1561少女隊Forever - 3
(ならば! ――あれしかないですね越前様!)
「しばし待たれい各々方(悠弐子さんB子ちゃん)ー!」
美少女サンドイッチから離脱して啖呵を切ります。遠山金四郎ばりの外連味で。
いや、無理ですけど。見様見真似の大根役者ですけど。ハッタリが大事です、啖呵ですから。
「ここはこの大岡越前守桜里子ノ介が預かったぁ!」
「「ははー」」
うはー気持ちいい。なんか勢いで土下座してますよ美少女二人が。やってみるもんですね?
「してして、その御沙汰は?」
美少女一号がお白州に見立てたラグマットから尋ねれば、
「えーとえーと……」
方法は分かってるんですよ、見解の相違から浮いてしまった案件を解決するには。
私が身銭を切ればいいんです。第三者の献身が手打ちへと繋がる。譲歩という名の美しい和解!
つまりここで必要となるのは『 私の一両 』。
悠弐子さんは奇を衒わないシンプルの美しさ、簡素にこそ調和が存在するという哲学、
B子ちゃんは動的ダイナミズムの力強さ、常に変化し続ける世の理、
二人がネーミングに込めた信条に匹敵する『 一両 』を差し出せれば、必ず和解します。
それこそが大岡メソッド! 語り継がれる名裁きです!
「…………えーと……」
方法論は鉄壁だとして…………なんだろう? 私の一両って何?
『ゆずれない願い』、私が最も大事に抱いてるもの……私の中に暖めているもの。
(願い……色褪せない心の地図に記されているもの。心の王座にデンと鎮座するフィロソフィー)
う、ううむ…… …………全然何も浮かばない。
座禅を組んで頭皮クルクルとマッサージ、木魚ビートを心で打ち鳴らすDJ一休スタイルを採用してみても桜色の脳細胞は全然活性化してくれません。塩ラッパー新右衛門並みです。
(うぅーん……)
埒が明かないので瞼を開いてみれば、
「ひっ!」
すると姫様が、この世のものとも思えぬ光輝く姫が二人、ジッと私の顔を覗き込んでて!
「そもさん?」
「せっぱ?」
そんな近くで見つめられたら、まとまるものもまとまりません!
「急かしたらダメです!」
即座に背を向け、視線を遮ります。あーもぉー心臓に悪い、至近距離の美少女とは!
「…………んん?」
すると目に入ってくる――――山側の窓から見えるスーパー農道の、道端に掲げられた変な看板。
消費者金融系? それとも金券ショップかな?
(旧一万円札……)
忽然と建つ看板は、デフォルメされた貴人のモチーフで。あんな有名な貴人に「保証人不要で即日融資OK!」とか吹き出しつけるのはどうなんです?
「あ?」
(――これかもしれない! 私が尊ぶべきマイファーストプライオリティ! 私の一両!)
「悠弐子さんB子ちゃん思いつきました!」
すぐさま向き直って訴えます。
「「おー」」
「山田発案! 最高のがありますよ! これにしましょうバンド名!」
「「しかしてどんな???」」
「センス抜群のフレーバーテキストですよ! オーソドキシーとアバンギャルドを兼ね備えた!」
「「そ、それは!?」」
興味津々で食いついてきた二人へ自信満々で披露します!
「The Seventeen Articles! ――――どうですか?」
「「却下!」」
めっちゃ綺麗なユニゾンで拒否られてしまった……懺悔室の神様みたい「×」を示され、敢えなく却下されました。越前様の判例メソッド、通用しませんでした……
(即席で考えた割には、良い名前だと思うんですけど……)
――――和を以て貴しとなす。form The grace of Seventeen Articles.
日本が誇る聖人の有難い言葉じゃないですか。『仲良き事は美しき哉』、仲が良かったら、美しいものも更に美しく見えますよ。更に、更にです!
そうです。仲がいいことこそ最も尊ぶべき価値ですよ!
啀み合ってたら醜さを生じます。そんなの誰でも知ってる宇宙の美的方程式です。悠弐子さんとB子ちゃんだって仲良くしてれば万人から愛されます! 仲違いダメ! ゼッタイ!
「これじゃ埒が明かないわ」
「ぞな」
勿怪の幸いでしょうか、無為の実力行使へと向かうテンションは消沈したみたいです。
「命名の決着は後回しにするとして……喫緊の課題はこっちよ」
コンタクト用のメールアドレスへ届いたメッセージを読んでみれば、
「オファーですね……」
どう見ても。バンドへの出演依頼ですよ、誰が読んだって。
「いやいやでもでも、どうしてこんな?」
バンド名すら決められない宙ぶらりんユニットへオファーとか届きますか? 常識的に考えて?
「これを観て決めたっぽい」
あ。そういえばPV撮って、上げてたんだった……私たちの新曲『橙』。
『既成勢力へ挑みかかるには誰もやらないことをやらないとダメよ!』
という悠弐子さんの方針の元、衣装は和式の甲冑姿と……いや、とても衣装とか呼べるような重さじゃないです。何キロあるんですか?
「本物志向ぞな!」
重い鉄兜を被りながら涼しい顔のB子ちゃん。よくこんな細い首でシレッと被っていられますね?
私なんか気を抜いたらフラワーロックみたいなメトロノーム運動を始めちゃいそうだってのに!
「さ、ターンナップザミュージック!」
立ってるだけで四苦八苦の私を余所に、二人は余裕の表情で。
さすがに重いだけあって、天衣無縫のセーラー服とは勝手の違うムーブを強いられますが……結果として伝統芸能っぽい重厚な所作とでも言いましょうか。得も言われぬ神々しさを醸して。
悲しいくらい曲とも歌詞とも合っていませんが。
ファミコンっぽい極薄の電子音とも、ラブロマンティックをビーフする歌詞とも。
「……の、割には結構再生数回ってますね?」
誰か影響力のある有名人にでも紹介されたんですか? ジャスティン・ビーバーとか?
「アクセス解析、B子」
解析ページを呼び出しB子ちゃん、悠弐子さんへPCを手渡す。
「ここからの参照が群を抜いて多いわね」
横からPC画面を覗き込んでみると…………はっ!
み、見覚えありますよ! そのURLは!
精神を病みたくなかったら見てはいけない系のURLですよね?
【便所の落書き】と揶揄される、匿名性の悪意が渦巻いている地獄の掲示板じゃないですか?
(これはマズい!)
目を通せば最後、悠弐子 怒りの鉄拳が液晶に突き刺さってしまう!
カチ。
「――うっ!」
ブラウザの新規タブ、コンテンツより先に表示されたタイトルバーには……
『【ブッキング注意】マナー最悪のバンドを晒すスレ』
タイトルからしてダメだ!
(これは間違いなく、見せてはいけないもの!)
ビーチフラッグ選手並みの勢いで、悠弐子さんからノートを強奪しようとしたら!
「は!?」
本来あるべき場所にブツがない! 並み外れた反射速度で避けられた!
当然の如く私は……天才マタドールに翻弄される牛みたいに虚空へダイブ!
「ふにゅ!」
床に敷かれたラグマットへ顔から墜落――するかと思いきや、
柔らかい。
顔全体を左右から包まれた。天然のクラッシュパッドが私の顔を包み込んで。
ぎゅぅぅぅ!
「もが……もが……」
頭蓋骨を締められる、後頭部に回された手が容赦なく私を…………
「はっ!!」
意識が途絶えかけた!
「B子ちゃーん!」
こういうの止めてもらえます? ゆ、油断も隙もない! 柔道の師範が面白半分で生徒を落とすみたいなお戯れは! 豊かな乳と美少女離れした腕力の為せる技を私に試すのは! この胡桃割り人形は加減というものを知らな…………
「はっ!」
そういえば脱線している場合じゃなかった!
私が為すべきは無駄な破壊を止めること! この美少女の花園を暴力衝動から守ることでした!
「うわ、関東三大粗大ゴミバンドだって。こいつら酷いねー」
頭に血が上った悠弐子さん、手にしたPCを激しく床に叩きつけ…………て、ませんね?
(怒ってない?)
怒るどころかケラケラ笑いながらwebを読んでいる。
「『中でも特にYは酷い』、Yって何? どっかのバンドを指す隠語?」
(!!)
「『いくつかステージで発表された名があるらしいが、諸説入り乱れて確定しないので、みんなYと呼んでいる』、『公式Facebookも存在するが、そこにも書かれていない』、『胸前で交差した腕をグリコみたいに広げる珍妙な決めポーズから【Y】という通称が一般化した模様』……へぇ、なんかあたしたちのパクリみたいなバンドもいるのね? 著作権使用料請求しよっか」
ああ、それは無理ですね……
「『意味不明の理由で喧嘩を始める、手に負えない問題児ども』、『演奏も笑っちゃうほどヘタ。てか当て振り。素人のカラオケ以下』、『関東三大粗大ゴミバンドに相応しいヘッポコ三人組』、『スタジオや機材レンタルの踏み倒しも日常茶飯事! 金払いは最低最悪で二度と関わりたくない』」
ああもうそれ以上は!
「『産廃バンドのくせに支持者が少なくないのは偏にボーカルとDJが美人だから。群がる男の興味はそれに尽きる』、『色気しか取り柄がない正真正銘塩バンド』、『CDとか金を貰っても要らない。だが水着写真集は出すべき』『BB様の悪口を言う奴は地獄へ落ちろ! 出待ちしてくれる子(※女子限定)募集。当方十五歳女子』……」
次第次第に険が籠もってくる声、顰められてく眉。
さすがに分かりますよね、そこまで来れば。どんな鈍感主人公だって分かりますよ。
「『バンド名は【サークラの姫】に変えた方がよいと思われる(笑)』だぁ!?!?!?!?」
切れた堪忍袋がPCを床へ叩きつける!
「だめぇー!」
バシィィッ! 悠弐子さんの手から離れたPCを空中で白刃取り!
タイミングを誤ったら樹脂の板が頭蓋骨へめり込みかねないサーカスアクション!
やってから言うのもなんだけど私……無茶がすぎる。
「しかし!」
ぷるぷる青い顔でノートを拝み取りしてる私など目もくれず、
「悪名は無名に勝る、って言うじゃない!」
悠弐子さん虚空へ叫ぶ! 怒りに拳をワナワナ震わせながらも叫ぶ!
「目立ってナンボのアマチュアなんだから、これでいいのよ!」
「いいわけないじゃないですか! こんな評判が蔓延したら方々で出入り禁止ですよ!」
「現実を省みるのよ桜里子」
腹立たしいブラウザは「×」ボタンで葬り去り、
「実際こうしてオファーだって舞い込んで来たじゃない?」
舞い込んできたメッセージを誇示する悠弐子さん。
「でもそれ……信用できるんですか?」
「上杉川中島決戦祭り……事務局は観光協会。昭和の頃から開催されているらしいぞな」
一命を取り留めたノートでB子ちゃんが検索してくれた。後援には自治体も名を連ね、胡散臭いお金儲け目的のフェスではないみたいですね。
「何よ桜里子? 気乗りしないの?」
「だって、分不相応じゃないですか私たちには?」
客観的に見て私たちには足りないものが多すぎる。技術、経験、人脈、知名度……そして旅費。
自治体が関わってる地方の祭とか、そんなに羽振りがいいとは思えないです。ギャラが貰えたとしても結局、持ち出しが必要になる予感がします。
ヤなんです! 私はこれ以上一銭も増やしたくない! 借金はイヤ!
バンドを初めて以来、延々と膨らみ続ける借金で悪夢に魘されてるんです!
「まずは足元を固めてからじゃないですか? 折角ファンもついてくれたんですから、ここは皆に喜んでもらえる曲の制作とかパフォーマンスを磨いたりして、手堅く名を売っていきませんか?」
そうすれば借金も返せて、活動資金にも余裕が生まれるはずです!
「それからでも遅くないです! まず日本の最激戦区である関東を制してしまえば、あとは信長の野望で言うところの惰性フェイズです。あったま悪いAIに全て任せても自動的に全国統一です!」
ずぶぅっっっ!
「え?」
筋肉と脂と内臓を貫かれる感触。水っぽい肉塊を刺し貫く金属の擦過音……
「…………は?」
お腹からなんか生えた。白金の長大な鋒が私のお腹から生え……
「桜里子」
肩にハラリと落ちてくる金髪で分かった。自分が置かれている状況が、悪夢の現状が!
「……士道不覚悟、切腹よ……」
い、いやコレ切腹じゃないですよほとんど辻斬りですよ……こんな介錯あったもんじゃない!
「ぐはぁっ!」
とか反論を述べる前に喉は液体で満たされる!
ブシャッ! グシュプシャ!
消化器官を逆流した朱い液が、強制的に口から吹き出され!
ダメ! コレ死んだ! はい私死んだ!