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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
5章 赤髪の道化師
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1


 ウルリーケはレオンとアーロンとともに、すぐにラーシュの元へ走った。ラーシュに自分の決意を伝えるために。


 ラーシュは執務中だったが、ウルリーケの来訪を知ると、すぐに彼女を迎え入れた。


「実験をした……?」

呆然と聞き返すラーシュに、ウルリーケは頷いた。

「花の魔術は…私を標的にしたものだった」

その言葉に、ラーシュは愕然とした。ガタリと音を立てて席を立ち、何かを言おうと口を開きかけたが、続いたウルリーケの爆弾発言に、蒼白になった。

「赤髪男が現われた。だから、会いに行く」

「!」

 言葉を発することなく、凍り付いたように立ち尽くす。

そんなラーシュを、ウルリーケは静かに見つめた。不思議なほど、迷いはなかった。

「待ってください、ウルリーケさま自ら行くことはないのでは」

 側に控えていたエリアスが、慌てたように問う。

「銀の花には古代の魔術が施されているらしいの。赤髪男の真意がわからない以上、国内に入れるのは危険。でも、赤髪男を放置は出来ない」

「ですが…」

「花の魔術、私の命を救うものかもしれない」

 その言葉に、二人は息を飲んだ。

 ウルリーケは二人の顔を交互にしっかりと見つめると、実験の結果を簡潔に伝えた。


 ウルリーケが話し終わると室内には沈黙が満ちた。花の魔術に期待する気持と、罠かもしれない不安な気持ちが錯綜する。

 ウルリーケは微笑んだ。ラーシュが反対しても、ウルリーケの気持ちはもう決まっていた。

「ラーシュ、私決めた。だから行かせて。可能性に賭けたいの。…また、あとで来るね」

 ラーシュには心を落ち着ける時間が必要だろうと、ウルリーケはレオンと共に退室した。ラーシュもエリアスも、呆然としたまま、二人を見送ることしか出来なかった。


 執務室には先ほどよりも重い沈黙が垂れ込めた。

 沈黙を破ったのはラーシュだった。

「…ぼくも行く」

「は!?」

 エリアスは目をむいた。

「ラーシュ……こんなときに軽口はやめろ」

 エリアスが眉間に特大の皺を寄せてラーシュを睨みつけた。

 ウルリーケが外に出ることも問題だが、国王が出ていくなど問題外だ。

「行く」

 だが、ラーシュは大真面目だった。有無を言わせない口調で一言言うと、ひたとエリアスを見つめる。澄んだ眼差しだった。すべてをウルリーケに捧げると決意した眼差しでもあった。

「………っ」

 側近として、到底許せるわけがなかった。けれど、従兄弟として、幼馴染みとして、ウルリーケが絡むことにラーシュが我儘をいうのは許容できた。ウルリーケが外に出れば何が起こるかわからない。各国が狙っているのだ。それに、ウルリーケの命の刻限が近い。今ここで離れたら、もう二度と会えない可能性のほうが高いのだ。心情としては行かせてやりたい。それでも国王を謎の男の近くに行かせる許可など出せるはずがない。ぐっと拳を握りしめる。

だが、エリアスが口を開くより先に、アーロンが言葉を放った。

「……承知いたしました。陛下の御身は必ずお護りします。エリアス卿、ご心配なさいますな」

「アーロン殿……?」

 アーロンの揺るぎない瞳に、エリアスは言葉を飲み込んだ。アーロンはゆっくりと大きく頷くと、微笑んだ。大丈夫だ、というように。その微笑みは効果絶大だった。エリアスは額に片手を当て天を仰ぐと一度ぎゅっと目を閉じた。それから静かに目を開けラーシュに向き直ると仕方なさそうに苦笑した。泣きそうな表情だったかもしれない。

「わかった…。ただし必ず無事に帰って来いよ」

 ラーシュは生真面目に頷いた。エリアスはアーロンにきっちりと頭を下げた。

「ラーシュとウルリーケさまをよろしくお願いします。…貴方に託します」


***


 エリアスは出立の準備のため退出し、室内にはラーシュとアーロンが残された。

アーロンが反対しなかったことにラーシュは内心驚いていた。

「アーロン…よいのか?余が国を出ても…」

 弱気に訊いてくる王に、アーロンは苦笑した。

「ダメだと言ったらお止めになるのですか?」

「いや…。しかし余はそなたが賛成してくれるとは思わなかった。反対はしなくとも渋々承諾してくれるかなとは思っていたが」

 王の率直な本音に、アーロンは微笑んだ。

「…陛下にはかの御仁と会う必要がおありなのだと感じたのですよ。…ご存じなのではないですか?赤髪男のことを」

「…!!」

 ラーシュの碧の瞳が僅かに見開かれた。それだけで、アーロンには十分だった。

「…気付いていたのか」

「…そうですね、ロニーの報告を聞かれたときに、思い悩んでおられるように見えました。それは未知の人物に対するものというよりは、何かをご存じで、それを誰にも言えずにおられるが故なのではないかと」

「…………」

 淀みなく答えるアーロンに、ラーシュは絶句していたが、やがてふうと息を吐くと、観念したように力なく微笑んだ。その目は罪悪感に苛まれ、苦しげに細められていた。

「…そうか。そこまでばれていたなら、…もっと早くに相談すればよかったな」

 そしてラーシュはアーロンに話した。今まで誰にも話せなかったことを。

 聖職者に懺悔する罪びとのように。


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