太陽は僕らの敵 - 3
「まずどっから手をつけるぞな?」
「ウィキペディアの書き換えとかですかね?」
「ナイスアイディア桜里子、それで行きましょう!」
私、冗談のつもりで言ったのに、ノリノリです悠弐子さん……
「おっと、バッテリが。ファイト一発充電ちゃんぞなー」
B子ちゃんが愛用のノートをACアダプタへ繋ごうとしたら、
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
窓の外から絶叫が!
「なにごとですか!」
窓を開けて声の方を確かめ……られませんでした。腕にヒンヤリ、刃の感触。
「桜里子?」
冷気が逃げるから開けるなってことですね? 分かりますええ分かってますとも悠弐子さん。
銃を突きつけられたギャングみたいな愛想笑いを浮かべ、窓際からステップバック。
危ない危ない。迂闊に冷気を逃そうものなら制服がビリビリに切り裂かれない。この子たちから冷房を取り上げたらそのくらいのことをしかねない。くわばらくわばら。
なので熱気の篭った廊下を駆け抜けて、声のした方へ向かってみます。
「ざっけんな! こんな大事な時に!」
大騒ぎしていたのはPC研の部室のようですね?
「どうかしたんです?」
血相を変えて部員へ指示を出してる部長さんに尋ねてみると、
「停電だよ、停電!」
部室を覗き込めば真っ黒な液晶がズラリ。
確かに、給電が絶たれればどうしようもないですもんね、据え置きのPCは。
「ん? …………待てよ?」
「桜里子ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
やっぱり。
「コレどうなってんの? この灼熱地獄!」
部室棟全体へ響き渡るシャウトで悠弐子さんとB子ちゃんもやってきた。
「どうも部室棟が停電になっちゃったみたいなんです……」
チャッ。
悠弐子さん、愛用のオペラグラスで窓から周囲を伺うと、
「コンビニの蛍光灯は点いてる……校舎は?」
「窓が締め切られたままですから。おそらく冷房入ってますね」
「故障?」
四月から稼働し始めたばかりの校舎で、早くも不具合なんですか?
「早急に調査よ! 不具合の原因を特定なさい!」
悠弐子さんの指示で校舎へ走る贅理部&PC研合同調査班。
急造チームの調査活動は難航を極め…………なかった。
『部室棟の消費電力量が規定値を越えたので、給電停止措置が採られたそうです』
職員室へ向かったチームの電話連絡によりアッサリ判明したのです。
「誰の指示でそんなことを?」
前代未聞の措置ですよ、今まで一度もなかったのに。
「許し難い!」
「悪魔の所業ぞな!」
まずは経緯を検討……するより先に悠弐子さんとB子ちゃんは部室棟を飛び出しちゃって!
「刀の錆にしてやんよ!」
「ま、待って下さい悠弐子さん!」
職員室へ殴り込みとか誰が考えても女子高生生命の危機です! 完全に言い訳無用です!
(体を張ってでも止めないと!)
必死に走りながら、ぐるぐるぐるぐる頭を回るのは起きて欲しくないビジョンばかり。
『エアコンの恨み!』『思い知れぃ!』
カンフーアクションみたい得物を振り回す悠弐子さん! 五条大橋で大薙刀を振るう武蔵坊弁慶と見紛うばかりの暴れっぷりで! 鬼に金棒、悠弐子さんに長物! あの子に武器を与えては駄目! 与えちゃったらもう手遅れなんです!
(お願いですから、大事になってませんように!)
「悠弐子さーん!」
二人に送れること何分? 息を切らせながら職員室を覗きこめば、
「……え?」
二人は固まっていた。極レアのUMAとでも接近遭遇したかのように一点を凝視しながら、
「……!」
半端な不測事態など歯牙にもかけぬ、肝の座った二人が――そこまで驚く?
嫌な汗を背中に感じながら、ゆっくり視線の先を辿ってみれば、
「…………えっ?」
どうして? なんでまたその人がここにいるんですか? ど、どうして????
(お、女謙信さん????)
間違いない。つい最近出会ったばかりのミス上杉まつりじゃないですか!
『本日から教育実習生として迎えることになりました福永心愛先生です』
月曜日、ミス上杉は全校集会で正式にお披露目されました。
緩く巻いたロングの茶髪に穏やかな雰囲気。無骨な鎧は脱ぎ捨てて社会人ビギナー仕様。
(に、似合ってる!)
何の変哲もないリクスーなのに、驚くほど似合っている!
こっちこっち、これが彼女の正しい姿ですよ!
量産型と馬鹿にされたって、その量産型を着こなせる人が最も強いに決まってます。テンプレートの安心感と他を圧する洗練度、それって武器です強いです男子には!
万人に訴える適応性……これは意外な傑物です、女子力的に考えて!
悠弐子さんやB子ちゃんが世界に一輪だけの花だとしたなら、彼女(女謙信)は花屋の軒先に並ぶ既成の花束、あれの中からイの一番に売れていく突出の花――比較の女王です!
ただでさえワクドキイベントである教育実習生の来訪なのに、それがこんなにも若く美しい現役女子大生ならば、男子が浮足立つのも無理はない。
「授業計画はこういう感じで。これ僕が教育実習で使った奴だけど参考までに」
にしたって生徒よりも先に先生方がオラついてるってどういうことですか?
「いや、それより事後のレポートの方が大事でしょ。これ俺が学生の時……」
「僕が直接レクチャーしましょう。なんなら放課後マンツーマン……」
「ああ福永先生、いいからいいから雑用は!」
「そんなのは僕らに任せて、福永先生は授業準備に集中して」
本来になら自分でこなすべき雑用も、男性教諭たちが我も我もと奪い合う始末。
「ほら予鈴ですよ、授業の担当者は行った行った!」
「では、福永先生へのレクチャーは私が代わりに引き受けます」
「む! 抜け駆けは感心しませんな校長!」
姫の歓心を得ようと若い先生だけでなく初老の学園首脳まで群がっているじゃないですか。
福永先生の清楚キャラ、童貞男子だけでなくオジサマキラーでもあった模様。
「むむむ……」
職員室の並み居る重職教師までアッという間に手懐けた福永先生、さながら関東遠征の謙信です。
佐竹義昭や里見義弘、太田三楽斎らを率いて小田原を囲んだ関東管領軍十万の勢いです。
(でもこの調子なら……)
下手な襲撃行動も不可能です。それはそれで好都合です私には。
なにせ悠弐子さんとB子ちゃん、一旦【敵】と認識したら鉄砲玉の勢い。脇目も振らず首を獲りに行きますから、鬼の異名を授かる荒武者の如しですから。そんなの止められません、一人ですら大変なのに二人とか無理ですってば。
そんな突出も、常に彼女を取り巻く人垣に妨げられる。
(と、なると……)
美少女爆弾が暴発を狙うなら――授業?
蝶よ花よと愛でられる職員室の華も、授業では一人、一人きりです。
一人で生徒一クラス分と対峙せねばならない。それが教師の宿命のはずなのですが……
「…………」
その心配はないですね。立派ですから授業態度は。満点女子高生です、二人とも。
授業が始まれば、誰より真摯に講義へ耳を傾けますし。課外時間は歯止めが効かないほど奔放に飛び回る分子の粒なのに、授業は超安定。文句のつけようもない、校内随一の模範生です。
不思議……変だと思いませんか?
こんだけの美貌の持ち主なんですよ?
生まれながらにして人生の難易度がイージーで確定している。幸運人生予定説ですよ、ジャン・カルヴァンさんも太鼓判の。ちょこんと座ってるだけで、周りが「悪くないよう」仕向けてくれる。ちょうど職員室の福永先生みたいに。四苦八苦して勉学に励む必然性なんて皆無に等しいと思うんですが。
(分かりません……)
てな二人なので授業前後の暴発可能性には楽観的な私だったんですが……
「じゅ、授業参観?」
義務教育の授業参観と見紛うばかりの見学者がゾロゾロ、オブザーバーの名を借りた野次馬教師たちが教室の後ろに並び始めてますよ? 余所のクラスで受持授業のある先生まで、自習にして福永先生の授業を覗きに来ています。ベランダには、その自習クラスから抜け出してきた生徒も潜んでて。
コレほぼ見世物小屋のノリですよ。少女爆弾の暴発なんて杞憂です、これじゃ。
「福永心愛……」
「見極めるぞな……」
そんな浮つきまくった教室でも二人だけは、悠弐子さんとB子ちゃんだけは臨戦態勢。ピンと背筋を伸ばして教壇を睨みつける。一字一句聞き逃すまい、と鵜の目鷹の目で。
「それでは始めますね」
対する福永先生も、猛禽類の視線など気にする様子もなく、穏やかに授業を始めた。




