?
「ずっと弄りっぱなしだったの! ナビを!」
「慣れない機体だったんぞな。レンタカー(借り物)ならば」
歴戦の勇士が新兵を嗤うみたいな笑みでB子ちゃん。そりゃ機械いじりなら男の子にも負けない貴女なら、シニカルに笑い飛ばせる問題でしょうけど……男子にとっては笑い事じゃないですよ?
だって、この悠弐子さんですよ?
男子も女子も恐れ慄いて誰も近づかないほどの美女がデートに応じてくれるとか、夢みたいなチャンスじゃないですか? 帝や将軍の御成りを迎える貴族大名並みに緊張しますよ。よもや粗相があれば切腹の上、お家取り潰しも覚悟せねばならないくらいの事態に匹敵します。
しかもこんな据え膳スタイルですよ? 緊張しないわけがない。
「それもう延々とやってんの!」
平常時からは程遠いメンタルに陥っていたんでしょう。普段できることも焦ってできなくなる。
「車じゃん。車ってほぼビニールハウスじゃん。もうジリジリジリジリ直射日光が差してきて、太ももとかビガビガなわけ! 活きが落ちていくのが自分でも分かるわけ!」
そこですか。姫の機嫌を損ねたポイントは。
「走りだせば窓から空気入ってくるしエアコンも効くじゃん?」
基本、悠弐子さんは器の大きな子です。細かいことにグチグチ拘ったりしません。
「なのにそいつ延々とナビ弄って、全っっっ然走り出さないのよ!」
でも幾つか、どうしても譲れないポイントが存在する。
「いつまで経っっっても!」
その一つが暑さです。暑さに対する耐性が甚だ低い。そりゃもう驚くほどに低いんですよ。
「んでんで、ようやくあたしの異変に気づいたと思ったら、『眠いの?』とか抜かすわけ!」
夏の悠弐子さん、気がつけば木陰で蹲ってる猫みたい人です。
「こっちは白目剥いてんのよ! 暑くておかしくなりそうで!」
その方も必死だったんだと思いますよ? 必殺のプランを遂行することに賭けてたんでしょう。だってこんな美少女がデートに応じてくれる機会なんて、この先一生ないレベルですもん。
「最早我慢できなくなって、あたしの携帯でナビしましょうかって申し出たのに『いい』って」
そりゃあ男の人にもプライドってものがあるでしょう……
「だから帰ってきた」
「うわ……気合い入りまくりのデートプランを一行も消化せずにサドンデスですか?」
「論外よ、あんなの」
これでまた彩波悠弐子の伝説が強化される予感がします。更に立派な尾ヒレがついて悠弐子さん、何を考えてんのか分からない美少女として名が轟く気がします!
「うぅー……」
床に敷いたラグマットへ寝転び、グッタリと冷風を浴びる悠弐子さんとB子ちゃん。
暑い話だけで熱が篭ったのか、すっかり外出の意気込みも失せちゃってる。
「きぼちいぃー……」
美少女は汗腺が少ない。
で、その分、何か美少女っぽく見える鱗粉的な粒子を周囲に撒き散らしているのです。だから美少女は暑さに弱いのです……とか嘘情報流したくなるほど二人は冷風を好む。
「うへぇぁ……」
先日、珍しく練習スタジオへ行った時のこと。
先に着いた私は室温設定を二十八度にしておいたんですよ、冷え性なもので。冷風が直接当たるのは得意じゃないので。そしたら後から到着した美少女AとB、
「二十八度とか冷えてないのに電力だけ食ってるよ? なにその反エコロジー精神?」
「冷やすべき時に冷やさないから毎年熱中症で死者が出るんぞな!」
「二十八度設定とか虐待でしょ? 普通に考えてイジメじゃん!」
「そんな設定、アンチヒューマニストの極みぞな!」
「糾弾されて然るべきよ!」
生きるとは妥協すること。他人の言い分と自分の言い分に折り合いを着けて、まぁまぁこの辺なら我慢してもいいでしょう、という応分の決着を繰り返して私たちは生きていく。
しかしながら、【ここだけは絶対に譲れない!】という最終防衛線があります。誰の身にも。
「天誅!」「成敗!」
それがココです彼女と彼女の場合。
「いくら桜里子でも……」
目が! 目が本気ですよ! ちきゅうはかいばくだんを使いかけた時のドラえもんの目! virtualではないinsanityに取り憑かれた表情です!
「そのリモコンを渡さないつもりなら……」
修学旅行の男子が木刀を土産にする感覚で、謙信のお膝元から拝借してきた日本刀。我が意に沿わぬつもりならリモコンごと腕を切り落とさん――とでも言わんばかりに鋒を私の制服へ当ててくる。
「つもりなら……」
もう一人の美獣は懐に壺を抱え、手にした枡を私に投げつけんばかりの臨戦態勢!
それは勘弁して下さい!
B子ちゃんが抱えているのは、ゆにばぁさりぃひみつ道具の一つ『いけない魔香ちゃん』! アタゴヒャクインダケという珍しいキノコを乾燥精製したパウダーです!
それをぶっかけたらダメ! 現実と妄想の境が消失するヤバい粉なんですから!
必至に首を振って思い留まらせようとしても、
カシャリ。
ゆにばぁさりぃひみつ道具、『ゆにばぁさりぃマスク』の気密モードをオンにしてます!
発射する気、満々じゃないですか!
貴重な、そして高価なキノコ粉末を消費してでも、リモコンを奪取する! 不退転の狂気が左右同時に襲いかかってきて!
「分かりました! 分かりましたから!」
たかがリモコンで酷い目に遭うのは御免ですよ。いけない魔香ちゃんのバッドトリップは筆舌に尽くしがたいですから。あんなものは二度と勘弁。とてもじゃないけど味方に使っていい技じゃない。
「エアコン……最高……」
「至福……」
敵味方見境なく潰しに来る、心のデスラースイッチ……そこまで冷風が恋しいのか?
「そぉーいえばさ」
なんでしょう悠弐子さん?
「エアコン発明した人ってノーベル賞貰ってるよね?」
訊いてみましょうかグーグル先生に。ポチポチ。
「ウィリス・キャリアって人らしいですが、特に貰ってないみたいですねー」
「嘘だ!」「嘘ぞな!」
「とか言われましても……」
「エアコンを発明した人とか、どんだけ人類に貢献してるのよ?」
「ノーベル以上エジソン以上フォード以上グラハムベル以上ニコラテスラ以上ぞな!」
「ダビンチとかアルキメデス級の超偉人だよ! 人類史に燦然と輝く!」
「ノーベル賞オブノーベル賞のメダルを授けてもいい人ぞな!」
「キャリア! キャリア! キャリア! キャリア! キャリア! キャリア ザ ナンバーワン!」
涼しい風で生き返った悠弐子さん、拳を振り上げて連呼。
「キャリア! キャリア! キャリア! キャリア! キャリア! キャリア ザ ナンバーワン!」
今すぐキャリア賛歌でもサンプリングし始めそうな勢いですB子ちゃんも。
「決めた! あたしが政権を獲ったら一万円札はウィリスキャリアに差し替える!」
外人を起用ですか? ま、二千円札ぐらいなら……
「いや待てゆに公!」
ええじゃないかええじゃないかとプチョヘンザしてたB子ちゃん、急に真顔へと戻り、
「おかしくないかぞな?」
見つめ合う黒の美少女と金の美少女。
「……………………おかしい。考えてみれば」
「不自然ぞな」
息を呑むほど凍りついた空間で視線を交わす、彼女と彼女。
冷房ユートピアをユルユルと満喫していた女子高生とは思えない、氷結の美。
「そんな偉人がノーベル賞の受賞を阻害されてるとは……不自然すぎる。冷静に考えて」
「ぞな……」
これで考えていることがアレでなければ、どこに出しても恥ずかしくない被写体なんですが……
「これは……もしや……」
「……そうよ!」
「アレの差し金に違いない!」
剣を高く掲げ、刃を交わし唱える、
「「亡国結社【アヌスミラビリス】!!!!」」
予想通りでしたとも。問題の名前が槍玉に挙げられるわけです。
「許せない悪の秘密結社!」
「輝かしい偉人の業績を抹殺するとは、許し難い狼藉!」
「立ち上がれ正義の守護者たち!」「――たち!」
「ウィリスの名誉は、あたしたちが守る!」「――る!」
「We are?」「You are?」
「少子化克服エンジェル!」
「「We are ゆにばぁさりぃ!」」
やっぱりこうなっちゃうんですね?