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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
6章 六国同盟
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 ラーシュが襲撃を受けたことは当然ながら極秘事項だ。エリアスはまだ滞在中のディートフリート王太子に緊急事態であることを悟らせないようにしながらも、早々の帰国をお願いしたかった。

 ラーシュたちの元へ迎えを出す算段をつけるため、足早に神殿へと向かう途中、運悪く件の王太子につかまってしまった。

「レーヴェンフェルト卿、何かゆゆしき事態が起きたようだな」

(!耳の早い…)

 辛うじて舌打ちを堪えたエリアスは、笑みを張り付けてとぼけた。

「…何のことでしょうか」

「我は行く。聖女様が心配だ」

 エリアスの返答などおかまいなしに、王太子は踵を返すとすたすたと歩いて行ってしまう。

(な…!!)

 冗談ではない。エリアスは咄嗟に王太子を止めようと、その腕を掴もうとした。だがその前に素早く剣が突きつけられる。

「殿下に気安く触れられては困ります」

 ディートフリートの護衛だ。抜き身の剣のような鋭い眼光の、黒に近い褐色の肌の護衛は闇から突如現れたかのようにエリアスの前に音もなく立ち塞がった。

 エリアスは内心歯噛みしながらも、大人しく下がった。留守居の全権を任されているとはいえ身分は王太子の方が上だ。その上相手は軍事大国。外交問題を起こすわけにはいかない。

「殿下はこれより国境へ向かいます。出国の許可を」

 抑揚のない声で淡々と用件を伝える護衛に、エリアスは頷かざるを得なかった。


 エリアスは部下に国境へ先回りさせて、ディートフリート王太子の出国手続きの時間を引き延ばすよう命令し、自身も急ぎ国境へと向かった。

 国境は結界を眠らずに通り抜けるための魔術解除装置を装着脱出来るように、結界を貫く長い通路の、結界を挟んだ両端に検問所を配置してある。馬車ごと通れる広さだが、ウルリーケが結界と対で創った解除装置――太い金属の腕輪――を填めずに結界を突破すれば、馬も人も眠ってしまうため、検問所を通らずにローグヴェーデンを出入国することは事実上不可能なのだった。

ディートフリート王太子は既に国境に到着していた。

(素早い行動だな)

エリアスは小さく溜息を吐いた。王太子の出国は願ってもないことだが、ウルリーケと遭遇することだけは避けたい。

神殿の騎士に伝令を出し、迎えを出す算段はついた。しかし、このままでは王太子も付いてきそうだ。そこへ伝令の騎士が駆け付けた。

「レーヴェンフェルト卿、フレイヴァルツ卿からこれを」

エリアスの手に、魔石が置かれる。

「これは…」

「レーヴェンフェルト卿」

エリアスに気付いた王太子が、護衛を引き連れて近付いてくる。エリアスは素早く魔石を服の隠しに滑り込ませた。

「…出国の手続きに時間がかかっているようだが、貴殿の力で取り計らって頂きたい」

ストレートに言われてしまった。これ以上の引き留めは不可能だろう。エリアスは仕方なく出国の許可を出した。王太子は十五人の護衛と共に結界を出て行った。

 その時、結界の外でざわめきが起こった。エリアスははっとして、結界の外へと走った。既に魔術解除装置を装着済みだ。何人かの白銀の騎士も後に続いた。

 結界の外には、ウルリーケたちの馬車とディートフリート王太子の馬車がすれ違う形で停車していた。荷馬車に乗っていた騎士たちは警戒するように既に荷馬車から降りていた。

「…!」

 エリアスはラーシュとウルリーケが乗っている馬車へと走った。

「エリアス、あの馬車は」

「これをウルリーケさまに」

 何事かと訝しむラーシュの手に無理矢理魔石を握らせる。ラーシュは反射的にそれをウルリーケに手渡した。ウルリーケはそれを見て、素早く「解放」と呟いた。

「聖女様!ご無事か」

 王太子が馬車から飛び降りて、ウルリーケたちの馬車へと駆け寄って来た。

 その時、もう一台の馬車の扉が開いて、ロニーが巫女装束の少女を腕に抱いて降りて来た。

「急病人だ!急いで神殿へ」

 腕に抱かれているのは小柄な金髪の美少女。マデリエネだ。ディートフリートはマデリエネに目を奪われた。

「可憐だ…」

 小さな呟きをエリアスは聞き逃さなかった。

「殿下、取り込み中につき、失礼いたします。病人を早く結界内へ!」

 エリアスは素早く指示を出し、馬車を結界内へ誘導した。騎士たちが慌ただしく動き出す。ディートフリートたちは既にローグヴェーデンを出国し、魔術解除装置を返却済みのため、すぐには結界内に入れない。勿論、エリアスは再度の入国を許可するつもりはなかった。

 ラーシュの馬車に便乗して、一緒に結界を通り抜ける。馬車はそのまま王城へと向かう。

安堵の吐息を零すエリアスに、ラーシュは怪訝そうに尋ねた。

「…よかったのか?あれはカヴァサディアの王太子だろう。それにあの魔石は…」

 言ってちらりとウルリーケを窺う。そこには見知った顔だが、ウルリーケとは似ても似つかない少年がちょこんと座っていた。少年を良く知るラウラは複雑そうな表情でウルリーケを見つめた。

「…ロビン…ですよね」

 ウルリーケは、自分がロビンになっていることに驚いた。

「それは保険です。王太子からウルリーケさまを隠すための。まあ、その前にマデリエネ嬢に興味が移ったようなので、必要なかったですが」

 エリアスは改めてウルリーケに向き直ると、心配そうに訊ねた。

「お怪我はありませんか」

「私は大丈夫」

 ウルリーケが首を横に振ると、エリアスはほっとしたように表情を緩めた。襲撃を受けたと聞いて、気が気ではなかった。目の前にウルリーケがいることに心の底から安堵していた。

「お帰りなさいませ、ウルリーケさま。…無事でよかった」

 そう言いながらも、エリアスは少し眉根を寄せる。

「…そのお姿では、ウルリーケさまという気がしない…」

「…おまえがそうさせたんだぞ」

 ラーシュの突っ込みに、エリアスは顔を顰める。

「わかっている。…仕方がなかったんだ。ディートフリート王太子は真性の幼女趣味だ。ウルリーケさまと会わせるわけにはいかなかったんだ」

 それを聞いてラーシュもラウラもアーロンも頬を引き攣らせた。エリアスによくやったと拍手したい気分だった。

「ラウラ殿、ウルリーケさまを元に戻せますか」

 ラウラは首を振った。

「申し訳ありません、エリアスさま。幻影術には不勉強なもので…。『花』を使えばすぐに解除できますが」

 ラーシュがざっとルジェクとの会合の経過を伝え、花は使わず、神殿にいるノアに解除を頼むことにした。

 ウルリーケたちは、ロビンがノアだと知り、クリストフェルに見破られたことを伝えられて、酢を飲んだような表情になった。

(クリストフェル…一体どんな罠を)

 ロビンことノアが不憫になる。

 それからエリアスはアーロンに襲撃の状況を詳しく問い質した。


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