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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
4章 銀の花の魔術

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 神殿の居住区からかなり離れた森の奥に、その塔はある。所々焦げたり、壁が崩れているため、とうの昔に朽ちた遺跡のように見えるが、その焦げ跡はつい先日、この塔の住人が日夜危険な研究を繰り返したためについたものだ。

「なにもお姉さま自ら来ることはございませんのに…」

 ラウラとしては、クリストフェルにウルリーケを近づけたくなかった。しかし、当のウルリーケは楽しそうに辺りを見回している。

「この塔、変なものがいっぱいあって楽しい。それに、クリストフェルの喜ぶ顔、見たい」

「……………………その発言、本人の前では絶対にしてはいけませんよ」

 そんなことを言ったら最後、嬉々としてクリストフェルの実験動物にされるに決まっている。

なぜかウルリーケはクリストフェルを気に入っている。

(お姉さまの趣味が分からないわ……)

 懊悩するラウラには気付かずに、ウルリーケは迷いのない足取りで塔の入口をくぐった。


 塔内に足を踏み入れると、バリン、バリンと何かが砕け散るような音が石造りの建物内に響き渡っていた。

「……………………」

 不吉な異音に、早くもここに来たことを後悔し始めるラウラとは裏腹に、ウルリーケは音を楽しむように目を瞑った。

「魔石の砕ける音」

「はっ!?魔石砕く――!?」

 ウルリーケの零した言葉に、ラウラの顔が引きつる。

「貴重な国宝級の石をそんなまさか」

(でもあの方ならやりかねないわ!!)

(魔石砕いたら綺麗だろうなー)

 それぞれの理由で急いで階段を駆け上がり、実験室に向かった二人が目にしたのは、宝石のように美しい魔石の結晶を惜しげもなく、狂ったようにハンマーで叩き潰している、クリストフェル・フレイヴァルツの姿だった。

 クリストフェル・フレイヴァルツは、塔の中に閉じ籠って研究ばかりしているので肌は青白いが、その容貌は整っており、長身の身体は意外にも引き締まって、背筋もすっと伸びている。貴族の出身のため、実は立ち居振る舞いには品があり、洗練されている。ただし、狂った言動により、それらの美点は色々と台無しになってしまっているのだが。

「クリストフェルさま――!何やってるんですか!!」

 ラウラの悲鳴に、クリストフェルは顔を上げ、二人がいることに気付くと、眼鏡の奥の青灰色の瞳が獲物を捕えた狩人のように煌めいた。長い白金髪をかき上げながら、にやりと笑ってウルリーケたちを迎え入れた。

「これは、姫。ついに私の求愛に応える気になったか」

 クリストフェルの求愛とは、実験動物になるかという意味だ。彼は時の止まったウルリーケの身体を解剖したくて仕方がなかった。ちなみに彼は、医術師としての能力も高い。(怖がって、誰も診察を受けたがらないが)

「そんなわけないでしょう!お姉さまに触ったら承知しないわよ!!」

「君でも構わないよ、巫女長。君の魔力も十分魅力的だ」

「全力でお断りします!!」

「ああ、なんてままならないんだ。私自身に魔力があれば、自分で自分を解剖するのに」

 その光景はかなり猟奇的だ、とクリストフェルに魔力がないことに胸をなで下ろすウルリーケとは対照的に、自分で自分を解剖するならそれが一番無害だったわ、と悔しがるラウラだった。

「では何の用かな。つまらない用なら断る。見ての通り、私は忙しいのだよ」

解剖できないと知って、一気に二人への興味を失ったらしい。ハンマーを手に取り、再び魔石を砕き始める。

「だからなんで砕くんですか!?それ貴重な資源――」

「この私にしか考え付かない、魔石の用途拡大のための偉大な実験だ。一旦粉々にしてから、溶かして固めてみようかと…」

涙目になるラウラに、クリストフェルの応えは尊大ながらも、その表情はさして面白くもなさそうだった。

(なんか、研究に行き詰って、苛立ちを魔石にぶつけてるようにしか見えませんけど――!?)

「粉々にする意味が解りません!これじゃ、全然魔力を増幅できませんよ!?」

「ふむ、そうか。では粉々にしてしまえば、他国に狙われることもなくなるな」

「!!」

「全国民で魔石割り大会でも開くか。ストレス解消にいいぞ」

(やっぱりストレス解消だったんですか……)

 さらりととんでもないことを言う狂研究者に、ラウラは言葉を失う。対照的に、ウルリーケは納得したように頷いた。

「…確かに。魔石がなくなれば、他国の関心もローグヴェーデンから失われる」

「お姉さま!?」

 蒼褪めるラウラに、ウルリーケは安心させるように微笑んだ。

「選択肢の最後の一つとしては、有効だよ。勿論、できれば魔石は有効に使いたい。でも、他国に奪われて悪用されるくらいなら、壊す」

 きっぱりと言うウルリーケに、ラウラは「…お姉さま、豪快…」と、呟いた。心なしか、頬が上気している。同じことをクリストフェルが言っても納得しないが、ウルリーケが言うなら無条件に受け入れる。ラウラにとって、ウルリーケは絶対正義だ。

 魔石はある程度使用すると、粉々に砕けてしまう、つまり消耗品だ。それ故、各国は際限なく魔石を必要としていた。ローグヴェーデンの地下に眠る巨大な魔石鉱脈は、他国にとって垂涎の的なのだ。始めは売ってくれと申し出ていた諸国だが、ローグヴェーデンが頑なに拒んだため、侵攻に発展してしまった。

 魔石は、軍事力の強化を可能とする石だ。そんなものをホイホイと他国に売るわけにはいかない。だが、ローグヴェーデンのような小国が、全世界を相手に巨大な宝を守り通すのは生易しいことではない。いっそ壊すことも、選択肢の一つとしてはあり得た。

「まあ、地下に眠る大量の魔石をいちいちハンマーで砕くなど、実用的な案ではないがな。砕くにしてももっと効率のよい方法を考えねば」

「そうだね。白魔術の治療石としての実験は進んでる?」

「ああ、相当魔力を凝縮せねばならぬが、いい感じだ」

 クリストフェルは魔石の研究者だ。だが、魔力を持たない一般人のため、研究には神殿から数人の魔術師が派遣されている。

 現在魔石は魔術師の魔力を増幅する石としてのみ認識され、利用されている。

クリストフェルはこの石に魔術を込めて使えないか、研究していた。その結果、魔力を凝縮させて魔石に込めれば、石に魔術を定着させることが出来るとわかった。石に込められた魔術を使用するには、石を砕くだけでいい。つまり、魔術師でなくとも、一般人でも魔術が使えるということだ。

「原石にすべて白魔術を施して売るならいいけど」

「おそらく黒魔術を込めた魔石も作成可能だろうな。これはますます各国が欲しがる代物よな」

 クリストフェルが愉しそうに言う。

 ラウラはひやりとして、クリストフェルを横目で窺う。もしもクリストフェルがロヴィニア皇国の研究者だったなら、迷わず黒魔術の研究開発を行っていただろう。黒魔術がどれだけ人を傷付けるかなどお構いなしに。彼にはそういった危うさがあると思っている。

 今は、時の止まったウルリーケの身体に興味を持っているため、クリストフェルが他国に行くことはないだろうとラウラは思う。だがいつか、…考えたくはないが、ウルリーケがいなくなってしまったら、……クリストフェルはあっさりと姿を消してしまうのではないか……。

(……クリストフェルさまが敵に回るとか、怖過ぎる……)

 どうしたらこの物騒な人を安全に飼い殺しておくことが出来るだろうと真剣に悩むラウラに、答えをくれたのは彼女の女神だった。

 再びつまらなそうにハンマーで魔石を砕き始めた狂研究者に、ウルリーケはにこりと微笑むと、銀花の入った箱を差し出した。

「クリストフェル。これ。調べて」

「……!!」

 途端にクリストフェルの瞳が輝いた。頬が朱色に染まっている。……彼は未知の魔術に目がなかった。

 ウルリーケは楽しそうにクリストフェルを見つめた。ウルリーケはクリストフェルがおもちゃを与えられたこどものように目を輝かせる瞬間を見るのが好きだった。…クリストフェルが目を輝かせることなど滅多にない。彼は常に物憂げで、退屈そうだった。彼は変人だが、天才だった。多くの物事を、教えられる前に理解してしまう。理解してしまうと、後に待っているのは退屈だった。彼は子供のころにありとあらゆる学問を網羅してしまった。成人した今では、彼の知らないことなどほぼないといってもいい。だが唯一、魔術という未知の分野だけは、未だ彼の知的探求心を刺激してやまなかった。魔術も、魔術師という人種も。

 そのことを知っていた前王シーグフリードは、当時秘密の存在だったウルリーケとクリストフェルを密かに引き合わせたのだった。今から十五年前、ウルリーケが三歳のころだ。

 初めてウルリーケを見たクリストフェルは、目を見開いたまま、固まってしまった。ウルリーケも、そんなクリストフェルに驚いて、固まった。双方目を逸らせず、見つめあうこと三十分。二人から少し離れたところに座っていたシーグフリードは面白そうに口元を緩めながら、成り行きを見守っていた。

 均衡を破ったのは、乱入してきたラーシュだった。ラーシュは動けずにいたウルリーケを庇うように抱きしめ、クリストフェルに敵意のこもった目を向けた。

「ウルリーケはぼくの妹だ!おまえにはやらない!」

「…妹。……ふ……」

 次の瞬間、クリストフェルは肩を揺すって笑い崩れた。心底楽しそうに。けれど、どこか壊れてしまったのではないかと思えるほど、狂ったように彼は笑い続けた。

 後にも先にも、ウルリーケがクリストフェルが声をたてて笑っているのを見たのはあの時だけだ。

 シーグフリードは戸惑うウルリーケにこっそりと耳打ちした。

「ウルリーケ。君の存在は退屈に殺されかけていたこの男にとって奇跡なんだよ。だからたまにでいいから、クリストフェルに会いに行ってやってくれないか」

 ウルリーケには王の言葉はよくわからなかったが、笑いの収まったクリストフェルの眼が、きらきらと輝いてウルリーケを見つめていることには気が付いた。そして、ウルリーケがその眼差しを好ましいと感じたことも。

 こくりと頷くと、王は微笑んだ。優しい笑顔だった。心がぽかぽかと、温かくなるような。忘れえない、記憶。…だからウルリーケは、未だにクリストフェルが喜ぶと、シーグフリード王も喜んでくれる気がして、嬉しいのだ。


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