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巫女姫に捧げる銀の花  作者: 桐島ヒスイ
3章 侍従からの刺客

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 ウルリーケがお願いすれば、ラーシュはマデリエネに会うのか。逆に、ウルリーケが許可しなければ、本当にラーシュは后を娶らないのだろうか

(それはラーシュが決めることだ。でも…)

 ウルリーケは、結界が解けるときこそ、自分がラーシュのもとを離れるときだと感じていた。逆に言えば、それまでは猶予があると。そして、結界とウルリーケの命は決して連動しているわけではないが、自分の寿命と、結界の寿命が尽きるのは、ほぼ同じくらいだろうと予測していた。

だからウルリーケは、結界がなくなった後のことを考えたことはなかった。だが、ラーシュは未来のことを考えなくてはならない。

(私がいなくなったほうが…ラーシュは前に進めるのかな)

 なんだか泣き出したくなった。喚きたくなった。その想像はあまりにも切ない。

 気が付いたら、ウルリーケは王城を飛び出していた。


 闇雲に走って、身体が限界を訴えて立ち止まるまで、ウルリーケの意識は真っ白だった。どこをどう走ったのか、記憶にない。肺が焼けるように痛い。どのくらいの時間、全力疾走していたのか。ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返して、落ち着いてくると徐々に周りの景色が視界に入ってきた。

 空の青さを溶かしたような湖。湖畔の対岸には花の蔓が絡まった白い円柱の東屋があった。

(…………?こんなところ、あった…?)

 初めて来る場所のようだった。だがどことなく見覚えがある気もする。

 神殿の森へと駆けてきたと思ったが、反対側の森へ来てしまったのだろうか。

 その時、背後に馴染みの気配を感じた。

「姫」

 振り返り、レオンが傍にいることを確認してウルリーケはほっと息をついた。

 レオンが安心させるように頷いた。

「帰り道はわかる」

 ウルリーケは微笑んだ。

「よかった…。ありがとうレオン」

 レオンは小さく頷いた。

「…姫にも息抜きは必要だ」

 ウルリーケは目を見開いた。

ウルリーケが王城を出ることは許されていないのに、レオンは何も言わずにウルリーケの好きにさせてくれたのだとようやく気付く。

(あー…、レオンに心配かけちゃったな。迷惑も)

 行先も告げずにいきなり全力疾走したのだ。もっとも、レオンにとってウルリーケの全力疾走など赤子のよちよち歩きと大差ないスピードだろうが。

 ウルリーケは謝る代わりににっこりとほほ笑んだ。

「…あそこ、行ってみたい」

 折角こんなところまで来てしまったのだ。少しくらいゆっくりしていってもいいだろう。ウルリーケが東屋を指さすと、レオンは小さく笑みを浮かべた。レオンは先導するようにウルリーケの前を歩きだした。

 湖は然程大きくはなく、対岸の東屋までは十五分ほどで着いた。道々には色とりどりの小さな花が咲き乱れ、見事な景色だったため、飽きることはなかった。

 東屋の手前まで来たとき、レオンの背中に緊張が走ったのが分かった。立ち止まってウルリーケを背に庇う。ウルリーケがこっそりとレオンの背中から顔を覗かせると、東屋の中に人影が見えた。

(先客?)

 先客は東屋の中に設えられたベンチに横になっていたようだ。ウルリーケたちに気付いて、ゆっくりと身を起こす。

「…はあ、見つかっちゃったか。秘密の場所だったのに…」

 まだ変声期前の少年特有の澄んだ高い声。

「何者だ」

 レオンの詰問に、少年はちらと視線を寄越す。

「べつに…ただの子供だよ」

 ただの子供が、鋭い眼差しで睨んでくるレオンに平然と言葉を返すことなど出来るはずがない。ウルリーケはもう一度そうっとレオンの後ろから覗き見た。

 白に近い白金の髪に、金色の瞳、整った容姿。年頃は十二、三歳ほどだろうか。

(どこの子だろう…。でも、どこかで見たことあるような…)

 こんな綺麗な子供を、一度見たら覚えていないはずはない。むむとウルリーケが記憶を辿っていると、レオンが少年に質問した。

「…あれはおまえの仕業か」

(…?レオン?)

 ウルリーケは何のことか分からず窺うようにレオンを見上げた。少年は仕方ないか、というように肩を竦めると、にやりと口の端を上げて笑った。

「…まあ、ね。僕にできるのはそのくらいだけど」

「…魔術師か」

 レオンの言葉にウルリーケは驚いて少年を見た。今は魔力を殆ど失ったとはいえ、ウルリーケは稀代の魔術師だった。通常であれば魔力感知は肌感覚で察知出来る。それなのにたった今まで相手の魔力に気付かなかったとは。余程自分は自失していたらしい。そんなウルリーケの様子に、少年は怪訝そうに首を傾げた。

「あれ…ウルリーケさまがここに気付いて調査しに来たわけじゃないの?」

 ウルリーケは少年を見つめた。やはり見覚えはない。だがどこかで会っている気がする。

「神殿の子?」

 神殿には大勢の子供が保護されている。ウルリーケはしょっちゅう神殿に赴いて子供たちと交流しているが、中にはまだ会ったことのない子もいるかもしれないと思い訊ねる。

 少年はその言葉に微笑んだが返事はしない。

 ウルリーケは集中して気配を探った。この辺り一帯、薄っすらと魔力を帯びていることに気付く。目の前の景色に目を凝らす。

(これは……幻影?)

 美しい花々も、白い円柱の東屋も。鬱蒼とした下草と、朽ちかけた倒木に被さるように景色が二重に見えた。

「やっと気付いた?ウルリーケさまともあろう人が…。どうしたの?」

 少年が微笑んで訊ねた。その瞳には面白がるような色と、少しだけ心配そうな色が混じり合っていた。そんな少年に、レオンが殺気を放つ。

「おまえは何者だ」

 ウルリーケはレオンの袖をちょん、と引っ張った。

「レオンはすぐ気付いたの?この景色が幻影だって」

 その質問に、レオンは瞬いた。殺気は霧散した。

「…いや、この場所に来る道がおかしかった」

 レオンの説明によると、森の中の人が通る道ではなく獣道を横に逸れた場所に、二股に分かれた巨木があり、その中にウルリーケが止める間もなく突っ込んで行ったのだという。ぶつかる!と思った瞬間ウルリーケの姿が消え、レオンは蒼白になった。心臓を握り潰されたような心地だったという。だが次の瞬間彼は、一片の迷いもなくウルリーケを追って自身もその木に飛び込んだ。木に虚があるというわけではなく、本来であればぶつかって跳ね返って終わりだ。しかしレオンの身体は木を通り抜けた。そして前方にウルリーケの姿を確認して安堵した。これは幻影か。そう推論し、念のためそっと一歩後ずさると、目の前には先ほどの木が出現した。目くらましの幻影術。害はないとして安堵すると、もう一度木に入り、ウルリーケの後を追ったのだった。

 レオンの話を聞き、ウルリーケは驚いた。全く記憶にない。本当に無意識に走っていたらしい。そうでなければ普通は木に飛び込んだりはしないだろう。

「偶然見つけられちゃったのかぁ。それにしても何があったの、ウルリーケさま?僕でよければ話くらいきくけど」

 素性の知れない少年に本気で同情されてしまったらしい。少年は自分の横に座るように手で指し示す。ウルリーケは内心困惑しながらも取りあえず少年の好意に甘えて隣に座ることにした。ベンチは幻影ではなく、本物のようだった。レオンは無言でウルリーケの横に立つ。

「…貴方は私のことを知っているようだけど。私は貴方のことを知らない。貴方は誰?」

 少年が神殿の魔術師でないなら、他国の密偵の可能性が高い。こんなに近くにいるのは危険極まりない。けれどウルリーケは少年の纏う雰囲気に馴染みがあるような気がして、どうにも警戒心が涌いてこないのだった。

「誰だか知らないほうが話せるってこともあるよ」

 少年は楽しそうに笑んだ。答える気はないようだ。

ウルリーケも微笑んだ。そうかもしれない。

ウルリーケは、少年が見た目の年齢よりも成熟している印象を受けた。

(私と似てる…)

 彼も、ウルリーケのように成長が止まってしまったのだろうか。

「…ここで何をしてたの?」

 その質問には少年も答えてくれた。

「息抜き。ただぼーっとしてただけ」

「花畑、綺麗ね。貴方、ロマンチストね」

 ウルリーケがにっこりと笑うと、少年は顔を赤くした。

「う…いいだろ。リラックスしたかったんだ」

「…貴方も、魔力切れなの?」

 ほんの少し躊躇いながらも、ウルリーケが質問すると、少年は表情を改めた。

「…まぁ。ウルリーケさまほどじゃないけどね。僕は元々さして多くもない魔力を日々限界まで使い切ってしまって、なかなか成長に回せないだけ。使い切るのをやめれば、普通に魔力は貯まって、成長できるようになる。ウルリーケさまみたいに何年分も先の魔力を一気に使うなんて芸当は他の誰にも出来ないよ」

 ウルリーケは少年の言葉に少しほっとしつつも驚いた。少年は魔力について精通している。

「限界までって…何に使ってるの?」

「…秘密。でも悪いことしてるわけじゃないから安心して。…って言っても無理かぁー」

 自分が不審者であることを承知しているのか、少年は困ったように笑う。

「まぁ、ここの秘密基地みたいな無害なものに使ってるだけだよ。働いてると、ストレス貯まるじゃない?その解消に、誰にも見つからない場所でリラックスするための魔術使用。その程度の魔力で僕の一日の総量は消費されてしまう程度だから気にする必要もないでしょ」

 少年は軽い調子でそう言った。ウルリーケは眉根を寄せた。

「…働いているの?まだ子供なのに…」

「え、そこ?」

 ウルリーケの発言に少年は虚を衝かれたように、目を見開いた。

 ウルリーケと同じに、中身は外見よりももう少し大人かもしれないが、それでも自分よりは年下だろうと思えた。立派に保護対象だ。

「神殿に来れば、保護出来る。そしたらストレスも貯まらない」

 真剣な表情で話すウルリーケを、少年はまじまじと見つめた。未知のものを見るような目だ。

「…本気で言ってるんだね。…僕、自分で言うのもなんだけど、結構な不審者だと思うけど」

「…素性は知れないけど。でも魔術師はローグヴェーデンでは保護の対象なの。たとえ黒魔術師でも。黒魔術師なら猶更、というべきかも。虐げられてきた人たちだから、よけいに労わるべきなの。貴方は白魔術師みたいだけど、こどもだから。悪い人たちに攫われないために」

 まるで初めて聞く言葉のように、不可解なものを見るような顔をしてウルリーケの話を聞いていた少年は、ウルリーケが話し終えると、くしゃっと髪をかき上げた。

「…そっか。ウルリーケさまは、ローグヴェーデンの民だけじゃなくて、魔術師も守ったんだね」

 少年の顔に嬉しそうな笑顔が浮かぶ。ウルリーケは少年の笑顔に惹きつけられた。けれど次の瞬間、少年のその表情がすうと翳った。

「…ウルリーケさまはどうしてここに来たの。嫌なことがあったの?ローグヴェーデンの民は貴女に恩を仇で返すような愚かな過ちを犯したの?」

 そんな者は赦さないといわんばかりに、眦を吊り上げる少年にウルリーケはたじろいだ。

「だ、大丈夫。何もないから」

 首を横に振るウルリーケに、少年は疑わしいというような視線を向けていたが、ふっとその表情を緩めるとにこりと笑った。

「それならいいけど。……本当のことを言うとね、この国の民がもしウルリーケさまに害をなすようなら、僕はウルリーケさまをこの国から連れ出そうと思ってたんだ」

 少年の爆弾発言に、レオンが殺気立った。無理もない。立派な誘拐宣言だ。

「連れ出すって…どこへ?」

 少年の発言に驚きながらも好奇心からウルリーケが問うと、少年は謎めいた微笑みを浮かべた。

「ウルリーケさまがその気になったら教えるよ」

 ウルリーケは困惑した。

「…どうして…」

「そろそろ戻りなよ、ウルリーケさま。みんなが心配するよ?」

 少年はそれ以上口にするつもりはないようだった。にっこりと笑ってはぐらかす。

 ウルリーケは口を噤んだ。帰らなければ――そう思うのに、一歩が踏み出せない。まだ気持ちの整理がついていない。誰にも知られたくない、ぐちゃぐちゃな感情。それを抱えたまま帰るわけにはいかない。知らず、泣きそうな顔をしていたのかもしれない。少年が慰めるようにふわりと微笑んだ。

「まだ帰りたくないなら遊んでいきなよ。ウルリーケさまはずっと王城に籠ってばかりだから城下のことなんて何も知らないでしょ」

 そう言ってウルリーケの手を取ると、ふっと息を吹きかけた。次の瞬間、ウルリーケの姿は焦げ茶色のお下げ髪に、裾に刺繍の入った紺の木綿のスカートの、どこにでもいる町娘になっていた。

「!」

 レオンが少年に掴みかかろうとするのと、少年がウルリーケをレオンに突き飛ばすのが同時だった。

「行ってらっしゃい。楽しんできて」

 にっこりと笑って少年が一歩下がる。それと同時に二人の周りに円形の光の柱が立つ。転移陣が発動したのだ。

(な―――)

 ウルリーケとレオンはその場から消え失せた。


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