ラストはいつも、悲しみを伴う その③
目を開けると、僕は見覚えのないベッドに横たわっていた。ふかふかで、温かくて、思わず二度寝をしてしまいたくなるほどだ。
「あら、ようやく目を覚ましましたね」
「えっと……ここは――」
と、そこで、思考が一気にクリアになっていく。
「ユリ!」
慌てて起き上がり、あたりをきょろきょろ見渡すも、ユリもいなければセレスさんもいなかった。焦る気持ちをどうにか落ち着け、ベッドの横に座っている香苗さんを見る。
「あの、終わったん、でしょうか……?」
読みかけの本を閉じ、屈託のない笑顔で香苗さんは言った。
「はい、終わりました。もう……綺麗さっぱり、終わってしまいました……」
どくんと心臓が跳ね上がり、僕は、状況を呑みこんだ。
「そう、ですか。終わり、ましたか……」
「その、ありがとうございました」
「はい?」
もじもじと身体をくねらせながら、香苗さんは僕から視線を逸らす。
「だから、ええっと……色々と、ユリや私の手助けをしてくれて、ありがとうございます、という意味です……」
「ああ、いえ、僕は何も……」
「お礼といってはなんですが、この後、お食事でもいかがですか……?」
可愛い女の子のお誘いなら、断る道理もなかろう――とはいかず。
「いえ、結構です。この後、やらなければいけないことがあるので」
残念そうに俯きながら、香苗さんは肩を竦める。
「分かりました……では、また別の機会にしましょうか」
「そうしていただけると、助かります」
やたらと重たい身体を持ち上げ、僕は歩みを進める。
後ろ向きのまま、最後に一言だけ。
「悔いのないように、生きてくださいよ?」
口元を手で隠しながら、香苗さんは笑う。
「分かっています。もうこれからは、一生懸命に生きますよ」
「それがいい……」
部屋を出ると、香苗さんが外まで送ってるくれるとのことで、その後ろについていく。
外はすっかり暗くなっていて、朝よりも格段に寒さは増している。
「それじゃあ、お気をつけて」
「ああ、ありがとう。それじゃ」
元来た道を引き返し、僕は歩く。
「終わったのね」
どこかのタイミングであらわれるとは思った。なぜあの場から消えたのかは、特に聞くことはせずに、セレスさんを見やる。
「お前は、いつもいつも、肝心なところで姿を消すよな」
「仕方ないでしょう。見ていられなかったのよ」
まあ、気持ちは分かるけれど。
「じゃあ、別れの挨拶ぐらいは済ませられたのか、ユリに」
「ええ、まあ……そうね」
なんだ? やたらと歯切れが悪いじゃないか。
「そうか……良かったな。僕は結局、何も言えなかった。色々と言いたいこと、言うべきことがあったんだけど……仕方ないか……」
心にぽっかりと、大きな穴が開いてしまった、そんな気分だ。ユリはもういない。もう、いないのだ。成仏できたことを祝福してあげるんべきなのだろうけれど、やはり、それは無理だ。
無理なものは無理。
と、そこで、僕の携帯電話が鳴った。
「はい、もしもし」
「ああ、アキラ? もしもし」
「ボス、何か用ですか?」
電話越しではあるが、なんとなく、ボスがいま笑ったような気がした。
「終わったの?」
「そうですね、終わりました」
「御苦労さま。じゃあ、そうだな……うちからご褒美をあげよう!」
嫌な予感しかしないけれど、とりあえず最後まで聞こう。
「なんでしょうか……」
「しばらく休暇をあげるよ。ここ最近、やたらと忙しかったでしょ? だからゆっくりしなよ」
おお、嫌な予感が初めて外れた。
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん。うちからはそれだけ。それじゃあ」
「はい、失礼します」
携帯をズボンのポケットにしまい、再び歩く。
「よかったじゃない。久々のお休みね」
「よくない。僕は暇というものが、この世で一番嫌いなんだ」
セレスさんは大きくあくびをして。
「あらそう……変わった人間ね」
と、退屈そうに言うのであった。
「あ、ちょっと、土手に寄っていってもいいか?」
僕の心を見透かすような目で、セレスさんは見つめる・
「かまわないわ。そうね……あなたとユリの、思い出の場所なのだから、そうするべきよ、最後ぐらい」
「ありがとな」
空に浮かぶ、無数の星を眺めながら、僕は土手へと歩いていく。もう目と鼻の先に土手が見えてきて、なんとなく僕は、安心した。
第二の我が家じゃないけれど、この場所は不思議と落ち着くんだ。
「それじゃあ、私は先に帰るわよ」
「ああ、分かった」
ふわりふわりと消えていくセレスさんを見送って、僕はいつも座っていた場所に腰掛ける。ベンチなんて便利なものはなく、僕は、いや、僕らはいつも、地べたに座っていた。
「ユリ……あの世でも元気でな。いつになるかは分からないけど、僕もそっちに行くよ」
誰かがこちらに近づいてくる音。散歩でもしているのだろうか。足取りは軽く、まるで踊っているかのようなステップだ。
これは、スニーカーではないな。
ローファーでも履いているのだろう。こつん、こつん、と、雑草の生えていないアスファルトを歩く音。ぴたりと僕の背後で止まったかと思うと、くすりと笑い声が聞こえてくる。
僕は後ろを振り返る。
「土手っていいよなぁ……僕の地元にはさ、こういうのないから、羨ましいよ、だっけ?」
夢現、というやつなのだろうか。現実なのか夢なのかも分からぬまま、僕はとりあえず、笑うのであった。
幽霊なんていう、不可解な存在がいるくらいだ。
こういうことがあっても、不思議じゃな