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私たちのフィールド・オブ・ドリームス - 4

RageAgainstTheLowBirthRateProblemUniversallyRageAgainstTheLowBirthRateProblemUniversally Rage Against The Low Birth Rate Problem U n i v e r s a l l y ……………………



「はっ!」

 少なく見積もってもフリーフォールくらいの落差はあったはず。あの崖は。

 であれば、意識など戻りようもない。人間トマトとして砂漠にぶちまけられる。

 はずなのに。

「死んでいない……?」

 幸運にも体を受け止めてくれる柔らかい枝や植物が存在して――

 ――どこにそんな自然由来のクッションが存在するのか?

 私の周囲は礫と岩と砂と……見渡す限りの茶色の世界。チョロチョロと僅かばかりのクリーク、その端に申し訳程度の緑が窺えるのみ。

 脆弱な人体を受け止められる緑のクッションなど、全く見当たらない。

「水……」

 だが、助かったのは事実だし、なぜそんな奇跡を享受できたかなどどうでもいい。

 それよりも今は水が欲しい。

 生ける体は水を求める。折角の拾った命、乾涸びてしまっては意味がない。

「水……」

 吹き曝しの風は埃っぽいカラカラの風。乾ききった大地のビジュアルも渇望を助長する。

「水……」

 この丘を登れば見つけられないだろうか? 高台から見渡せば泉の一つでも。

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……………………えっ?」

 ズルズル滑る礫の坂を登り切ったところで、目に前に広がったのは思いもよらない光景だった。

「え?」

 確かに砂漠には違いない。荒涼とした大地が見渡す限りである。

 でもそこには人がいた。多くの文明人が都合三十人前後の、しかも全員日本人!

「えっ? えっ?」

 カメラ機材を携えてるってことは取材班?

 アドベンチャーレースで四苦八苦する私たちの悶絶を撮りに来た、悪趣味なテレビ局?

「いやでも……何かおかしい……」

 腐ってもアドベンチャーレース、人跡未踏の荒野を行く。いくら取材班とはいえ、甘く見たら命の危険すら招きかねない。

 そんな極限レースの取材にしては雰囲気が緩すぎる。物見遊山の気楽さすら感じる。

「あ……福永さん!」

 ワンフレーズで分かるネイティヴのイントネーション、やはり日本人だった。

 丘の上へ顔を出した私を見つけて、小太りの黒眼鏡男が声をかけてきた。

「そんなところで何やってるんですか福永さん? もう始まりますよ?」

「始まる?」

 取り敢えず日本語さえ通じれば意思疎通は図れる……はずだったのに。

 お互いが共有する情報、そのコンセンサスが欠落している。

 彼は知っているのに、私は知らないこと――そんなものがあったら会話は成り立たない。

 なに? まだ脱水による記憶障害が出てる?

 というか「始まる」って何が? まさかまたあのアドベンチャーレースへ復帰させられるの?

 もはや居場所などないのに。PT全員から私は見捨てられてしまったのに。

 というかあの【 声 】は何だったの?

 私が喋ったわけでもないのに「私の声」が鳴り響いた不思議現象。

 どうやって? まるであれじゃあウソのない世界!

 思いのままを垂れ流してしまう常軌を逸した世界!

 あんな「 設定 」では社会生活が成り立たない!

「…………」

「なんですか福永さん?」

 怪訝そうに尋ねてくる眼鏡小太りの彼。

「福永さん?」

 ……良かった。

 今度は【ウソのない世界】ではないようだ。

 チンケな格好の使い走りブサイク男、などというナレーションは流れてこない。

 ここは普通の世界。もしかしたら私は夢でも見ていたのかもしれない。記憶障害などではなく。

 こここそが現実。あの狂気のアドベンチャーは単なる悪夢。

 そうだ悪夢。悪夢でもないのなら、内心が勝手に漏れ出てしまうなんて有り得ない!

 よし、今日はここから。正しい世界、を始めよう。立て直していくんだ。

「喉が渇いたんだけど……何か飲むもの貰えないかしら?」

 ステレオタイプのヲタクみたいな使いっ走り君へ尋ねてみれば、

「何言ってんですか福永さん、もうみんなスタンバってますよ、そんな時間ないですって!」

 スタンバって…………何の話?

「皆さん申し訳ないでーす! 福永さん入ります!」

 小太り君から半ば強引に手を引かれて、「スタンバってる」人たちの輪へ連れてこられると、

「あらあらどうしたココアちゃん? 昨晩テキーラでも呑みすぎたか?」

 ナイスミドルの白スーツおじさんが異常にフランクな調子で声を掛けてきた。

 砂漠でスーツ? サハラ砂漠でお茶を?

 というかお茶でいいから何か飲みたいわ! さっきから喉カラカラなのに!

「それじゃ全員揃ったところで始めようかね!」

 砂漠には似つかわしくない「演台」で白スーツのオジサンは宣言した。

 始めるって、何を?

 オジサンの演台を中心に私たち十数人の「参加者」が固唾を呑んで何かを待つ。

 背後にはカメラマンとディレクターと音声さんと、その他の補佐役スタッフが陣取って。

 これは収録。視聴者参加型のゲームでもやらされる企画か?

「あのぉ……すいません、つかぬことお伺いしますが……」

 コソッと隣の男性へ訊いてみる。

「これ何の収録ですか?」

「あんた頭大丈夫?」

 人差し指をこめかみで回しながら、訝しげな目を向けられてしまった……

 クルクルパー扱いされても、どうせこれっきりの男だ。どうか教えてくれ、と懇願したら、

「お~っとココアちゃん、談合は無駄だぞ!」

 司会者さんに突っ込まれてしまった。白スーツのダンディ中々に目敏い。

「何故ならば! 勝利は一人で勝ち取らないといけないからだ!」

 ブアァァァァァァァァァーン……

 彼方から飛来したアメリカ国旗色のセスナ機が、私たちの頭上を横切って行く。

「モハベ砂漠と来たら勿論これだ!」

 満面の笑みで司会者の男性、イッツショータイム!

「あーっ」

「やっぱりなー」

 「参加者」たちが空を見上げながら悲喜こもごもの表情を見せる中、セスナ機は茶色の大平原にパラパラと何かを撒き始めた。

「さぁ行け! 走れ走れ! 取ってこーい!」

「え? あれを取ってくるんですか?」

 隣の参加者さんへ尋ねようとしたのに……もう彼の姿はなかった。

 セスナ機が落とした「何か」へ向かって一目散、他の参加者同様にまっしぐら!

「えっ? えっ? えっ? えっ? えっ? えっ?」

「さぁどうしたココアちゃん! 君も走れぇ!」

 司会者に急かされ、意味不明のまま私も走る。灼熱の荒野を走る走る。

 容赦ない直射日光下、強烈な照り返しも相まって陽炎大地は私を沸騰させる。風を欲して走り始めたところで、頬を撫でる風も熱風。汗の気化熱も焼け石に水。

 というか私が焼けた石だ!

 何? なんなのこの難行苦行?

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……あった……」

 サボテンに引っかかっていた封筒を携え、元来た場所へと引き返す。

「ほら、速く速く~!」

 脳天気に煽ってくる司会者が憎い! テレビ用のショーアップとはいえ憎い!

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

「ココアちゃん頑張った、走るのは得意?」

 この司会者は! 無駄話など要らないから早く話を進めろ! ここまで虐待的なゲームは、バラエティにしても洒落にならない!

「嫌いじゃないけど……はぁ、はぁ、暑すぎます!」

 頭の中は罵倒台詞で一杯なのに、それでも律儀に応えてしまうのはテレビマンの性だろうか?

「そうかそうか。嫌いでないのなら、もう一回行って来ぉーい!」

「え?」

「これを何と読む!」

 残念SEと共に掲げられた封筒の中身は【ハズレ!】。

 は……ハズレ? ハズレ入りとか聞いてない、聞いてないって!

「はい、行った行ったぁ!」

「えっ? ええええっ? えっ?」


 暑い……目が眩む。腿が上がらない、足が前に出てかない。

 もはや走ることもできず、ダルい足を引き摺りながら茶色の荒野をフラフラ歩く。

 景色が歪んで見えるのは陽炎のせいか、あるいは脳が茹だって視覚が歪んでるからか。

 喉が渇いた……もう何時間水を飲んでいない? 口腔には一滴の水分もなく、砂まみれ。

「これを何と読むー?」

「ええええええ!」

「残念! さ、走った走った!」

 司会者の爽やかな叱咤が余計にムカつく! カメラがなかったら一発ぶん殴りたいところよ!

 なんで、なんでこんなことしなくちゃいけないの?

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」

 暑い。もう脳が回らない、足も上がらない……もうリタイアしてもいいでしょ? 撮れ高だって充分でしょう? 作る側も大満足でしょ? 撮り過ぎたって編集で苦労するだけだぞ畜生!

「ざんねーん! これをなんと読む?」

「えええええええ?」

 振り返るまでもなく耳へと飛び込んでくる阿鼻叫喚の声。

 このクイズの厄介なところはハズレが高確率で紛れていること。ハズレを引くことで徒労感が倍増して冷静さと体力がガタ減りする。それは敗北の坂を転げ落ちるのに等しい。

 ハズレを回避するのがクリアへの近道……でも封筒は開けられない。開けたら不正となる。

 封筒を開けずに「ハズレ」をサーチする方法……………………

「もしかして!」

 あんなにテレビ映えするフリップが入ってるんだ!

「やっぱり!」

 クリークの水に浸してみれば……薄っすらと「ハズレ!」の文字が透けて見えた!

「……こっちは? よし!」

 この封筒にはテレビ映えする派手なフォントが透けてこない! これは「アタリ」だ!

 「正しい」封筒には砂を擦りつけてカモフラージュする。こんな砂漠の荒野でやってるんだ、封筒が汚れるのも当然の話。それにこんなカラカラに乾いた大地、走ってるうちに乾き始める。

 絶対バレやしない!

 多少怪しまれようとも、収録を止めて確認するのはテレビ的に無理だ。


「今度こそは当たりだといいねココアちゃん」

「もう走るのは勘弁ですよ」

 白々しくも疲労困憊の演技で司会者に応える。これがテレビ的に求められている姿だから。

 シャキシャキ……よし切ったな!

 私が持参した封筒にハサミを入れ、問題用紙を取り出す司会者。こうなれば後戻りも不可能!

 よーし! これが人生なのよ教え子たち! ズルい奴、要領のいい者だけが生き残る!

「じゃ問題! 「母の日の花といえばカーネーションですが……生産量世界一を誇る国は?」

「コロンビア!」


 勝とうが負けようがどうでも良かった。

 あの異常な乾きと熱気から一刻も早く逃れられれば私は万々歳だったんだ。

 ところが世の中、一旦、幸運の歯車が廻り始めればトントン拍子。

 今の私は機上の人。それも東京へ敗者送還ではなく、マンハッタン。番組がチャーターしたヘリでパンナムビルの屋上へ向かっている。参加者五万人の中で、たった二人だけにしか許されないファイナリストの座まで辿り着いた!

 かつて多くの移民たちを出迎えた自由の女神も、私を祝福してくれてる!

 日本最大のクイズ番組で決勝まで勝ち残れた、これはこれで私のキャリアにとっては計り知れない勲章となる。凡百の女子アナには真似の出来ない経歴として華を添えてくれる。

 勝った勝ったまた勝った! 私の人生負け知らず!

「いいえ!」

 バリ! バリバリン!

「――そんなことは許されない!」


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