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1561少女隊Forever - 4

「……マジで味方に必殺技使うの止めてもらえます? 悠弐子さん、B子ちゃん?」

 あれ相当高いんですよ? ゆにばぁさりぃの経費は頭割りなんですから!

 ギャラの分配では有利な少人数編成でも、経費に関してはその逆ですから。痛いんです!

 痛いといえば、このお腹もですね!

 痛くはないはずなのに痛いと脳が判断させられてしまう。

 現実と空想の境を消失させられる違和感ね、本当に気持ち悪いです!

「だーって桜里子、絶対行きたくなーいとか言うから~」

 ふくれっ面してもダメですよ! めっちゃ可愛いですけど許しませんよ悠弐子さん!

「だからってですね!」

 ここは一度キッチリお話させてもらいますから!

 隙あらば『必殺技』を使いたくて手ぐすね引いてる悠弐子さんとB子ちゃん。

 その辺の感性は男子小学生とタメを張るレベルな気がする……見てくれは完全無欠のJKなのに。

 と言っても別に目からビーム出たりオッパイからミサイル発射されたり、そんな特殊な能力があるわけもなく。基本的に身の回りの生活用品を飛び道具として使う辺りが関の山ですが……

 【いけない魔香ちゃん】――あれ、あれだけはダメです。

 数十年に一度だけ生えてくる希少キノコ『アタゴヒャクインダケ』を乾燥精製して微細粒子状に加工したものなんですが……その白い粉を吸い込んだら最後、脳内妄想が意識の垣根を越えてジャブジャブと漏れ始める。

 現実問題、B子ちゃんに後ろからブッスリと刺されていたら、私は今生きていない。

 あれは【いけない魔香ちゃん】が見せた幻覚。幻覚キノコの効能によって、シームレスに悪夢と現風景が糊付けされた末の白昼夢です。

「もう絶対使わないで下さいね!」

 あんなの一度体感したら二度と御免です。

「今度味方に使ったら、マジでヌッ殺しますよ悠弐子さん?」

 えぇえー? って顔しない! 

 別にそんな危ないものを用いなくとも話せば分かるでしょ話せば!

 日本人同士なんですから話せば分かるって聖徳太子様も仰った。

 話しても分からない奴は日本人ではないんですよ。信玄公にしたって、最期は謙信の律儀さを頼めと勝頼に言い遺して死んだじゃないですか?

 まずは何事も話し合いを……

「ちょっと君たち!」

 上杉軍の本陣で長々と回想してた私たちへ、上杉謙信さんが困り顔で訴えてきた。

「あの子、君たちの友達なんでしょ?」

「はい?」

「困るんだよ、あんなことされちゃあ!」

「此処が貴様の三途の川ぞな! 遺骸は諏訪湖に捨ててやるから心配無用ぞな!」

 千曲川の向こう岸、和式甲冑のジャンヌダルクが軍配を持った大将へ斬りかかってた。

 箍の外れた金髪ソードマンが、馬上から太刀を浴びせまくる姿――まさに殺戮の天使。あんな子にならばズップシ腹を刺されたとしても恍惚の最期を…………………迎えられるわけがありません!

 幻想であれ何であれ、死はツラく苦しいものです!

 美しき死など、それこそ幻じゃないですか! 死んでみれば分かります!

 ほんと質が悪いわ、いけない魔香ちゃん!

 あんなものを味方に吸わせてくる人を友人と呼んでいいんでしょうか?

 一緒にバンド組んで上を目指したりできます?

(殺ってしまおうかしら……)

 謀反……頭を過る誘惑ワード。混乱の極みであるこの戦場なら……

「知りがたきこと陰の如く、動くこと雷霆らいていの如し! うははははははははは!」

 何言ってんだ、あのイカレポンチ美少女は?

「明日から武田の旗は『風林雷陰』ぞな! 印刷屋に緊急オーダー入れとくぞな!」

「もおお!」

 本能寺の誘惑に負けている場合じゃない!

 人様に迷惑を掛けてしまうことが一番ダメです! あんなの見過ごせません!

「B子ちゃん! その軍配の人へ斬りつけるのは私たちの役目じゃないです!」

 立ち尽くす雑兵を掻き分け、和装のジャンヌへ駆け寄ったものの、

「ひぃぃっ!」

 寄ったところで体重五百キロ以上もあるサラブレッドを前にどうしろと?

(馬! 怖すぎる!)

 戦場の雰囲気に呑まれているのは武者だけじゃない。元々繊細な馬も我を忘れ、歯を剥き出しで嘶いている。振り上げた後ろ脚で蹴られたら、致命傷を負いかねない威力ですって!

「こうなったら合戦は打ち切りだ! 次の段取り始めちゃって!」

 頭を抱えた武田信玄さん、携帯で指示を叫ぶ。

 なるほど! 戦国最強武田騎馬軍団の強さの秘訣は携帯だったんですね!

 敵軍を圧倒する超連絡網こそ戦場を支配した秘密…………なワケありません。

 これは模擬戦、それも観光客向けの生ぬるい奴。素人のサバイバルゲームの方がよっぽど激しい。

 前近代なら、指揮官の一存で瞬時に停戦が成立する戦場とかあり得ません。権威の象徴たる足利将軍や朝廷が仲介を申し出ようとも、即座に戦闘が集結するなんてことない。常識的に考えて。

 ジャジャァァーン!

 法螺貝でも陣太鼓でもない、大音響が戦場へ木霊する。足軽も騎馬も鉄砲隊も弓兵も戦を止め、鳴り響く西洋楽器に耳を傾ける。民俗的なメロディから始まって、壮大な管弦楽シンフォニーへ。

 なんとなく聴き覚えが……確か胚芽ドラマのテーマ曲だったでしょうか?

 ビシャッ!

 指向性の高い光線装置に灯が入ると、仮設の骨組み舞台へ人影が浮き立つ。

『越後の龍! 上杉謙信此処に見参!』

 金ピカの豪奢な鎧に僧形の裏頭、エイエイオーと剣を掲げて存在を誇示する。

「ようやく本物のお出ましね!」

 本物も何も全員偽物ですよね? だってこれ戦国時代を模しただけのショウですから?

「……というか、あれが最も偽物っぽくないですか?」

 仮設ステージで踊を舞う「上杉謙信」公、遠目でも小さい。

 実際の謙信公も、推計百六十センチほどだったらしいですが、それより低く見える。

 さっき悠弐子さんに兜を叩き割られた「謙信」さんの方が戦国武将っぽい。だって背も高いし恰幅もいい。大将の威厳ありますよ、立派な鎧を身に着ければ大層それっぽい。

『聴けよ皆の者!』

 声で確信しました。鎧姿とは不釣り合いの、おっとりとした声で。

 戦場で檄を飛ばすよりも、傷病兵を癒やすナイチンゲールの方が向いている、そう瞬時に直感できるほどフィメールな声で。

『我こそは上杉弾正少弼! 関東の鎮撫守護を承る者ナリ!』

 フワサッ!

 僧形の裹頭を剥ぎ取ればフワッと広がる茶色の長い髪。声の印象通りの、優しそうな雰囲気の女性が演っていました、「謙信」を。

『謙信公を演じるのは今年のミス上杉祭り 興嬢館大学四年、福永心愛さんです』

 道理でJD風のガーリーカジュアルが似合いそうな人だと思いました。本物のミスJDですか。

『皆の者!』

 ゆるふわ茶髪ロングのミスJDさん、河川敷で鈴生りの観光客たちへ叫ぶ。

 ええ、現代人ですとも。虎視眈々と落ち武者狩りを狙う近隣の百姓などではありません。別に私はタイムスリップしていたわけではなく、お祭りの模擬戦に紛れ込まされていたんです。

 だから嫌なんですよ! 【いけない魔香ちゃん】は!

 あれ使うと現実と妄想の壁が取っ払われる。最悪最低の認識酔いに苛まれる。

(やっぱり斬っておこうかしら……)

 私へ幻覚キノコを盛った張本人は舞台へ目が釘付けで、背中はガラ空き。

『我は…………戦が嫌いじゃ!』

「謙信!」

 私が抜く前に彼女が抜いていました。腰に差した刀を抜いて、鋒は壇上へ。

『戦など見とうない! 見とうないのじゃ!』

 悠弐子さん、河川敷に響き渡るスピーカーの大音響の主を睨みつける。

 バシャ!

 謙信の見せ場が済めば、今度はスポットライトが十二単の姫に移る。

『こんなところ! こんなところ来とうなかった!』

 いかにも芝居がかった場面転換シーンチェンジ

『どうして女子おなごはいつも虐げられてしまうのですか!』

 まさにショウです、見世物です、エンターテイメントです。

『好きでもない男の妻となる……嫌でございまする! 市には心に決めた殿方がおりまする!』

『うるせぇー! 戦国の女は政略結婚のコマ! 身の程を弁えろ、この馬鹿女が!』

 見るからに粗暴な丁髷男が十二単姫へ金色夜叉キックを浴びせる。

「もしかしてアレが信長さんなんですか?」

 ピカレスクヒーローというより悪役ヒールですね? 誅殺されても仕方ない暴君に見え……いや織田信長ならあんなもんですか?

「こんなの信長じゃない」

 憎々しげな表情を浮かべ悠弐子さん、キッパリと吐き捨てる。

「信長は身内に甘い男ぞな。自分へ刃向かってきた兄弟も許してる」

 同じく苦虫を噛み潰すB子ちゃん、そんな顔でも可愛いから困ったもんです、この二人。

「へ~そうなんですか?」

 てっきり信長さん、敵味方全方位的に苛烈な第六天魔王だとばかり。

「とはいえ……【原作】には忠実」

「原作?」

「『女城主謙信~姫たちの真実、七重八重の桜燃ゆる家族~』」

「通称【女真族】。次期胚芽ドラマの有力候補として世間を騒がせてる歴史小説ぞな」

「変わったタイトルですね?」

「変わっているのはタイトルだけじゃないぞな」

「近年発掘された新資料による再解釈、それを以て戦国を描く革新作、という触れ込みだけど……」

「良心的な胚芽マニアの間では悪評プンプンぞな」

「は、はぁ……?」

「信長は戦国屈指のDV夫として濃姫に虐待の限りを尽くし、築山殿をNTRしたくせに、バレそうになったら武田との内通をデッチ上げて処刑を命じるわ、江姫が佐治一成と別れさせられた悲恋の原因も信長ってことにされてる超小説よ……」

「そ、創作要素が沢山入ってるんですか?」

「創作っていうか捏造?」

「え?」

「再解釈の基になった新発見資料ってのが、曰く付きの逸品なのよ」

「そうなんですか?」

「お宝発掘番組で「間違いなく本物! 国宝級!」って大々的に採り上げられたんだけど――すぐさま研究者から偽物疑惑が持ち上がって喧々諤々、メディアが話題作りのため仕掛けたイミテーションじゃないかって噂が実しやかに囁かれてる」

「ネットでは『現代のシオンプロトコル』とか『第二の田中メモランダム』とか呼ばれてるぞな」

「なのに有力候補なんですか?」

「胚芽ドラマに歴史的な正しさなど必要ないと思っているのよ! 肝心の作り手側が!」

「話題性と金儲けだけにご執心なのはメディアの連中だけじゃないぞな」

 B子ちゃんが指したのは、舞台脇の一角、自治体印の仮設テントの下に……来賓席ですか?

 市長に県知事に地元議員に観光協会のお偉方勢揃い……

「観光収入に目が眩んで、こんなイカレた原作までワッショイワッショイする地方民の節操のなさ!」

「あんたたちの英雄が汚されてるんだぞ!」

「汚れた英雄ぞな!」

 そんな二人の嘆きも、野外ステージ用の巨大スピーカーには太刀打ちできません。

『関東管領上杉謙信、義に拠って助太刀致す!』

 毘沙門天の旗を翻して女謙信さん、彼女の大義を満天下へ知らしめる。

『義を見て為ざるは勇なきなり!』

 DV信長へ毘沙門キックを入れれば、ギャラリーから盛んな拍手が沸き起こる。

 掃除の邪魔になってる休日のお父さんすら退けられなさそうな優しいキックですが。

「イヨッ! 謙信公日本一!」

 騎馬隊や足軽隊の捲き上げた土煙が収まれば、「川中島」の河川敷は数千の観客に囲まれてた。これは観光地です。生きるか死ぬかの戦国シュラバ★ラ★バンバなどではなく、紛うことなき観光客向けイベント。出番を終えた雑兵の皆さんも和気藹々とステージを見物、突撃の喊声も役者さんたちへの歓声に変わっています。これは完全に物見遊山、エキストラの気楽さで。

『集え毘沙門の旗の下へ!』

 謙信ちゃんが手取川の勝鬨を叫べば、観衆から大きな喝采と歓声が湧き上がる。多少ヘンテコな改変が為されていたって、英雄の勝利で皆さん大満足です。正直ですよ地元民さんたち。

 そして「我が殿」は万人に愛される姫ですからね。

 どーもどーもと愛らしく会釈して手を振る謙信ちゃん、愛されてます。

 アイドル並の歓声と指笛が彼女へ降り注ぐ……素人寸劇でも、これが大団円。観客が望むグッドエンディングです。大衆向けのパフォーマンスなんてこれでいいんです。予定調和の勧善懲悪。それを彩るのが可愛らしい女子であれば、なおのこと。

 善き哉善き哉。私たちみたいな部外者は出しゃばらずに拍手だけしてれば……

 がしっ!

「へ?」

 突然両腋をホールドされた! 四本の腕で支えられた私、

「せぇーの!」

 投げられた! 放られた思いっきり! 即席の人間ロケットとして空へ!

「ほげ!」

 跳び箱の台みたいなところへ放り投げられ……台?

(……台じゃない!)

 だって揺れてますもん!

「ハイヨォォォォーッ!」

「ええええええええええええ????」

 勇ましい叫び声の方を見れば、馬の尻尾越しに迫ってくる別の馬が!

 悠弐子さんとB子ちゃんが騎乗した二頭、並走しながらこっち向かってくる! 猛然と!

(ぶつかる!)

 思わず目を瞑って身を固くしていたら、

 ビシッ! ヒヒィィィィィィィ! 鞭が私の馬の尻を叩く音がして……お腹の下で馬の背骨の伸縮する感覚が伝わってくる!

「ひょえええ!」

 走ってますよ! 走ってますけど! 私を風呂場のタオル状態で載せたままで馬が!

「いやぁぁぁぁぁ!」

 落ちる落ちる落ちちゃいます! 落ちたらタダじゃすまない高さと速さなのに落ちる!

 停止を懇願したくとも、しがみついてるだけで精一杯! 安全確保だけで目一杯!

 やばいやばい本物のロデオマシーンのヤバさ!

 私たちのご先祖様、よくこんなのを手懐けようと思いましたね? 自分より何倍も大きい高速移動体ですよ? こんな巨躯の躍動を前にしたら、とてもじゃないけど私は逃げます! 無理です!

「ハイッ!」

 舞台を見上げる特等席の足軽ボーイズ、それら蹴散らし進む徳川騎馬軍団!

「ちょっ、何してるの君!」

 たまらず祭りの法被を着た関係者さんが向かってきますが、

「風雲再起ー!」

 悠弐子さんは手綱を牽いて気合一閃! 急な河川敷の堤、人も登らぬ坂を一気に駆け上がる!

 馬ヤバい! 馬の機動力ヤバい!

 鹿の通程の道、馬の通わぬ事あるべからずを無理矢理実感させられてます! 私!

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