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始まりはプロデューサー

お久しぶりです。鳥羽ふしみです。ジャンル選択するのにかなり悩みましたが、コメディとして扱わせてもらいます。少しジャンル違いかもしれませんが、他に当てはまるようなジャンルがなかったので、ご容赦ください。

 この世には事故物件と呼ばれるものがある。

 自殺、他殺、孤独死。何らかの理由で、人に不幸が降り注がれた土地、もしくは部屋。そういった物件は、気味悪がられ、人は寄りつこうとしない。

 例え破格の値段で売られても「実はここ、事故物件なんですよ」と言われてしまえば、やはり住みたいとは思えないだろう。

 しかし、そうは言ってもやはり、そんなものは気にしないと住み着く人もいる。

 だが忠告しておく。ヤメテオケ。

 必ずやつらは出るのだから。見てしまった後に後悔しても、もう遅い。別に僕らに危害を加えたりはしない。けれど、まあ、普通の人間には荷が重すぎる。

 だからもう一度言うがやめておけ。事故物件には近づかないほうがいい。

「お、お客さん? ほんとに……いいんですね?」

 この親父はいつまで粘るつもりだ。売りたくないわけじゃないだろうに。

「くどいですね。僕がいいと言ったんだから、それでいいんですよ」

 親父は残り少ない髪の毛をポリポリと掻いた。この仕草は、これで今日四回目だ。

「そうですか……それじゃあ私は、ちゃんと伝えましたからね? ちゃんと事故物件だって言いましたからね? 後で訴えたりとかやめて下さいよ」

「ああ、大丈夫だ」

 渋い顔をしながらも、ようやく売る気になったのだろう。ごちゃごちゃとした店の奥へと引っ込んでいき、なにやら書類を手渡してきた。

「それじゃあ、ここにサインを」

「はいはい」

 気のない返事をしてから、書類にざっと目を通す。まあ、こんな難しい書面を読んでもほとんど理解できない。僕バカだから。

 でもさ、あからさまに読んでないなって気づかれるのも嫌じゃん?

 だからあえて、僕はこの契約書を読んでるふりをしているんだ。

「あの……お客さん?」

 親父は弱々しい声で言う。

「早くサインしてください……」

 分かっているとも。さっさと売ってしまいたいんだろうさ、こんな忌々しい部屋なんて。

「はいよ」

 雑にサインを書き連ね、紙きれを親父に渡し、同時に一つの名刺も渡す。

「こ、これは?」

「金はそこに請求してくれ」

 事故物件の処理を仕事にする、その名もアキラ事故物件処理事務所。

 すごい胡散臭いとは自分でも思う。

 それに、色々とツッコミたいことはあるかもしれないが、とりあえず我慢してくれ。

 表向きの仕事は事故物件の処理。じゃあ裏向きはと聞きたくなるだろうけど、これもとりあえず我慢してくれ。百聞は一見に如かずってやつだ。

 僕は店を後にして、しばらく街中を歩く。今は九月の初め、まだ夏の名残はあるものの、微かに秋の気配が姿を見せ始めている。

 お惣菜の匂いが漂う商店街を掻い潜り、ようやく人気のない所まで到着。すると背後から、誰かが僕に話しかけてきた。

「上手くいったね、アキラ!」

「まあな。ていうか、そんなことより、いきなり話しかけるなっていつも言ってるだろ?」

「えへへ……ごめんごめん。ついうっかり」

 頭にこつんと拳をぶつけて、やや反省したような素振りを僕に見せる。古い。古すぎる。そんなことするやつは、もう現代にはいないんじゃないか。いや、ここにいるけれど。

 僕は雲のようにフワフワと浮く少女に言った。

「気を付けろ。下手したら僕は、頭がおかしいと思われかねない」

「はいはーい」

「返事は一回」

「ほいっ!」

「そういう問題じゃねえよ……」

 屈託のない笑顔を向ける少女を横目に、僕は周りに人がいないか確認する。右、左……よし、誰もいない。

「それじゃ、また人ごみの中歩くから、しばらく静かにしているように。いいな、ユリ?」

 恐らく了解という意味をこめた、親指をグッと突き立てる仕草をしたユリを見て、僕は再び歩みを進める。

 さて、この辺で自己紹介をしておこうか。

 僕の名前はアキラ。先に言うがこれは偽名だ。

 幽霊に本名を知られるということは、それはもう自殺行為と言える。

 もし知られたら、簡単に相手に憑依されてしまう。憑依されれば自我を失い、自我を失えば自分じゃなくなる。だから知られるわけにはいかないんだ。

 そして僕がユリと呼んだこの少女。

 透き通った白い肌に、枝毛一つ見つからない良く手入れされた黒い髪。制服の肩の辺りまで伸びたその髪は、思わず触れてみたくなるほど美しい。

 ぱっちりと開かれた両目は、日本人らしからぬ、という感じである。

 この少女を一目みれば、美人という言葉がすぐに思い浮かぶ。

 しかし、だな。世の中はそう上手くはいかないものなのだ。

 確かにこいつは可愛い、それもとびっきりに。

 もうこっちから「付き合ってくれ!」と、土下座してお願いしたくなるほどである。

 けど、それもこいつが生きていたらの話。

 もう一度言うぞ? こいつが生きていたらの話だ。

 どういうことかって? おいおい、まだ分かんないのかよ。

 それならもっと簡単に言おう。

 こいつは幽霊だ。僕がユリと呼んだこの少女は幽霊。だからさっき僕はこいつに、あまり話しかけてくるなと言った。

 もちろん僕以外の人には、ユリの姿は視認できないし声を聞くことも不可能。

 つまり、僕がユリの呼びかけに反応してしまえば、周りから見たら僕は、一人で誰かと話をしている、おかしな人になってしまうわけだ。

 それなら反応しなければいい。

 いや、そうもいかない。僕はこいつに話しかけられると、どうしても反応してしまう。我慢しろと言われてもそれは無理だ。無理なものは無理。

「着いたぞ」

 二階建ての建物の前で、一人呟いてからドアを開け放つ。中は書類やら本やらでごった返し、とても綺麗とは言えない様子である。おまけになんか匂うし。

 なんていうか、カビ臭い。

「ふぅ……やっと着いたぁ……」

 ずっと話したいのを我慢していたのか、ユリは事務所に着いた途端、ベラベラと言葉を紡ぐ。

「あの肉まん美味しそうだったなぁ……。それからあのコロッケも! この世には美味しそうなものがたくさんあるって言うのに、どうしてあたしには食べることができないの!? 不公平よこんなの!」

 食べ物のことばっかだ。やはり食い物の恨みは恐ろしい。死してもなお、こんなに食に対する欲があるのだから。

「ねえ、アキラ? この気持ちはどうすればいいの!? あたしはこのやり場のない気持ちをどう処理すればいいのよ!?」

 両手をバタバタとさせているユリを無視して、僕は椅子にボスンと座った。

 言い忘れてたけど、ここが僕の事務所だ。

 従業員は……この場合ってカウントしていいのかな? まあいいや。とりあえず従業員はいない。僕一人でこの事務所をやり繰りしてる。そして冒頭で話した裏向きの仕事だが、それはまさしく幽霊を成仏させることだ。

 正確に言うなら、人間一人に幽霊二人? 幽霊ってなんて数えればいいんだ?

 まあとにかく、そういうメンツで仕事をしているわけだ。

「おーい、セレスさーん! コーヒー淹れといて!」

 二階に向けて大きな声を出す。ちなみにこの建物の一階は事務所で、二階は移住区。セレスさんというのは、さっき言ったもう一人の幽霊のことだ。

「それが人にものを頼む態度かしら? ちゃんと礼儀をわきまえなさい」

 死人に口なし、なんて言葉があるけれど、それはどうだかな。

 あるじゃないか、ちゃんと死人にも口が。ちょっと意味が違うけれど。

「ほら、どうしたのアキラ? さっさと私にお願いしてみなさいな。私の淹れたコーヒーが飲みたくて仕方がない、だからどうか淹れて下さい、と」

 いまだ姿を見せることなく、セレスさんは暴言を吐き捨てた。

 さすがに、普段は温厚な僕でも腹が立った。

「冗談じゃない。だいたいお前、居候の分際で生意気だぞ? もっと僕を敬え」

「仕方がないでしょう。私だってこんなところに、いたい訳じゃないのだから」

 じゃあなんで成仏しないんだ。よっぽどそう言ってやろうかと思った。けれど、こいつが成仏できないのにはきっと理由があるはず。

 幽霊というのは、なんらかの後悔や恨み、そういうものを死ぬ寸前にもってしまった人がなるものだ。

 先に説明しておく。僕はそういう後悔や恨みを総括して怨念と呼んでいる。怨念なんて言うと、どうしてもおっかないイメージがあるとは思う。まあでも、そんな恐れることはない。

 言ってしまえば、やり残したこと、みたいなものだ。

 そして、当然それらの怨念を解消すれば、幽霊は成仏する。ここにいる二人もきっと例外なくそのはず。ユリやセレスさんと出会った経緯はここでは省かせてもらうが、僕はこの二人が成仏できるように助力し、そしてその目的は達成した、はず。

 それなのにこの状況だ。二人の怨念が別にあると考えるのが妥当なのだろう。

 きっとそうなんだろうけれど、ユリにしてもセレスさんにしても、その別の怨念とやらを僕に教えようとはしないのである。言いにくい、もしくは僕じゃ解消できない。そんなところだろうか。頬杖をつきながら黙考をする僕に向け、ユリは言った。

「どうしたのアキラ? さっきからボーっとしちゃって」

「いや、セレスさんには困ったもんだなあって」

 ユリは僕の頭上をグルグルと浮遊しながら、こちらの様子をうかがっている。幽霊だから為せる技。鬱陶しいことこの上ないけど。

「まあまあ。きっとセレスちゃんのあれは照れ隠しだよ!」

 アホか。あんなのが照れ隠しだとしたら、あいつは一生男とは付き合えない。考えてもみろ。例えばどっかの男が、セレスさんに愛の告白をしたとしよう。

 そしたらきっと「本当に私のことが好きだというのなら、態度で示しなさい? ほらほら、私の足を舐めてみなさいな」とか、平気な顔で言うぜ。まあ、もう死んでるからそんな心配は必要ないけれど。

 まじまじと顔を見ていたせいか、ユリは怪訝そうな表情をする。

「あたし、なんか変なこと言った?」

 ユリは僕の目の前に顔を突き出し、鼻と鼻とがくっつきそうなほど近寄る。

「どわっ!」

「い、いきなり大きな声出さないでよ!」

 ユリから距離をとろうと慌てて椅子から立ち上がる。しかし、その拍子に体勢を崩し、情けなくも、冷たい床に尻もちをついた。

「痛ってぇ……」

 そんな僕を見て、ユリはとても心配そうな顔だ。

「わっ、ちょっとアキラ? 大丈夫……?」

「あ、ああ。大丈夫だ。問題ない」

 あくまでもカッコよく、そして優雅に立ち上がる。まあ、転んでる時点でカッコつけるも糞もないが。

 この一部始終を見ていたのであろう、意地の悪い笑みを浮かべたセレスさんが、二階の床をすり抜け、僕の真上に姿をあらわす。

「あら、どうしたのかしら? まさか幽霊のユリに発情でもしたの?」

 いつもと同じく「どこのお嬢様だよ!」とツッコミを入れたいのを僕は我慢した。名前からもう分かると思うが、セレスさんは外国人である。

 どこで日本語を覚えたのかは、何時の日か語る時が来る。かもしれない。

 それにしても、発情とはまたとんだ勘違いをされている。

 犬じゃあるまいし、せめて興奮とかそういう単語を使ってほしい。

 話を戻そう。

 確かに僕は、ユリの顔があまりにも近くにあったものだから、多少はドギマギしてしまったのは事実。けれど、それと発情とでは似て非なるもの。

 言うなれば、淡い恋心を抱いた青年のような、清らかな気持ちだ。そこには決して、邪な感情など介入の余地はない。

「勘違いするな。僕はお前らのことを女としては見ていない」

 そうきっぱりと言い放つと、セレスさんはいっそう邪悪な笑顔をつくり、じりじりと僕との距離を詰めていく。

「あら、そう……。それは良かったわ」

 真正面にペタンと座り込み、やや上目づかいで僕を見つめてくる。

「な、なにが良かったんだよ?」

「なにが良かった、ねえ……。それはもちろん――」

 そこまで言いかけると、セレスさんはヒラヒラしたスカートの裾を徐々にまくり上げ、両足を体育座りのような形にする。

「私たちのことを女として見ていないというのなら、あなたの目の前で下着を見せつけてもかまわないわよねえ? ふふふ……」

 黒色のニーソとスカートの間の絶対領域が、段々にその範囲を広げていき、ついには太ももまでもが露わになる。

 このままいけば、その暗闇の奥に眠る秘境を、垣間見ることができる。できてしまう。

 だが、しかし、それじゃあダメだ。まるで分かっていない。

 パンツというのは、見えないからこそ価値がある。

 もし、それが見えてしまったら、それはパンツなんかじゃない。

 それは……それはもう――

「そんなものはただの布きれだろぉぉぉぉがぁぁぁぁぁ!!」

 言い切った。僕はしっかりと全てを言い切った。ああ、そうさ。この世の男性の気持ちを代弁してやったとも。

 まるで女は分かっちゃいない。パンツ見せとけば男は喜ぶとでも思っているのだろうよ。

 勝ち誇ったように、僕は拳を突き上げた。

 それはもう、ボクシングで世界王者になったみたいに。

 っておい、セレスさん。なんだその表情は。この世の終わりを見たかのような、あの顔。なにか変なこと言ったか、僕。

 と、そこで、ユリが慌てた調子で言葉を発した。

「あれ……? アキラ! 外を見て! 早く早く!」

 顔を窓にベッタリとくっつけて、こちらを見ずに手招きをするユリ。一方セレスさんはと言えば、僕の有難い言葉に感激したのか、その場で座り込んだまま動こうとしない。

「どうした?」そう短い言葉で返事をしてから、すぐに僕も窓辺に向かった。

「見て見て! なんかもの凄い数の人が成仏してるよ!?」

 そんな馬鹿な。身を乗り出して窓を開け、生ぬるい風を顔いっぱいに受け止める。

 って違う違う。外の空気を吸っている場合じゃない。

 急いで外を見渡せば、そこには無数の幽霊の魂が。幽霊は成仏するとき、魂となって消える。

 それを考慮した上で、一度、両目を擦ってから再確認。

 なるほど。これは間違いない。幽霊が成仏した。しかもこんなに大勢。

「これは……まさか」

 外の様子を見たセレスさんは、後ろでフラフラと浮かびながら、何かが分かったような口ぶりで言う。

「アキラの叫びが、あの幽霊たちを救ったのね……きっと」

 僕が救っただと? 何故だ? 僕は何もしていないぞ?

「まだ分からないの? あなた言ったじゃない。下着なんてただの布きれだって。きっとそれに共感した、数々の幽霊たちが、成仏していったのよ」

「アホか」

 もうこんなやり取りには付き合ってられない。そう思った僕は、右手で軽くセレスさんの頭を小突く。「痛いわ」と、冷静に対応するセレスさん。

 どういうわけか、僕はこうして幽霊に触ったりできるのだ。

 その逆もまた然りで、幽霊が僕に触れることも可能。

 そうだな……幽霊とはいえ、僕からすれば生きている人間と何も変わらない。

「それで、僕がなんだって?」

 さっきのセレスさんの間抜けな見解は、聞かなかったことにして。

 もう一度聞いてみることに。

「だからもう一度言うけれど、アキラが下着は――って何するのよ!?」

「お前がアホなこと言いだすから」

 二回、三回、と連続チョップをかます。

「クッ……屈辱だわ……頭を三度も叩かれるなんて……」

 痛む頭を手でおさえつつ、少しばかり憎しみをこめたような顔で、セレスさんは僕を見る。

「ユリ、お前はどう思う?」

 仕方がないからセレスさんは放っておいて、ユリに意見を求めた。しかし、渋い顔をしながらこう言ったのだ。

「あたしも……セレスちゃんの言う通りだと思うけど?」

「本当にそう思うのか?」

 僕には到底そんなことは信じられなかった。だってさ、幽霊というのは、後悔や恨みなどの怨念を持った存在なわけだ。

 つまり、いま成仏していった幽霊たちは「下着はただの布きれ!」そんな言葉を言い残せなかったばっかりに、この世に留まっていたというのか。

 ばか言え。そんなことはあり得ない。あり得たとしたら、それはもう日本やばい。

 変態の巣窟である。

「アキラ! こっちに誰か飛んでくるよ!」

 どういう状況だよ。再び窓に駆け寄り、その飛行物を確認する。

「……あれは何だ?」

 隣にいたユリに聞くと、間髪入れずに答えた。

「魂だね。きっと成仏する前に、アキラに言いたいことがあるんだよ!」

 なるほど。ユリの言葉に僕は納得した。

 というのも、僕のおかげで成仏できるようになった幽霊たちの中には、律儀にも最期にお礼を言っていくやつもいる。

 こちらに向かって飛んできているあの幽霊は、きっと僕にお礼が言いたいのだろう。理由はよくわからないけれど。

 それからしばらくすると、男性の幽霊がこの事務所に到着した。見た感じ、おっさんだ。年齢は四十歳くらい。

 まあ詳しいことは置いておいて、さっそく話を聞いてみよう。

「初めまして。僕の名前はアキラです。あなたは?」

 まるで神に拝むかのように両手を結び、いきなり大粒の涙をこぼしながら僕にこう言ってきたのだ。

「うっ……うぐっ……あなたのような方に……出会えてよかった。ひっぐ……ようやくこれで私も報われます……」

 事情がいまいちのみこめないまま、僕は黙って頷く。

「あなたが思い残していたことは?」

 涙を腕でゴシゴシと拭いてから、すっきりとした面持ちで言う。

「ええ……実は私、とあるアイドルのプロデューサーなんです」

 プロデューサーか、そいつはまた随分なご身分なことで。

「まあ、某アイドルをプロデュースして、世間に売り出したんですよ、私は」

「なるほど、それで?」

 成程もなにも、僕はいまだに事態が把握できずにいた。ただ、僕の両隣にいるセレスさんやユリは、なにか得心したような顔をしているので、僕は話の腰を折らぬよう黙って話を聞いた。   

 ていうか、それしかできなかった。

「私たちは強いこだわりをもって、アイドルたちを育成してきました……」

 強いこだわりか、確かにアイドルにも様々なジャンルがある。

 癒し系だったり、カッコいい系だったり、はたまた歌をメインに売り出したり。とまあそんな感じで、一概にアイドルなどと括ることはできない。

 僕は少し興味が湧いたので、聞いてみた。

「ちなみに、どんなこだわりですか?」

 僕が質問してきたのがよほど嬉しかったのだろう。この男は、初めて孫の顔を見たおじいちゃんのような笑みを浮かべた。

「笑顔ですよ、笑顔。ダンスをしたり歌を歌ったり、どんなに苦しい時でも、決して笑顔を絶やさないように、厳しく指導していきました」

 どこか遠い目をしたその顔は、過去の出来事を懐かしんでいるようでもあり、けれど悲しそうにも見える。一言じゃ言い表せない、複雑な顔だ。

「最近多いじゃないですか? やたら若い子に肌を露出させて、それで儲けようって人が。それが私には許せないんですよ。アイドルはあくまでもアイドルであって、グラビアアイドルなんかじゃない」

 あるあるだな。最近のアイドルは低年齢化し過ぎているような気はする。俗に言うロリコンってやつか。加えて、ダンスをしている最中に、わざと下着が見えるような振付をして、男性のファンを増やしていく。

 さすがにテレビではそんな光景を目にすることはないが、いわゆる地下アイドルという人たちは、平気な顔でそういうことをやってのけてしまうため、僕としても驚いた。

「だから私は決めました。確かに今の時代、この業界では若い女の子を出さなきゃやっていけません。けど、それならせめて、露出度を下げようと」

 結局使うのかよ、あんた。

「だってそうでしょう? 若いなら若いなりに、ストロングポイントってあるじゃないですか?」

 チャームポイントじゃなくて? それでも使い方は間違っちゃいないけど。

 なんかね、チャームポイントのほうが良くない?

「要するにフレッシュさですよ。若い子の長所は」

「悪いけど、なかなか話が見えてこない……つまりはどういうことで?」

 熱く語り始めてしまったこの社長さんに、手短に話すよう促した。気持ちはわかるんだよ、あんたの。けれど、幽霊とはいえここに女の子が二人もいる。思わず聞き入ってしまった僕を見て、二人ともドン引きしているんだ。僕としては早く、この状況を脱したいわけよ。

「ああ、すいません、つい熱が入ってしまいましたな」

「いえいえ、お気持ちは十分わかりますよ」

「そうですか。それで、結局私たちはね、男性にとってアイドルとは、生きる糧であって欲しいと思ったのですよ」

 う、頷きたくない。けどここで頷いておかないと話が続かない。僕は断腸の思いで頷いた。

「この世には、結婚できずに孤独な想いを抱えている男性もいます。もしくは、結婚したけど妻に毎日こき使われて、苦しんでいる男性もいるでしょう」

 熱い気持ちのこもった眼差しで僕を見つめ、社長は言う。

「アイドルはなにもエロである必要はないのです。癒しがあればそれでいいのですよ。そう我々は思い立って、ただ下着を見せびらかすような低俗な集団に成り下がるのではなく、精一杯の笑顔でファンの方々を歓迎することに決めました」

「結局あなたは、どんな理由があってこの世に留まっていたんですか?」

 先ほどまでのイキイキした表情は一変して暗くなる。

「でも、売れなかったんです……」

「はい?」

「私たちのアイドルは……まったく売れなかったんです。おかげで私は解雇され、私に莫大な資金を提供してくれた会社も倒産。もうこの歳じゃ再就職も無理。残された道は――」

「自殺、ですか?」

「ええ、そういうことです」

 ようやく話の糸口が見えてきた。強い信念をもってアイドルを売り出したがそれでは売れず、あえなくクビにされ、自殺をした、そういうわけだ。

「悪いことをしました……。私のみならず、会社の方々にまで迷惑をかけてしまいました。悔やんでも悔やみきれません……」

それがこの人の怨念。会社への申し訳なさ。そして作品が売れなかったことへの悔しさ。

「けど――」

 最後にもう一度だけ笑顔をしてみせ、姿が消えかかったまま僕に言う。

「男性みんながみんな、ただエロを求めてるわけじゃないと分かって安心しました。私たちの情熱が、認められたみたいで……だからあなたの言葉は強く響きましたよ? 下着なんてのはただの布きれ、その通りですよ、まったく――」

 最期に見せたあの笑顔。紛れもなく、心から嬉しそうだった。

 白い塊となって空へと消えていく男を一瞥し、僕は何とも言えない気分になる。

「思わぬ形で成仏させたわね、アキラ」

 僕の隣でずっと黙っていたセレスさんが言う。つられたように、ユリも言葉を紡いだ。

「奥が深いね、男っていうのは」

 奥が深い、本当にそうだろうか。

 しみじみとしている二人を横目に、僕はあっさり吐き捨てる。

「男なんてのは単純だ。生きてても死んでても、しょうもないことばっか考えてるものなんだよ。きっと永遠に」

 さて、ここらで言っておこう。僕の裏向きの仕事、それはまさしく幽霊を成仏させることだ。だから言ったろ? 百聞は一見に如かずって。

「ふーん。女のあたしには理解できないのかも」

「まったくだわ。男という生き物はどうも分かりにくいものね」

 どこか不満げな二人は置いておいて、僕はふと思い出す。

「そういえばだけど、あのたくさんの魂は、プロデューサーさんと倒産した会社の従業員の魂ってことでいいのかな?」

 まず最初に反応したのはユリ。

「そう考えるのが妥当じゃない?」

 フワフワと部屋の中をさまよいながら、気のない返事をしてみせた。

「セレスさんは?」

 質問を直接投げかけないと答えてくれそうな気がしないので、僕はわざわざそう本人に聞いた。

「まあ、そう考えるのが妥当じゃないかしら?」

 ユリのおうむ返しのごとく、同じように適当に返事をする。

「じゃあさ。今回の事故物件はもう片付いたかもしれない」

「「え?」」

 二人同時に驚く。一人は空中で、もう一方は立ったまま固まる。

「あのさ、今回の仕事は、集団自殺した会社の事故物件の処理、ってことなんだよ」

 机に無造作に放り出された書類の山から一枚取り出し、二人にペラペラと見せる。

「それって、まさか?」

 ユリはすぅっとこちらに近づいて、僕から紙を受け取る。セレスさんはその足で、まさに地に足をつけてこちらへと歩みを進め、ユリと共に紙を見つめる。

 いちおう言っておくと、ユリは幽霊らしく、基本的に宙を浮かんでいる。そしてセレスさんだが、この人においては幽霊らしからずというか、だいたい歩いている。

 よく幽霊には足がないイメージがあると思う。けれどそれは大きな間違いだ。幽霊にだって足はあるし、自我もある。

 要するに、ほとんど生きた人間と変わらない。

 話しを戻そう。

「これってまさか……?」

 すべてを理解したのだろう。ユリは顔を上げて僕を見た。

「そのまさかだ」

「良かったじゃない。これで無事解決ね」

「お前は何もしてないだろうが」

「そんなことはないわよ?」

「どうして?」

 セレスさんはすっと、手で拳銃の形を作って、それを自らの頭に当てる。たぶんこれは、良く考えてみなさい、という意味のジェスチャーだろう。

「考えてみなさい? 事の発端はなにか」

 事の発端……ああ、そういうことか。

 そもそもセレスさんが僕に下着を見せるようなことをしなければ、このようなことは起こらなかった、とでも言いたいのだろう。

 あまり気が進まないが、確かにこればかりはお手柄だな、こいつの。

「そうだな……お前の言う通りだ。お礼を言わせてもらうよ」

 ありったけの笑顔を作って、僕はセレスさんにこう言った。

「パンツを見せようとしてくれて、ありがとな!」

 直後、僕の頭は二人に引っ叩かれた。セレスさんに叩かれるならまだ分かる。けど、ユリに叩かれるのは理解できない。顔を赤くして怒った様子のユリを見て、僕は不満を告げる。

「ユリ! なんでお前が殴るんだよ! 納得がいかん」

「ふん」と言って頬を膨らまし、そっぽを向くユリ。そして無言の圧力で僕を睨み続けるセレスさん。

「まったく……」

 やれやれだぜ。これだから女は嫌いだ。例え生きていようが死んでいようが、やっぱりそれだけは変わらない。機嫌を損ねた二人を事務所に残し、外に出た僕はとある人へと電話をする。

「あ、もしもし、アキラです」

 電話の奥からドスのきいた低い声が僕の耳に届く。

「おお、お前か。なんの用だ? 無駄話ならぶち殺すからな」

 この物騒な人は僕のボス。まあ、ボスと言われてもピンとこないだろう。

 そうだな、簡単に言えば、仕事の上司みたいなものだ。僕はこのボスから依頼を受けて、そうして初めて仕事に取り掛かる。

 まあ、この辺の話しは別の機会に詳しく話す。

「仕事の報告ですよ、だから殺さないでください」

 少し冗談めかして言ってみたが、この僕の余計な一言が、相手を怒らせてしまう。

「てめえ……今度会った時は蹴りの一発でも喰らわせてやる。覚悟しとけよ?」

 やめとけばよかった。そう後悔しても、時すでに遅し。

「それで、仕事がどうした? あの集団自殺のやつだろ?」

 これ以上機嫌を損ねさせるわけにはいかないので、単刀直入に言う。

「その件ですけど、もう片がつきました。その報告を、と思って」

「えらい早いな……まあ、それについては了解した。後で金は送っとくから。それじゃあ」

「ええ。それじゃ失礼しますよ、ボス」

 電話が切れた。

 はい、これにて一件落着。


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