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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
6章 六国同盟
22/35

 ルジェク・ノア・ベルカとの対面を終えて、ウルリーケたちは帰路についた。

 荷馬車にはルジェクから譲り受けた大量の銀の花が、木箱に詰められて積載されている。

 行きは荷馬車の木箱の中にいたマデリエネだが、帰りはもう一台の馬車にロニー、ミカルと共に乗っている。


 一行がベルゲンの町を守る街壁を出て、暫く続いた森を抜けた時だった。どんという爆音とともに、馬車が激しく蛇行した。

「何!?」

直後、がくんと馬車が急停止した。馬の嘶きと複数の蹄鉄が地面を蹴る音が響く。

ラーシュが咄嗟にウルリーケを胸に庇ったおかげでウルリーケは壁に激突せずに済んだ。

「陛下、ご無事ですか」

アーロンがラーシュとウルリーケの状態を素早く確認する。ちらりと視線をラウラに向けると、しっかりと頷いたのでこちらは大丈夫のようだ。

「ああ、問題ない」

ラーシュの応えに頷くと、アーロンは状況を確認するためにするりと馬車の外へ出ていった。外からは荒々しい気配と乱れた足音が聞こえてくる。

 十数秒ほどでアーロンが戻ってきた。窓を細く開けて外の状況を油断なく見据えながら素早くラーシュに現状を報告する。

「何があった」

「敵襲です。馬車の車輪を目がけて魔術攻撃が仕掛けられた所を何とか避けたものの、道が抉れて進めなくなっています。一見山賊を装っていますが、動きに無駄がない。おそらくはロヴィニアの軍かと」

 ラーシュは僅かに眉根を寄せた。

「人数は」

「戦闘員が七人、魔術師三人、計十名です」

 対してこちらはアーロン、レオン、ロニーの他に白銀の騎士五人、黄の騎士四人、魔術師はラウラとミカルの二人だがローグヴェーデンの防御系最上級の二人である。戦力としては十分だった。

「陛下と姫は馬車から出ないでください。ラウラ殿は援護を頼みます」

 ラウラは頷くと、馬車を降りる。

 ウルリーケはラーシュの腕に抱かれたまま、息を詰めていた。襲撃。狙いはウルリーケだろうか。それともラーシュ?どちらにしろ、今のウルリーケには身を隠していることしかできない。自分に魔力がないことがもどかしかった。そんなウルリーケにラーシュは安心させるように微笑んだ。

「アーロンたちは優秀だ。任せておけば大丈夫だよ」

 ウルリーケは頷いた。それでも彼らが怪我をしない保証はない。目を閉じて「どうか無事で」と胸の奥で祈った。

 ゴウと爆音を轟かせて、焔の塊が馬車へと放たれる。ミカルが結界を張ると、焔は壁に阻まれたように弾かれたが、敵の魔術師はさらに魔力を込めて攻撃を続けた。

「レオン、ロニーは突撃!おまえたちは二人の補助を!後の者は馬車を護れ」

 アーロンの命令に、騎士たちは二つに分かれた。走り出したレオンとロニーのあとに五人の騎士が続く。アーロンと残りの四人は二台の馬車の周りを固める。

 ミカルは少し離れた場所に停車している二台の馬車と荷馬車を護るように結界を展開している。そのため結界を大きく作らねばならず、少々負担が大きかった。ウルリーケたちの馬車まで移動する前に攻撃を受け、攻撃を防ぐためには結界を発動させ続けねばならず、集中力を維持するために動くに動けない状態だった。

敵方は魔術師が攻撃を担っていた。遠距離からの魔術攻撃は厄介で、レオンたちはなかなか敵に近付くことが出来ない。ラウラは後方から、レオンやロニーたちを護る結界を発動していた。

魔術師の一人は馬車を狙っていた。後の二人は近付く騎士たちへ攻撃をしてくる。それでもレオンたちはなんとか魔術師の近くまでたどり着いた。魔術師たちを守るように戦闘員たちが交戦してくる。白兵戦の人数からいえばレオンたちの方が有利だった。それに自分たちの味方が近すぎるせいか、魔術攻撃も緩んでいた。一人、二人と敵を戦闘不能にしてゆく。ロニーはからかうように右、左と相手の攻撃を軽々と避けると、くるりと背後に回って一撃で切り伏せる。レオンは綺麗な剣捌きで正確に相手の急所を突く。背後から二人に襲い掛かろうとする者たちは、白銀の騎士たちが見事な連携で漏れなく仕留めていく。

五人を倒したところで数が足りないことに気付いた。

 その時、どんという音と共に三方向から馬車へと魔術攻撃が放たれた。

「!!」

いつの間にか魔術師たちが馬車の近くへと移動していたらしい。そういえば先ほどからレオンたちへの魔術攻撃が止んでいた。五人の戦闘員は、馬車を護る戦力を半分削ぐための捨て駒だったようだ。

 レオンたちは魔術師たちの元へと走った。

 

猛攻に、ラウラたちは耐えきった。

ミカルの結界は限界だった。その瞬間を狙い撃つように、三方向からの攻撃が炸裂したのだった。だが、咄嗟にラウラが結界を発動したため、なんとか凌いだ。しかしこれが続くと正直辛い。その時だった。

馬車からするりと少女が飛び出した。

白銀の髪に、白い巫女装束。手には花束。戦場に不似合いな少女の出現に、攻撃の手が止まる。

敵も味方も動きを止めたその瞬間、少女は一人歩きだした。それを見て、全員が我に返る。

「まっ…」

 叫び声を上げかけたラウラは、アーロンに鋭い視線を送られて言葉を飲み込んだ。

 敵方の戦闘員が少女に駆け寄る。それに騎士たちが反応し再び交戦になる。そこへ魔術師が二人現れ、味方の戦闘員を巻き込む形で騎士たちに攻撃を仕掛けた。その隙にもう一人の魔術師が少女を捕まえた。片手を掴んで高々と掲げると、叫ぶ。

「止まれ!聖女はこちらの手にある!!」

 魔術師の大声に、全員が動きを止めた。既に敵方の戦闘員は全員が戦闘不能に陥っていたが、魔術師三人は無傷だ。先ほどの見方も巻き込んだ攻撃でこちらの騎士の何名かは負傷しているが、アーロンやレオン、ロニーと五人の騎士は無傷だった。

 二人の魔術師が少女を捕まえた魔術師の元へと集まる。魔術師はニヤリと笑い、アーロンたちに魔術攻撃を仕掛けようとした、その時。

 少女は反対の手に持っていた花束を魔術師たちに投げつけた。

「!?」

 何の痛みもない謎の攻撃に、魔術師たちは訝しげに眉根を寄せたが、非力な少女の無駄な足掻きかとせせら笑う。だが、再び魔術攻撃を仕掛けようとして、その動きを止めた。

 足元に落ちた花から黒い蝶が現われる。それは宙に舞い上がり、アーロンとラウラが守っていた馬車へと飛んでいく。蝶は馬車の中へ吸い込まれるように消えた。

 全員が蝶の動きに目を奪われ、戦場に一瞬の静寂が落ちた。それを破ったのはまだ幼さの残る、けれど威厳を湛えた声だった。

「その人たちを捕まえて」

 少女が馬車から姿を現す。魔術師たちは目を見開いた。少女は茶色の髪をお下げに編んだ、町娘のような格好だが、彼女から発せられる空気はどこか清浄で、澄んでいた。彼らは自分たちの目が信じられない様子で捕まえていた少女を振り返る。するとそこにいたのは、金髪のメイドだった。

「な、なんだ…!?」

 混乱した魔術師たちは、そっと近寄っていたレオンたちに呆気なく捕縛された。魔力を封じられては、彼らが騎士に抗えるはずもなかった。

 

 騎士たちに保護されたマデリエネが馬車まで戻ると、アーロンに危ない真似をしたことをこってりと叱られた。とはいえ、アーロンは馬車からマデリエネがウルリーケの姿で現れた時、咄嗟に彼女を囮として捨てることにしたのだが。そんなことは微塵も感じさせない口調で厳しく叱る団長に、ロニーは慄く。

(団長、容赦ねぇ…)

 ウルリーケはマデリエネが幻影術を纏っていることに驚いていた。

(既にあの少年を見つけていた…?)

 おそらくマデリエネは幻影術を込めた魔石を使ったのだろう。その術はマデリエネが魔術師たちに花を投げつけた時に自分も被ってしまい、解けたのだ。

(なんて危ないことを…)

 うまくいったからよかったが、一歩間違えればマデリエネは殺されるか、連れ去られていた。

 マデリエネが馬車から降りた時、ウルリーケは声を上げかけた口をラーシュに塞がれていた。ラーシュはウルリーケの姿が敵に囚われるのを見て、全身の血が引く思いがした。自分の腕の中にいる少女が本物か幻か分からなくなる。それを確かめるようにぎゅうっとウルリーケの身体を抱きしめた。マデリエネを止めようとして、馬車から降りようとするウルリーケを全力で抑え込む。

「ダメだ、ウルリーケ。君を失いたくない」

 ウルリーケは何もできなかった。ラーシュが自分を必要としてくれることは嬉しかった。けれど、そのためにマデリエネを失ってしまえば、ラーシュはむしろ自分を責めて、苦しむだろうと思った。そんな想いをさせたくはなかった。

 でも今代わりにウルリーケが出て行けば、ラーシュはもっと苦しむだろうと思った。マデリエネを憎んでしまうかもしれない。

 ウルリーケは身体から力を抜いた。自分の無力さが歯痒くてならなかった。泣くまいと、目尻に溜まった涙を必死に散らす。そんなウルリーケを慰めるように、ラーシュはゆっくりとウルリーケの頭を撫でてくれた。

 マデリエネが花を魔術師たちに投げつけると、花は彼らの魔力を吸って蝶となった。黒い蝶はウルリーケへと吸い込まれた。

「…!」

 ウルリーケは、黒く染まった魔力に身体を強張らせた。黒い蝶に温度はないはずだが、熱い塊が暴れ回るように、魔力が体内を巡っていくのがわかった。魔術師たちの怨嗟の声を聴いたような気がした。つう、とウルリーケの目から涙が流れる。

「ウルリーケ…?」

 ウルリーケが泣いていることに気付いたラーシュは驚いて目を見開いた。

「何か身体に異変が?」

 ウルリーケの肩に手を置いて、心配そうに顔を覗きこむラーシュに、ウルリーケは首を振った。

「ううん、大丈夫……。ただ、黒魔術師になった人たちは辛い経験をたくさんしたんだなって…」

 ウルリーケの中に取り込まれた黒い魔力が体内でウルリーケ本来の魔力と合わさり、浸透していく。それに伴い、黒い魔力は浄化されていくようだった。

 ウルリーケは馬車を降りた。魔術師たちを殺さないでほしかった。ウルリーケの望み通り、三人の魔術師は生きたまま拘束された。


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