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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
2章 聖女の守護結界
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 王宮を囲むように広がる森の中に、ひっそりと建つ神殿がある。その神殿でウルリーケは生まれ、育った。

 ウルリーケの存在はずっと秘されていた。ラーシュの父、シーグフリード王が魔術師を保護していたことは彼の独断で、廷臣たちにも知らされていなかったのだ。

 ウルリーケはシーグフリードが保護した女魔術師が産んだ娘だった。

ウルリーケに母の記憶はない。ウルリーケを産んで程なくして亡くなったからだ。母親は黒魔術師だったらしい。髪も眼も黒かったという。けれど、生まれたウルリーケは髪も眼も白銀だった。それを見てシーグフリードは決心したのだという。ウルリーケを真っ白のまま、愛情を注いで育てることを。


ウルリーケの存在が公になったのは、十年前の、開戦を寸前で阻止した「ローグヴェーデンの奇跡の日」だ。ローグヴェーデンの国民にとってウルリーケは、戦を止めた英雄・ラーシュと共に、王国を守護する聖女として熱狂的に歓迎された。以後、ローグヴェーデンに於いて「魔術師」は忌避するものではなく、保護することが奨励されるようになった。


 ***


 ウルリーケがレオンとともに神殿の敷地内に足を踏み入れると、どこからともなく真っ白の衣を着た幼い少年少女が数人、わらわらと集まってきた。

神殿とはいっても宗教的な意味合いはなく、長年放置されていた古代の神殿跡を、シーグフリード王が密かに改築して魔術師を保護するために使っていた施設だ。王宮の庭の延長みたいなもので、代々王家の子供たち専用の格好の遊び場だった。現在は保護した魔術師たちのための寄宿舎兼学校のようなものだが、呼び名は「神殿」のままだった。

「ウルリーケさま!今日はぼくが門番だったんだよ」

「ウルリーケさま、アイナ、ウルリーケさまに花冠つくったの」

「今日はぼくの魔術見てくれる?」

 両手をそれぞれ子供たちに引っ張られて、ウルリーケは微笑んだ。みんな健やかに育っているようだ。

ここにいるのはみな、魔力のある子供たちだ。「奇跡の日」以降、保護され神殿に預けられたのだ。

子供のころは魔力のコントロールが効かず、暴走させてしまうことが多く、それ故トラブルを起こし周囲の人間に忌み嫌われることも少なくない。それを防ぐためある程度コントロールできるようになるまで、神殿で預かっているのだ。

神殿には防御結界がかけられている。これは神殿を守護する目的と共に、魔力コントロールの訓練を兼ねて子供たちが交代で担当していた。人の出入りを監視する目的のものなのでこの当番を「門番」と呼ぶ。

「ロビン、上手にコントロールできるようになったね」

 ウルリーケが今日の門番を担当したロビンを褒めると、少年は嬉しそうに破顔した。

 その時、神殿の奥のほうにある建物からドスドスと重みのある足音が響いてきた。

「ウルリーケお姉さま……!!」

 現れたのは大柄で恰幅のいい、巫女装束の少女だった。この神殿で一番の魔力を持ち、巫女長を務めるラウラだ。まだ十七歳なのだが、どっしりとした体型と面倒見のいい性格から、付いたあだ名は「お母さん」。――ただしそう呼ぶと怒られるのだが。

「ラウラ――うっ」

 がしっと豊満な胸に勢いよく抱きこまれて、ウルリーケは呻いた。

「お姉さま、ああっ、相変わらずなんてお可愛らしいの!月光よりも美しい銀の御髪、星空よりも麗しい瞳!この世の至宝!会えない間、胸が張り裂けそうでした――」

 …ラウラはウルリーケの重度の崇拝者だった。ウルリーケを姉のように慕っている。見た目は完全にお母さんと、その娘だが。

「巫女長殿、姫が」

 ウルリーケの後ろに控えていたレオンが声をかける。ラウラの腕の中でウルリーケは圧死寸前だった。


「す、すみません、ウルリーケお姉さま。興奮してつい…」

 敷地内奥の居住区にある、応接間に移動して座り心地の良いソファに腰を下ろし、全員の前にお茶が置かれてから(レオンは入り口付近に立ったままだが)、ラウラは改めてウルリーケに謝罪した。そう言いつつ、ウルリーケを見つめる瞳は熱っぽく潤み、鼻息も荒い。今にも飛びかからんばかりだ。

「ラウラ、よだれ」

「はぅっ、すみません」

 呆れるウルリーケに、よだれを拭いながら謝罪するラウラだった。

「ははっ、ラウラさん欲望垂れ流し過ぎ。姫は相変わらずちっこくて可愛いなぁ。ほらこれ、キルキス土産」

 そう言ってキルキス地方特産の無花果を使った焼き菓子をウルリーケの口に放り込んだのは、赤に近い茶色の髪と眠そうなたれ目が印象的な若者だ。それを見て、ラウラがキッと若者を睨みつける。

「ちょっとロニー・ブラント!何ぬけがけしてんのよ!私がお姉さまに食べさせたかったのに!」

「早い者勝ち~」

 くすりと笑いながらロニーは自分の口にも菓子を放り込む。

「若造がぁ~~」

 ラウラに怨念のこもった眼差しを向けられても、ロニーは動じた様子もなく菓子をつまんでいる。

(若造って…。ロニーの方が年上じゃ…)

「ロニー、ラウラの護衛、ありがとう。大変だったでしょう」

 ウルリーケがロニーを労うと、ロニーはにかっと笑った。

「そんなの、いいんだよ。ラウラさんが姫を好きすぎるのはもうビョーキだけど、俺たちも姫のこと大好きだから」

「ちょっ…、誰がビョーキよ」

ラウラはウルリーケと三日会わないだけで禁断症状を起こす。今回ラウラはロニーと共に、ある調査のため三週間もウルリーケと離れていたのだ。最後は末期症状だったはず。迷惑をかけまくったに違いないのに、そんなことを全く感じさせないロニーに、ウルリーケは尊敬の眼差しを送る。

「…それで。キルキスで収穫はあったのか、ロニー?」

 静かな声が響いて、ゆるんでいた空気を一瞬にして引き締めた。声はウルリーケの向かいに座っている男からだった。日に焼けて浅黒い肌に精悍な顔立ちの、野性的な魅力のある男だ。男の名はアーロン・クランツ。レオンの兄だ。室内にいるのはこの男を含めた五人で全部だった。

「はっ!アーロン隊長」

 ロニーがぴしりと背筋を伸ばす。先ほどまでとは別人だ。

アーロンは四つある騎士団の一つ、白銀の騎士団団長だ。ただし白銀は他の三つ――森を表す緑、湖を表す青、王家の色を表す黄――の騎士団とは設立の意図も経緯も異なるため、独立騎士団の趣が強い。元々ローグヴェーデン王国の騎士団は国と王家を守るために設立された緑、青、黄の三つだったが、ウルリーケを護るために白銀が十年前に新たに結成されたのだ。白銀はウルリーケを表す色であると同時に、防御や治療の力を持つ魔術師――白魔術師を表す色でもある。白銀の騎士団の役割はウルリーケを筆頭に神殿が保護する白魔術師たちを護ることだ。それと、もう一つ。国外に出ることが出来ないウルリーケの代わりに国外の魔術に関する情報収集と調査が彼らの重要な任務だった。その調査には神殿も協力している。

 ウルリーケは国外――結界の外に出ることが出来ない。それは物理的にという意味ではなく、ラーシュが許さないからだった。


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