4
「マデリエネ殿。もう二度とあんな無茶をするな」
蒼白な顔で自分を叱るラーシュに、マデリエネは項垂れた。
馬車を降りて魔術師たちに捕まった時のことを思い出す。…怖かった。ある程度の怪我は覚悟していたが、今は傷一つなく済んだことにほっとしていた。そして思う。…もしも大怪我を負っていたら、ラーシュはどうしただろうかと。責任を感じて、マデリエネを娶っただろうか。そんなことになったとして、果たして自分は嬉しいのだろうか。
今更ながら震えがくる。もうあんなことはしなくていいと言われて、ほっとしている自分に、マデリエネは失望していた。
ウルリーケの幻影魔石は、本来は赤髪男に対峙する際、ウルリーケの身代わりに使う予定だった。だが、ラーシュに屋敷に閉じ込められ、機会を失った。
マデリエネは、国を救った巫女姫であるウルリーケに対抗するためには、ある程度の自己犠牲を伴った大胆な行動を取るしかないと思ったのだ。
例えば、ラーシュの大切なウルリーケを、身をもって庇う、とか。そうでなければ、ラーシュの目に留まるはずもない。
ラーシュの出国は極秘事項だったが、王族居住区の通行許可を貰っていたマデリエネは、女官や侍従たちの慌ただしい動きから、何かがあると睨んだ。もっと情報が欲しい。そこでマデリエネは、メイド服を調達し、王宮の内部に潜り込んだ。
そこは王政の執行機関がある区域で、大臣などの執務室があり、貴族といえども政務に無関係の令嬢が出入りしていい区域ではない。けれどメイドならば、清掃等で居てもおかしくはない。
マデリエネはその一廓で、天敵を見つけた。エリアスだ。ぎょっとして、慌てて柱の陰に身を隠す。エリアスはマデリエネには気付かずに、ある部屋の中へと入って行った。そこはエリアスの執務室のようだった。
マデリエネは、ほっと胸をなで下ろした。こんなところでエリアスに見つかっては何を言われるか分かったものではない。
マデリエネがその場からさっさと退散しようと踵を返したとき、目の前に長身の男性が立っていることに気付いた。
サラサラの長い白金髪に、青灰色の瞳。二十代後半くらいの整った容貌。男性はじっとマデリエネを見下ろして言った。
「…マデリエネ・ロヴネル?」
「…!!」
マデリエネはぎょっとした。
(な、バレた!?誰!!)
男性はにっこりと微笑んだ。その笑みは綺麗なのに、獲物を捕えた獣のように獰猛だった。
「なかなか面白いお嬢さんだ。私に協力するなら力を貸してやろう」
そう言って、男性――クリストフェルは、マデリエネを引きずるようにして空部屋に連れ込んだのだった。




