2日目―安息
崩れ落ちたケンジを見ると、膝から下が赤く染まっている。
先ほど撃たれた場所からの出血か・・・
ズボンの裾をめくると、出血が酷い。
このままでは出血多量になってしまう。
リュックから布を取り出すと、太ももの傷より少し上の位置できつく縛る。
これで少しは出血が抑えられるだろう・・・
「すまねぇ、だが撒いたようだな・・・・
助かった。」
そうなんだろうか?彼女はマナミに執着していた。
この程度で引き下がるものなんだろうか・・・?
だが、追ってこないのも事実だ、この機会に少しでも時間を稼がなくては・・・
「ケンジ、歩けそうか?」
「すまねぇが、肩を貸してくれるか?
セーフティポイントが近いんだろ?早く移動しておこう。」
ケンジに肩を貸そうとしたところで服を引っ張られる。
後ろを見るとしおりが立っていた。
「ズボン・・・脱ぐか破った方が・・・良いと思う。
血痕があると・・・追って来れる。」
確かにそうだ。
血痕はかなり目立つ。いままでの道は仕方ないが、これ以上目立たせる訳には行かない。
「ケンジ、悪いな。」
ナイフでケンジのズボンを膝上から切り落とす。
「マナミ、行けるか?」
怪我を負ってはいないが、先ほどの事がショックだったのだろう。
青い顔をしているが、けなげについてきている。
「うん、ごめん大丈夫。・・・いこう」
俺としおりでケンジを支えつつ、セーフティポイントを目指す。
ガチャッ・・バタンッ
「助かった・・・」
今回のセーフティポイントも山小屋だった。
扉を閉じると、その場に全員で腰を下ろす。
あの後は幸運な事に他人に合う事も無く、山小屋へ移動する事ができた。
「まずはケンジの手当てをしないとな・・・消毒薬はあるか?」
マナミがバックから消毒薬を取り出して手渡してくる。
「明日香がゴメンね・・・あんな娘じゃなかったんだけど・・・」
「あぁ、大丈夫だ判ってる・・・村上の野郎に壊されたんだろ・・・可愛そうに・・・」
ケンジがマナミの頭に手を置いて慰める。
「彼女は肉体的にも、精神的にも相当追い詰められたんだろう・・・
時間を置くことで正気に戻ってくれると良いが・・・」
ケンジの傷口を消毒しながら呟く。
「そう・・・だね・・・
元の優しい明日香に戻ってくれるよね?」
マナミを慰めてやりたいが、慰める事で警戒が緩んでは危険だ・・・
心苦しいが、警戒を保って貰わなくてはならない。
今は全てが普通じゃない、希望的観測で動く事は命にかかわるんだ・・・
「ああ、だが出会っていきなり襲い掛かられる可能性もある。
警戒だけは怠らないようにしないとな。」
「・・・うん」
「修二・・・はい」
重い空気の中、しおりが包帯を手渡してくれる。
「でも・・・希望は捨てちゃ・・・駄目だと思う。」
「そうだな。ありがとう。」
だが俺は次に明日香に会ったとき、銃から手を離すことはないだろう。
次は絶対に躊躇わない・・・
あの時、躊躇わずに村上を撃っていれば、明日香の凶行に気づく事もできたはず・・・
ケンジの怪我は俺が躊躇ったせいでもあるのだ・・・
2度と同じ事が起こらないよう、次は躊躇ったりしない!!
考え事をしている間に手当てはすんだ。
外を見ると真っ暗になっている。
あまり時間は経ってないと思っていたが、いつの間にか過ぎていたようだ。
「外が暗くなってきた。
今日は安全の為にも見張りを置きつつ交代で休もうと思うんだがどうだろうか?」
「それが・・・良いと思う。」
「うん・・・」
「悪いな、俺が足を引っ張っちまってる。」
「そんな事はない。
仲間なんだからフォローしあうのは当然だろ?
まずは最初に俺が3時間見張りをする。
その後にしおりが2時間の見張りを、最後にマナミが2時間の見張りを行うってことでどうだ?」
「俺はどうするんだ?」
「ケンジは明日以降に備えて少しでも休んで回復して欲しい。」
「・・・了解。」
「うん、判った。」
「すまねぇな・・・その通りにさせてもらうわ。」
携帯食料とそのまま食べる事ができるもので夕食を済ませると、ケンジ・しおり・マナミの順で大人しくなっていった。
3人共寝たようだ。
俺は窓から周囲を警戒しつつ、リストバンドを操作する。
少し気になった事があったからだ。
「修二、いいかな?」
後ろからマナミが小声で声を掛けてきた。
「寝てなかったのか?早く寝た方が良い。」
「うん、ちょっと寝付けなくて・・・」
そう言って俺の隣に座る。
「寝れなくても少しでも横になっていた方が良い。
少しは疲れも取れるだろうから。」
「判ってるんだけど・・・」
判ってはいるが、悩みが晴れないのだろう。
「明日香の事か?」
「・・・うん。
ねぇ・・・元に戻るかな?」
「俺には判らない。
俺は男だからな・・・女性があそこまで肉体的にも、精神的にも痛めつけられて正常で居られるか・・・
時間さえ経てばある程度は良くなるかもしれないが、昔のように戻る事は・・・無理だと思う。」
「そう・・・だよね。」
「大事な友人だったのか?」
「うん・・・ボクの恩人といっても良いぐらい。
明日香がいなければ、ボクは生きてすら居られなかったかも・・・」
「聞いてもいいのか?」
「うん、誰かに聞いてもらわないと押しつぶされそうになっちゃって・・・」
「判った。」
「僕のうちって、結構な資産家だったんだ・・・
鈴木グループって知らない?」
「1年前に解体したあの鈴木グループか?」
「うん、そこが僕の家。
でも裏工作ってのが明るみにでて、全部なくなっちゃったんだ。
父さんの会社も、僕達の住んでいた家も。家族がばらばらになって、友人も居なくなって・・・
その時、一度死んじゃおうかなって思ったんだ。
でもね、友人の中でたった一人残っていた明日香が、身体を張ってとめてくれたんだ。
その時、なんて言ったと思う?
「やっと私を見てくれるようになったのに、死んじゃうとか言わないでよ」だってさ。
僕、それまで友達なんて体の良い下僕気分で居たからね、周りに人が居なくなって、初めて友達というのを持てた気がしたんだ。
それからは借金を返す為に朝も夜も働いての日々だったけど、明日香と一緒に居られる時は幸せだったんだ。
僕は彼女に救われた・・・今度はボクが彼女を救ってあげたいんだ・・・」
「そうか・・・
でも、何故別行動をしていたんだ?」
マナミも首をかしげながら、
「そこが判らないんだよね。
最初は「2人で山小屋に篭っていればきっと安心だよ。」って言ってたんだけど、村上と明日香が話をした後、いきなり「行って来る」って言って外に出て行ったんだ。
僕は止めたんだけど、「ごめんなさい、どうしても行かなければいけないの!!」って強く言って来てとめることができなかった。
後を追う様に村上が「明日香ちゃんと一緒にブランクプレーヤーを探しにいってくるから。」と言って出ていったんだ。
あの男の人は何か嫌な感じがするよね。っていったにも関わらず・・・
その後はさっきの・・・変貌した明日香と出会うまで・・・」
マナミの身体が小刻みに震えている。
きっとあの時の怖さが蘇ってきたのだろう。
「大丈夫だ・・・村上はもう居ないんだ、きっと明日香も大丈夫になる・・・」
ただの気休めだ・・・
だが、この娘はこうしてやらないと潰れてしまうだろう・・・
ぎゅっと肩を抱いてやると、安心したのかゆっくりと眠りに落ちて行ったようだ。




