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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
7章 巫女姫に捧げる銀の花
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 クリストフェルに抱えられたまま、ウルリーケは神殿の応接室に連れて来られた。クリストフェルはそのまま長椅子に座った。ウルリーケはクリストフェルの膝の上だ。

(何この状況…)

 何か変な汗が出る。

「陛下はそちらへどうぞ」

 クリストフェルはにこやかに対面の席へラーシュを促す。ラーシュはウルリーケを取り返したかったが、クリストフェルの笑顔に何故か逆らえず、渋々対面の席に腰を下ろした。後から付いてきたエリアスもクリストフェルの行動に戸惑っていた。

「ク、クリストフェルさま?」

 ラウラは思いっきり不審がっていた。

「ほほぅ、独占欲丸出しだね、クリス」

 そこへ面白がるような声が響いた。扉へ視線を向けると、金髪に濃い藍色の瞳の、整った容貌の長身でスラリとした男性がいた。三十代後半から四十代前半といった年頃だろうか。

「叔父上」

「父上」

 ラーシュとエリアスが同時に呼んだ。

 ヴィルヘルム・レーヴェンフェルト公爵、前国王シーグフリードの弟にしてラーシュの叔父、エリアスの父でありローグヴェーデンの宰相だ。金髪はラーシュとよく似ていたし、藍色の瞳はエリアスとそっくりだった。

 ヴィルヘルムはにこりと笑うと、ラーシュに許可を求めた。

「同席してもよろしいですか、陛下?」

 ラーシュは息を飲んだ。…引きこもり宰相が、久々に姿を現した。これはいよいよきな臭いことになりそうだった。

「陛下、あまり固くなる必要はございませんよ。なんとかなりますよ」

 宰相は重責を担っているとは思えないほど楽観主義者で、気負わない性格だった。

 ヴィルヘルムが部屋に入ってくると、クリストフェルはウルリーケをラウラの膝に乗せた。

「…………」

 なんだろう、この空気は。クリストフェルはどこか不機嫌で、ふて腐れているようだったが、ラーシュに対しては、警戒を解かずにウルリーケを遠ざけていた。ヴィルヘルムは吹き出すのを堪えるように横を向いて、肩を震わせている。

 ラウラは勿論、場の空気などお構いなしにウルリーケを独占出来ることに大満足だった。

「それで…。ロヴィニアが動いたというのは」

 ラーシュは気を取り直して本題に入った。

「…ノアが説明する」

 クリストフェルは説明をノアに丸投げした。ノアはクリストフェルを蛙にでも変えてやろうかなと思った。

「……。ええと、ご存じかとは思いますが、以前黒い蝶がロヴィニア皇国から大量にローグヴェーデンに飛んできたのは、ルジェクさま…赤髪の魔術師による魔術実験によるものでした」

 この後を続けるのは憂鬱だなと思いながら、ノアは目を伏せた。

「…それで、その時にロヴィニアに噂を流したのです。…結界を攻撃すればするほど、崩壊は早まるらしい、と」

 ウルリーケとラーシュは顔を見合わせた。メルクでのルジェクとの会話が蘇る。


***


「…その花について、話をしようか」

 紅い髪のその人は、穏やかに微笑んでいた。


「結論から言うと、花が吸い取るのは魔術師からの魔力だけではない」


メルク公国の旅籠でルジェク・ノア・ベルカが開示した花の情報は、使用を躊躇うウルリーケにとって朗報だった。


「魔術師が放った魔術。これに触れれば、魔術は分解され、魔力に戻り、蝶となる」

 つまり、例えば黒魔術師が放った火焔魔術攻撃が直撃する寸前に花を触れさせることが出来れば、魔力として吸収できる上、攻撃は無効化されるということだ。

 それならば魔術師から魔力を奪い取る、という罪の意識に苛まれることなく、魔力を貰うことが出来そうだった。

「だが、そのためにはロヴィニアの黒魔術師を引っ張り出さなくてはならないのではないか?」

 難しい顔をするラーシュに、ルジェクは首を横に振った。

「わざと攻撃を受ける必要はないよ。でも、黒魔術師の協力は欲しいかな」

「?」

 ウルリーケたちは首を傾げた。ルジェクはウルリーケに向き直った。

「既に魔術師が放った強大な魔術が存在している」

 ウルリーケは瞬いた。ルジェクは何やら意味深にじっとウルリーケを見つめている。ウルリーケは「あ」と声を上げた。

「…!…結界…?」

「正解」

 ルジェクはよく出来ました、というように微笑んだ。ラーシュたちも驚いたように声を上げた。

「結界を…!?」

「そうですね、あれも『魔術師が放った魔術』…」


ルジェクが出した答えは単純にして難題だった。

 

紅茶が冷めてしまったので、ラウラはもう一度茶葉を取り換えて、それぞれの前にカップを置いた。ルジェクは礼を言って一口啜ると、カップを置いてウルリーケを見つめた。

「君が失ったのはある意味身体の一部。それを取り戻すには、あの結界を飲み込むしかない」

 ――結界を飲み込む。ウルリーケの眼が見開かれた。

「飲み込んだとしても、結界は既にあらかた消費され、余力をそれほど残していないから、元通りとはいかないだろう。それでも未だにあの質量だ。今なら間に合う」

 ウルリーケはラーシュを見上げた。ラーシュはウルリーケを見つめ返し、柔らかく微笑んだ。

「あと数か月で消えるのを、指を咥えて見ていることしか出来ることはなかったんだ。ウルリーケのために多少結界の消滅が早まっても、問題にはならないよ」

 ウルリーケは躊躇うように視線を彷徨わせる。

「…うん」

 結界を、例え数か月だけでも自分のために早く消滅させることに、躊躇いがある。けれど、他の魔術師から魔力を奪うというやり方よりは余程受け入れやすい。そんなウルリーケの葛藤を押し流すように、ラーシュはウルリーケの小さな手を取り、きゅっと握りしめた。

「ウルリーケ。エリアスたちを信じて。今彼らは築こうとしているんだ。君の結界と同等のものを」

 ラーシュは碧の瞳を柔らかく細めた。辺りが明るくなるような、温かくなるような笑顔だった。

「だから大丈夫だよ」

 ウルリーケは頷いた。

 泣きそうになるのを堪えながら。それでも精一杯、笑みを浮かべて。

 ラーシュは力強く頷き返すと、ルジェクに視線を戻した。

「黒魔術師の協力が欲しいというのは…」

「お姉さまの結界は、受けた魔術攻撃をエネルギー変換出来ますから。結界の魔力量を上げられるということですよね」

「うん。それと少しでも黒魔術師の魔力を削ることが出来れば、ロヴィニアの脅威も減らせるでしょ?――結界が消えてしまうのだから、余力のある魔術師を残しておいたら、一瞬で滅ぼされるかもしれない」

 さらりと怖いことをいうルジェクに、ウルリーケは息を飲んだ。他国との軍事同盟は考えている。だが、ロヴィニア以外の国には魔術師が少ない。魔術師の攻撃は遠距離型だ。一人で遠くの大勢の敵を滅ぼせる魔力。これは厄介だった。同数の兵士がいても、魔術師一人が加わるだけで戦局は変わる。確かにこの力を削いでおくことは必要だった。

「だから多少荒っぽい手だけど、結界が壊れる前に戦を仕掛けて黒魔術師の力を結界に注ぎ込ませることを提案するよ」

 ルジェクの物騒な提案にラーシュは思案した。アーロンも考えを巡らせているようだった。


 ルジェクは話を続ける。

「結界を飲み込む、と一言でいうのは簡単だけれど、それには大勢の人の協力がいる。一本の花で吸い取れる魔力には限りがあるからね。あの結界全部の魔力を吸い取るには、何十万本もの花が必要だ。僕はその量を計算して、この十年コツコツと作り貯めてきたんだ。まだちょっと足りないかなと思うけど…」

 その言葉に一同は深く頷いた。部屋に山積みにされた造花に目をやり、紅い魔術師に尊敬と感謝とちょっぴり憐憫の眼差しを送る。気が遠くなるような作業量だっただろう。

(うん、ありがとう、内職職人)

(大変だっただろうな…)

(尊敬する…)


「ルジェクさま。私にも銀の花は作れないでしょうか」

 全員の視線がラウラとルジェクに集まる。ルジェクは柔らかく微笑んだ。

「君ほどの魔力量なら可能かも。でもすぐには難しいだろうね。この魔術は里に眠っていた古い文献から見つけた古代の魔術なんだけど、古代語をある程度理解しないと、術を紡げないんだ。それに魔術自体が難しくて、僕も修得するのに二年かかった」

 ルジェクの説明に、ラウラは間髪を入れずに食らいついた。

「勉強します。だから教えてください」

 ルジェクはラウラの熱意に楽しそうに笑った。

「いいよ。どうせ結界を飲み込んだ後にもウルリーケにはまだ花が必要だろうし。ただし、今は時間が取れないから、結界を取り込んだ後からね」

 ラウラは頷いた。


「大勢の協力か…」

 ラーシュの呟きに、ウルリーケは顔を上げた。

 アーロンが面白そうに言う。

「国民の総意が必要ということですね」

 それは途方もないことのように思えた。だが、ラーシュもアーロンも、何でもないように笑う。

「余はウルリーケに未来を取り戻してあげたい。ウルリーケが払った犠牲を全国民で分け合えば、きっとそれは叶う」

 ウルリーケはラーシュの横顔を見つめた。キラキラと、眩しい程輝いて見えた。

 ルジェクは、ラーシュの答に満足そうに微笑んだ。


 そうして、一同はメルク公国を後にしたのだった。




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