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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
1章 幼女趣味の王様
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十年前、十二歳でラーシュが即位すると、幼い王を侮った周辺各国はこぞってローグヴェーデンに戦をしかけてきた。ローグヴェーデンは豊かな森と湖が美しいだけの小国だったが、十数年前、その地下に魔力の増幅装置となる「魔石」の大陸最大規模の鉱脈が発見されたためだ。

この世界には魔力と呼ばれる不思議な力を持つ者たちがいる。その能力は遺伝によって受け継がれると考えられているが、彼らの数は少なく、特殊な力が恐れられ忌避されてきたため、魔力を持っていてもそのことを隠している者も多く、魔力の詳細についてはほとんどわかっていない。けれど近年、大国ロヴィニア皇国が魔力を持つ者たちを魔術師として戦に徴用するようになり、少しずつ研究が進められていた。その中で判明したのは、忌避され、虐待され、死の瀬戸際まで追い詰められた者ほど、強大な魔術師になるという事実だった。最高位の魔術師の威力は凄まじい。小規模の都市ならば一人で破壊するほどである。各国は戦慄し、魔術師の確保に躍起になった。そのため各地で魔術師狩りが横行し、死の淵まで追い詰めようと虐待した結果、誤って殺してしまうことも少なくなく、魔術師の数は激減した。そんな中、魔術師の魔力を数倍増幅させる力のある石――魔石が発見されたのだ。

魔石があれば魔術師を必要以上に虐待して死なせずにすむ。各国は魔石蒐集に乗り出した。けれど基本的に魔術師を虐げる方針は変わっていなかった。彼らは魔術師を戦力としてしか認識していなかったからだ。ただ一人、ローグヴェーデンの前国王、シーグフリード・レーヴ・ローグヴェーデンを除いて。

彼は魔術師たちを保護した。その結果、ローグヴェーデンは周辺諸国からの侵略を免れたのである。

少年王ラーシュとたった一人の魔術師、ウルリーケによって。


***


「ウルリーケさま」

名を呼ばれて、ウルリーケは顔を上げた。山のように積まれた書物の向こうに、眉根を寄せた不機嫌顔のエリアスがいる。宮廷の貴婦人方には絶対に見せない表情だ。

「…エリアス。怖い顔、珍しい」

「そこで俺の表情の観察に走るんじゃなくて、意味を読み取ってください」

 不機嫌顔も美しいなとしげしげと見つめていたら、益々エリアスの眉間にしわが寄った。

「何時だと思っているんですか。いくら幼女でも、寝不足はお肌の大敵ですよ。まったく、こういう事にレオンは頼りになりませんね。あれは体力馬鹿で、十日くらい寝なくても平気だから気付かないんですよ」

「……」

 どこから突っ込めばいいのかと一瞬悩んだが、エリアスが早く寝ろと言いたいことは理解したので、大人しく従うことにする。本を閉じて立ち上がり窓辺に寄ると満月が高い位置に見えた。どうやらとっくに深夜を過ぎていたようだ。

図書室の出入り口に目を向けると、黒い長身の影が見えた。いつの間にか専属護衛のレオンが戻っていた。レオンは基本的にウルリーケの意向を尊重するため、ウルリーケが熱中していれば止めずに黙って側に付き従う。こんな時間まで気付かず、付きあわせてしまってウルリーケはレオンに申し訳なく思った。

「レオン、ごめんなさい」

 レオンは軽く首を振る。気にするなという意味だろう。彼は基本的に無口だった。

「レオンの心配はいりませんよ。というかむしろ、レオンはウルリーケさまのお身体をもっと気にかけろ」

 エリアスが不機嫌に言う。後半はレオンに向けてだ。

そういうエリアスも、この時間まで仕事をしていたようだが。

「エリアス、仕事…ラーシュの縁談?」

 書架に戻すべく数冊を胸に抱えながら問うと、エリアスは片眉をあげてそれらの本をすべて取り上げると、素早く書架に戻した。残りはレオンが音もなく片付ける。

「…ラーシュも、この時間まで、仕事?」

 じっとエリアスを見つめて重ねて問うと、エリアスはちょっと目を逸らした。ウルリーケがつん、とエリアスの袖を引っ張っても、口を噤んでいる。

(なかなか強情)

むう、と唇を曲げてエリアスを見上げること数十秒。

「………………」

「………………」

 ウルリーケに哀しげに、懇願されるように見つめられては、エリアスに勝ち目はなかった。

エリアスが参ったというように片手で髪をかき上げ、軽く息を吐いて苦笑を浮かべた。

「ええ、まあ。…あれから侍従らに詰め寄られましてね」

 ラーシュのお妃探しは難航している。ラーシュが片端から却下するためだ。そしてそれとは別に、難題があった。諸国の王たちが姫君を差し出すと言ってきたのだ。

「他国からの政略結婚の申し出も頭痛の種だが、侍従たちが危惧しているのはラーシュが幼女趣味では世継ぎが望めないのでは、ということで」

そのことについては、実はウルリーケもエリアスも心配してはいなかった。ラーシュの望みは成長の止まったウルリーケの身体が元に戻ることだからだ。問題は、その方法が見つからないことだった。そして、ラーシュが実質的にウルリーケ以外の女性を側に寄せ付けないことも。

「エリアス、大丈夫。ラーシュ、本当は幼女趣味じゃない。…ラーシュは遠慮している…自分だけ大人に……幸せになることに」

「…ウルリーケさま」

「私に遠慮する必要、ない。…私はこの十八年、幸せだったから」

 本当は、十年前に死んでいたかもしれない命。生き残ったのは奇跡に近い。魔力を使い切って、今はもう何の力もないただの小娘。抜け殻のようなものだ。その抜け殻を、ラーシュは大切にしてくれた。

「…もはや役に立たない魔術師なんて、側に置いておく価値、ないのに」

「ウルリーケさま、怒りますよ」

 本気の怒気を感じて、ウルリーケが見上げるとエリアスが泣きそうな顔をしていた。

「…ごめん、今のは失言」

 宥めるように微笑むと、エリアスは小さく息を飲み、それから仕方ないという風に苦笑した。けれどすぐに笑みを消し、ウルリーケの正面に片膝をついて跪き、真摯な眼差しでウルリーケを見つめる。

「…俺はあなたを尊敬しています。誰よりも大切にされるべきお方だ」

 ウルリーケは驚いてエリアスを見た。藍色の瞳と目が合う。その瞳にふっと甘さが滲んで優しくウルリーケを見つめる。

 ウルリーケは面映ゆくなって、思わず目を逸らした。

「貴方も、私を甘やかしすぎだよ、エリアス」

 けれど、そう言ってくれた心が嬉しかったので振り返ってもう一度エリアスと眼を合わせて言う。

「…でも、ありがとう、エリアス」

 その言葉に、エリアスは艶やかに微笑んだ。


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