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シュワルツェネッガーの来なかった世界で君は - 3

「ナックルいくよぉー」

 パシッ。

「今度はカットボォール」

 パシッ。ほとんど変化しない悠弐子さんの球をキャッチ。夏本番には早いこの時期でも、グラウンドの陽射しは容赦がない。土はカラカラに乾いて、少し走れば煙濛々。

「必殺! 消える魔球!」

 いくら足を高くあげたって悠弐子さん、球が消えるほどの埃など舞いませんよ?

 あれは誇張。漫画表現です。節分みたいにドバーッと一気に撒かないと無理ですよ、それこそ粉塵爆発の濃度すら越えるくらいでないと。打者の視界を眩ますには。

 パシッ――受けては返す、返しては受ける、単調なオートメーション。

 パシッ――だけど飽きないな。のんべんだらりと続けてても飽きないのはなぜでしょう。

 不思議ですキャッチボール。

 「捕ってね」「捕ったよ」シンプルな意思疎通の模式だから?

 受けては返す、あなたの想いと私の想い。どちらが欠けても成り立たたない、二人の世界。

 暴投気味のハイボールもフワリ優しく山なりの球も――きっとあなたが捕ってくれる。そう信じられるから放れるの。受け止めてくれる、あなたがいるから。

「ひー!」

 そして忘れた頃に異常な風切り音。並外れた高速フォーシーム回転!

「悠弐子さん!」

 こんなの捕れるわけがないじゃないですか! 女子高生の投げる球じゃないです!


「ライトー!」

 テニスのサーブみたいに真上へ球を放り投げ、器用にフライを打ち上げるB子ちゃん。上下ともバニーボーズのレプリカを着た彼女は、気合の入ったハイアマチュアの趣で。ガチ勢って感じで。ノックの仕方も様になってますよ。

 カキィィィーン! 快音を残し空へと消えていく球。

 放物線を目で追えば――――時は止まり、言葉も失せる。

 どこまでも、伸びろ白球どこまでも。僕らの思い、乗せていけ。

 「好き」を突き詰めよう。要らないもの全部放り捨てて「好き」だけを研ぎ澄ませ。

 想いは純化させてこそ価値がある。それが僕らの生きる意味。ライフ イズ ビューティフル。

「――やっぱ野球はいい」

 河川敷の彼方へ、水音だけ残して消えた球を見遣りながら、

「日本人は野球ぞな」

 感慨深げに彼女と彼女は呟く。

「…………で悠弐子さん? 宣伝戦がどうとか……まさか野球を使うつもりじゃないですよね?」

 そのまさかよ……とでも言わんばかりの笑みを浮かべて悠弐子さん、

「Jリーグ、F-1、K-1……新興競技のブームは一種の熱病の如く、全国へ蔓延したわ」

「極めて有効な情報の流布手段ぞな!」

 たらららたったたったったったた、たらららった、たったたー♪ どこかで聴き覚えのあるフレーズをエアサックスしながらB子ちゃんは意気込む。

「その伝播力に便乗して亡国結社【アヌスミラビリス】の脅威も告知していくのよ!」

「LOVE! さりげなく!」

「となれば認知は爆発的に拡大!」

「この日本から悪の秘密結社(奴ら)の居場所はなくなるわ!」

「待って下さい悠弐子さんB子ちゃん!」

 その作戦には根本的な問題があります!

「野球は使えませんよ、その売り込み作戦には」

 だってNPBには八十年を越える歴史が存在するんです。古参ですよ? 現代の興行としては?

 不人気球団を買収しようとしても軽く億を越える額が必要ですし。地方遠征にも四苦八苦してる女子高生では手に余る。どう考えても無理があります。

「のんのん桜里子――我々は処女地を目指す!」

「フロンティアぞな! まぐろ’sフロンティア!」

 北の大地に立つ博士像っぽく、悠弐子さん宙を指し、

「つまり――女子プロ野球よ!」

「ドキドキプリティリーグ!」

「いやそれ、国内外で何度も立ち上がっては失敗してる企画じゃないですか?」

 起き上がり小法師的に、七回立ち上がっては八回コケる。

「どんな失敗にも原因があるでしょ?」

 負けに不思議の負けなしとは言いますが……

「失敗するのは、興行の基本がなってないからよ!」

 興行の基本ですか?

「わざわざ見世物を楽しみに小屋へと足を運ぶ観客、彼らを満足させる二大要素! それは!」

「セーックス!」

「アンドバイオレンス!」

 なにをそんな決めポーズしながら叫んでるんですか、はしたない。

「ローマの昔から定番中の定番よ!」

「グラディエーターが猛獣に食い殺されてからが本番ぞな!」

 だからって噛まないで下さい私の首筋を、B子ちゃん。

「だけど女子にはバイオレンスは向いてない。明確な体力差が存在してるから」

「大概の競技では、女子日本代表が男子高校生に負けちゃったりしますしね……」

「見世物として劣るのよ! 男よりも」

 身も蓋もない見解ですね……間違ってませんが。

「ならば女子は如何に戦うか?」

「ば、バイオレンスじゃない方ですか?」

「まずユニフォーム!」

 悠弐子さん、いきなりレプリカユニフォームのボトムスを脱ぎ始めちゃってます!

「こんな露出もなければ密着もしてない服はNGよ!」

「……スカートですか?」

 安心して下さい。脱いだ下には白のミニスカを穿いていました、悠弐子さん。

 ブゥン! 手にしたバットで力感溢れるスイングすれば……当然、腰の回転に伴ってスカートも追随します。女の子の健康的な太腿を際立たせる裾のエフェクト。スウィンギングスカート、これに目を奪われない男の子はいません。無意識のうちに目で追ってしまう、男の子ホイホイ。

「このユニフォームを義務化!」

 スカートの裾を摘みながら主張する悠弐子さん。

 下にはハーフパンツ穿いてますけど…………それで野球するんですか?

「お客さんの目を意識しすぎでは?」

「なにを眠いこと言ってるの桜里子! 表現とはメディアを通すとスポイルされる! 予め減衰分を計算に入れとかないと、エンドユーザーへ届く頃には先端が削れてる!」

「そんなもんですか?」

「だからこそオリジナルは『これでもか!』ってほどに、思い切りあざとく!」

「ぬお!」

 血迷ったか悠弐子さん、私の上着を捲り上げ、肋骨の辺りでキュキュっと結んでます。

「だ! だめですよ悠弐子さん! こんな丈じゃ交錯プレイでポロリンチョと!」

 事故が起きかねませんって!

「事故上等! 観客はハプニングを望んでるのよ! 芸能人水泳大会を見れば分かるでしょ!」

 嫌ですよそんな! ポロリ要員なんて勘弁!

 悠弐子さんやB子ちゃんならヘソどころかアレやコレや出しても平気かもしれませんが!

 私は無理無理! 皆様にお見せできるような代物ではありません!

 てか芸能人水泳大会とかブルマーや旧型スクール水着並の絶滅危惧種、若い子には都市伝説みたいなもんじゃないですか?

 がしっ!

「はっ!」

 ハラリと肩越しに落ちてくる金の髪。

(B子ちゃん!)

 いつの間にかバックを取られてるんですけど!

 この子、忍者の末裔ですか? ゲルマン忍者か何かの直系?

「観念せよ桜里子♪」

 金髪のアサシンから羽交い締めにされれば抵抗も無力。無防備な胴体を晒すことに!

「へそ出しはいいぞー、貴様もへそ出しになれー」

「いっそ、こういうのはどうぞな?」

「は!?」

 なんですその黒いガムテを体に巻きつけただけみたいな、衣装とも呼べない破廉恥な格好は!

 B子ちゃんの「参考資料」はPV稼ぎのためにはギリギリ露出も厭わないコスプレイヤーさん。

「エッジ効いてるわね……」

 なに不敵な笑みを浮かべてるんですか?

 違いの分かる女子高生みたいに頷いてるんですか? ダバダ~って!

「いやいやいやいや! 待って下さい悠弐子さん!」

「無駄な抵抗は止めて観念しなさい桜里子」

「待って待って悠弐子さん! こっち! こっち方がいいですよ! 男の子ウケは!」

「ふむ……」

 必死に拘束を振り解き、いつもB子ちゃんが着てるレプリカ(メンズサイズ)を羽織る。

「……悪くないわ」

 マジマジと観察して悠弐子さん、高評価を頂きました。

「『少し大きめな彼氏のワイシャツ着ちゃった感』、これは使えるかも」

「ええ大好きですよ男の子は」

「――桜里子案、採用!」

 ふぅぅ、適当に口から出任せで九死に一生……足掻いてみるもんですね。口は幸の元というか饒舌は金というか寝て待ってたら果報はやってこないというか。縄を解いて福の部分だけを無理矢理取り出しましょというか。

「ユニフォームはこれでいいとして、次はグラウンド!」

 色々と良くない気もしますが……お構いなしと悠弐子さん、メジャーで距離を計測し始める。

「男女間の筋力差、約2/3を考慮すると……バッテリー間は十二.一七m」

「近っ!」

「ソフトボールだって似たようなもんよ?」

「この距離じゃピッチャーライナーで死人が出かねないですよ?」

「んじゃ、ボールはゴムでいいわゴム。柔らか~い」

 ぽよょ~ん、ぽよ~ん。

 地面へ叩きつければ、軽く自分の背丈を越えるくらい跳ねるゴムボール。

 ぽん、ぽん、ぽん、ぽん。

 確かに柔らかい……伝説レジェンド宇野選手みたい、おでこリフティングも楽勝です。

「む……」

 さすがのB子ちゃんも訝しげな顔してますけど?

「じゃ! 試しにやってみましょ!」

 悠弐子さんは脳天気に実験を指示しちゃってます。


「軽いですねゴムボール……」

 これならソフトボール投げじゃなくても十分キャッチャーへ届きそう。

 ぽーんぽーん。

 マウンドに叩きつけると、サービスエースを狙うテニス選手みたい。スカートもそれっぽいし。

「いきますよーB子ちゃーん」

 フォーシームの握りを見せつけながら手首をクイクイ。

「投げる時は思いっきり脚上げなさい桜里子。パンチラするぐらい」

 そんな指示を飛ばしてくる監督とか、聞いたことないですよ悠弐子さん。

「無理ですって。身体固いんです山田は!」

 ワインドアップからパンツ……というかスパッツが見えない程度に足を上げて、踏み出し、

(おお! イケるイケる!)

 軽いゴムボールなら男子みたいな豪快なフォームで投げられる!

 スムーズなテイクバックから、思いっきり腕を振ってオーバーハンドでリリース!

(いっけぇぇぇぇ!)

 放たれたボールは糸を引くようにミットへ吸い込まれてく。

(会心の投球!)

「……!」

 ところがそれを許さない、野獣の眼光! トップから猛然と光速のハンマースイング!

 来るべきミートポイントを確と定め、体幹に貯めた捻りを一気に解放する!

 ベシャッ!

 碧眼のスラッガー、渾身の一振り――と、期待感を圧し折る残念賞の音。

 芯だろうが根本や先っぽだろうがお構いなしに、当たれば折れる。それが悠弐子さんの「腹案」でした。反発係数を相殺する、クラッシャブルな減衰。耐久力など皆無に等しい塩ビ製バット。

「うわぁ……」

 たーまーやー。かーぎーやー。

 ただ球は。私が投げたゴム製【彩波球】は――

「あ……ああ…………」

 軽々とフェンスを越え。河川敷球場なので実際はありませんが、普通ならあるべきと仮定した所を遥かに越えて。

「これは……思った以上に『野球っぽい何か』ね……」

「当たればホームラン、まさに燃えプロ状態です……」

「女子の筋力でも、スピード感は魅せられるけど……」

 腕組みして「これでいいのか?」首を捻る悠弐子さん、B子ちゃん、私。

「いや!」

 それでもオーガナイザー悠弐子さん、ろくろ回しながら主張する。

「多少違和感があっても、ここは先達に倣うべきよ!」

「先達ですか?」

「桜里子、卓球を考えてみて。ほぼテニスをミニチュア化しただけなのに世界中の老若男女に親しまれてるじゃない。今やオリンピックの正式競技にもなってるわ!」

「そりゃそうですけど……」

「開発に産みの苦しみはつきもの! ここを乗り越えたところにこそ、輝けるサムシングニューが姿を見せてくれるの!」


 攻守交代。今度はB子ちゃんが投手です。

 私なんかとは比べ物にならないくらい高く脚を上げる、華麗な投球フォームで、

「ふん!」

 そっから豪快に投げ込んできたのはいいんですが……

「あた!」

 手元が狂ってデッドボール。仰け反って避けたんですが、お尻に当てられてしまいました。

「桜里子メンゴメンゴ」

 だけどそこはゴムボール、硬球に比べたら大したことはない。

「だいじょぶだいじょぶ、山田は問題ないでーす」

 笑顔でB子ちゃんに応えたら、

 ポカリ。

 ベンチからスッ飛んできた悠弐子さんにバットで殴られた。塩ビ製なので全然痛くないですが。

「なにやってんの! 桜里子!」

 それよりも悠弐子さんが何を怒ってるのか、そっちのが意味不明で怖いんですけど?

「折角のチャンスをみすみす逃してどうすんの!」

「チャンス? 何のチャンスですか?」

 まだ塁上には一人のランナーもいませんでしたけど?

「乱闘しなさいよ乱闘! ここぞとばかりバイオレンス! 当てられたのよ?」

「ええええええ?」

「試合よりも乱闘の方が客も盛り上がるんだから、思い切って行きなさい!」

「やですよ! 好戦的すぎます!」

 それにB子ちゃんは仲間ですよ? 同じバンドの仲間に拳を向けちゃうなんて…… 

「あたしたちの女子野球は女子プロレスのアイドル的側面だけを掬い取るのがキモなの!」

「えー!」

「上杉祭りでも何故か異常に盛り上がったでしょ? 女の子と女の子の取っ組み合い」

「だ、だからといってですね……」

「競技性とか二の次、女の子の武器を前面に売っていくのよ!」

「そ、それでいいんですか?」

「成功する女子競技は大抵このパターンよ。失敗する女子競技は男の真似事するから飽きられる」

 それはそうかもしれないですけど……

「絶対に負けられない戦いがある!」

 どこかで聞いたとこがあるようなフレーズを高らかに謳う悠弐子さん。

「ないわよ、そんなもん!」

 そして即座に自分で自分の言葉を否定する。返す刀でバッサリです。

「スポーツとはプレイ! 遊びよ遊び! 勝った負けた以外に面白味を見出だせないなら、それはスポーツじゃなくて戦争じゃない!」

 いや私に言われてもですね……

「まるで戦中の戦意高揚標語じゃないの。こんなコピーを採用する局は戦争が大好きな局よ!」

 ――――ぽか。

 熱弁を振るう監督のこめかみへ球が飛んできた。狙いすましたボールが悠弐子さんの頭へと。

「手元が狂ったぞな」

 マウンドを振り返ればB子ちゃん、好戦性の塊みたいな顔で笑っていた。

「いいよこいよ」

 指でクイクイと挑発まで!

「この金髪!」

 となれば瞬間沸騰するに決まってる!

「そこ動くな! 今日こそ決着を!」

「待って、待って下さい悠ー弐ー子ーさーんー!」

 頭に血が上った監督を、羽交い締めでなんとかキャプチュード!

 もう本当なんでこんなに喧嘩っ早いの、この子たちは!


 一応試合終了。というか河川敷球場なので九回裏を待たずに日没コールドです。

「な、なんだこれ……?」

 ヒットが出れば美少女フィギュアを臨時代走に送り、果てしなく続いたB子ちゃんチームと山田チームの【死闘】は七回途中六十九対四十八で打ち切りとなった。

「野球とは思えないスコアです……」

「NFL以上、NBA未満?」

「かのルーズベルト曰く、野球は8対7が面白い。つまり乱打戦こそ正義なの!」

 いくらなんでも強がりにしか聞こえないです悠弐子さん……

 ほら、漫符も浮かんでるじゃないですか、こめかみ辺りに。大きな汗印が。

(根本的な問題を抱えてます、この女子野球案……)

 ドラスティックすぎて着地点が見えません。

「これはちょっとダメかもしれないです、ドキドキプリティリーグ作戦……」

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