シュワルツェネッガーの来なかった世界で君は - 2
えーと、えーと、えーと…………
考えろ考えろ桜里子、私が考えないことには無駄な悲劇が再生産されてしまう!
えーと、えーと、えーと…………
えーと、えーと、えーと…………
……これでいく? このロジックならなんとか?
どうだろう? 分かんない、どうだろう?
ええい! ダメ元で言っちゃえ!
「はいはいはい! 悠弐子さん!」
「はい、何か桜里子隊員?」
普通の定規よりも少し長めの反り返った棒を愛でながら、ウヘウヘとルナティックな微笑を浮かべあう美少女たちへ問いかける。
心の中で「そもさん!」と喝を入れて。
「山田思うんですけど――このまま戦っても川中島の二の舞いになるだけじゃありませんか?」
「「む!」」
「思い出して下さい、私たち川中島で勝ちましたよね? 偽上杉謙信を討ち倒して贅理部大勝利!」
何を以って「勝ち」とするかは疑問ですが、悠弐子さんは大勝利宣言してましたよね?
「なのに【敵】は滅ぶどころか息を吹き返してきました!」
言われてみれば! と棒への耽溺から我を取り戻す悠弐子さんとB子ちゃん。
「片っ端から出る杭を引っ叩いても、イタチごっこなんじゃないですか? 結局?」
棒を握りしめながら固まってる。
「ここは冷静になって根本的な方針から考え直してみては?」
「一理ある!」
「臭い匂いは元から絶たなきゃダメってことぞな!」
「さすが、わたしたちの桜里子!」
「霞城中央一の智将!」
「イヨッ! 贅理部の司令塔!」
むぎゅぅー。
「ぐはぁぁぁー!」
三秒、保ちませんでした。ご褒美のハグも密着の熱に阻まれ、即パージ。
「というか何故こんなところに私たち?」
気がつけばヒンヤリ日陰のコンクリートで寝そべってる猫タイプの二人が、炎天下。美少女たちが最も嫌いな直射日光の下。
「私たちは!」
「少子化克服エンジェル!」
「悪の胎動許すまじ!」
「「正義の使徒だからよ!」」
――遡ること一時間ほど前。
「…………アレ?」
帰宅時間帯の駅で一触即発のニアミス事案を起こしかけた昨日、を基準にすれば翌日です。
鳥頭の美少女ズですから、一晩寝ればスッカリ忘れてたりしないかしら? と淡い期待を抱きつつ登校してみたら、
「どうしたんです悠弐子さん?」
珍しく授業を無断欠席した悠弐子さんとB子ちゃんの姿がありました。お昼の部室に。
しかも、あられもない格好で、
彼女と彼女は制服を脱ぎ去ってインナー姿。いやまぁ、いいですよそれは。だって贅理部は女子三人しか所属してませんし。パンツが見えてようと、透けブラしてようと、気遣う必要はないですよ。
にしたって堂々としすぎてますけど。
少しは隠しましょうよ、同性とはいえ。
そんな開けっぴろげでは女子力が減退してしまい……ませんね。
この二人に限っては低下のしようがない。だって恥じらうべき箇所がないですし。
頭の天辺から足の爪先まで、見惚れてしまうほどの造形美で溢れてます。どういう角度で切り取ったってNGを出しようがない。美を司る神様プロデュース、輝くインゴットから削り出した一品物の完成度です。不思議なことに密度まで違って見える。私が五十万画素の玩具カメラならば、彼女の造形はミリオン越えの高精細。微に入り細に入り技巧の凝らされた芸術品の趣ですよ。
いやいや。同級生の下着姿に感銘を受けている場合じゃない。
ここは誰でも出入り自由の部室棟ですから。如何にこの最奥の部屋が【贅理部】という概念結界で守られていても、もしかしたら万が一、部外者が入ってくる可能性は捨てきれない。
「脱いで桜里子」
私が窘めるよりも先に突拍子もないことを言ってきやがる、この美少女ときたら。
「悠弐子さん……」
この山田桜里子、自慢じゃありませんが、悠弐子さんやB子ちゃんの前で誇れる部分など何もありません。客観的にも主観的にも。
それなのに脱げと仰るか? そんな酷いことを私にさせようとしますか?
「これぞなー桜里子」
白地に黒と橙のレプリカシャツ。それは東京バニーボーイズのユニフォームではないですか?
「ハイッ!」
B子ちゃん、伝説の国民栄誉賞打者、ガメラ松来選手を真似て左打席の構え。
「月に向かって打て! ぞなー!」
ううむ……どこにこんなパワーが眠ってるんでしょう? 背格好は私と大差ない女子高生スケールのくせに。普通は少年野球向けのバットじゃないと振れないんです、重さに負けて。スイングの軸がブレブレになっちゃう。普通の女子高生なら。
「誠意は言葉ではなく金額! 誠意は言葉ではなく金額ぞな!」
なのにB子ちゃんは重そうな木製バットをブンブン。
足で床を掴み、腰と体幹で振っています。へっぴり腰の手打ちとは掛け離れたスイング……
「ベンチがアホやから野球でけへん!」
余韻たっぷりのフォロースルーを決めれば、ギュギュッと身体に纏わりつくユニフォーム。
運動部女子の旨味を余すところなく表現してます。既製の尺余りを感じさせないピッタリサイズ。
「これオーダーメイドですか?」
カタカタカタカタカタ……傍らでは悠弐子さんがミシンで縫製作業。
「そーよー」
ほんと何でも出来るんですよね、この美少女さんたち。私ミシンなんて家庭科の授業以来触ったことないんですが……
「で、これに着替えて応援でもしにいくんですか? 水道橋ドームまで?」
「桜里子」
「は?」
「我々が為すべきことは何?」
「なんぞな桜里子?」
贅理部(私たち)が為すべきこと……?
めくるめく同級生の下着姿で上書きされてしまった、元々の話の流れをサルベージしてみる。
「ええと……」
キュルキュル記憶を巻き戻せば……モグラ叩きを繰り返したって明るい明日は来ない、みたいな感じでしたっけ?
「そうよ桜里子!」
「いくら対処療法に死力を尽くしたところで根本治癒には程遠い、って話よ!」
「いつまで経ってもネバーエンディングストーリーぞな!」
えーと……それはアレですか? 女子高生のうちになんとかしないと、女子大生戦隊とかOL戦隊とかママさん戦隊とか、そういう境遇になっても活動し続けないといけなくなる系?
ヤですよ。そこまでしてやりたくない!
潔く後進に道を譲って子育てに専念しましょうよ、そこまでいったなら。ゆにばぁさりぃの痴女スーツでも許されるのは若いからです、女子高生だからですよ!
「終わらせましょう出来る限り手っ取り早く!」
「OK桜里子!」
「効率的に片付けちゃおう!」
珍しく意見が揃いましたよ!
「三賢者システム、異議なーし!」
私と悠弐子さんとB子ちゃん、ガンダムでいうところの君よ掴めポーズでハイタッチ。いえーい。
レプリカユニフォームとセーラー服とインナー、どこが賢者なのかよく分かりませんが。
「でだ桜里子くん!」
現在進行系のタイムラインへ戻れば炎天下、美少女にとっては大の苦手なフィールドのはず。
ええ、そうなんです。ここは霞城市を流れる麻美ヶ崎川の河川敷、市民へ無償で貸し出されるグラウンドなのですが……まぁ無償と言っても抽選があるんですけどね。市街地からアクセスの良い好立地のため、結構な倍率なんですよ普段は。しかし、さすがは夏の真っ昼間、希望者など皆無で、申し込んだらすぐ利用権を得られました。
「そーのーたーめーのー! ……これっ!」
悠弐子さん、世界記録保持者カワイ選手並みのバント達人ポーズで訴えてくる。
「えー……………………ええと?」
分かりません。
何故野球? 話が繋がらなくないですか?
「繋がる!」「ぞな!」
そうなんですか?
「有能軍師山田桜里子嬢の進言を健闘した結果!」「――結果!」
「我々贅理部は抜本的な戦略の練り直しを図らざるを得ない!」「――得ない!」
そ、それはいったい?
「軍師桜里子の申す通り! 我々は勝利した!」
「完膚なきまで討ち倒した!」
「それでも戦いに終止符が打たれない…………この状況、何かに似てない?」
一方的勝利が戦局の収束に結びつかない。普通はそんなことないですよね?
「桜里子、これこれ」
B子ちゃん片目を抑えて大ヒント。
(隻眼の人? でも伊達政宗は右目を失ったはずですよね?)
左目を失った有名人ですか?
う、うーん?
「…………ハンニバルさんって左でしたっけ?」
「さすがは軍師桜里子」
悠弐子さんは満面の笑みで正解ナデナデ。
「そう! 世界帝国を絶望の淵へと追い詰めた謀将――大将軍ハンニバル・バルカ!」
カリスマとは話術の天才かも。そんな印象を受けてしまう、悠弐子さんの話を聴いてると。
具体的な内容よりも人を惹き込む話術の巧みさ、そこに安心感や期待感を抱かせる者こそカリスマの条件なのではないか?
絶鋒アルプスへ狂気の進軍を試みても、峠の先には輝かしい勝利が待っている。そんな夢想と現実を糊づけする錯覚の話術師。彼女にも、同じ匂いがします。
「遠きイスパニアから幾千里、アルプスの剣ヶ峰を越えてローマへ攻め入った稀代の名将。カンネー大包囲戦では七万のローマ兵を戦死もしくは捕縛へ持ち込み、指導者層の四分の一を死に至らしめるという大戦果を挙げながら――何故彼は勝てなかったのか?」
「考えてみれば不思議な話ですね?」
ポエニ戦役の末、カルタゴはローマに滅ぼされ、植民地化されちゃいました。
「同じよ桜里子! あたしたちは松川河川敷決戦に於いて完全勝利を収めた!」
「はずだった!」
「大勝利を果たしながら何? この状況は?」
「ぞな!」
「勝ったはずのあたしたちが追い詰められてる!」
「何故か?」
「それはあたしたちが、ハンニバルだからよ!」
な、何を言ってるんだろう、この子は? 暑さにやられちゃいましたか?
「B子、ハンニバルの敗因は何?」
「ローマ支持の都市国家諸国を離反させられなかったから――つまり宣伝戦の敗北ぞな!」
「そう! 『ローマは滅ぼされるべき悪である』という認識を周知できなかったことが敗因よ!」
「はぁ……」
「我々は!」「わ!」
「大カルタゴの英雄を!」「――を!」
「「崇拝すれども同じ轍は踏まず!」」
「偽謙信が息を吹き返した構図も同じよ桜里子! 人々への周知が足りなかったの!」
「国民全員に【アヌスミラビリスは悪】の認識が共有されれば、自ずと社会から排除されるぞな!」
「奴らに党勢回復の機会を与えずに済むの!」
「これは――――情報による包囲戦ぞな!」