終章 原始でなくとも、女の子は太陽だもの - Otherwise in ancient times , Girls BRAVO!
『大人気女子大生アナ福永心愛、電撃退社』
『突如海外留学へ。大物プロ野球選手Sとの破局が原因か?』
『「ニューヨークで忘れたものを獲りに行く」と意味深コメント』
数日後、そんな見出しがスポーツ新聞や芸能系のサイトで踊ってた。
かといって、これでゆにばぁさりぃの完全勝利……とも言い難い。
結局、福永先生に端を発した秘密結社への繋がりは、プツンと切れてしまったわけですから。
哀れゆにばぁさりぃ、核心へと近づくこと叶わず、とも言えるんですが……
「やっぱ野球はやるものじゃなくて観るものね」
私たち何故か野球観戦に来ています。しかも母校とは何の関係もない余所の学校のスタンドで。
母校の強制応援観戦へ駆り出されるのだって億劫なのに……
野球には何か美少女を惹く魔力でも存在するんでしょうか?
炎天下のグランド、遠目で見ると誰が誰だか分かんないですよ。
テレビ中継みたいな解説もないし、リアルタイムのカウントすら分かりにくい。
何が愉しいんでしょう? 言ってしまえば素人の部活ですよ? 知り合いもいないのに、そこにエンターテイメントはあるのか?
(……あるかも?)
グランドよりもスタンドの方に。
「くーれないぃーにそーまぁーたぁぁぁー!」
眩しい! 超眩しい!
夏の陽射しに白いシャツ――飛び散る汗と火照る肌。ギラギラ太陽にも負けない生命力!
どうしてこんなに似合ってしまうのでしょう、夏の少女にチア衣装。
強豪校のアルプススタンドに比べたら、ささやかな規模だけど……それでもキラキラピカピカ。普段の彼女たちとは見違えた「ハレの日」の溌剌に、クラスメイトたちも目のやり場に困ってる。
真夏の放課後シンデレラです、太陽の小町エンジェルです。
「桜里子ー!」
まーた勝手に拝借してきたんですか、悠弐子さん?
「ちゃんと返すわよ」
いずこかから都合六個のポンポンを調達してきた悠弐子さん、我慢を知らない子。
爽やかな汗飛び散るチアガールに触発されましたね?
少子化克服エンジェルが太陽の小町エンジェルに焦がれてしまったんですね?
「ふふふ……」
スタンドの傾斜階段に一人ずつ、並んで踊るチアガールズ。その最上段にコッソリ、近寄って加わります。ガールズは揃いのユニフォームだから様になっていますけど、私たちは制服です。しかも他校の制服ですし。それでも委細構わず、悠弐子さんとB子ちゃんは踊り始める。
「うひぃー」
見様見真似のぶっつけ本番じゃついてけません。繰り返しパターンに合わせようとしても、別のシークエンスに変われば、すぐとっ散らかる。
難しいです! 練習もなしには踊れません。
やっぱり練習は大事です。何事もに予行演習が要る。場数を踏んでこそ人様にお見せできる。自分を自分として胸を張れる。チアリーディングでもバンドでも恋でも一緒です。出たとこ勝負は心意気だけで充分、スキルはスキルで磨いておかないと肝心なところでヘグる。
練習って本当大事! それが真理です大多数の人にとっては!
でも!
(なんなのこの子たち?)
ブラスバンドがループするまで、完璧にコピーできてる!
むしろ正規のチアガールズよりキレのある動きでノリノリなんですけど?
「お、おいあれ……」
気づかれた! スタンドの目が! グラウンドじゃなくてこっちに向き始めてる!
あの美少女と美少女誰だ? って、野球どころじゃなくなってきてますよ!
「ま、マズくないですか? 悠弐子さん、トンズラした方が良いのでは?」
どんどん増える後ろ向きの視線に怯えながら尋ねてみれば、
「ちとマズいわね」
「マズいぞな」
分かっていただけましたか? じゃあ逃げましょう、サクッと逃げましょう!
「観客が後ろ向いてたら選手に悪いわ!」
「ならば!」
「そっち????」
逃げるならスタジアムの外縁……ではなく、真反対へ走り出す悠弐子さんとB子ちゃん!
リングを目指して花道を駆けていく若手プロレス選手みたいな勢いで「舞台」へ舞い降りるフォールンエンジェル一号&二号。
「へい、たーなっぷざみゅーじっく!」
ベンチ上の晴れ舞台、応援団が陣取る特等席を占拠し、ぴょんぴょんと跳ねて楽団を促す!
となれば自分が舞台を担ってると自負する人たち、ボサッとしていられません。
Show must go on、舞台が始まればその完遂に誠意を尽くさねばならない――という謎の義務感責任感に駆り立てられる。その虜となる。
斯くして舞台は綾波悠弐子のものとなる。
土足で上がり込んだコンサートマスターが劇団全てを掌握する。
「はーい、はいはーい!」
楽団員を急かす傍若無人の羊飼い、もっともっととフォルテシモ。煽られるがままに、舞台は高揚の度を増していく。
こんなの真似できません。
数秒のモーションで皆を納得させる、美貌とパフォーマンス。
悠弐子さんは特別、神に選ばれし女子高生なので真似しようったって絶対に無理。身の程知らずの模倣など自傷行為にも等しい。
彼女はスペシャルワンアンドオンリー。誰も真似出来ないからこそ彩波悠弐子なのです。
「悠弐子さんダメです! それ以上脚を上げたら見えちゃいますって!」
そういう振り付けは見せパンを履いてる日にして下さい!
「景気づけよ!」
「プレーどころじゃなくなりますから! 選手も!」
観覧車やプールなんてなくたってスタジアムはボールパーク。
食べて飲んで騒いで踊って……スコアなんてそっちのけで、夏を楽しめガールズブラボー。
「終わっちゃったね……」
スタンドの向こう側へ沈む太陽、地平線へ消えていく。
昼間の喧騒も嘘のように静まり返ったスタンドを、遠い街の音だけが包んで。
トワイライトは彼岸の色。一日の内で最も現実から掛け離れた、幻想時間帯。
思えば人の認識も幻想の集合体なのかもしれません。
私が視た【教師】像も、勝手な期待像であって、そういうボンヤリしたロールに期待を重ねていたのかもしれません。隠された本質へ迫るより随分と楽ですから。
黄昏の薄暗さに「なんとなく」な期待像を他人に求める。
無自覚の思考停止で、安楽へ逃げ込む。
騙された咎は自己責任です。誰にも責を負わせることなど出来やしないんです。
「ダンバインの色だわ……」
そんな自堕落女子高生を嘲笑わば嘲笑え。
「悠弐子さん、ダンバインは青じゃないんですか?」
だけど悠弐子さんは嘲笑わない。決して私を嘲笑ったりしない。
「小さい頃の思い出…………赤溶き色よ」
なので私も黙っときます。そこは赤溶き色じゃなくて赤と黄色です、シンコペーションの罠ですとは口に出さずに黙っておきます。
「綺麗……」
地平線際、フィナーレの赤は濃度を増して、少女たちを赤く染め上げる。
「野球っていいね」
「はい」
お行儀の良い観客とはとても言えませんでしたが……それでいいんですよね?
なんたって私たちは女子高生。楽しんだ者勝ちですから。
「桜里子」
「なんですか悠弐子さん?」
「良かった」
夕陽色に染められた悠弐子さんは、絵画の人。大胆な美の核心だけを強調した印象派の趣で。
「何がです?」
結局、悪の中枢へ辿り着くこともできず、徒労に終わった気がしますが今回も。
ゆにばぁさりぃの本懐を遂げる前に、中枢への糸は途切れてしまいました。
「そりゃー桜里子が戦士として覚醒したとこぞなー」
汗の引いた肌は湿潤な感触で、B子ちゃんに抱かれた腕がいつもと違う。
「そーよー」
悠弐子さんの頬も、濡れているような乾いているような……夏の肌。
「暑いですーそんなくっついたら暑いですよ」
そうだ。この子たち暑いのが死ぬほど嫌いだったはず?
……克服した?
野球の力で克服エンジェル?
「たとえ火の中水の中よ。桜里子が悪の殲滅を望むなら」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、ぞな。ひとりぼっちの桜里子、にはさせんぞな」
「私たちは三人で一つ」
「一蓮托生で悪へ挑む正義の三銃士ぞな!」
「悠弐子さん、B子ちゃん……」
自己採点するに、私今回は勢い任せ感情任せで突っ走りすぎた気もするんですが?
「それでいいの」
「私たちは女子高生」
「多少のオイタは」
「許される」
ま、またそれですか? 根拠不明の女子高生無罪論……
「おー!」
ぱぁーん! ぱんぱぁぁーん!
「花火!」
遠く河川敷の方で花火大会が始まったみたいです。
「単なる炎色反応!」
「赤はストロンチウム化合物、黄はナトリウム化合物、緑はバリウム化合物、青は銅化合物!」
そういうとこ。そういうところがダメなんだと思います! だからデートが破談になるんだと思います! そういう反応は0点です! 女子力的に!
「――む!」
緩みきってた表情が、急に締まる。心地よい夕涼みからエマージェンシーの表情に!
「…………花火大会ぞな!」
「濃厚濃密なリア充反応が漂ってくるわ!」
アンチロマンティックラブイデオロギーの血が滾ってます! 滾らなくてもいいのに!
「これは! ゆにばぁさりぃ、しゅつどうね!」
「やらいでか!」
「うかれぽんちのリア充どもにアンチロマンテックイデオロギーの洗礼を浴びせる好機よ!」
「レッツゴー啓蒙!」
「だめ! だめです! これ以上、贅理部の信用を地に落とす行為はダメですから!」
とはいえいくら私が体を張ったって、
「ええい! 止めてくれるな桜里子!」
「それでも女子高生は道を往く!」
行くんでしょうね、止められないんでしょうね。私には。
だって綾波悠弐子はそういう子ですから。




