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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
4章 銀の花の魔術
13/35

 翌日、クリストフェルから造花の調査が済んだと連絡があった。

「ざっと調べてみたが、見たこともない言語で呪文が綴られている。おそらく、古い時代の失われた古語だ。花びらを一枚一枚分析できればもう少し詳しく判るかもしれないが…解体すればこの魔術は消滅する。…かなり高度な魔術が施されているな」

 調査がたった一日で終わったのは、魔術マニアのクリストフェルを以てしても打つ手なしだったからだ。だが、クリストフェルは嬉しそうだった。難易度の高い問題を前に、興奮が抑えられないようだ。

「……失われた古語……?」

「そうとしか思えん。この私が知らない言語がこの世にあるとすれば、とうに喪われたか、どこかの閑人が独自に創ったかのどちらかだ。だが、閑人に創れるものなら私に解読できないはずがない。それにこれは古代の文字に似ている。なのにそのどれにも当てはまらない」

 ウルリーケは驚いた。他愛ない玩具に見えるのに、古代の言語が使われているとは。それなら、これは――。

「古代の魔術…?」

 ウルリーケの零した言葉に、ラウラも驚いて花を凝視した。

(赤髪男……何者なの)

 そして目的は何なのか。

「……他に調べようがないなら、使ってみようか」

 ウルリーケがそう言うと、瞬時にクリストフェルの頬が紅潮し、ラウラは蒼褪めた。

「いい案だ。やろう」

「お姉さま!いけません、危ないです!」

「勿論、ターニャに見てもらってからだよ。同じものなら、危険はないはずだから」

「実験に危険はつきものだ。恐れていては一歩も前進できない」

「クリストフェルさまは実験出来ないでしょう、魔力ないんだから!!いいこと言った、みたいな顔しないでください――!」

「ラウラ、お願い」

「か、可愛くお願いしてもダメです。だ、だいたい、そんな危険なこと、陛下がお許しになりません!」

 二人掛かりで詰め寄られて、絶体絶命のラウラだったが、鉄壁の防波堤を思い出した。

「陛下の許可を取らずに、実験なんて行えませんよ」

 ウルリーケはむむ、と考え込んだ。ラウラはウルリーケが思いとどまるだろうと胸をなでおろした。

(ラーシュに言ったら絶対ダメって言う……)

「……ラーシュには内緒でやる」

「……は!?」

 ウルリーケのとんでもない発言に、ラウラが素っ頓狂な声を出した。

「ラウラ、私クリストフェルの人質になる。ラーシュに言ったら、私、実験動物にされちゃうからね」

 言うなり、ウルリーケはクリストフェルの背後に隠れた。

「お姉さま!?ちょっ…」

 クリストフェルもすぐさまウルリーケの思惑を察し、にやりと笑うと、ウルリーケを抱え込んだ。

「逆らわぬほうが身のためだぞ、巫女長。姫を無事返して欲しいなら」

「クリストフェルさま!~~実験のことが後で陛下にバレたら殺されますよ!?」

「ばれぬようにやればよいではないか」

 すました顔で言うクリストフェルに、ラウラは歯噛みした。簡単に言ってくれる。あのウルリーケ至上主義の陛下と、さらにはウルリーケ崇拝同盟の裏会長であるエリアスに、ウルリーケに(たとえほんの少しでも)危険が及ぶ(かもしれない)ことを隠して何かを為すなど自殺行為以外の何物でもないのだ。だが。

「ラウラ」

「~~~~~~~~~~……!!!」

 クリストフェルの背後からちょこんと顔を出すウルリーケの殺人的な可愛らしさに、ラウラは屈した。


***


 ターニャが到着するまでの間、ウルリーケは幻影使いの少年を探すことにした。

 少年の目的も出自も不明だが、ウルリーケに好意的だったことは確かだ。それでも放置しておくことは出来ない。敵であるならば捕縛するが少年が魔術師である以上、保護する対象でもある。

気になるのは、少年がローグヴェーデンの民がウルリーケに仇なすならウルリーケを連れ出すつもりであると言ったことだった。どこへ?少年はどこから来たのか。

 それにウルリーケはあの時、少年に救われた気がした。ぐちゃぐちゃな気分がいつの間にか消えていたのだ。正体不明の少年だが、出会えてよかった。そのことを伝えたかった。

 レオンと共にあの時迷い込んだ森へと赴く。ウルリーケは闇雲に走っていたため全く道順を覚えていないが、レオンはきっちりと方角を覚えていた。だが、何度行ってもあの時あった二股の木が見つからない。あの木は少年の創りだした幻影だったのだろう。そしてそれが見つからないということは、少年はもうこの森にはいないということになる。手がかりが途絶えた。けれどウルリーケにはまだ切り札があった。少年の持つ雰囲気。どこかで会ったことがあるという勘。勘でしかないが、ウルリーケはまだ希望を捨てていなかった。

「神殿に行ってみよう」

 少年はきっと姿を変えて、ウルリーケたちの前に立っていたのだと思うから。

 

 あの時少年は、一瞬でウルリーケの姿を町娘に変えた。その時ウルリーケは自分が変身したというよりは、幻影に覆われたような感覚だった。右手を動かせばきちんと動くがその手はウルリーケのものとは違った。質感のない手袋をしているような感じ。ちょっとした違和感。

レオンにはウルリーケが全くの別人になったように見えたらしい。けれど、仕草や歩き方、喋り方などから既視感を覚える。

あの少年が普段は全く別の姿の幻影を纏っていれば。ウルリーケは自分が感じたどこかで会ったことがある、という感覚に納得がいった。


少年が神殿にいると考えたのにはいくつかの理由がある。

一つはウルリーケの行動範囲が神殿と王宮のごく限られた一区域であるということ。その中で出会った者のなかに少年がいるとすれば、神殿という可能性が極めて高い。少年が魔術師であることも理由の一つだ。幻影術を発動させれば、魔術の痕跡はどうしても残る。それを見つければ、神殿は魔術師の存在を追跡する。王宮内の文官やメイドなどから魔力の残滓が見つかれば、直ちに密偵と疑われて捕らえられてしまうだろう。それならば保護された魔術師の少年として神殿に入るほうが危険は少ない。魔術の痕跡があっても、常にコントロールのための訓練として発動させているといえば疑われることもない。

もう一つの理由は、少年が幻影術で創った東屋である。ウルリーケはあの東屋をどこかで見たことがあるように感じていた。

そしてクリストフェルの塔へ行く道すがら、森の中に転がっていた朽ちた円柱の残骸を見て、既視感を覚えたのだった。

森の中には至る所に古代の建物跡と思われる残骸が散らばっている。それは柱の一部だったり石畳の欠片だったりするが、それらは文献にすら残されていないほど古い時代のものらしく、建築された当時の姿は不明だ。

(あの東屋の柱に似てる…)

 あの東屋はこの朽ちた円柱の元の姿なのかもしれない。

(あの少年は、この景色を見ている…?)

 朽ちた円柱を知らなければ、あの幻影を創ることは出来ないだろう。だがこの朽ちた状態から、あの本来の姿と思われる東屋を再現することも相当難しいのではないかと思った。

 少年は古代の遺跡に詳しいのだろうか。単にあの東屋はこの円柱からインスピレーションを受けた少年が適当に創っただけなのかもしれない。ともかく、少年が神殿にいた証拠にはなる。

そうしてウルリーケはラウラの元を訪れたのだった。


「ラウラ、幻影術で姿を変えた人を見分けることは出来る?」

「術破りですね!やりましょう」

 やる気満々で特に理由も訊かずにラウラは即答した。これは対ウルリーケへのラウラの通常運転なので誰も気にしない。出来る出来ないではなく、ウルリーケが望むならどんなことでもやる。それがラウラのスタンスである。

 幻影術とは相手を幻惑する魔術である。これは戦などで敵の部隊を誤った方向へ導いたり、別人に成りすまして潜入するなど、重宝される魔術の一つだ。だが特殊な魔術の一つでもあり、習得している者は少ない。少年の術は完成度が高く、簡単には見破れないだろうと思われた。

 ラウラは古い文献を漁って、幻影術に関する記述を集めた。その間ウルリーケは神殿内を歩き回り、少年探しをすることにした。少年の仕草や歩き方を脳裏に描きながら既視感を覚える者を見つける。

(うーん…これは難しい…)

 少年があの時とは全く違う雰囲気を纏っていれば、この方法で見つけ出すことは出来ない。それでも手掛かりを求めてウルリーケは神殿に通った。頻繁に訪れるウルリーケに、子供たちは喜んだ。その中で、なんとなく違和感を覚えた。自分の訪れを喜んでいない子供がいる。警戒するような気配。

(…見つけた…?)

 だがその感覚は一瞬で霧散する。相手が気配を紛れ込ませた。ウルリーケは集まっていた子供たちの顔を見回す。

 サーラ、アイラ、ナタリー、ロビン、コーレ、ベルン、イーサク。

(この中にいる…)

 直感だ。だがウルリーケは間違いないと思った。自分の勘は当たるのだ。

 少年は四人。だが少女に化けている可能性もあり得るだろうか。なんにせよ、これ以上は絞れない。幻術を破れなければ、少年は認めないだろう。あとはラウラの執念に期待するしかなさそうだった。


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