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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
3章 侍従からの刺客

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 足が石畳にとん、と降り立つ。おそるおそる辺りの様子を窺うと、そこは路地裏だった。路地の先には大きな噴水のある広場が見えた。宣言通り城下に飛ばされたようだった。ウルリーケは嘆息した。

(油断した……。少年がその気だったら完全に誘拐されてた)

「姫」

 レオンの強張った声に、ウルリーケははっとして顔を上げた。蒼白になったレオンが震える両手をウルリーケの両頬にそっとあてる。

「姫…その姿は」

「レオン、心配いらない。この姿は幻術でそう見えるだけ。私は何も変わっていない」

 レオンはその場に跪き、ぎゅっとウルリーケを抱きしめた。この世の終わりのような顔をしている。

(心配かけ過ぎちゃった、な)

 ウルリーケはレオンの背に手を伸ばし、軽くあやすように撫でた。

「ごめんなさいレオン。私が無謀な行動をした」

 謝ると、レオンの肩がぴくりと震えた。ウルリーケから身体を離し、真っ直ぐにウルリーケを見つめる。

「…俺が。守れなかった…」

 深い翠の瞳が苦しげに歪む。後悔を滲ませる声音に、ウルリーケは胸を衝かれた。彼は最強の剣士だが、魔術への適性はないのだ。不可抗力だ。強く首を横に振った。

「レオンのせいじゃない。…それに、この術は本当に目くらましで、すぐ解ける。害はないから何も心配いらない」

 力強く断言すると、レオンの瞳に安堵が浮かぶ。小さく頷くと彼は立ち上がった。素早く辺りを見回して安全を確認する。通常運転に戻ったようだ。

(早目に帰ってラウラに術を解いてもらおう)

 レオンの心労を減らすためにも――そう考えたとき。ウルリーケの身体から微粒の金の粉が、巻かれたリボンが解けるようにするすると立ち上り消えていった。身体を覆っていた魔力が消えたのだ。

「あっ…」

 ウルリーケの口から小さな悲鳴が零れるのと同時に、その姿は元のウルリーケに戻っていた。

 そこは路地裏だったが一歩出れば広場が見える位置だ。魔力が消える際の一瞬の眩い輝きに気付いた者も少なくなかった。

「あれ、聖女さまじゃない?」

「え、嘘、こんなところに?お忍び!?」

「わあ、本当だ!綺麗…」

「聖女というよりゃ、聖少女といったところだな」

 幻影が解け、袖の長い白の巫女装束に戻ってしまったので誤魔化しようもなかった。なんといってもウルリーケの銀の髪は目立つのだ。

「聖女さま、これ食べてください!」

 一人の少女が頬を上気させて果物を差し出すと、町人たちが一斉に、競うように手に持っているものをウルリーケに捧げた。

「聖女さま、うちに寄って行ってください。城下名物の林檎タルトを食べて行って」

「聖女さま、俺たちゃみんな、あんたに感謝してるんだ。戦を止めてくれてよぉ」

「ありがたや、聖女さま」

「え、ええと」

 たちまち町人たちに囲まれて、ウルリーケは身動きが取れなくなってしまった。中にはウルリーケに手を合わせ、拝みだす者もいる。

 ウルリーケが人混みにのまれないよう、レオンが素早く抱き上げる。

 どうやってこの人垣から抜け出せばいいか、ウルリーケが困惑していると、レオンが呟いた。

「青の…」

 レオンの視線の先を追うと、人垣の向こうに青い制服が見えた。騒ぎを聞きつけて、国内の治安を維持する任を負う青の騎士団が広場に駆け付けたようだ。

「ウルリーケさま…!?なぜ、城下に。…道を開けろ!」

 彼らはウルリーケを見つけると、仰天しつつも人垣をかき分けてウルリーケを保護した。


 青の騎士団の詰所に連れていかれて程なく、連絡を受けたアーロンとラウラがウルリーケを迎えにやって来た。

(あああ…。アーロンを呼んじゃうとか、最悪だ…)

「お姉さま!!」

「心配かけてごめんね、ラウラ」

 ラウラに抱きしめられた状態でウルリーケはアーロンに顔を向ける。

「姫。どこにも怪我はありませんか」

 アーロンは気遣わしげにウルリーケの顔をのぞき込んだ。

「…平気。…ごめんなさい、勝手に飛び出して…」

 忙しい彼を煩わせてしまったと、ウルリーケがどっぷりと落ち込みながらあやまると、アーロンは微笑んだ。

「姫がご無事なら、構いませんよ。たまには羽目を外すことも必要でしょう。それに、民の前に姿を見せることも良いことです」

 ウルリーケが瞬くと、アーロンはちょっと目を逸らした。

「……まあ、陛下はご乱心一歩手前状態でしたが」

「……!!」

 ウルリーケは瞬時に青ざめた。

(早く戻らないと!)

 城を飛び出した理由など、一瞬にしてウルリーケの頭から綺麗に消えていた。

「あの、クランツ騎士団長殿。町人たちからウルリーケさまにと、贈り物が山のように届けられておりますが」

 青の騎士団員の一人がアーロンに報告した。それを聞いて、アーロンはウルリーケに微笑んだ。

「姫。…皆、貴女をお慕いしています」

 ウルリーケの胸に温かな気持ちが満ちる。先ほど町人に取り囲まれたことを思い出す。彼らの眼差しは温かった。ささくれだっていた心が優しくほぐれていく。城を飛び出す前とは全く違う感情で泣きそうになる。

「私…幸せ者だね」

 ウルリーケがそう言うと、アーロンは優しく微笑んだ。だがすぐに表情を引き締める。

「…ですが、贈り物の中に、不届きな輩が邪な物を潜ませないとも限りませんので。一旦、部下に検分させてからのお渡しになります。それに、警備の手薄な今は、一刻も早く城に戻ることが望ましいですね」

 ウルリーケは頷いた。これ以上アーロンに迷惑をかけるつもりはない。

 贈り物は、青の騎士団が検分して、後日ウルリーケに届けると請け負った。

 ウルリーケを乗せた馬車が青の騎士団の詰所を出ると、町中の人たちから拍手が沸き起こった。

「聖女さまー!また来てね」

「聖女さま万歳!」

 その光景にウルリーケは胸がいっぱいになった。悩む必要などなかったのだとすとんと受け入れられた。

(…よかったんだ…。私、結界を作れてよかった。みんなが喜んでくれる姿を見れて、よかった…)


 ウルリーケが城に戻ると、ラーシュが蒼白な顔で出迎えた。

「ラー…」

 ウルリーケの姿を捉えた途端、駆け寄って、ぎゅっと抱きしめる。震えながらも強い力で抱きしめられて、ウルリーケは、ラーシュが二度とどこにも行かせない、と強く決意していると同時に、行かないでと弱々しく縋りついているようにも感じた。

「…どうして、城下に出た?」

 絞り出すようなラーシュの声に、ウルリーケは息を詰めた。

「…ごめんなさい…」

「…謝ってほしいんじゃない」

 けれど、ウルリーケにはそれ以外に言いようがなかった。

(ラーシュが私が側を離れるの、嫌がるって知っていたのに…)

 もやもやして、居てもたってもいられず、気付いたら走り出していたのだ。城下にまで行くつもりはなかったのだが。見知らぬ魔術師に飛ばされたなどと言えばもっと心配をかけてしまうので言えるわけがない。

「…ごめんなさい、ラーシュ」

 謝ることしかできないウルリーケに、ラーシュはゆるく首を振って、目を伏せた。落ちた沈黙は、言葉になり損ねた想いの欠片をうやむやにしてゆく。

「……ウルリーケが無事で、よかった」

 漸くそれだけ言うと、ラーシュはウルリーケを離した。ラーシュの手が離れた刹那、温もりが剥がれ落ちる感覚に、くらりと血の気が引いた。咄嗟に、ウルリーケはラーシュの指先を掴んだ。

「……ラーシュ、約束する。もう二度と黙って出て行ったりしない」

 ラーシュは一瞬目を見開き、小さく微笑んだ。けれどそれは、胸が痛くなるほど切なくて、哀しい微笑みだった。反対側の手で、そっとウルリーケの頬を撫でると、静かにその場を離れ、城内に戻って行った。

 ウルリーケは動けなかった。

 ……その約束が、いつか出ていくことが前提になっていることに、ウルリーケは気付いていなかった。


 翌日、青の騎士団から、検分の済んだ贈り物が神殿に届けられた。

受け取ったアーロンは眉根を寄せた。

「…とんでもないものが紛れていたな」

一輪のクロッカスの造花。造花は茎と葉が緑色、花の部分が光沢のある、…白銀色だった。


執務室でアーロンから造花を受け取ったウルリーケは息を飲んだ。花は直接触れないよう、箱に入れられている。一緒にいたラウラも、驚いて目を見開いた。

「クロッカス…」

ローグヴェーデン王家の象徴花は黄色のクロッカスだ。

そして造花は、白銀色のクロッカス。白銀はウルリーケの色だ。

「お姉さまは王の銀の花とも呼ばれてる…。ウルリーケお姉さまを表している…?純粋に、お姉さまを慕って贈られた花…と思いたいけど…。この花、魔力で作られていますね。ターニャが赤髪男から貰った『銀色の花』と同じものでしょうか」

(キルキス山脈からローグヴェーデンまで飛んできた蝶…。あれは、私を目指していた…?)

ぞくりと悪寒が背筋を這う。証拠はない。だが、ウルリーケの手元まで届けられた、同じ特徴の花。偶然とは思えなかった。ウルリーケは、このクロッカスはターニャが赤髪男から貰った造花と同じものだと直感的に確信した。むしろターニャから話を聞いた時点で気付くべきだった。花の色の意味。銀色の花など、自然界に存在しない。

ウルリーケはこくりと頷いた。

「恐らく」

(あの蝶が結界に阻まれずに、私に届いたら…何が起こる?)

「念のため、部下にターニャをこちらへ連れてくるよう命じました」

 アーロンの言葉にウルリーケは頷く。

「私が触っても、蝶が出てくるかな」

 ウルリーケの言葉にラウラとアーロンが激しく反応した。

「お姉さま!?絶っっっ対にダメですからね!!」

「姫、これは私が預かります」

 言うなり素早くウルリーケの手から箱を取り上げる。彼にしては珍しく若干蒼褪めて、冷や汗をかいている。

「二人とも、大げさ…大丈夫だよ、ターニャが来るまでは触らないよ」

「来ても触っちゃいけません!!」

 二人に怒られて、ウルリーケは肩を竦めた。

「…赤髪男がローグヴェーデン…結界内に入ったということなのかな」

 ウルリーケが呟くと、アーロンが頷いた。

「その可能性はありますね。もしくは男の仲間が国内にいるのか…。この花を持ってきたのは幼い少女でした。少女は広場の近くで通りすがりの男にこの花を聖女様に渡してほしいと頼まれたそうです。その男を捜索しておりますが、未だ見つかっておりません」

 花を少女に渡した者が赤髪男本人、もしくはその仲間なら、彼はローグヴェーデン国内に侵入できる伝手を持っているということだ。

(目的はやっぱり私の命…?)

 ウルリーケはふるりと小さく頭を振った。――相手の目的がなんであれ、未知の魔術を調べることが先だ。

「ターニャが到着するまで、一週間はかかる?その間、その花はクリストフェルに預ける」

「承知しました。こちらは引き続き赤髪男の行方を追います」

 何か得体の知れないものが、ひたひたと迫ってくる。

 ウルリーケは銀の花を睨むように見つめると、顔を上げ、前を向いた。

(結界を、壊させやしない。誰だか知らないけど、私に喧嘩を売るなら、……受けて立つ)

 ウルリーケの瞳に鮮やかに闘志が燃えるのを目撃したラウラとアーロンは、瞠目すると、幼い少女姿の主にそっと小さく頭を垂れた。この小さな、けれど気高き聖女に仕えることが出来ることを誇らしく思い、嬉しそうな笑みを口元に浮かべて。


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