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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
2章 聖女の守護結界
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ひとまず報告はこれで終わりのようだった。

「…ありがとう。二人ともご苦労様。今日はゆっくりして身体を休めて――」

 ウルリーケが言い終らないうちに、部屋の扉が勢いよく開いた。

 部屋に入ってきたのはラーシュだった。何も言わずに突進するようにウルリーケの前まで来ると、ぎゅっと抱きしめてきた。

「……。ラーシュ」

 名を呼ぶと、はっとしたようにラーシュが瞬いた。次いで、驚いたようにその目が見開かれる。まるで自分の腕の中にウルリーケがいることに今気が付いた、というように。

「あ、ウルリーケ…?」

「……」

 ウルリーケは眉根を寄せた。寝惚けているのだろうか。ウルリーケがラーシュの腕から逃れようとした時。

「ラーシュ、逃げ足早すぎ…」

 息を切らしてエリアスが現れた。ラーシュに抱きしめられているウルリーケを見て苦笑する。

「すみません、ウルリーケさま。少しだけそのままで、ラーシュの好きにさせてやってください」

 多分取り乱しているので、と溜息交じりに続ける。

(私…ラーシュの精神安定剤…?)

「何が」

 あったの?と聞こうとしたウルリーケに、エリアスは首を横に振った。聞いて欲しくないようだ。

「それよりアーロン殿がおられるということは、何か魔術関連の情報が得られましたか」

 逆に質問されて、ウルリーケは仕方なく頷く。アーロンに目配せすると、彼は頷いて先ほどロニーとラウラが報告したばかりの話をかいつまんで説明した。

「――というわけで、真っ赤な長髪の男を捜させているところです」

 アーロンがそこまで言った時、ウルリーケを抱いていたラーシュの腕が一瞬強張った。

「…真っ赤な長髪…?」

「…ラーシュ?」

 ウルリーケが呼びかけると固まっていたラーシュがふっと力を抜いた。虚ろに見開かれた碧の瞳がウルリーケに焦点を結ぶ。直後、彼は涙目になってウルリーケに縋り付いた。

「ウルリーケ、嫌だ…!ぼくを捨てて赤髪男を選ぶのか!?」

「何の話!?」

 ラーシュは相当取り乱しているらしい。何があったのか気になったけれど、ひとまずラーシュを落ち着けようと、ウルリーケは小さな両手でラーシュの頬を包むとじっと碧の瞳を見つめて口を開いた。

「ラーシュ、私はどこにも行かない」

 その言葉にラーシュは息を飲んだ。口元が微かに歪む。それは、無理に笑おうとして失敗したような表情だった。そして、哀しげに目を伏せると、そのまま額をウルリーケの肩に押し付ける。

(…あれ?)

 どうして哀しそうな目をするのだろう。安心させたくて言ったのに。ウルリーケは戸惑ってエリアスを見た。だが、エリアスもラーシュの反応が意外だったのか、怪訝そうにしている。アーロンを見ると、何か考え込むように眉根を寄せてじっとラーシュに視線を注いでいた。

(…アーロン…?)

 ラウラにちらっと視線を走らせると、彼女は興奮したように頬を上気させてうっとりとウルリーケを見つめていた。ロニーはもぐもぐと菓子を頬張っている。二人ともラーシュの様子になどおかまいなしだ。

「…………」

 ウルリーケは少し脱力した。

「お姉さま、今夜は神殿にお泊りになってくださいね」

 ラウラは場の微妙な空気などものともせず、己の欲望に忠実に言った。すると、ウルリーケの肩に顔を伏せていたラーシュが素早く頭を上げて宣言した。

「ぼくも泊まる」

「…………」

 全員分の沈黙が落ちた。ラウラがきらりとその目を光らせる。

「僭越ながら、陛下。ウルリーケお姉さまの今夜の枕は私です」

「いいや、ぼくだ」

 不毛な戦いが始まった。ウルリーケは目を瞬いた。

(ええと…、なんだかラーシュ…元気になった…?)

 その功労者はラウラだろう。本人は全く意図していなかっただろうし、根本的な問題が解決したわけではないが。ウルリーケはラウラに歩み寄りよしよしと頭を撫でた。

「ラウラ、いい子」

 その一言で、ウルリーケの枕役勝者が決定した。


 どう考えても今日のラーシュはおかしかった。けれどウルリーケはその理由を訊いてはいけない気がしていた。でもそれと同じくらい、訊かなくてはいけないような気もする。

(本当は…怖い、のかも。聞くのが…)

 ラーシュが神殿に逃げ込んだ理由。ラーシュは本当に今夜、神殿に泊まっている。

 神殿は基本的にラーシュとウルリーケとエリアス、保護した魔術師と白銀の騎士団以外の立ち入りは禁止だ。ラーシュが許可しなければ侍従ですら入れない。

(侍従から逃げている?ううん、それだけじゃない――)

「…お姉さま、お休みになれませんか?」

 ラウラの声に、思考の海に沈んでいたウルリーケの意識が浮上する。ラウラとウルリーケは既に夜着に着替えてラウラの部屋の大きな寝台に潜り込んでいた。二人は子供のころから一緒に育ったので、こうして一緒に寝ることもしょっちゅうだった。

「お茶をお持ちしましょうか。それとも温めたミルクがよろしいですか?」

 ラウラの茶色の瞳が心配そうにウルリーケを見つめていた。

「…ありがとう、ラウラ。大丈夫」

 ラウラは隔世遺伝で魔力が目覚めた魔術師だ。両親に魔力はなく、彼らは幼いラウラを持て余していた。そんな時、ウルリーケと出会ったのだ。それは「奇跡の日」の数年前。だからラウラはウルリーケの全盛期の鮮烈な魔力を知っていた。

 ラウラにとってウルリーケは神のような存在だ。あの時ウルリーケが見つけてくれなければ、今のように両親と良好な関係を築けなかっただろう。黒魔術師になっていたかもしれない。だがそんなことは問題ではない。それより何よりもウルリーケの圧倒的な魔力に魅せられたのだ。そしてその豪快な力の使い方にも。

「…お姉さま以上の方などこの世にいません」

「ラウラ?」

 ウルリーケが顔を向けると、ラウラは微笑んだ。胸に染み入るような、優しい笑顔だった。

「そのことは陛下が一番よくご存じです。…だから私は、陛下を認めています」

 真摯なラウラの言葉に、ウルリーケは息を飲んだ。

「…でも、お姉さまにそんなお顔をさせるなんて、陛下もまだまだですね。…ちょっとヤキを…もとい、喝を入れて差し上げねばなりませんね…」

「ラウラ!?」

 今ヤキって言った!?ウルリーケは震えあがった。うふふ、と笑いながらぽきりと指を鳴らすラウラの目が笑っていない。

「ラウラ、私は大丈夫だから。ラーシュのせいじゃない」

「……ならばよろしいのですが……」

 ウルリーケが(内心冷や汗を浮かべながら)真剣に訴えると、ラウラは渋々ながらも受け入れてくれたようだ。

「……でも、これだけは忘れないでくださいね、お姉さま。ラウラはいつだってお姉さまの味方です。何があっても、たとえ、世界を敵に回しても」

 そう言って、太い腕でぎゅっとウルリーケを抱きしめる。自分よりも年下なのに、まるで母親のような深い包容力にウルリーケは思わず微笑んだ。どこまでも甘えてしまいたくなる。

「…ありがと、ラウラ。大好き」

「……!!お姉さま!」

 ウルリーケの最後の一言に、ラウラが悶え死にそうになったのは言うまでもない。


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