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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
7章 巫女姫に捧げる銀の花
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 ウルリーケは毎日、黒魔術師が捕えられている牢へと足を運んだ。

 銀の花で彼らの魔力を貰うとき、彼らが受けた苦しみの一部も流れ込んでくるような気がしたのだ。

 ルジェクは黒魔術師の黒い魔力を吸っても問題はないと言った。確かに、黒い蝶が体内に入った後はウルリーケの魔力と合わさって、沈殿するように身体の中に落ち着いて終わりだ。ならばウルリーケの感じる、この苦しさは何なのだろう。黒という魔力に、勝手に身体が拒否反応を示しているのだろうか。

 ウルリーケは生まれてから一度も虐待や、酷い扱いを受けたことがない。

 王宮の奥の神殿と呼ばれる隠れ宮で、大切に育てられたのだ。だから彼らの苦痛は想像するしかない。けれど一歩間違えれば、自分もそうなっていてもおかしくなかった。

 それがこの世界の魔術師に対する扱い。

 特にロヴィニアではそれが苛烈だという。

 ウルリーケは捕えた魔術師たちに、出来るだけ快適に過ごせるよう清潔な服と十分な食事を用意した。

 毎日「花」で魔力を奪っているので、彼らが攻撃をしてくることはない。それでもラーシュもエリアスもアーロンも、ウルリーケが彼らの元を訪れることにいい顔をしなかった。

 彼らは敵だ。そして黒魔術師は、どんな奥の手を持っているのか最後まで分からない、狡猾で残虐な一面を持つ者たちだ。

 例え牢の中にいても、レオンが付き添っていても、完全に安全とは言い切れない。それに、彼らの魔力は封じたが、口まで封じたわけではない。

 ウルリーケに対してどんな暴言を喚き散らすかわかったものではなかった。

 それでもウルリーケは、彼らの魔力を奪う以上、彼らの命の責任を負うつもりだった。


「小娘、呪われろ、ローグヴェーデンは滅びる、壊す、壊す」

 捕えられた魔術師たちは、初めの数日はウルリーケに呪詛のような言葉を喚き散らしたり、ガシャガシャと牢の鉄格子を叩いたりと元気な様子を見せていた。

 ところが数日経つと、次第に大人しくなっていった。ある者は牢の隅の方に身体を小さくして座り込み、何やらぶつぶつと呟いている。ある者は寝台に仰向けになったまま、虚空をぼんやりと見つめている。

 ウルリーケは心配になったが、原因がわからない。食事は足りているはずだし、牢内も清潔に保たれている。

(でもずっと牢内だから、運動不足?)

 それはありうるかも。でも、敵をそう簡単に牢から出すことは出来ない。ウルリーケが悩んでいると、その日、新たに捕えられた黒魔術師たちが連れて来られた。

 新たに連れて来られた魔術師の数は三人。今まで捕えた人数と合わせると全部で十一人。

 元々魔術師の数は少なく、たくさんの黒魔術師を有するロヴィニアでも、せいぜい百人程だろうと言われている。

(一割を超えた…。これはロヴィニアにとってかなりの痛手のはず)

 ウルリーケが何気なく新たに連れて来られた魔術師を見ていると、その中の一人と目が合った。

 その人は褐色の肌に黒い髪、黒い瞳の背の高い男だった。魔術師にしては珍しく筋骨隆々とした武人タイプだ。背格好はアーロンと似ている。年齢もそのくらいだろうか。黒い髪が顔の左半分を覆うように隠しているため、良く見えないがかなり整った顔立ちをしているようだ。

 男は足を止めてじっとウルリーケを見つめた。

 ウルリーケは縫いとめられたように、男と見つめ合った。

 連行していた騎士が男に歩けと促す。男はぽつりと呟いた。

「なるほど。あんたがアウロラの娘か」

 男は騎士に促されて牢へと入って行った。

 ウルリーケは心臓をぎゅっと掴まれたような心地がして、しばらくその場から動けなかった。



 アウロラ。それはウルリーケの母親の名だ。

 ウルリーケが知っているのは、母親が黒魔術師だったことだけ。

(ロヴィニアの黒魔術師…だったの?)

 ドクドクと胸が不規則に鼓動を刻む。

 ウルリーケは褐色の肌の男が入れられている牢へと向かった。


「私はウルリーケ。貴方の名前は?」

 ウルリーケが鉄格子越しに男に訊ねると、男はちょっと笑った。

「礼儀正しいな。聞きたいのはそんなことじゃないだろうに」

 男は腕を軽く組んで、石壁に寄りかかっていた。ウルリーケは均整の取れた男の身体つきに目を瞠った。

(魔術師っぽくない…)

 騎士と言ってもいい体型だ。アーロンの背格好と似ていると思ったくらいだから、この男はかなり鍛えているのだろう。

(魔術に頼る魔術師は肉体をそれ程鍛えないのがふつうなのに)

 ウルリーケはじっと男の顔を見つめた。

「貴方は本当に魔術師?」

 男は器用に片眉を上げてみせた。

「生憎魔力はすっかり奪われちまったからな。証明することは出来ないが」

 ウルリーケは眉根を寄せた。魔力を奪われても、この人なら騎士たちを振り切って逃げられそうだ。

(敢えて捕まった?)

 ウルリーケが探るように男を見据えると、男は両手を軽く上げて天井を仰いだ。

「そんなに見つめられると落ち着かない。いいぜ、早く聞きたいことを聞きな」

「貴方の名前」

「…本気でそんなもん、聞きたいのか?」

 ウルリーケが頷くと、男は軽く息を吐いた。

「…サシャ」

「…うん、サシャさんを信用する」

 ウルリーケがにっこりと笑うと、サシャは怪訝そうに目を細めた。

「…は?」

「名前、教えてくれたから」

「なんだそりゃ」

 ウルリーケはそれ以上説明はせず、本題に入った。

「サシャさんは捕えられた黒魔術師を取り戻しに来たの?」

「はぁ?まさか。つーか、アウロラのことを聞きにきたんじゃないのかよ」

「それは後で聞く。じゃあ、わざと捕まったのは何故?」

 そこで初めてサシャは面白そうに笑った。

「あんたに会いに、だよ」

「わざと捕まったことは否定しないんだね」

 サシャの軽口を聞き流し、ウルリーケはサシャの右目を見つめた。左目は髪に隠れて見えない。

「…私がアウロラの娘だと分かったのは何故?」

「やっと本題に入ったな?…魔力がそっくりだった。見りゃわかる」

「そういうものなの…?」

 ウルリーケの周りには親子の魔術師がいなかったため、魔力に繋がりがあるとは知らなかった。

「黒魔術師と白魔術師でも?」

「あぁ。魔力は遺伝だからな。血みたいなものだ。白と黒に分かれても、血の色が変わるわけじゃないだろう?」

「…貴方とアウロラの関係は?」

「尋問かい?顔見知りだよ」

 サシャはニヤニヤして適当な答を返す。

「…アウロラに会いたい?」

 アウロラを取り戻しに来たのだろうかと、カマをかけてみる。

「…いや。アウロラに会うために死ぬつもりはねぇよ」

 ウルリーケは驚きに僅かに目を見開いた。

「…知ってたの?」

 サシャはウルリーケの反応に、逆に驚いたようだった。

「あんたこそ、知らないのか?ロヴィニアの黒魔術師が何故ロヴィニアに逆らえないのか」

「!…どういうこと?」

「ロヴィニアに捕えられるとすぐに、身体に魔術印を刻まれる。裏切ればその魔術印に身体を焼かれて死ぬ。魔術印を刻んだ魔術師が死ねば、解放されるけどな。そいつらは既にロヴィニアの高官だ。護衛が付いていて近づけない。やつらは魔術師でありながら若い魔術師を隷属することになんの躊躇いもない。むしろ自分の地位を安定させるために喜んでやっているよ」

 ウルリーケはショックを受けた。噂には聞いていたが酷い。

「じゃあ、この人たちは…」

 ずらっと並ぶ牢の中に囚われた魔術師たちに視線を送ると、サシャは肩を竦めた。

「…期間内に戻らなければ、魔術印が発動するだろうな」

 そのせいで彼らは大人しくなったのだろうか。もうあまり長くはないと知っていたから。

 ウルリーケが、彼らが急に元気をなくしたことを告げると、サシャは小さく呟いた。

「さぁな。…そのためだけでもなさそうだから、俺が来たんだが」

 後半は声が小さすぎてよく聞こえなかった。ウルリーケは続きを待ったが、サシャはもう一度言うつもりはないようだった。くしゃっと笑って今度は逆にウルリーケに問いかける。

「質問はそれで終わりか?なら今度は俺の番な。こっちこそ聞きたいことがたくさんある。…あの花はなんだ?」

 一瞬鋭い光を浮かべた目は、次の瞬間にはふっと面白がるような笑みを刻んでいる。くるくるとよく変わる表情。どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、掴みづらい。

 ウルリーケは微笑んだ。花についての質問は、核心だろう。

「あれは魔術師の魔力を吸い取るもの」

 吸い取った魔力がウルリーケの身体に入ることまでは言わない。サシャは何かを考えるように視線を伏せた。

「魔力を吸い取る、か…」

 サシャはあの花を、魔力を凍らせてしまうものだと思っていた。もしくは魔術師を麻痺させて魔力を使えなくさせるもの。

 ちらりと向かいの牢の中を盗み見る。そこには見知った黒魔術師が大人しく寝台に腰かけていた。その目からは険が取れているように見える。

「おまえ、気分はどうだ」

 サシャは唐突に向かいの牢へ声をかけた。

 ウルリーケは少し驚いたが、成り行きを見守った。魔術師は一瞬驚いたように目を見開いたが、こくんと頷いた。

「…悪くはない」

 その答えにウルリーケはほっとした。体調を崩したわけではないようだ。

 サシャは頷くと、いきなり服を脱ぎ始めた。

「!?」

「貴様、何をしている」

 ウルリーケが驚いていると、後ろに控えていたレオンがウルリーケを庇うように前に出た。

「あ~、変なことは考えてないから。ちょっと背中を見てくれよ」

 サシャは軽い口調で答えてひらひらと手を振る。レオンは今にも腰の剣を抜きそうだったが、ウルリーケはレオンの手に自分の手を置いて落ち着かせた。

「待ってレオン。…背中って、もしかして」

 ウルリーケがレオンの背中から声をかけると、サシャは丁度服を脱ぎ終わったところだった。脱いだのは上半身だけだ。サシャは鉄格子に背中を向ける。

「見えるか?魔術印」

 ウルリーケはそっと前に出て、サシャの背中に目をやった。背中の首に近いところ、肩甲骨の間の辺りに丸い円を描いた模様がある。だがその模様は薄っすらとしていて、今にも消えそうなほど弱々しく見えた。

「消えそう…」

 ウルリーケが呟くと、サシャは「やっぱり」と言って、振り返った。

「今俺は魔力を失っている。…この魔術印は刻まれた魔術師本人の魔力に反応するんだ。だから魔力を失っている今は、魔術印も大人しくなっているんだと思う」

 ウルリーケは瞬いた。

「それなら、魔力を奪い続ければ…魔術印は発動しないの…?」

「おそらくな」

 ウルリーケはじっと魔術印を見つめた。

(魔術印…。魔術師が放った魔術?でも印を刻まれた魔術師の魔力に反応するから…。『花』を使ったら、どうなる?)

 考えていたら、サシャが振り返ってこちらを向いていた。彼は小脇に服を抱えたまま、ウルリーケをじっと見つめた。

「ローグヴェーデンの聖女。あの『花』で、この刻印を消せないか?」




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