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出会いは別れ、別れは出会い その③

 僕の身に何が起こったのか。

 それを理解できたのは、意識を失ってからすぐのことだった。

 暗い暗い、地下室のようなこの空間。何もない。

 そこにあるのは、どこまでも続く長い闇。

 出口も入口もない。絶対迷宮だ。

 しかし、僕は意外と冷静だった。

 もしかしたらという、心構えがあったからこそなんだろうけれど。

 さて、どうしたもんかね。

「なあ、あんた、どこへ行けばいいのか、分かってるのか?」

 僕は僕に語りかける。たとえじゃなく、そのままの意味で。

 いま僕の身体は乗っ取られている。

 いわゆる、憑依というやつか。

 ボスから一度、説明をされたことがあった。幽霊によって、人間の身体を乗っ取られてしまう。それを憑依と言うらしい。

 幽霊が人間に憑依するためには、色々と条件があるみたいだ。

 まず、幽霊の存在を認識できる人間であること。次に、その幽霊と少なからずの繋がりがあること。最後に、憑依される人間が、それを許可することだ。

 つまり、僕は幽霊の存在を認識できるし。いま僕の身体を乗っ取っている幽霊と少なからずの関係があるし。そして、僕は憑依されることを拒まずに、許可した。

 さすがに、あまりにも突然の出来事ではあったから、数瞬戸惑ったが、それでもまあ、僕の身体を貸してやるに値する幽霊だったので、こうしているわけだ。

 それにしても、やっぱり、今日は何か嫌な予感がしてはいたが、的中するとはな。

「おーい、無視か? せっか身体貸してやってんのに、その扱いはどうなの?」

「いや、すまない。少し考え事をしていて。それで、何かな?」

「だから、どこへ行けばいいのか分かってるかって、聞いてるんだけど」

「分かっているさ。だって、あそこは、俺とセレスの、思い出の場所だから」

「思い出の場所、ねえ。本当に勘弁してくれよ。だいたい、あんたは成仏したんじゃなかったのかよ? あの時、あの場所で、僕は確かにあんたを成仏させた、そう思ってたんだけど」

 セレスさんの夫、中村昭一なかむらしょういち

 もう名前からして、随分と古臭い。

 色々と聞きたいことはあるけれど、まあそれは、後回し。

「成仏できてないってことは、あれからずっと、この世を彷徨い続けてたのか?」

「いや、そういうわけではない。俺は確かに、あの時成仏したんだ。けど、セレスは成仏しなかった。それからしばらく、俺は悩んださ。どうして一緒に、俺と一緒に、成仏しなかったんだろうと」

「それについては、僕も全く同意見だ。僕は二人の願い、まあ怨念を、晴らしてやったはずだ」

 少しだけ昔のことを思い出す。

 セレスさんと中村と出会ったのは、僕の初仕事の時のこと。

二人が幽霊となったのにはちょっと、複雑な事情があった。

 太平洋戦争が勃発する、少し前のことだ。日本とアメリカ、両者の関係が、かなり悪化していた時だ。アメリカからの経済制裁を日本は受けることになり、石油などの燃料や鉄を日本に輸出しないと、アメリカが言いだした。

 それで、このままでは不味いということで、海外に留学していた中村は日本に帰って来た。しかし中村は、なんとその留学先で外国人、つまりはセレスさんを婚約者として日本に連れてきたのだそうだ。

 ただ、中村とセレスさんが結婚をすると言い張っていただけで、周りの人間は猛反対したそうだ。そして、いよいよ戦争が始まった。かの有名な、太平洋戦争だ。

 当然、中村も戦争に駆り出され、結婚することなく、そのまま中村は戦死。

 ここまでは、まあ失礼なことを覚悟の上で言わせてもらうが、ありがちである。

 あの戦争で、二百万人以上の死傷者を出したのだから、中村みたいに戦死してしまった人間は大勢いる。戦死していったやつらが全員、幽霊になるわけじゃない。

 特別な気持ちを抱えていない限り、人は幽霊になれない。

 じゃあ何故、中村は幽霊となってこの世に留まったのか。

 それはずばり、セレスさんのことが心残りで、心配だったから。

 セレスさんは色んな人に迫害されていたらしく、そんな状態で、中村は戦争へと駆り出されてしまい、不安を抱えていた。

「俺がセレスを連れてこなければ、もっと幸せな人生を送れただろうに」

 これが中村の口癖だった。つまり、言ってしまえば、中村の怨念は、セレスさんへの申し訳なさから生じたもの。

 一方、セレスさんは、自分が中村との結婚を受け入れてしまったものだから、そのせいで中村の立場を悪くしてしまい、それが気がかりだったんだと。

 なんでも、中村はかなり有名な研究者だったとかで、本当であれば戦争に駆り出されることはないほどの頭の良さだったらしい。

 補足として、そういう秀才というか天才は、国から大切に保護され、代わりに戦争兵器を造るべく、研究者として国に残されるらしい。

 ただ、中村の場合、セレスさんの存在がネックになってしまったわけだ。

 外国人なんぞと結婚すると言い張る中村は、非国民として非難され、結局、戦地に赴くこととなった。

 セレスさんは悔い、それが怨念となって、今に至る。

 相思相愛。正しく、こんな言葉がぴったりだ。

 自分ではなく、相手のことを思いやり、それが結果として怨念となってしまった。

 さて、長々と説明したけれど、先にも言ったが僕は二人の怨念を晴らしてやったはず。

 結婚できずに死んでしまった二人のために結婚式を挙げ、お互いの愛を確かめ合い、それで成仏、めでたしめでたし、のはずだったのに。

 セレスさんは成仏しないし、とっくに成仏したと思った中村もそうじゃなかったし。

 全然だめじゃん、僕。

 何も仕事してないじゃん。

「ああ……ていうか、ユリのやつ絶対心配してるよなぁ……」

「ユリ? それはもしかして、さっき君と一緒にいた女の子のことか?」

「そうだよ、そいつ」

「そうだな、確かに凄い顔をしていた。もう、この世の終わりみたいな、そんな感じだ」

「え、なにそれやばくない?」

「ああ……やばい、というやつだな」

「他人事か」

「他人事だね」

 むかつく。少しは申し訳なさそうにしろっての。

 ユリのお説教は避けられないとして、今はとにかく、こっちをどうするか考えるべきだな。

「あのさ、あんたは結局、どうしたいんだよ」

 しばしの間をおいて。

「自分でも分からない。ただ、漠然と、セレスと会いたい一心でここまでやってきた」

「でもまあ、いちおう、成仏したことはしたんだろ?」

「そうだな。あの世を見てきた。けど、セレスのことばかり考えてたら、あっちの人に言われたんだよ」

「あっちの人? それはつまり、あの世の住人みたいな?」

「ううん、細かい説明は、君にしたところで理解できないだろうから省かせてもらうよ」

 死んでからのお楽しみか。いや、楽しめるのかどうか分からないけど。

「それで、なんて言われたんだよ」

「そんなに奥さんのことが気になるなら、一度会いに行ったらどうだ、って」

「え、何そのノリ。そんな気楽な感じでいいの?」

「いや、もちろん、あの世に帰ったら、それなりに罰則みたいなものを科されるよ。死んだ人間がまた、幽霊としてこの世に戻ってくるんだから」

 僕はごくりと息を呑む。罰則ということはつまり、針の山を歩かせられるとか、糞尿地獄に突き落とされるとか、そういうことだろうか。

 すると、僕が想像していたことを見透かすように、中村は言った。

「いやいや、地獄なんてものは存在しない。あの世にあるのは、ただただ平和で、平凡で、平穏な毎日だけだ」

「それは、つまりは天国ってこと? ていうか、悪さをした人間もそこにいけるのか?」

「いや……」と、中村は決まり悪そうに言う。

「罪を犯した人間は、あの世に行くことは許されず、再びこの世に、別の人間として生まれ変わるんだよ」

 なるほど。誰かが言っていたな、この世そのものが地獄みたいなものだ、とか。

 生き地獄とは、こういうことを言うんだろう。

「で? あんたはどんな罰則を受けるんだ?」

「生まれ変わりだ」

「……それ、本当に?」

「本当だ。罪人と同じように、俺もまた、この世に生まれ変わるんだよ」

「なんていうか、それって良いことじゃないか?」

 全然、罰則になっていない気がする。

「いや、そんなことはない。一度、あの天国を体験してしまったら、もう二度と、この世には戻りたいとは思えないよ」

「そういうものなのか……」 

「そういうものだよ」

じゃあ、それなら、悪いことは絶対にしない。僕は心に、そう強く誓った。


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