ああ。どうして彼はこうもいとおしい。
短編2作目となります。
書き方をただいま模索しておりまして、さらに言えば個人の感覚で千差万別なのは当たり前なのですが、私的には1作目よりかは上手く書けたつもりです。
よければ読んでいってください。
川と言えば川、ドブと言えばドブな幅の爽泥川。そこにかかる橋を自転車で渡り、砂利が多い坂をガタガタガタと下る。この街の中でも割と細いこの道は、多くの生徒が通学で使うのにも関わらず整備されていない。
一瞬の浮遊感。
小刻みに上下左右へランダムに震えるお尻――そして驚いたように飛び上がる。
――うわっ。
両手がハンドルから離されそうになるこの感覚は私をいつも不安にさせる。砂利だけでなくところどころが埋没しデコボコしているのだ。
幸い左右は草がボーボー生えているだけでスピードを出しすぎなければ危険ではない。だが、この道が、私たち生徒に対して「人生は山あり谷ありなんぞ!」と言っているような気がするのは私だけだろうか――――ははっ、私だけだろう。
傾斜は緩やかだが結構長いため、男子生徒は特に楽しんでここを下っているのだ。例えば私の後ろのやつのように。
「はははっ! 風香。悪い。3分くらい遅れちった!」
「ぇえ!?」
私はバッグの中へ片手を思い切り突っ込んでスマホを取り出し、ボタンを押す。揺れる画面に出てきたのは「07:33」という数字――――遅刻だ!
「はあ? 駿! あんた間に合う間に合うあんな連呼してたじゃない!」
「そんな声荒げんなって、充分聞こえてるよ! 大丈夫! 海根先生じゃん」
海根先生とは35歳くらいのひょろっと細く、生徒に甘い先生の名だ。バスケ部の顧問でもある。そして私と駿は、バスケ部に所属(正確には私はマネージャー)している学生だ。
今日は授業のない休日。通常であればもう少し後である9時から部活動が始まるのだが、今日は例外の日だった。バスケの県大会、それの最終日なのだ。集合時間は7時半。それからバスで移動して会場へ向かう。当然遅刻はまずい。
「数分の遅刻なんて大目に見てくれるって。心配するなって! 大丈夫大丈夫~」
――こりゃだめだ。
私は確信した。
こいつ――伊吹虎駿――は顔もそれなりによく、勉強も意外にできるくせに、無駄にお気楽なのだ。口癖は「大丈夫大丈夫~」で、それはまあかなり適当に言う。しかもそう言ったときに限って失敗したり、より悪い結果を引き寄せる、所謂クソみたいな奴だ。こんなやつが幼馴染だと思うと恥ずかしい。他人のふりを出来るのならしたいところなのだが、生憎と私の名前は伊吹風香といい、放っておけば幼馴染ではなく親戚と間違われることもあるため、切り離すことができない始末に悪い奴だ。
そんなことをサドルから伝わる不規則な振動を感じながら思う。
坂を下り終えて右側が民家に変わった。誰が住んでいるのか知らないが、ここが家だったら少なくとも登下校は困らないなと思う。はぁ――開かれた裏門をある程度スピードを乗せたまま160度ほぼカーブする。駿も私に続いた。
そして学校裏の駐輪場に自転車を停めて、鍵をかけ、急いで校舎の正門側へ向かう。
当たり前だがバスはもう来ていた。
バスの乗り口付近に先生の姿だけ。
予想しながらバスの中を見ると、既にみんな乗っているのが確認できた。
私たちが走ってたどり着くと、先生は似合わず目を釣り上げて言ってくる。
「こら、なんで遅刻するんだ!」
「先生時計見てくださいよ。たったの5分じゃないですか。大丈夫ですって~」――若干息を乱した私の代わりに、駿が応える――「お前らだけじゃないんだ。運転手さんやほかのメンバー全員に迷惑なんだ。気をつけなさい!」「うっ……スイマセン」
ほらみろ。何が大丈夫だ。いい加減学べ。ははっ。
「伊吹もわかってるのか?」
「!? すっ……すいません。軽率でした」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
バスの中。
県大会会場へ移動中だが、またしても悲劇が起こった。
『バスの中で本読んで酔わない奴はいない!? 俺結構酔いにくい体質だから酔わないと思うぞ…………お前信じてないな? なら試してやるよ。本貸して…………え。誰も持ってないの? じゃあ小説家になろうの短編をこれから着くまでに5作品読んでやるよ…………なあ~に。こういうのは気持ちの問題だって。大丈夫大丈夫~』――――これがやつの言葉である。
そうしてスマホを注視しだした駿。話してた友達たち(ほぼ全員での会話だったが)はただ待っているだけというのも退屈なため、それぞれ適当に雑談を始めた。もちろん私も仲の良い海砂さんと空ちゃん、言い換えれば私以外のマネージャーたちとなんか適当に話し出す。その瞬間だけ駿がバスという狭い空間の中であるにもかかわらず一人ぼっちになったような気がしてちょっと嬉しかったのは秘密だ。
「伊吹さんなんだか楽しそうだねっ」
「あ、わかります? はははっ!」
そうして駿が孤独に読み始めて15分。
県大会会場までまだ3分の1にも到達していないが、駿は何かもごもご言いながら座席より顔を出した。
みんな喋っていたが、私含めて、多分皆なんとなく気になったのだろう。
すぐに静かになる。
駿はこう言った。
「『ミミズから美味しいカルボナーラを作成する方程式は実在したため、導き出して解を吟味してみた』…………読み、終わった……なかなか…………うん……あれだ……食卓にでる麺類って、踊りださないから……あっ…………まだ上があるんだなって……ちょっと感動し…………たっ、ウポッ!?!?」
青い顔で。
『……………………』
バスの中の雰囲気が一瞬で切り替わり――。
普段試合ですら見せたことない見事なチームワークで――。
駿は最前列の席に運ばれ――寝かされた。
…………信じられます?
あれ、うちのキャプテンなんです。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「しゃーッ! いけいけいけーッ!!!! …………しゃぁあああああああ!!!!!!!!!!!!」
鳥のように俯瞰するのではなくコートのすぐ横でバスケを見ているとなかなかテレビでは感じることができない迫力を得られるものだ。
今しがたの選手の誰よりも熱いんじゃないかって声は、相手チームの顧問さん。スコアボードを挟んだ向こう側なのにすごい声だ。試合が終盤になったあたりから、元から海根先生の3倍程あった声量はさらに膨れ上がって5倍程となっていた。圧倒的なその差に海根先生は言葉もない……いや、多分言葉というか声を出しているのだろうが全く聞こえない。
帽子をかぶっていないが相手の顧問さんには脱帽だ。会場の観客席全体の歓声と同等かそれ以上で、とても一個人が出しているとは思えない。なんということだ。奴はそれでもなお人間だというのか?
「駿! なにやってんの! 残り一分切った!」
なんて。
応援もせずに座ってる場合でもないため私も声を出す。まあ少なくとも海根先生よりはでかいはずだ。
「皆! ファイトーっ! 挽回いけるよーっ!」
「焦らないで!」
私の声に海砂さんと空ちゃんも続く。
これがラストの試合。全国大会進出の切符を賭けた決勝戦だ。相手は私たちと同じシード校。点数は87対88とかなり均衡していた。我がチームは87点で、このままいけば負けとなるが、まだ45秒ほどある。ここまで来たんだから是非とも全国へ行って欲しい。
駿がパスを受け取り、次々とパスを繰り返して相手ゴールへと詰めていく。
キャッチした次の瞬間にはどこかに投げられているボール――すべてのパスに予備動作がない。目で追うのが困難な鋭いパスだ。ドリブルの音がほとんどせず、声援を省けば『キュッキュッ』『シュッ』『バシッ』の音しかたてないうちのチームは、ちょっと変わってる。こういった激戦の時に何故かみんな無意識にドリブルを忘れてこうなってしまうらしいのだ。
右へ左へ時たま戻ってと不規則な軌道を描きながら、ボールがスリーポイントライン上。空中に現れる。それを取ったのは――『バシッ!』――駿!――ではなく! 4番、出町くんだ!
彼は185センチとチーム一の身長の持ち主。そして小学校の頃からバスケを続けていて我がチームで一番上手いエースだ。ちなみに駿は生意気にも2番目に上手い。
出町くんはすぐさま首をゴールの方へ向ける。直線上には――誰もいない!
彼は高くジャンプすると、ボールを――シュートッ!
彼の最も得意としている正面スリーポイントシュートだ。ボールは吸い込まれるようにゴールへ向かう。
入れば点を追い抜くことになり、さらにそれだけでなく2点の差を広げられ、相手にプレッシャーをかけられる是非とも入って欲しいシュートだ。だが――
「惜しいっ!!」
そう上手くはいかない。彼は技術はあるのだが、代わりにメンタル面で弱いのだ。
克服しようと頑張っていはいるのだが大きなプレッシャーにはまだ耐えられない。そんなことを如実に表しているかのような光景が広がった。
出町くんは頭を抱えて硬直する。相当なショックに襲われているようだ。みんなが慰めの言葉を送る。
しかし。相手は待ってくれない。
ボールは敵選手にリバウンドされ、入れさせてはいけない襲撃が勃発する――あと何秒? 32秒!
「しゃしゃあ!!!!!!! いきゃいきゃぁああああーッ!!!!!!!!!!!!!!」
不謹慎にもうっさいと思ってしまったがそれは置いておいて――敵がみるみるこちら側のゴールに接近する。ほぼ全員が前の方に出ていたため、今ボールを持っている敵選手には二人がなんとか平行している感じで前ががら空きなのだ。あっという間にゴール手前まで敵がたどり着く。まずい。
そんな中、駿は道端の石ころみたいにコート中央のスコアボード側で立っていた。すぐそこである。おや。諦めたか?
「いけぇぁあぇぁあああああ!!!!!!」
相手がボールをシュートする、がっ――はず――――れるっ!
「……ぁ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!!!」
好機だ!
ボールも待ってましたとばかりに我がチームの一人がキャッチし――たと思えば、ボールはもうひとり並走していた仲間の腕の中におさまっている。シュートした敵選手は緊張もあるせいか、その見事な捌きにボールを見失った動作をする。
残りは? 26秒!
そこで以外な人物が声を上げた。
「俺に全部任せろぉおお!!!!!! ボール俺に回せば勝ちだ!!!!!!!!! 大丈夫!!!!!!!!!」
うちの駿です。はい。恥ずかしい!
もしかしたら相手の顧問さんに匹敵するんじゃないかという大声。
汗をあんなにも流してまあ。
「任せろ!!!」「お、おぅ! 頼んだ」
私が天を仰いでいた間に、ボールはおそらく絶妙なパスを経て――――汗まみれの駿が手にしていた。
そしてすぐに振り返る――しかし、そこには駿が最後攻めてくるのをわかっていたかのように待ち構える二人の敵!
だが駿は臆さない。
駿は駆けた。
駿はある日、私にこう言ってきたことがある。『俺、実は学校唯一の反復横跳び70オーバーなんだ!』というムカつく自慢だ。「だからなんだ」と言い返してやったら笑ってごまかしたが、今思えば敏捷力の高さを言いたかったのだろう。
当然バスケの試合とスポーツテスト(だと思う)とでは環境が違う。だがそれであっても、学校一は学校一なのである。その人並み外れた身体能力はこのためにあったんだ――
「「ッ!?!?」」
――なんて。
馬鹿なことはこれっぽっちも思わない。
その証拠にというわけではないのだが、駿は二人の敵選手を抜いていなかった。それにボールも持っていない。相手に取られた?――違う。ボールは私の予想通りの選手――出町くんだ。
そう。これは実はフェイク。
予めもしもの時にと決めてあった作戦なのである。
第4クォーターの終盤。『もし緊迫した状況であれば冷静に判断するのは難しいんじゃないか?』という疑問から駿が生意気にも思いついた作戦である。だからわざと駿は叫んで注目を集め、『この選手ヤケになってるな。無理してでも突っ込んでくるかもしれない』と思わせようとしたのだ。
うまくいくわけないと思ったが成功してしまった意外な結果に、私は驚きを隠せない。まあ敵さんに比べればたいしたことない驚きなのかもしれないが。
「くっ!!」
敵のうち二人はこちら側ゴール付近。二人は駿のところ。だから問題はあとひとり!
出町くんの正面に立つ選手だけだ――でも、でかい!
相手チーム一番の高身長で、井手町くんを一回り大きくしたな高校生とは思えない体格の持ち主。それもただ大きいというだけでなく、かなりの頻度でブロックに成功していることもあって、おそらく圧迫感というか、壁のような感覚を出町くんは感じているだろう。だがそこは汚名返上してくれ!
出町くんは屈伸を上手に使って、慎重に飛び上がり――
「…………っふ!」
――投げた!――――しかし、弧を描くはずのボールが見当たらない。ブロックされたのか?――いや止められた音はしなかったぞ?
と、そう思ったのも束の間。
以外な人物がボールを握っていた。
「ぉおお!!」
思わず私は感嘆の声を上げてしまう。
驚くことに自称反復横跳びナンバーワンは、名に違わずこんなところで力を発揮したようだ。
いつの間にか対峙していた二人を抜いた駿が、出町くんのすぐ隣にまでたどり着いていた。
ナイスタイミングじゃないか!
「ナイス出町!! これで俺らの勝ちだ!!!!!」
駿が珍しくチームを引っ張る!
いつも気楽なだけなのに今日は一味違う。
その姿は恥ずかしいことに少しかっこいいと思ってしまった。やるじゃないか!
駿はそのまま一歩二歩と踏み込んで跳び、シュートを放つ。
ボールが華麗に飛んでいく!
ゴールめがけてぐんぐん飛ぶ!
これで逆転だ――――と――――――――思った。
「……………………クソかよあいつ」
駿のボールは、それはまあ極めて鮮やかに、ゴール上を大きく超えて、場外に吹っ飛んでいった。
観客席への華麗なシュート。
あいつは視覚障害者か?
と内心で悪態をつきまくってたところで思い出す。
ああ。そういえばあいつは『止まって投げないとシュートがてんでダメ』なのだ。
私ですら忘れていたのだから本人が忘れていてもしょうがないことなのだが、これはしかしっ! なんてことだっ!
「え?……えっ?…………ぇえっ!? 俺外し……………………うぇえ!?……………恥ずか……へぶぅぇっ!?!?」
あ。ショックのあまりこけたぞあいつ。顔面から逝った。はは!
あのうるさかった相手の顧問さんまで唖然とした顔になり、会場中に沈黙が訪れる。
駿が滑稽で仕方がなかったんだ――そしてっ!
場が盛大に弾ける!
『わいわいがやがやがははははっはっは!!!!!!!!!!!』
そこらじゅうからとても言葉にできない混沌な笑い声が轟き渡る。
私も思わず「わははははっ!!!」と腹を抱えて笑ってしまった。
相手を巧妙に罠にはめ――。
自慢の敏捷力を遺憾なく発揮し――。
華麗に放ったシュート――。
それが場外で終いには顔面からぶっコケるだって!?――なんて化物だ!!
私は今後一切。彼の顔を見て吹き出すのを堪えられる自信がなくなった。
「……な……なんでだよぉぉ…………完璧に決まってたと思ったのにっ、なんでだよぉぉぉ……………………ズズッズズズッ!」
とうとうペロペロキャンディーを落とした5歳児のように鼻水をすすりだした不様な駿。
私はそれを見て、思わず胸が高鳴った。
――ぁあ。そう。そうだ。これなんだ!!!
昔から幼馴染として付き合ってきたが、この瞬間が本当にたまらない。どうも私は変わっているらしく、駿が泣いたり悲しい顔をしているのを見るととてつもなく愉快になるのだ。
そして胸のバクバクが頂点に達すると訪れる快感が――ぁああああ……ッ!!!――何モノにも変えられない、私の、喜びだ。気持ちぃーくてスカットする! 幸福すぎて溶けそうだっ!
「…………い……いけいけえぇぇ……………………」
遠くの方から音が聞こえてくるような聞こえないような。壁を何枚も挟んだようなくぐもった音が聞こえてくる。ああ。そういえばまだバスケの試合中だったんだ。でもそんな低次元なことなんてどうでもいい。捨てていい。捨てるべきだ。それよりもこの快感を一秒でも長く感じてっ、少しでも鮮明に脳に焼き付けておきたいっ――――濃い茶色。小さなボツボツ。いくつかの紐のような黒。それらが突然現れたかと思うと凄まじい速度で巨大化し――「はぅぁ!!!」――私は気を、失った。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
目が覚める。
寝ていたのか? いや、寝た記憶がない――――ああ、そうだ。気がついたらあいつがやらかしてくれてこうなったんだ。せっかく快感に浸ってたのになんてことをしてくれるんだ。
私は髪型で判断し、起き上がってそいつの方を睨んだ。そこには――っっぁあああああ!!
――――目を赤くして――涙と鼻水をぼたぼたとこぼしながら――まるで家族が死んでしまったかのような形相をした駿が…………いたああ!!!!
ゾクゾクゾクゾク――――ッ!!!!!!!!
ああ、もう!!!
あんたは私を殺す気ですか!
ここまで読んでくださってありがとうございました!
反省としまして、少し『――』を多用してしまったなと思っとります。まあ雰囲気がこれですしまだ初心者ですから! 許してください。
あと、実はバスケットボールは一番苦手で、好き嫌いで言えば嫌いなスポーツなんですが、意外ににといいますか、書いてて楽しかったです。特にその『――』を多用している終盤はどんどん次へ次へと展開が進むので、それに入力する指も引っ張られてなんだか不思議な感覚でした。
まだまだ自分でもわかる(それでも直すのが難しい!)稚拙な文は、とにかく読んで書いてを繰り返して磨いていきたいと思います。
あ。
『ミミズから美味しいカルボナーラを作成する方程式は実在したため、導き出して解を吟味してみた』はべつに執筆する予定はありません。はは。