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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
6章 六国同盟
23/35

***


 時は少しばかり遡る。

 ウルリーケたちが旅立ちの準備に追われていたころ。

 謎の少年探しは神殿に残る巫女、アニタに託されていた。アニタはラウラから引き継いだ幻影術に関する書物を大量に自身の部屋に持ち込み、読み込んでいた。

 アニタはラウラから「秘密の少年探し」を託されるにあたって、アニタ自身が少年ではないことを入念にチェックされた。

(酷い目にあった…)

 アニタはそのことを思い出してげっそりした。アニタは幻影術を勉強し、簡単な変装をマスターした。それはほんの少し髪型と体系を変えるものだったが、鏡に映る姿は我ながら別人だと思った。これは誰かに試してみなければと、アニタはクリストフェルの研究塔へと足を運んだのだった。

 神殿内で大っぴらに変化していては、例の少年に勘付かれて警戒されてしまう恐れがある。その点、神殿の居住棟から離れたクリストフェルの研究塔は都合がよかったのだ。


 少し太めの、もじゃもじゃ頭の少女を見て、クリストフェルは片眉を上げた。

「アニタ、暴飲暴食でもしたのか」

 アニタはショックを受けた。まさか見破られるとは思わなかったのだ。

「なんでわかったんです?」

「何がだ」

 医術を修めているクリストフェルとしては、相手が多少太っても痩せても髪型を変えても、骨格や目や鼻の特徴が変わるわけではないためすぐに分かる。何が違うのか分からないほどアニタにしか見えなかったのだが、助手をしていた魔術師たちは驚いていた。

「え、アニタ?本当に?」

「暴飲暴食!?失恋でもした?」

 アニタは術を解いた。すらりとした、栗色のストレート髪の少女が現われる。そのことに一同は感嘆の声を上げた。

 クリストフェルの目が光った。

「それは魔術か」

 アニタはクリストフェルにすべて話した。アニタを見破ったクリストフェルなら、少年を見つけられるかもしれないと思ったのだ。少年の術はアニタの、本人の特徴に多少変化を付け加えた程度のものではなく、骨格から、もしかしたら性別までも変えてしまうレベルではないかと思われるのだが。それはともかく、アニタがウルリーケの絞り込んだ七人の名を上げると、クリストフェルは不敵に笑った。

「なんだ、そこまでわかっているなら後は簡単じゃないか」


 クリストフェルは神殿に行き、子供たちの食事に薬を盛って眠らせた。神殿中の子供たちが眠りにつく。例の七人には軽めの量を与え、早目に目覚めるようにした。

 七人が目覚めた。周りには寝ている子供たち。

「…?」

「どうしてみんな寝て…」

 一人の少年が、側にいた子供を揺さぶった。子供は目覚めない。

「!?」

 他の子供たちも異変に気付く。

「みんな、起きて」

 声をかけても、起きない。彼らは狼狽えた。揺さぶっても起きない子供たちに、泣き出す子もいる。六人がパニックをおこす中、一人の少年――最初に子供を揺さぶって起こそうとした少年だ――がそっとその場を離れた。

 柱の陰でずっと様子を窺っていたクリストフェルは口の端に笑みを浮かべた。

 神殿の子供たちの数はそれ程多くはない。全部で三十人程だ。子供たちは数人でグループを組み、神殿を護る結界を創る係りである「門番」をローテーションで担当している。

 例の少年は、ウルリーケが出会った日は非番だった者ということになるはずだ。調べてみると、ウルリーケが目星を付けた七人は非番だったことが分かった。クリストフェルはさらに、非番だった子供たちの行動を調べた。三人は実家に帰省し、三人は下町へ遊びに行っていたことが分かった。ただし残りの一人は誰もその行き先を知らなかった。

 そして、今どこかへ行こうとしている少年がその最後の一人だった。

「――捕えろ」

「!?」

 クリストフェルの命令に、柱の陰に隠れていたアニタとクリストフェルの助手を務める魔術師二人が少年――ロビンを三角形で囲む形に飛び出し、拘束結界を発動させた。

「な…」

 驚いて目を見開くロビンに、クリストフェルは楽しそうに笑う。

「…どこへ行く、ロビン」

「…」

 警戒するようにクリストフェルを睨み付けてくるロビンに、クリストフェルは嗤った。

「勝手に出歩かれては困るな。おまえは大事な人質なのに」

「!?」

 ロビンが怪訝そうに眉根を寄せる。クリストフェルは嘲笑を浮かべた。

「ウルリーケがローグヴェーデンを出た。上位の魔術師や騎士たちを連れて。その隙をついて私が神殿を掌握した。おまえたちはウルリーケに対する人質だ。大人しくしていてもらおう」

 ロビンはクリストフェルの言葉に徐々に表情を険しくしていった。

「人質って…ウルリーケさまをどうするつもりなの」

「ロヴィニアがウルリーケを欲しがっている。…高く売れるだろうよ」

 その言葉にロビンは激高した。

「おまえは…!ウルリーケさまがローグヴェーデンにどれだけのことをしたか分からないのか!!これだから人間は!醜くて腐ってる!!」

 少年の剣幕に、周囲の者たちはたじろいだ。その際、一瞬の隙が生じたのか、ロビンが拘束を破り、駆けだした。ロビンの前方に数人の騎士が現われる。騎士たちはロビンに縄を投げた。だが縄は、ロビンに巻き付く前に空中で止まり、反対に騎士たちへと襲い掛かった。

 クリストフェルは感嘆の口笛を鳴らした。

「今のはロビンの魔術か?」

 アニタたちが駆け寄り、ロビンに再び拘束結界を仕掛ける。ロビンは空中に高く飛び上がり、離れた位置に着地した。再び騎士たちが駆け寄る。ロビンはぜいぜいと息を切らしながら、アニタを睨み付けた。

「ウルリーケさまを裏切るつもり?そんな男の見方をするの?魔術師なのに」

 アニタは言葉に詰まった。確かにこれでは自分たちは酷い裏切り者だ。ちらりとクリストフェルを窺う。クリストフェルは無情にもロビンを捕まえろと目線でアニタに命令する。

「……」

アニタは仕方なくロビンに向き直り、拘束結界を発動させた。ロビンは逃げようとして宙を飛ぶ。ロビンはすばしこく、中々捕まらない。しかし、暫く追いかけっこを繰り返したのち、力尽きたのかその跳躍は先ほどの半分の高さに留まった。着地した少年に拘束結界がかけられる。少年は地面に膝をついた。ぜいぜいと荒い呼吸をしながらも、決して屈することのない強い意志を宿した瞳でアニタを睨み付ける。

アニタは息を飲んだ。少年の髪の色が金髪になっている。容姿も、地味なロビンとは比べ物にならないほど端麗で美しい。

「これは…」

「…正体を現したな」

クリストフェルが嬉しそうな笑みを浮かべて少年に近付いた。少年はクリストフェルを呪い殺しそうな目つきで睨み付けた。アニタは頭痛を堪えるように目元を押さえながら嘆息する。

「…クリストフェルさま。ちょっとやり過ぎじゃありません?本気で貴方を殺しかねませんよ、この子」

クリストフェルは全く気にした風もなく、興味深そうに少年をじろじろと観察した。

「…あまり魔力は多くなさそうだな。この程度で魔力を切らすとは」

少年は益々座った目つきでクリストフェルを凝視した。アニタは慌てて口を挟んだ。

「…ええと、ロビン。あなたに危害を加えるつもりはありません。やり方が強引で少々手荒だったことは謝ります。クリストフェルさまの過激な発言は忘れてください。ウルリーケさまを裏切るとか、売るとか、出鱈目ですから。あり得ませんから」

 場の微妙な空気を払拭すべく、努めてにこやかに話すアニタに、金髪金眼の少年―ノアはポカンとした。

「…え、どういうこと…。……っ」

 自分が嵌められたらしいと悟ったのか、ノアの顔が歪む。アニタは優しく労わるように微笑んだ。

「私たちはただ、ウルリーケさまの探し人を見つけたいだけです。ウルリーケさまは、その人に感謝していることを伝えたがっていました」

 ノアが力なく呟く。

「…感謝?」

「はい。あの時、森で出会えてよかったと。それと、もしもあなたが他国の間者で、その仕事にストレスを抱えているのであれば、神殿はあなたを保護すると。…あなたが間者の仕事を続けたいと言うのならば、残念ながら捕縛しなくてはなりませんが…」

心底残念そうに、眉根を寄せて目を伏せるアニタをノアはぼんやりと見つめた。クリストフェルが尊大な態度でノアを見下ろす。

「おまえは何者で、おまえの目的はなんだ」

途端にノアの瞳に殺気が漲る。

「…この人のこと、本当に信用していいの?ウルリーケさまを裏切らないと言い切れる?」

 アニタは感動した。

「貴方は本当にウルリーケさまのことを大切に思ってくれているのですね。…クリストフェルさまにも見習ってほしいものです…。いえ、クリストフェルさまはクリストフェルさまなりにウルリーケさまのことを大切に思っていらっしゃるのですよ、これでも。…多分。万が一裏切ろうとなさるようなら、陛下とラウラさまとエリアスさまが全力で阻止してくださいますから、心配はご無用ですよ」

 それフォローになってないよね、と全く安心できない内容に、ノアは苦い物を飲んだような表情をした。

 ノアを拘束する二人の魔術師も、厳しい眼差しでクリストフェルを見つめる。

「先ほどのクリストフェルさまは、本気でウルリーケさまを売りそうだった…」

「我々を敵に回すおつもりですか…」

「…おい。多分てなんだ。私ほどウルリーケを愛している者はいないぞ」

 冷たい視線に、クリストフェルは心外そうに片眉を跳ね上げた。

「私がウルリーケを他国に売るはずがないだろう。あの身体は私のものだ。死後は勿論解剖したいが、生きている肉体も非常に魅力的な研究材料だ。だいたい、私ならこんな手間暇かけて間者一人を生きたまま捕まえたりはせんよ。だが、ここは神殿。ウルリーケの意向が最優先される場所。だからおまえを無傷で捕えてやったのだ、さっさと正体を白状しろ」

 後半はノアに向けて、むしろ感謝しろといわんばかりのクリストフェルに、ノアは呆気にとられた。他の魔術師たちも、呆れたような顔をしている。それでも内容は無茶苦茶だが、クリストフェルがウルリーケに対して害意がないのは本当だと、一応全員が理解した。

「…それで。神殿に来る気はあるのか」

 クリストフェルの横柄な態度に、ノアはもうそれほど反感は抱かなかった。

「…おまえの幻影術は興味がある。全くの別人だったな。おまえが敵対するつもりなら、泣いて赦しを乞いたくなるまで遊んでやらんこともないぞ?」

 それも楽しそうだな、と邪悪な笑顔を見せるクリストフェルに、ノアは疲れたように溜息を吐いた。

「…やめてほしいな。クリストフェルさまの実験動物にされるのはごめんだ」

 アニタが申し訳なさそうに頭を下げる。

「…すみません、ロビン。ですが私も貴方の幻影術に興味があります!どうやるんですか?」

「………」

 目をキラキラさせながら興味津々に聞かれて、ノアは半眼でアニタを見据えた。それから、哀愁漂う溜息を吐いて投げやりに言った。

「はぁ、あの時ウルリーケさまに見られたのが運の尽き、だったかなぁ…」

 そう言いつつも、ノアは楽しそうに笑った。

「まぁ、いいですよ。見破られたからには、僕も観念します。…だからいい加減この拘束、解いてくれません?どうせ僕今、魔力切らしてるし」

「おまえには存分に活躍してもらうぞ」

 そう言ってクリストフェルはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。悪人にしか見えない。

 そうして彼らは密かにイロイロと画策を始めたのであった。


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