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シュワルツェネッガーの来なかった世界で君は - 5

「は?」

 中にいたのは福永先生と、妙齢の男性。しかもしかも二人は半裸、というか脱ぎかけの服をお互いに弄り合って! これはどう見たって! どう見たって!

「!!!!」

 驚きのあまり固まる私の横をすり抜けて、男の人は女子トイレから逃亡していった。脱ぎかけのズボンを必死に抑えながら。

「え、えええええええ…………」

 それがただの若い独身男だったら、そこまでスキャンダラスには見えないのに!

「こ、校長先生……????」

 すれ違いの至近距離じゃ、見間違えるはずがない。

 いやいやいやいや、どういうことコレってどういうこと?

 飛躍の過ぎる展開に頭が追いついていかない。だって校長先生は既婚者で、それこそ福永先生くらいの息子さん娘さんもいらっしゃる家庭人ですよ? デスクに家族写真を飾る常識的教育者で……

「え? え? え? え? え? え? え?」

「そんな慌てて逃げなくたっていいのに。肝心なところで意気地なし」

 まるで身内の男を謙遜するみたいな、馴れ馴れしい口調で彼女は。

「無許可バイトしてる学生なんて、いくらでも口止めできるのに。教師の立場を使えば」

「せ、先生!」

「教師と生徒、プライベートは相互不干渉、それでいいわよね、山田桜里子さん?」

「……!!」

「ね?」

 とかシレッと提案してくるんです! 耳を疑います!

「ね? じゃありませんよ!」

 そんなので済むはずがない!

「先生、あんなこと言っといて……私たちには恋愛禁止とか言っといて……」

 不倫なんて大人の火遊びそのものじゃないですか! 申し開きの出来ない危険な遊戯です!

「愛する人が妻帯者だっただけの話よ?」

「詭弁です! そんな被害者面が通用するなら、日本社会はとっくに崩壊してます!」

「山田桜里子さん、あなた本当に純粋無垢で…………甘ったれた子」

 なんて言い草! それでも教師ですか?

 確かに私は子供です! 未熟な女子高生ですけどね! だからって面と向かってそんなことを言われる筋合いはありません! しかも先生に!

「今は先生のお時間じゃないの。分かる山田さん?」

 だからって! プライベートだからって何でも許されるわけじゃないです!

「先生は、嘘を喋る職業なの」

 なのに福永先生は、

「公教育って『みんな仲良く』『正々堂々ルールを守って』が金科玉条にして唯一の拠り所なの。それによって秩序を形成して、社会の混乱を最小化するための機関なの」

 淫蕩の余韻覚めやらぬ瞳で彼女は【課外講習】を始めた。

「フェアネスとウェルマナードで学級崩壊を防ぐことを主眼に置いてるの」

「…………」

「でも、実際の人間社会では『どんな手を使っても結果を掴め』と教えられた、あるいは教えられなくとも知っている人間が成果を掻っ攫ってく」

 教師という皮を脱ぎ捨てて、素の自分を晒しながら。

「つまり……ズルい子だけが生き残るの」

 悠弐子さん、T-800の残骸は女真族じゃありませんでした。

 この人! この人自身がT-1000並みの変異を遂げる怪物じゃないですか!

「それが学校では教えてくれない、この世の理。正しい生存戦略なの」

 踏み台だ。この人は他人を踏み台としか思っていない正真正銘の踏み台系女子だ! 良心の呵責という回路が備わっていない、人として大事な部分が欠損している人だ!

 そ、そんなの人が教師になる? 心にもないことを実しやかに諭しまくり、自分に都合がいい、自分だけが得をする社会へ変えていこうとする?

 傲慢なんてそんな生易しいもんじゃない!

 こ、この人は――――教師には成っていけない人だ!

「私、あなたを倒します!」

 咄嗟に口を衝いた。用意してなかった言葉が感情を代弁する。

「あなたを――教師になんかさせない!」


 などと勢いで啖呵を切ってしまっちゃったけど……

「……い、言うんじゃなかった……」

 出来もしないことをあんな堂々と宣言してしまったら、猛烈な後悔だけが揺り返す。

 控えの更に奥まった食材置き場、ダンボール山の狭間で自己嫌悪……

「桜里子」

「話は全て聞かせてもらった」

「だったら、そっとしといて下さい……」

 若気の至りでヒーロー気取りの私など。何も出来ないくせに、言うことだけは一丁前の。

「ね、桜里子」

 蹲る私を後ろから抱きかかえるようにして悠弐子さん、囁いた。

「あたしね、子供の頃レオが一番嫌いだったの」

 脈絡の飛んだ話を私の耳元で。耳朶を甘噛みする距離で。

「レオ? 百獣の王?」

「ちがう、ウルトラマン」

「どうしてですか?」

「だって弱いじゃない」

 ……とか言われましても。観たことないですよ、昭和ウルトラマンとか。

「子供は強いヒーローが好きなの。最強の必殺技で敵を派手に葬れれば、満足度百パーセントよ!」

 それはそう。子供の嗜好ならそんなもんかもしれない。

「でもレオは光線も出せない」

「…………ウルトラマンなのに?」

「ウルトラマンなのに」

「落ちこぼれですか?」

 なんか山田、親近感が湧いてきます。醜いウルトラマンの子。英雄科高校の劣等生。

「のちに大人の事情で撃てるようになったんだけど、最初は全然よ」

「そうなんですか?」

「徒手空拳で敵へ立ち向かう、それはそれは見栄えのしないヒーローだったの」

「子供は派手に、光線技をどっかーんばっかーん! が好きぞな」

 むぎゅー。二人羽織リプライズ。B子ちゃんも私へ伸し掛かってくる。

「案の定、視聴率も悪かったし」

「第二期ウルトラシリーズはレオによって幕を下ろしたぞな」

 やっぱり資質の足らない子は求められないんですね……

「……でもね桜里子」

「はい?」

「あたし分かったのよ。大人になって初めて」

「何をですか?」

「ウルトラマンってM78星雲からやってきた異邦人じゃない?」

「ですね」

「つまり地球人ではないの。部外者。遠い宇宙から地球へやってきて人類を『助けてやってる』の」

「……悠弐子さん、さすがにそれは卑屈すぎませんか?」

「だって桜里子考えてみなさい」

「はぁ」

「桜里子自身がウルトラマンだとして……地球人はこんなもんぞな」

 女子プロ野球実験で代走を担ってくれた美少女フィギュア、それを足元に置いて立ってみる。

「そこで桜里子マンの所感を述べなさい」

「戦闘力たったの5か……って感じです」

「しかもあんたは宇宙怪獣を一撃で破砕できる光線兵器が撃てる大巨人なの!」

「ウルトラマンの強さを統計すると、一年シリーズ五十回中で二敗か三敗程度しかしとらんぞな。大相撲なら年六場所中五場所は優勝している強さぞな」

「全盛期の白鵬級に実力が抜きん出ているのよウルトラマンは! 宇宙の番付的に考えると! 差が歴然としているの、最強横綱と平幕十両以上に!」

「!!」

「それでもし、あんたがウルトラマン(その)立場なら?」

「助けてやっている感が半端じゃないです……」

 悲しいですが、この差は。

「もし、仮にウルトラマンが宇宙のヤンキーなら、ゴジラどころじゃない災厄ぞな」

「だって奴ら地球人に化けられるのよ? 性格がヒン曲がってたら、やりたい放題し放題!」

「疑心暗鬼の地球陣営は同士討ちで崩壊ぞな」

 美少女対美少女のガチンコファイト級に対消滅の危機です。

「なのにウルトラマンは脆弱な地球人を守ってくれる……なぜに?」

「縁もゆかりもない人類を守る、特に見返りも求めることなく」

「わ、分かりません……」

 他者を利する行いには対価が発生します。それが人類の常識……いや、神ですら生贄を求める。

 つまりウルトラマンは神じゃない。神ではない、としたら何なのか?

「ウルトラマン――彼らは意識高い系よ」

「は?」

「人類を守ってやってるのよ。高邁な上から目線で、慈悲深き自己陶酔で」

「ウルトラマンは自己顕示欲モンスター――そう考えれば、辻褄が合うぞな」

「ええー」

「何も求めないのは見下しているから。ノブレスオブリージュも裏返せば差別意識の塊よ!」

「そ、そうですか?」

「光線一発で怪獣を蒸発させられるくせに、勿体ぶって三分ギリギリまで粘るじゃない?」

「あれも計算づくの自己アピール!?」

「そう! やろうと思えば一秒で駆除できるのに、それだとつまんないだろうから、って引き伸ばしてくれてるの! 地球人が分かりやすいように!」

「苦戦した方が有り難みが増すぞな。残業して徹夜して頑張ってる感を出す、自己演出の類ぞな」

 な、なんという捻くれた……宇宙レベルで捻くれたものの見方をする子たちなんだ……

「でもね桜里子! レオは違うのレオは!」

「レオ、つまりおゝとりゲンは地球人」

「え? ……レオはL77星雲出身の宇宙人ですよね?」

「それは後付けの設定! 企画当初は地球人の設定で書き進められていたのよ!」

「おゝとりゲンは地球人、だから光線が撃てない、撃ちたくとも撃てない! ただ徒手空拳で向かっていくしかないのよ!」

「それでも――誰かがやらねばならないの!」

「誰かが行かねばならないよ、モロボシダンがセブンにはなれない以上、誰か地球人が!」

「内心は嫌だな、逃げ出してしまいたくとも、やらなきゃダメなの!」

「だって平和が壊れてしまうんだもの! 皆が不幸になってしまうんだもの!」

「つまりは究極の滅私奉公、自己犠牲の話なのよ! みんなの未来を壊さぬよう、自分が生贄となる話なの、レオは!」

「泣ける!」

「本当はやりたくないの! 命がけで怪獣と取っ組み合いとか!」

「それでもおゝとりゲンは「自分にしか出来ないことだ」と己を押し殺して闘いに臨むぞな!」

「は、はぁ……」

「そういう境遇を思えば、モロボシダンの狂気じみた特訓も分かるでしょ?」

「子供の目には「なんて横暴で頭のおかしい上司なんだ……」としか写らんぞな。だがしかし!」

「モロボシダンも忸怩たる思いを抱えてたの! 己が五体満足なら即座に駆逐できるのに、指を咥えて見ているしかないやるせなさ、歯痒さ。そこへ縋ってくる地球人、自分はどうなってもいいから故郷を救いたいという弱カスが自分に縋ってくるわけ!」

「そういう状況ならエリート意識の塊のウルトラマンだって、思うところあるぞなね」

「そんな葛藤の末のキチガイ特訓よ!」

「むぅ……」

「分かったでしょ? レオこそが最も純粋なウルトラマンなの!」

「弱かろうがショボかろうが、地球を守りたいという志は一番なんぞな!」

「桜里子!」

「あ、はい?」

「あなたがレオになるのよ! 桜里子がレオに!」

「へ?」

「――獅子の瞳を輝かせなさい!」

「ただ殴る蹴るしかできなかったレオも、遂には光線必殺技を繰り出すまでに成長したぞな!」

「あんたこそ次代のウルトラマンレオ子よ! モロボシダンも真っ青の特訓メニューで、あんたを戦士にしてあげる!」

「まずは兎跳びでグラウンド百周ぞな!」

「練習は嘘つかない!」

「練習すればスペシウム光線だって撃てるんだぞな!」

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