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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
4章 銀の花の魔術
14/35

ターニャが王都に到着した。

 銀色のクロッカスを見て、少女は断言した。

「うん、これと同じだよ。あたしが貰った銀色の花は」

 ウルリーケが頷いた。目が生き生きしている。

「…。お姉さまも実はクリストフェルさまと同類ですよね…」

「だってラウラ、花から蝶が出てくるんでしょう?見てみたいよね」

 最早ラウラにウルリーケを止める術はなかった。


 自分の周りに結界を張り、ラウラは周りを見回した。何が起きても被害の少ないように、神殿の奥庭が今回の実験の会場に選ばれた。四隅に、古い時代の朽ちた円柱の残骸があるだけの、何もない空間だ。ラウラは庭の中心に立ち、十分距離を取った隅の柱の一角にウルリーケが立っている。その周りにはウルリーケを護るための騎士がアーロンを筆頭に数名、魔術攻撃に備えてラウラに次ぐ魔力の持ち主の魔術師が数名、待機している。その横には珍しく興奮気味のクリストフェル。

 

「では――いきますよ」

 ごくりと唾を飲み込んで、ラウラが慎重に銀色の花びらに触れると、花の中心からふわりと白い蝶が浮かび出た。

「…!」

 蝶は白い光でできたシルエットだけの存在だった。

「綺麗…」

 花の中心に翅を休めて止まっていた蝶が、ゆらりと翅を広げて舞い上がると、真っ直ぐにウルリーケに向かって飛んだ。蝶が飛ぶと同時に花は青白い焔に包まれて、消えた。

蝶が自分から遠ざかるのを見て、ラウラは己の周りに張った結界がいつの間にか消滅していることに気付いた。

「お姉さま!――!?」

 ラウラが慌ててウルリーケに守護結界を発動させようとしたが、伸ばした腕が凍り付いたように動きを止める。

「ラウラ殿?姫!こちらへ」

 アーロンが素早くウルリーケを自分の背後に引き込み、その周りをレオンや他の騎士たちが囲んだ。ラウラが後方にいた魔術師たちに叫ぶ。

「ミカル、アニタ!お姉さまに結界を!」

「は、はい!」

 魔術師たちが慌てて結界を形成した。それは攻撃魔術を弾く型の結界だった。

(私に向かって来る…?)

 ウルリーケは冷静に蝶の軌道を見つめていた。蝶は美しかった。嫌なものには見えない。

(あれは攻撃型の魔術ではない、気がする…ならば結界は意味をなさない…。この蝶からは多分逃げられない。でも…)

 確証はなかったが、大丈夫だと感じていた。ウルリーケの睨んだ通り、蝶は結界を通り抜けた。騎士たちが剣で蝶に切りかかるが、光を切ることなど出来ないように、物理攻撃は蝶には通用しなかった。

 魔術師が焔の魔術を蝶へと放った。神殿が保護している大人の黒魔術師たちだ。だが、何事もなかったかのように蝶は真っ直ぐ飛び続ける。

「魔力が弱すぎたか!?」

「みんな下がれ!」

 魔術師がもう一度、火焔を放とうとしたが、蝶はすでにウルリーケの真ん前まで迫っていた。

「姫!」

 レオンが腕を伸ばしてウルリーケを庇おうとした。

「…レオン、大丈夫」

 逃げることを諦めたウルリーケはむしろ蝶を受け入れるように両手を空に伸ばした。次の瞬間、すう、と吸い込まれるように蝶がウルリーケの中に入った。

「……!」

 誰もが息を飲んだ。

「姫、ご無事か」

 アーロンが緊迫した様子でウルリーケの顔を覗き込む。ウルリーケは身体が自分の思い通りに動くことを確かめるように両手を握ったり開いたりした。胸元に手を当てて、心臓の鼓動を確認する。特に異常はなさそうだった。

「大丈夫、アーロン」

 ウルリーケがしっかりと頷くと、アーロンは一先ずは安心と悟って、騎士たちを下がらせた。

「だが、何があるかわかりません。すぐに検査を受けてください」

 アーロンが言うと、レオンに素早く横抱きに抱き上げられた。びっくりしてレオンを見上げると、ぎゅっと眉間にしわを寄せて、唇を噛みしめていた。その眼差しが心配そうに揺らぎ、苦しそうに歪む。自分を責める瞳だった。

「レオン…」

「姫がお悪いですよ。自ら攻撃に身をさらされた。レオンの目の前で。…逃げられなくとも、貴女は最後まで諦めてはいけないのです」

 はっとしてアーロンを振り仰ぐと、静かだけれど厳しい眼差しに射抜かれた。思わず身を竦めると、アーロンは少しだけ、気配を柔らかくする。

「貴女は我らに護らせてくださらなくては」

「…うん。ごめんなさい」

「とはいえ、今のが攻撃なら、レオンがどう庇っても防げなかったでしょうね。我らの警護体制の不備です。やはり魔術攻撃は厄介ですね」

「…ごめんなさい、お姉さま。私が側にいながら…」

 ラウラが目尻に涙を溜めておずおずとウルリーケの前に進み出た。その気配にウルリーケは瞠目する。魔力が薄い。

(あぁ…あの蝶、ラウラだ)

「ラウラ、もしかして今、魔術使えない?」

「…っ、はい…。ごめんなさい」

「謝らないで。…ラウラの魔力、私が貰っちゃったんだと思う」

「!?」

 銀色のクロッカスに施された魔術の意味。蝶の正体。ウルリーケは長い銀色の睫毛を伏せて、考えを巡らせる。

「あの花に触れた魔術師から魔力を吸い取って、蝶の形になった魔力を第三者に移す…吸収させるものなのだと思う」

 現にウルリーケは今自分の中に、少しだけ魔力の余裕があると感じていた。

「わ、わたしの魔力がお姉さまの中に…!?」

「うん、そういうことだと思う」

 途端にラウラの顔が喜色に溢れた。

「光栄です!」

 魔力が使えなくなったことなど、どうでもよくなったらしい。ウルリーケがラウラの魔力を吸収したことに驚きつつ、アーロンがウルリーケを覗き込む。

「ラウラ殿の魔力を…。それで、姫、ご不調ではありませんか?」

「大丈夫。むしろ、久しぶりに身体が軽い、かも」

 その言葉にラウラは歓喜する。

「わたしたち、相性が良いのですね!」

「ラウラのほうこそ、体調、悪くない?」

「大丈夫です!」

「……」

ラウラがウルリーケに「大丈夫じゃないです」などと答えるはずもなかった。

「…急に魔力を奪われたら、貧血ぽくなってるはず…。ロニー、ラウラを休ませてあげて」

 ウルリーケがラウラの後ろに控えていたロニーに声をかけると、ロニーは呆れたように片眉を上げた。

「そのテンションで貧血?…元気いーな、ラウラさん」

 だが、近付くと、ラウラの顔色が悪いことに気付き、ロニーはほんの少し表情を陰らせた。大丈夫と言い張るラウラの肩を抱くようにして、ロニーは医務室へ強制的に連れて行こくことにした。ウルリーケの横を通り過ぎる刹那、ロニーが静かに訊いてきた。

「…ラウラさんはもう二度と魔術が使えないのか?」

その顔にはどんな表情も浮かんでいなかった。ウルリーケは軽く首を振った。

「一時的なものだと思う…。それ程大量の魔力を吸収したわけではないから。一日一本というのは…一本で一日分の魔力を吸い取られるから、ということかも」

 その答えに、ロニーはほっと表情を緩めた。

 ラウラよりも魔力の少ないターニャでも、七日間蝶を飛ばしてもなんともなかったのだ。

(命にかかわるような魔術ではないはず)


「ならば…これこそが姫が探し求めていた答――なのでは?」


 凛と響いたアーロンの声に、ウルリーケははっとして顔を上げた。探し続けた答――。

「…ラウラの…他の魔術師の、魔力を吸い取ることが…?そんなこと…」

「わたしは構いません」

 ラウラがきっぱりと、何の迷いもなく言い切った。

「お姉さまの魔力が戻るなら、わたしの魔力をすべて捧げてもいいくらいです」

「ラウラ?何言って――」

 ウルリーケが目を見開く。

「……蝶は、姫のみを目指していた。他にも、魔術師はいたのに」

 不意に、レオンがぽつりと言葉を落とした。その声に含まれた警戒の響きにはっとする。

(そう、だ…。…一直線に、私の元へ…。やっぱり『銀のクロッカス』は私を指しているんだ)

まるで、ウルリーケのために創られたような魔術。

 ウルリーケが探し続けていた魔術。

(どうして……赤髪男は何のために)

 その時、伝令役の騎士が慌ただしく奥庭に駆け込んできた。

「アーロン隊長!メルク公国に調査に出ていた騎士から早文が」

 アーロンは素早く封を切り中の文書に目を走らせた。それは至極簡潔な一文だった。

【赤髪の男、現る。メルク国境ベルゲン】

 ロヴィニア皇国の東に位置するメルク公国の、ロヴィニアとの国境の町ベルゲンに、赤髪男が現われたとの情報だった。

(このタイミングで…)

 眩暈がした。

 まるで、赤髪男に「ベルゲンへおいで」と、誘われているように、ウルリーケは感じた。


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