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番外編 とあるアキラの昔話

 僕には昔から、妙な特殊能力があった。


 いや、別に、空を飛べるとかそういうわけではない。そしてまた、人類のためになるような力でもない。言うなれば、あってもなくても差支えのない能力。そんなところだ。


「………」


 あまり話を長引かせても退屈だろう。だから、いますぐに教えてしまおうか。


「あっ……」


 いや、少し待ってくれ。すぐに教える。すぐに教えるが、コーヒーを一口飲んでからにしよう。ちなみに僕は、甘いカフェオレなどは飲まない。僕が好むのはブラックだ。


 理由は色々あるけれど、やはり、ブラックコーヒーはカッコいい。そういうことだ。


 使い古したカップを手に取り、それを少しだけ傾ける。最初に香ばしい匂いが鼻腔をくすぐり、次にどこまでも渋い味が舌の上を泳ぐ。ゆっくりと喉元まで液体を運び、そしてゴクリと飲みこむ。熱い――というわけもなく、ヒヤリと冷たい感覚が胃に向かって駆け下りる。


 口内に広がる苦味は、コーヒー独自の余韻。


 僕はそれをしばらく堪能し、椅子に座り直す。足を組めるほど長くはないから、両足を机に乗せてエレガントな気分に浸る。


 行儀が悪いという意見は受け付けない。何故なら、ここは僕の部屋であり、誰の目もないからだ。つまり、何をするも僕の自由。


「ふむ……」


 さて、余談はもう終わりだ。そろそろ本題に入ろうと思う。僕の特殊能力は、幽霊と会話をすることが出来るというもの。しかも、幽霊に触れることさえ可能だ。


 だから言ったはずだ。大した能力じゃあないと。


 まあ、それいい。では、さらに話を進めようと思う。


 現在、僕は自分の部屋にいる。ざっと見渡すと、まず木製の扉があり、漫画と小説が詰め込まれた本棚が一つあり、そして目の前には勉強机がある。それだけだ。


 まさに無趣味を絵に描いたような部屋だろう。実際、僕に趣味などないから、これでいいのだろうけれど。


「ふむ……」


 ここまでは特に、面白くもなければ突拍子のないこともない。


 だが、しかしだな、この部屋には一つだけ普通とは違うことがある。それは何か。勘付いたやつは素晴らしい。勘付けなかったやつはさようなら。


 僕は、机から足を下ろして立ち上がる。そしてそのまま、ゆっくりと首だけ後ろに向ける。


「で、何しに来たわけ?」


 これは独り言ではない。むしろ、二人言。僕は彼女の返答を待たずして、首を元に戻す。


「いやいや、違うんだよアキラ」


 そう言って彼女は、僕の目の前にふわりとやってくる。


 着地と同時に髪の毛は揺れて、甘く爽やかな香りが漂った。


「何がどう違う」と、僕が目を細めて言うと、彼女は顎に手を添え考え事をする。


「何がどう違うと言われると……何がどう違うんだろうねって、聞き返したくなっちゃうな」


 言って、彼女は長い後ろ髪を軽く払い、ニコリと微笑みかけてくる。


 正直、美少女の笑顔は有毒だと思う。


 小動物のように愛嬌のある瞳に加え、艶のある赤い唇。さらにさらに、華奢な身体を見ていると思わず抱き締めたくなるし、露出したミルク色の太ももは触ってみたくなる。


 しかし、僕はそんなことはしない。何故なら僕は紳士だから――という冗談はさておき、理由は簡単だ。僕は幽霊に発情するほど愚かしい人間ではない。そういうことだ。


 さて、どうしたものか。幽霊に好かれやすい僕は、いま何をするべきなのだろうか。


 先程から笑顔を絶やさない彼女を前に、僕はとりあえずこう言っておいた。


「僕の部屋に居候するのはかまわない。だが、約束はちゃんと守ってくれ」


「まあまあ、そう言わずにさ。アキラだってもう、一人の男なんだから。女性の下着姿ぐらいでそう慌てちゃダメだよ」


 状況を整理しよう。いま、僕は幽霊と一緒にいる。そしてその幽霊は女性で、けっこう可愛い。繰り返そう。けっこうこいつは可愛いのだ。名前はサヤカと言って、年齢は僕よりも二つ下で十五歳。胸はまだまだ成長途中だが、妙な色っぽさがあるから困る。


 いや、というより――女性の下着姿をみれば、誰だって色っぽいなって思うだろう。


「くそっ……!」


 いけない。変なことを想像してしまった。目に見えるものが全てではないのだ。いたいけな少女の下着姿を見れば必然、妄想は飛躍し、未知なる領域へと足を踏み入れることになる。


「アキラ? どうしたの? ていうか、顔真っ赤だよ?」


「お前のせいだ!」


 思わず目を見開き牙を向くと、真っ先にピンク色の下着が視界に入る。夏に咲く桜は美しいが、どうしようもなく淫らなものだった。


 サヤカは、さほど大きくはない胸を強調するようにしてポンと手で叩いてみせる。


「アキラ、興奮してる?」


 ませたクソガキだ。年上の、言ってしまえば先輩にあたるこの僕に、興奮しているかどうか聞くなんて。そこは普通、「きゃっ!」とか「もぉ……」とか、反応すべきところだ。


 モデルさながらのポーズを決めるサヤカから目を逸らす。そして僕は、咳払いを一つしてから言葉を紡いだ。


「いいか? この家にいたいのなら、服を着ろ。それが出来ないのなら、出て行け」


 サヤカは不服そうに頬を膨らませ、


「だって、服を着たくても着れないんだもん」


 という、反論をしてきた。


 僕だってそんなことは理解している。幽霊というやつは、死んだ瞬間に身に着けていたものをそのまま引き継ぐ。だからサヤカが、たとえどれだけ洋服を着たいと思えど、それは不可能なのだ。つまり、サヤカは成仏するまで一生――下着姿。可哀想に。


「まあ、とにかく。僕の言いたいことはだな」と、やや強引に話を進める。「お前が服を着れないのは分かってる。それを知ったうえで、言ってるんだよ」


「つまり?」


「つまり――さっさと、出て行けと言ってるわけだ」


 冷たく言い放った僕であったが、サヤカは特に気にした素振りも見せずに言った。


「それはヤダ。成仏するまでここにいるもん」


「勘弁してくれ……成仏するまでって、いつまでだよ……」


 僕がため息をつくと、サヤカは人差し指を突き立て言った。


「一年ぐらいかな?」


「おい……いったいどんな怨念を抱えてるんだよ……」


「怨念? あたしは別に、誰のことも恨んでないけど」


「違う。そうじゃない」


 相変わらず目を逸らしたままで、僕は言う。


「怨念っていうのは、死んだ後もなお、心残りになっていることだ。要するに、やり残したこと。それをまとめて怨念と呼んでるわけさ」


「へえ……。その説明、わかりやすいかも」


 ちらりとサヤカの表情を確認すると、何故か切ないような悲しいような、そういう複雑な笑みを浮かべていた。


「かもじゃない。僕の説明は滅茶苦茶わかりやすいだろ」


 そう言って茶化してみたものの、どうにもさっきの表情が気になる。やり残したこと――もしかしたらサヤカには、自分の怨念が何たるかがピンときたのかもしれない。


「まあ、とにかくさ。あたしはアキラのことけっこう好きだし。もうしばらく、いさせて欲しいな。ダメ?」


 俯いている僕の顔を覗き込むようにして、サヤカは意地でも僕と目を合わせる。それに反抗するように、僕はそっぽを向く。しかしサヤカはまた、覗き込んでくる。


「やめろ。わかった。わかったから。とりあえずジッとしてろ」


「なんでそんなにアタフタしてるの?」


 依然として僕とサヤカは、目を合わせたり逸らしたりを繰り返している。さすがにこれでは埒が明かないので、僕は、両目を手で覆うことにした。


「目に毒だ! 身体に障る! だから女は嫌いなんだよ!」


「それはつまり、あたしのことも嫌いってこと?」


「………」


 面倒な女だとは思わない。何故なら、女なんてみんな、そういう生き物だから。


 僕は十七歳にして、この世の真理を理解しているのさ。


「ていうかさ、アキラ。話は変わるんだけどね」


 少し離れたところから声がする。恐らくサヤカのやつは、ようやく僕に気を遣ってくれたのだろう。ゆっくりと両目から手を外す。


「なんだよ」と言って、僕は声のした方へ振り向いた。そして、すぐに目を閉じた。


「おまっ――なんつう格好してるんだよ!?」


 目を閉じ、両手をバタつかせ、僕は必死に抗議する。


「え? いや、なんかさ、ずっと立ってるのも疲れるし」


「疲れるわけがないだろ! お前は死んでるんだから、疲れたとか痛いとかそういう感覚的なことは感じないはずだ!」


 サヤカがどのような恰好をしているのか。一言で表現するなら、両足を広げパンツが丸見えになってしまっている状態。


「そうなのかな? でも、暑いなーとか、寒いなーとか、感じるよ?」


「お前はそんなものより、羞恥心というやつを感じろ。自覚しろ。そして自重しろ」


「うわっ。アキラってもしかして、モテないでしょ?」


「どうしてそうなる」


 こればかりは不服を申し立てる他ない。僕は、女性の下着姿など見たくもないけれど、しっかりと気持ちを伝えるべくして、サヤカの目を見る。


 するとサヤカは、「ふふーん」と、やけに上機嫌な様子で言ってきた。「モテない男はね、彼女のすることに対していちいち難癖つけるものなんだよ? 知ってた?」


「いや、お前、いつから僕の彼女になった?」


 ジト目で見つめていると、サヤカは僕の言葉をさらりと受け流し言った。


「それでね、モテる女っていうのは逆に、そういうアキラみたいな面倒な男に対しても、とっても寛容な心で受け答えしてあげるの。でしょ?」


 何が「でしょ?」なのかはわからないけれど、そういうことにしておいてあげよう。


「そうだな」と、適当に相槌を打ち、僕は体育座りをしているサヤカに同情の視線を送る。


「さて……僕はもう疲れた。そろそろお前との会話も切り上げたいんだが」


 そう言って僕は、腕時計を確認する。時刻はまだ午後四時。しかし、体内時計はもう夜の十一時ぐらいであろうか。要するに、それだけ疲れたということだ。


「疲れたというか、変なやつに憑かれたって感じ?」


「上手いこと言ったつもりか? 座布団一枚どころか、座布団マイナス一枚だ」


「アキラこそ、上手いこと言ったつもり? 座布団一枚どころか、もはやあたしに土下座してもらいたいぐらいだよ」


 流石に、下着姿に慣れてきた――というわけもなく、僕は相変わらずサヤカを直視できずにいた。だから、チラ見するぐらいしかできない。


「とにかくだな、一日中ここにいられたら、僕の精神が崩壊する。だから、お前がここに来ていいのは午後三時から午後四時までの一時間。わかったな?」


「はーい」と、気の抜けた返事をすると、サヤカは屈託のない笑顔を僕に向ける。そして、そのまま床をすり抜ける。


「あっ、そうそう、アキラ」


 頭だけ床から出して、サヤカはやはり笑ったまま、こう言った。


「一週間そこらの間柄だけど、なんかさ……アキラって、良い人だよね」

「はあ……?」


 突然の発言に疑問符を浮かべている僕。一方、三日月のように目を細め、満面の笑みを浮かべるサヤカ。よくわらかないが、サヤカに褒められて悪い気はしなかった。


「まあ、そうかもな」


 照れ臭さから言葉を濁してみたものの、サヤカは「かもじゃないでしょ。そうだよ」と、いつになく強気に言ってきた。


「………」


「じゃ、またね」


「ああ、もう二度と来るなよ」


 皮肉交じりの別れの言葉――それでも、サヤカは楽しそうに、嬉しそうに、僕に手を振り消えていった。


「またね、か……」


 口数の多いサヤカが消えて、一人残ったこの部屋では、呟きでさえもやけに大きく反響したような気がした。


「二度とは来て欲しくないけど、一度ぐらいなら――ああいうやつも、嫌いじゃない」


 ひとりでにニヤリと笑う。何だか悪役さながらのニヒルな笑みを浮かべているような気がする。頬をキュッと指で引っ張って、笑顔の練習をしてみる。


「違うな……もっと、こう、カッコよく」


 椅子に腰かけ、机から手鏡を取り出し、思い切り顔の筋肉をゆるめる。


「これはなかなか、爽やかなスマイルだ」


 もう気が済んだので、引き出しに鏡を放り投げる。背もたれに寄り掛かり、グッと大きく背伸びをする。そうして、欠伸を一つこぼして目を閉じる。


「やっほー! あのね、さっき話忘れてたことがあるんだけど!」


「………」


 サヤカが成仏するのは、いったい、いつになるのやら。


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