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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
1章 幼女趣味の王様
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 高度な魔術は大量の魔力を必要とする。魔力の潜在量は個人差があり、それはある程度先天的とされた。

 ウルリーケは百年に一人といえるほどの圧倒的な潜在魔力の持ち主だった。当代の最高位とされる魔術師十人分の魔力を軽く凌ぐほどだ。

「最高位の魔術師」とは、権力者にとっての「戦力」を表す位階だ。それはすなわち攻撃特化型の魔術師を上位とする序列だった。

魔術師は虐待され絶望を味わうと、その身に徐々に憎悪と残虐性を備えていくという。それは魔術の攻撃性を増し、自身の魔力をも黒く染めるという。そうなると攻撃型の魔術しか使えなくなり、また魔力が黒色化する影響で魔術師の髪や眼も黒くなる。そのため、攻撃型の魔術師は「黒魔術師」と呼ばれた。

もしもウルリーケが他国の王に捕まっていたら、迷わず黒魔術師として育てられたことだろう。だが彼女は魔術師を保護するシーグフリード王の元で育てられた。王子であるラーシュと共に、兄妹のように。

優しい時間が、ウルリーケを治癒や防御系魔術に特化した魔術師に成長させた。ウルリーケのような魔術師を、黒魔術師とは正反対の意味で「白魔術師」と呼ぶ。

ウルリーケは国を守った。けれどそれはウルリーケを以てしても容易ではなかった。王国全土を覆う守護結界の効力はせいぜい十年。それが精一杯だった。その代償に、ウルリーケは魔力を失った。そして、未来も。

当時のウルリーケの持つ魔力だけでは高度な魔術を行使しきれず、彼女は自身の潜在魔力を無理矢理極限まで引き出したのだ。すなわち未来の寿命を前借りするという、反則技に近い方法で。

その結果、ウルリーケの成長は止まった。魔術師にとって魔力は、生命維持と身体の成長に必要不可欠だった。ウルリーケがまだ生きていられるのは、ほんの僅か生命維持に必要な程度の魔力が残されていたからだろう。

もうラーシュに捧げられるものは何もない。だから側にいる資格がない、そう思っていた。でもラーシュが側にいることを許してくれたから、ウルリーケはそれに甘えてずるずると王宮に居続けたのだ。最期の時まで、ラーシュを見ていたくて。

(でもそれじゃ、ダメなのかも…)

 ウルリーケが側にいることでラーシュに負い目を感じさせてしまうのではないだろうか?成長しないウルリーケの姿は、嫌でも彼女が払った代償を見せつける。

 ウルリーケはラーシュの願いを叶えたかった。だから後悔はない。けれどこんな風に生き残るべきではなかったのかもしれない。

ラーシュが成長していく姿を見ることができて、嬉しかった。しかし自分の姿は十年前と変わらないままだ。年を重ねるごとに、外見の年齢差は開いていく。どうしようもないことだと、わかっていても。…置いて行かれる。それが少しだけ切ない。


***


 もう深夜を過ぎて、エリアスにも早く寝ろと渋い顔をされたが、会いに行くと約束したので、ウルリーケはラーシュの部屋を訪ねた。顔だけ見たら帰ろうと思ったのだ。…けれど、帰れなくなった。ウルリーケの訪問を、ラーシュは喜んだ。…でも浮かんだ笑顔が、泣きそうになるのを堪えているように見えたから。

「…ラーシュ。縁談、…決まったの?」

 半ば覚悟しての問いかけだったが、ラーシュはふるふると首を横に振った。ウルリーケは思わずほっとする。直後にそんな自分に動揺した。

(な、なんでほっとしてるの…)

「ウルリーケ。強がり。ほんとにぼくが結婚したら、泣くくせに」

「な」

直後、ぎゅっと抱きしめられた。そのまま抱き上げられ、寝台に連れて行かれる。ラーシュは寝台の端に腰かけると、ウルリーケを膝に座らせた。

「な、泣かないし」

「本当に?」

「……。泣くかもしれないけど。でも、結婚式はみんな泣くものなの。だから気にすることない」

「…意地っ張り。さっきほっとしてたくせに」

「……」

(なんか、今日のラーシュ、意地悪…)

 何か言い返してやろうと、ラーシュを見上げて、ウルリーケは言葉を飲み込んだ。ラーシュのほうがよほど泣きそうだったからだ。

ウルリーケは手を伸ばしてラーシュの柔らかな金髪を撫でた。

「…泣いて、いいよ?」

 もう待たなくていいよ、となぜか言えなかった。ラーシュの澄んだ碧の瞳と目が合う。ふわりとラーシュが微笑んだ。瞬間、どくりと鼓動が跳ねた。

(……え?)

…兄妹のように育った。年齢でいえばラーシュが兄だけど、ラーシュはなんだか頼りなくて寂しがりで、弟みたいだった。

(……でも)

 ウルリーケを見つめる瞳は胸が痛くなるほど優しくて、そして切なげだった。それはウルリーケが初めて見る、様々な感情が複雑に絡み合う、ラーシュの「大人」の表情だった。

 ―――唐突に泣きたくなった。

 もしもラーシュが結婚したら。たとえ政略で迎えた妻だろうと、ラーシュは大切にするだろう。…ウルリーケを大切にしてくれたように。そうしたらもう、こんな風に側にはいられないだろう。先ほど、ラーシュは縁談を否定したが。

(その時はそう遠くない……)

 分かっているつもりだった。だけど、深く考えないようにしていただけかもしれない。

止まらない時の流れがどうしようもなく二人の関係を変えていく予感に、ウルリーケは慄いた。

 先に目を逸らしたのはウルリーケだった。

(本当は、ラーシュがいないと寂しいのは、私…)

泣きそうなのを隠すためにラーシュの胸に顔を伏せる。ラーシュの手が優しくウルリーケの頭を撫でた。その手の大きさに、胸の広さに、益々泣きたくなった。

(……だけど…今だけ…。…あと少しだけ、側にいて…いいよね?)


***


 夜半過ぎ、ラーシュは自分の腕の中で無心に眠るウルリーケをそっと窺う。眠るウルリーケはあどけなく、幼い少女にしか見えない。そのことが胸を締め付ける。


『この子はこの先一生この姿のままだよ。……それでも君は、この子を幸せにできる?』


 その問いに幼い自分は返す答を見つけられなかった。そして、十年経った今も。むしろ、時を経るほどに、答がわからなくなる。

 傍に留めることが本当にウルリーケの幸せなのか。

 ラーシュはその問いの答えを未だに見出せない。


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