表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/28

シュワルツェネッガーの来なかった世界で君は - 4

「――ならばこうよ!」

 カンカン照りの河川敷球場から打って変わって、霞城市中心部。

「もっと直接的手段で世論をエンライトメントしていく!」

 もはや陽も落ち、社会人の皆さんが「大人の課外活動」を繰り広げる地区に舞い降りた、フォールンエンジェル二匹と山田。

「ですとろぉーい! ですとろーいざしにすたーみにすたー!」

 学生には縁遠いネオン煌めく繁華街、そんな場違いを気にすることもなく気勢を上げてます。

 本当、この物怖じしない性格はステージ向きです。でもこのまま放置してたら、何事かと足を止める通行人が無限増殖していきます。できるだけ早く話を進めて退散せねばなりません。

「それで悠弐子さん、何故に山田たちはこんなとこへ?」

 更に言うなればこの格好は? 揃いの赤い法被にショーパンスタイル。

 また路線変更ですか? 私たちのバンド。前略道の上より系のスタイル? EXILEの妹分、みたいな方向性を目指してますか?

「よく訊いてくれたわね、桜里子……」

 出た、悠弐子さんの含み笑い!

 どんだけ前世で嗜虐趣味の花園を開園してればこんな顔ができるんだってくらいの妖しい笑い!

「B子ちゃんヤバいです! あれ絶対不穏なことを考えてます! 酷い目に遭います!」

 深みにハマる前にバックレましょう! ロロロ六本木心中を強要される前に!

「……あれ?」

 って緊急謀議を諮ろうとしたのに、B子ちゃんの姿は既になく。

「ッシャイマセー!」

 代わりに聞こえてきたんです威勢のいい声が。店の中から。

「馴染んでる!」

 店内を覗けば、法被に捻り鉢巻の金髪ガールが配膳を初めていた。器用にジョッキを指で挟みスイスイとテーブルを縫っていく。

「ヘイオマチドー!」

 歯切れのいい接客にお客さんも好感触。気前のいい追加注文まで貰ってますよ?

「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!」

 無理だ! B子ちゃんの真似してジョッキを運ぼうにも、片手に一つが限界。

「よくできますねアレ……」

 三つ四つなんて到底無理ですよ。女子高生の平均腕力では、とてもとても。

「だらしないわね桜里子、そんなじゃアヌスミラビリスを倒せないよ」

 とか私の耳元で囁いていった悠弐子さん、

「およ?」

 珍しく真面目な勤労に勤しんでます? 一升瓶を抱え、お客さんの枡にトプトプ注いでますね?

「……アルバイト?」

 ハンニバルにならない方法! とか勇んでたのは何だったんでしょう?

 悪の秘密結社を草の根から排除する宣伝戦は諦めたんですか?

 行動の意図を問い質したい気持ち、それは豪華舟盛り以上にモリモリですが。

「ここは!」

 胸に秘めましょう、押し留めましょう。

 ――だって勤労は尊い! 経緯はどうあれ、社会の役に立つ姿は美しい!

「スナギモナンコツ手羽先ハツカワツクネトサカ、お待ち!」

 何を考えているのかよく分からない選択だとしても、悠弐子さんの行動ベクトルが正常範囲内ならば手を出さない方がいいのです。余計な一言は藪蛇になりかねない。

「きゃ!」

「ウヒヒヒヒ! 手が滑った」

(なんてことを!!!!)

 誰にちょっかいを出してるんですかお客さん! その子に手を出したら血の雨が降る。遠慮とか容赦とか加減とか慈悲とかそういう言葉が載っていないのに彼女(悠弐子さん)の辞書には!

 ――命知らずにも程がある!

「止めて下さいお客さん、こまります~」

(あ、あれ?)

 店内が蟹の甲羅よりも鮮烈な朱に染ま……らなかった。手にしたビール瓶が客の頭蓋骨で真っ二つに砕け散ることもなく。ご法度中のご法度であるお触りも営業スマイルで軽くいなしていますよ?

(おおぉ……成長してる悠弐子さん!)

 勤労は少女を大人に変えるの? 真人間へと更生させてくれるの?

 麗しきかな、労働!

 今日は、今日は私たちの、勤労感謝の日だ!


「あいつの勘定、五千円水増しな」

 変わっていなかった――全っ然!

 裏へと戻ったら、元の黒い美少女に戻ってるし! 堕天使の舌打ちしてるし!

「だ、だめですよ悠弐子さん! そんなことしちゃ!」

 オーダー票を改竄しようとする悠弐子さんを、慌てて制止。

「ああ? 五千円でも安いくらいでしょ、女子高生のおさわりなのよ?」

「そういう店 じ ゃ な い ですから!」

 ああもうこのボールペン突き刺して動きを止めてやろうかしら? 昆虫標本みたいに。

 ま、そんなことはできやしませんが。

 チープな法被姿でも悠弐子さんの美しさは揺るがない。粋で鯔背な祭りスタイル、まるで生粋の江戸っ子みたい。やっぱり人間は見た目が九割。視覚の魔力に引っ張られちゃうの。

 長い髪はギュッと束ね法被の背へ。キリリとポニーテールが運動部少女の快活です。溌溂とした青春の汗が眩しい感じの。

 煙草とアルコールの匂いが充満する居酒屋でも、彼女の健康美は際立ってる。そりゃお尻くらい触りたくなりますよ。

 デコルテが広く開いたピチTと丈の短いショートパンツ。しっかりとした骨盤とミッシリ詰まったお尻から太腿へのライン。羨ましいことこのうえない。

 ルーズな法被も罠ですね罠。何気ない所作でキュキュッとフォーカスされるんです、優美でフェミニンなラインが。屈んだり動いたりするたび、浮かんでくるフォルム――緊張と弛緩がテレコの肉体表現。同性だって見惚れちゃいます。

「……桜里子?」

 普段は隠れがちな横顔の線も、露わにしてみれば絶妙のラインでポニテを引き立てる。

 彼女(悠弐子さん)には隠すべき箇所などないんです。どこまで御開帳しても、美しさの底には辿り着かない。むしろ脱げば脱ぐほど美の本質へ迫っていく。

「桜里子?」

「あ、すいません!」

 思わず見惚れててしまってた……ダメダメ、何やってんの桜里子! 仕事中ですよ勤務時間内!

「でも助かりましたよ悠弐子さん」

「何が?」

「さっきは暴れ出しちゃうんじゃないかと、焦っちゃいました」

 そんなことされたらバイト初日からクビですからね。

「当然じゃない。あたしたちには使命があるのよ」

 ですね。雇われた分はキッチリと働くのが正しいアルバイトの有り様です。

「瑣末な困難に囚われているわけにはいかないんだからね」

 たくさん稼いで借金を早く返しましょう。それがいい、私も大賛成です。

 なにせ経費が馬鹿にならないですから、バンドも私的平和維持活動も。先立つものがなければ借金が雪達磨式に増えていく運命ですから。

「ゆに公、桜里子」

 そこへ顔を出すB子ちゃん。背中を指して私たちに退出を促す。


「うぇぇぇぇぇぇぇ……」

 普通、女の子は入れない禁断領域、男子トイレの個室でサラリーマンが酔い潰れてました。

「お客さん大丈夫ですか?」

 ペチペチと頬を叩いてみますが、反応が胡乱です。こりゃ相当出来上がってますね……

「うぃぃぃぃ……」

 馬鹿ですね酒呑みの人は。呂律が回らなくなるまで呑まなきゃいいのに……

「店長さん呼んできましょうか?」

「待って桜里子」

「でも……」

 このままトイレに放置しとくわけにもいかないですし……酔っ払った男性を支えるのは骨です、女の子には荷が重い仕事ですよ。

「あった」

 前後不覚で便器をホールミータイする男性のポケットから携帯を抜き取ると……B子ちゃん慣れた手際で酔っぱらいの指をホームボタンに押し付ける。

「なんという、ゲスいロック解除……」

 ゲスの極みって感じです……

 呆れる私を他所に、B子ちゃんサクッと自分の携帯と同期させる。

「って、何やってんですかB子ちゃん? 人の携帯で!」

「オペレーション両成敗!」

「は?」

 イェーィ。高島忠夫並みのドヤ顔サムアップを合わせる悠弐子さんとB子ちゃん。

「ま、まさか悠弐子さんの【使命がある】って……」

 ハイそのまさかです、とでも言わんばかりの笑顔で応えてくれちゃってますよ?

「目にもの見せてくれるわ亡国結社どもへ! この無慈悲な高度情報化作戦で!」

「……高度情報化????」

「こうやって不特定多数の携帯を使うことで完璧な匿名性が得られるぞな!」

「逆探知リスクを遮断できる!」

 イェーィとイェーィでグータッチの美少女AとBアットザ男子トイレ。な……なんだこの画?

「これでアヌスミラビリス(奴ら)も白日の下に晒され、国民全員が周知するところになる!」

「日本国民の相互監視力、甘く見たら痛い目見るぞな!」

「化けの皮が剥がれるのも時間の問題よ!」

「羊。毛を剃られた羊と化した先輩!」

 なんかもう目眩を抑えるだけでも精一杯です。この子とこの子の倫理観と来たら!

「B子! ゆにばぁさりぃ式『 真実砲 』発射よ!」

「ラジャー!」

「世界よ! これが真実だ!」

「ゆにばぁさりぃうわがき君[改]! スタートスクリプション!」

 MHKの内部資料改竄に使うつもりだった文書改変スクリプト、ここぞとばかりに走らせます。

 巨大掲示板やまとめサイトへ大量スレ立て&コピペ投下! 目にも留まらぬ速さで「真実」が書き込まれていきます。

「これで露わになる……日本を脅かす【邪悪】の存在が!」

「慌てふためくがいい! 亡国の邪宗徒め!」

 わっはっは! 便器を抱える酔っ払いを囲んで女子高生三人高笑い。

 なんだこれ? どういう画ですか?

「あたしら――戦わずして滅んだりするものか!」

「今日が新しい日本の独立記念日になる!」

 これが居酒屋の男子トイレじゃなくてF-18の上とかなら最高にキマってたでしょうに。


 こんばんは山田桜里子です。今日もお仕事お疲れ様です。

 ……の精神でスーツを着た社畜の皆さんへお酌をして回ります。みなさんの献身で日本経済は世界に冠たる地位を築き上げましたよ。

「さりーちゃん、こっちジョッキ追加!」

「はーい、ただいまー」

 バイトを始めてから数日、常連さんにも顔を覚えてもらえるくらいになりました。

「おまちどうさまです♪」

 私は片手に二つまでジョッキを持てるようになり。小さいけど確実な進歩。

 些細な事でも成長を実感する、その充実感。いいですね勤労!

 この調子でキッチリと時給分を勤め上げ、社会に貢献しましょう!


 …………とか張り切っていたのは私だけでした。

「Shit!」

 奥の控えで額を突き合わせる悠弐子さんとB子ちゃん。難しい顔して。

「どういうこと?」

 連日連夜、酩酊者が現れるたび職務放棄、老若男女を問わず携帯を勝手にロック解除して、【日本が知るべき真相】を発信し続けたオペレーション【両成敗】。

「日本は真実に震え上がる、んじゃなかったの?」

 ゆにばぁさりぃうわがき君が爪痕を残した掲示板を、おそるおそる覗いてみれば、

 『陰謀論乙w』『またいつもの人かw』『アスペさん今日も頑張るね☆』等々……

「まるで相手にされてないじゃないの!」

 BBSは冷笑で埋め尽くされています。

「だから山田言ったんですよ? こんなアングラ掲示板見てるのはヒネクレ者ばっかりだって」

 そもそも何のソースも添付しない陰謀論とか、鼻で嘲笑われるのがオチです。

「亡国結社【アヌスミラビリス】め……ネット火消し対策も万全とは!」

 歯ぎしりしながら画面を睨む悠弐子さん。

「凄腕の炎上コンサルを抱え込んでるに違いない!」

 いや。単にネットギークさんたちから物笑いの種になってるだけですよ?

「にしたって少しはいるでしょ? いるはずでしょ? 真実を見抜く目をもった猛者が!」

 バキッ! バキバキバキバキバキバキバキ!

「こんなに大事なことを教えてあげていーるーのーにー! うきいいいいい!」

 バキッ! バキバキバキバキバキバキバキ!

「ダメです悠弐子さん! 無駄に商材を痛めつけちゃったたら!」

「これが憤らずに居られるかぁぁ!」

 冷凍の手羽先や北京ダックや蟹の足をボキボキ折ってるし! 居酒屋バイトにあるまじき所業!

「いきなりボスへ挑みかかろうとするから返り討ちに遭うのかもしれないぞな?」

 難しい顔で沈思してたB子ちゃんがポツリ呟く。

「……一理ある」

 細切れに引き裂かんばかりの鶏肉を放り、ハタと手を打つ悠弐子さん。

「潮目を変えるにしても、まずは小さな歯車から動かしていかないとダメなのかも?」

「ぞな」

「まずは!」

 スタシュパァッ!

 焼き鳥用の竹串を二指真空把! 壁のメニュー表へ突き刺していく悠弐子さん。

「身近な危機から潰していく……」

 シュタン! シュタン!

「身の回りに潜んでいる亡国結社【アヌスミラビリス】のシンパを炙り出し、手当たり次第」

「各個撃破ぞな」

 シュタタタン! シュタタタタン!

「ヒエラルキーのボトムから突き崩せば!」

「やがて組織のピラミッド構造は崩壊――――ボスへ辿り着くは必然!」

「「イエス!」」

 アームレスリング式の握手でガッチリと同意を伝えてます。

(ううむ……)

 山田思うにですね……悠弐子さんとB子ちゃんの合意形成が易々と成るのは、指向のファンダメンタルズが非常に似通っているからではないでしょうか?

 曰く、ヒーロー指向。

 気に食わない障害は踏んづけて乗り越えていく、勇者の蛮勇。

 その過程で多少の犠牲が生じようと気にならない、一点突破主義。

 だからこそ『ゆにばぁさりぃ』という結社が「発生」してしまったんだと思います。「同じ存在は二人要らない」と直感するほどの似た者同士が、それでも手を携えたのは。

 なれば必然、共同体はヒロイズムで染まる。

 ヒロイズムに徹すれば徹するほど共同体の駆動力は勢いを増し、ヒロイズムから離れれば離れるほど求心力を失う。

 ですから! ですから山田には! 私には向いてない!

 望ましからざる何かが鼻についても、私はヒロイズムで排除しようとは思わない。

 見なければいいんです。目を背ければいいんですよ。

 「見ちゃダメ!」とママに目を塞がれた【好ましからざる物】は、いつの間にか消えてました。私自身が血生臭い闘争に身を投じなくとも、消えるべきものは消えちゃうんです。いずれは社会の免疫が彼らを排除する。それなりに時を要したとしても。

 ――――ヒーローは劇薬。劇薬であれば副作用は避けられない。

 私にはへいおんが一番です。多少の窮屈は生活の必要コストとして割り切りましょう。

 血湧き肉躍る革命の高揚などノーセンキュー。私には無用の長物です。

「あの……悠弐子さん?」

「打倒亡国結社【アヌスミラビリス】!」

「レコンギスタ・ジャパーン!」

 聞いちゃいねぇ……

 ウッホウホウホホと前祝いのセレブレーションダンシング。プリミティヴなアフリカンビートでズンタタズンタタ踊る美少女と美少女。

「もう山田、戻りますから仕事に……」

 絶対悪への私的制裁とか私の優先順位では最底辺です。


「はぁ……」

 だいたい私たちは正義の使徒である以前にアルバイターですからね。時給分の仕事はやんないとバチが当たります。

 お手洗いで気分をリセットしましょう。ささくれた心を落ち着けて持ち場へ戻りましょう。

 ガチャリ。

「………………………………は?」

 個室の扉は異界の扉。公共とプライベートを隔てる魔法のパーテーション。

 ですから誤って使用中の扉を開けてしまったら「見なかったこと」にして立ち去るべきです。

 普通はそうします。私だっていつもなら。鍵を掛け忘れた中の人が悪いにしたって。

 でも。

 でもでもでもでもでも!

 それが出来ないことだってある!

 だってだって! だってだってだってだって!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ